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ジョシュアの受難「初恋は石鹸の香り」

ジョシュアとトビアスの王都での珍道中編になります!

凸凹コンビの二人がレザトを打ちのめす情報を求め、王都を駆けずり回ります。


王都の騒がしい通りを歩く中、トビアスも負けじと興奮気味に隣で騒ぎ立てている。


「へへへ、何だか僕たちスパイみたいですね! 納品前に倉庫にあった本で読んだんですよ~。貴族間の陰謀とかギルドの対立の裏で活動するカッコいいスパイの話! 難しい言葉もあって全部は分からなかったんですけど~……」

「集中しろ、これは仕事だ。それと商品を勝手に読むな! お前の手垢がついた本なんぞ売れるか!」

「ええ〜、今まで苦情来たことないのにな〜」


ぶつぶつと俺の隣で平気で文句を言うトビアスに、俺は早速、自身の人選を悔いた。

商品を勝手に読んでるなど悪びれもせず抜かすそのヘラヘラした態度、こいつは間違いなくまた何かやらかす。


「それにしても、ジョシュア様って案外良い人なんですね!」

「はぁ?」


このアホは俺の言葉を無視して、のん気に続ける。


「だってあの時、雇い主の命令に従え!って無理やり僕の事を連れていくなりすればいいのに、日当を倍にしてもらえるなんて…ジョシュア様って本当に素晴らしい方ですぅ~!」


そういうと、トビアスが俺に抱きついてきた。


「おい、やめろ! 抱きつくんじゃ……ん?」


瞬間、鼻を突く凄まじい匂い。


「……くさい」

「はえ?」


この匂いは何だ? 犬の死体か?


「お前、最後に風呂に入ったのはいつだ!?」


問い詰めると、何故かトビアスは照れくさそうにはにかんだ。


「え〜いつだったかなぁ? あ! この間、雨が降った時に水なら浴びましたよ」

「アホ! ただ雨に降られたのを入浴としてカウントするな!」

「すいません~。ずっと倉庫で寝泊まりしてるとお風呂もないし、なんか面倒くさいんですよね。公共浴場だってタダじゃないですし~」


そういえば、孤児で家がないから倉庫で寝泊まりさせてもいいかと、トビアスを雇った時にレナに聞かれた事を思い出した。

だからといって、コイツの無頓着さは度を超えているだろ!


「はあ……仕方がない。ローレンス家の風呂を特別に使わせてやる。だが、その代わりに情報収集で相応の働きが出来ない場合、今度は風呂ではなく海に沈めるからな!!」

「ひえ~ご勘弁を~!! いたあっ!?」


わざとらしく謝るトビアスにゲンコツをかまして、俺はローレンス家へと急いだ。




風呂場に入ると、トビアスは石鹸の香りに目を輝かせ、その香りに身を委ねるようにして体を洗い始めた。その石鹸の香りに誘われるように、ふと幼い頃のルチカのことを思い出した。


アイツが屋敷に来たばかりの頃、塞ぎ込んでいたアイツに俺が贈った、花の香りの石鹸。

何のことはない。なじみの商人から新商品のお試しだかで勝手に押し付けられたものを渡しただけのことだ。そこに何の感情もない。……はずだった。


後日その石鹸の香りを纏ったルチカが、俺に「ありがとう」と微笑んだその瞬間。

俺の胸の中に芽生えた何かを除いて。


「わ~、さっぱりした~! 何だか身体も軽いです!」


風呂から上がったトビアスの後ろ姿を見ながら、俺は深く息を吸い込んだ。

胸の中に渦巻く感情。

長い間、自分が目を背けてきた『ソレ』は、いつの間にか無視出来ないほど育ち切って、早く外へ出せと内側から囃し立てる。

それは心の奥深くから抑えがたい衝動として湧き上がり、もはや隠し続けることはできない。


「くそっ…」


認める。ああ、認めるとも! もはや、アイツへのこの感情を否定することは不可能だ。

俺は、ルチカが好きなんだ。


ふと、窓越しの空が気になった。イヤミったらしいほど澄み渡った空を苦々しくみる。

アイツは今頃、シュヴァルツェルトの地で、海の代わりに空の青でも眺めているのだろうか。


いつも海を眺めていたルチカの横顔を思い浮かべながら、あの深い瞳の奥に何を思うのかと考える。

決して交わらない視線の先、彼女の柔らかな表情とその瞬間の笑顔が、俺の心の中で揺れ動いた。


番外編からは不定期更新となります。すいません……。

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