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5.対決


「レザト様!」


レザト様が部屋に足を踏み入れた瞬間、空気はまるで質を変えたかのように一変した。彼の優雅な佇まいが、部屋全体に何とも言えない緊張感を生んでいた。ジョシュアとトビアスも、その圧倒的な存在感に、無意識に背筋を伸ばしていた。


「お待たせいたしました。初めまして、私がこのシュヴァルツェルト領の領主兼騎士団長であるレザト・フォン・シュヴァルツェルトと申します」

「ローレンス商会のジョシュア・ローレンスです。この度は我がローレンス商会と貴殿の領地での新規事業を共に行えること、大変感謝しております。今日は有意義な話し合いができることを心より願っています」


レザト様とジョシュアが自己紹介を交わし、その後堅い握手を交わした。

二人がこうして一緒にいるのを見ていると、何だか私の今と過去が交錯しているような不思議な感覚がする。


ジョシュア、何だか顔つきも少し変わったような気がする。独特の近づき難いトゲトゲした雰囲気が少し薄れたような……。そうだ、雰囲気がジョシュアのお父様に似てきたんだ。

でも、これをジョシュアに言ったら、間違いなく彼の機嫌を悪くするだろうから黙っておこう。

次に視線をトビアスに移すと、彼はジョシュアの隣でお茶を片手に、出されたお菓子をもりもりと頬張っていた。相変わらずのマイペースなその様子に、くすりと笑みがこぼれる。


「ジョシュア様。ルチカも、あなたとの対面を心待ちにしておりました。事業の話も大切ですが、先ずはお互いの近況を交え、人と人としてのつながりを深めませんか」

「それは良いご提案ですね。我が母アデリーヌは、娘のように大切に育てたルチカの嫁ぎ先での生活について、大変心配しておりました。もちろん、私も同じ思いです」


ジョシュアは私の方に向き直った。


「レザト様との生活はどうだ? お前の率直な意見が聞きたい」

「レザト様はとてもお優しい方で、私は何の不満もありません。それより、ジョシュア、お見合いはどうなったの? 無事、婚約出来たのかしら?」

「婚約か。万事問題ない」


ジョシュアは私の問いに簡潔に答えると、レザト様をじっと見つめた。

その視線はどこか挑発的で、睨みつけると言っても過言ではなかった。

ジョシュアがレザト様を睨みつけるなんて、一体どうしたの……?


「レザト様、私自身も婚約を通して思った事があるのです。結婚というものは家と家との繋がりを強化するためのものである。その前提はありますが、やはり当人同士の愛情、誠意が何より大事であると。そこには嘘や偽りなどあってはならない。あなたもそう思いませんか?」

「……ええ、その通りです」


どこか含みのある言葉で、ジョシュアが語りかける。

その瞬間、レザト様の表情が一変する。先ほどまでの穏やかな微笑みが消え、鋭い眼差しでジョシュアを見つめ返す。

部屋の空気が一気に重く、緊迫したものに変わってしまった。

ジョシュア……一体何を企んでいるの?


「それでは、家同士の約束であるとはいえ、当事者に虚偽や不誠実な行為があれば、婚約破棄も視野に入れるべきだという考えに、あなたも賛同するのではないでしょうか?」

「ジョシュア様、何を仰りたいのか明確にお願いします。その言葉、解釈によっては私とルチカに対する重大な侮辱とも取れます。どうか、お言葉を慎重に選んでいただきたい」


冷静にたしなめるレザト様に、ジョシュアはどこか卑屈な笑みを浮かべている。


「では、明確に言おう。レザト・フォン・シュヴァルツェルト、お前がローレンス家とルチカに対して隠している本当の目的。これは婚約破棄の十分な理由だ!」

「本当の目的……?」


ジョシュアの言葉の意味を確かめるように、口に出してしまった。

レザト様が私と婚約した理由は、ノーマン総裁とローレンス家から私を守るためだったはず。それ以外の理由があるというの?


「……そこまで仰るなら、お聞かせ願えましょうか。貴殿の言う、私の『本当の目的』とやらを」


レザト様がゆっくりと椅子に腰を下ろし直した。

彼の表情は極めて落ち着いていて、その瞳には何も読み取れない深みがあった。

騎士団長として、そして領主として、数々の困難な状況で冷静沈着な判断を下してきたレザト様。その彼だからこそ、少々の事では動じないのだろう。


レザト様のその静かな威圧感に、ジョシュアがつばを飲み込む。

けれど、キッとレザト様を睨めつけると、彼は語りだした。


「そもそも、この婚約はお前がこの領地の正統継承者としての立場を確固たるものとするために、前領主の娘であるルチカを婚約者として迎え入れたかったのだろう?」


レザト様の瞳がわずかに揺れ、その後すぐに静かな冷静さに戻った。


「ジョシュア様、ルチカとの婚約は心からの愛に基づいています。彼女の両親である前領主と私は友人でした。幼い頃から彼女を見守ってきたこの親愛の情が、今や美しい女性となった彼女に対する愛情へと変わり、求婚を決意させたのです」


レザト様の言葉は表面上は穏やかだけれど、その背後には微かな緊張が漂っているように感じられた。ジョシュアは微笑を浮かべ、レザト様をじっと見つめた。



「愛か。違うな。信頼出来る情報筋から聞いたのだが、この領地は将来、第三王子が継ぐのだろう? お前はそれまでの単なる『繋ぎ』に過ぎない。それまでに自身の正当性を高め、王国に対する切り札として前領主の娘であるルチカと結婚する必要があった。違うか?」

「……私は王国に対して忠誠を誓っています。仮にそのような予定があったとしても、王命に従うのみです。領主としての地位に未練はありません」


レザト様の断固とした言葉に対し、ジョシュアがわずかに動揺したような表情を見せた。


「フン。あくまでも俺の言う事は認めないつもりか。お前がルチカを手放さない理由はまだある。シュヴァルツェルト領には、"オーラム・マギカ"という幻の万能の秘石が眠っている。ルチカはその秘石についての何かしらの鍵を握っている可能性が高い。シュヴァルツェルト家は何代にも渡ってこの土地を守護してきた一族だからな」


まさか、ジョシュアの口からも、オーラム・マギカという単語を聞くなんて……。

動揺する私と同じように、レザト様の顔色にも変化があった。

彼の瞳には、何かを隠しているような影が浮かんでいた。


「この情報の出処は確かだ。ノーマンの前妻である秘石研究者の手記からの情報だからな。この情報のお陰で合点がいった。ノーマンとレザトが揃ってルチカを求める理由がな」


ノーマンがオーラム・マギカの存在を知っているという事実。それは、ジョシュアから与えられた情報が、リュミセラとノーマンをつなぐ新たな線になったように感じた。

ジョシュアは畳み掛けるように続ける。


「つまり、自分の私利私欲のためにルチカを利用しようとしていたのがお前だ。娘のように大切に育ててきたルチカの婚約者がそんな人物だと知っていたら、母上は絶対に婚約を承認しなかっただろう!」

「……オーラム・マギカという言葉は初めて耳にしました。私は彼女に対して常に誠実であると自負しています」


レザト様の言葉には微妙な違和感が漂った。オーラム・マギカについての話が出た瞬間、彼の顔色には何かを知っているかのような微妙な変化があった。

それでも、彼はこれまで私に対して誠実で優しかった。彼にはきっと何らかの理由があるはず。レザト様が私に嘘をつくわけがない。


「そ、そもそも! こいつの顔に消せない傷を自分で付けておきながら、誠実だと抜かす道理はおかしいとは思わないのか? その顔の傷のせいで、こいつの人生はどこまでも暗く惨めだというのに!」

「え……?」


思わず、レザト様をみる。私の顔の傷は……レザト様がつけた?

レザト様の顔には、これまで見たことのない明らかな動揺が浮かんでいた。私と目が合った瞬間、彼はすぐに視線を外した。


「レザト様……本当ですか?」


レザト様が私の顔に傷を付けた事がショックなんじゃない。

その事でずっとレザト様が罪悪感と同情をもって、辛い気持ちで私に接していただろうということ。

―――レザト様も私の事をずっと『可哀想』だって思っていたの? 


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