3.真紅の黒うさぎ
「今日はフランソワは一緒じゃないのか」
オスカーさんが、りんごを丁寧にナイフで剥きながら質問する。彼の手元は、年齢に似合わず確かで、その動きには何度もこの作業を繰り返してきたという安定感がある。
「ええ、今日は騎士団で外せない用事があって、来れないそうです」
フランソワの申し訳なさそうな顔が浮かび、心の中で微笑む。
今まで毎日、欠かさず一緒に通っていたからか、今日の一人の道のりはいつもよりも長くて、この部屋もどこか広く感じてしまう。
「……そうか。ほら、剥けたぞ」
「ありがとうございます」
オスカーさんが丁寧に剥いたりんごを手渡す。その甘酸っぱい果肉を頬張りながら、フランソワのことが心に浮かぶ。
彼はあの日以降も、何も変わらずに接してくれている。
私だけが、何故か変に意識してしまっているみたいだ。
フランソワが私をただの友達としてしか見ていないのなら、安心出来るのだけど。
その時、何かを感じて顔を上げると、オスカーさんが黙って私の様子を観察していた。彼の目には、私が何か深く考え込んでいるのではないかという心配が滲んでいるように見える。
「そうそう! 私、今オスカーさんから頂いたアストレラの花を育ててるんです」
彼に私の内心を悟られないように、意識して明るい口調で話しかける。
もう、考えすぎるのはやめよう。
今、目の前にある事、そしてこの瞬間を大切にしなくちゃ。
「レザト様がこの花の育て方に詳しくて、一緒にお世話をしてるんです」
「ほう……領主様が」
オスカーさんが意外そうに目を丸くする。
「あ、フランソワには内緒にして下さいね! 花が咲くまでは皆には秘密にして、びっくりさせたいんです」
「ふっ、そうか……。上手くやってるようだな、領主様とも」
オスカーさんが柔らかな笑みを浮かべて私を見る。
その笑顔には、私とレザト様との関係が順調な事への暖かい眼差しが感じられた。
「オスカーさんのお陰ですよ。あなたがくれた花の種がなかったら、レザト様とこんな風にお話できなかったと思います。花畑の花が咲いたら、アストレラの花の鑑賞会を開こうと、レザト様とも相談しているんですよ。オスカーさんも、足が完治したらぜひ来てくださいね!」
「……ああ、約束する」
オスカーさんが力強く頷いた。
オスカーさんの看病の帰り道、日はまだ高くて、お天気もいい。
今日はフランソワもいないし、この機会に私一人で村を見て周ってみようかな。
「……ん?」
そんなことをぼんやり考えていたとき、何か不思議なものが視界の隅に捉えられた。
村を横切る小川のほとりで、何か赤いものが動いている。
一体何だろう?
近づいてみると、それは赤い頭巾を被った人影だった。
「みみ……?」
さらに近づくと、その赤い頭巾から黒い長い耳が生えていることに気づいた。
うさぎの獣人の子供なのかな……?
その子は手を川の中に伸ばし、何かを取ろうとしている様子だった。
危ない、そのまま手を伸ばしたら——。
「ああっ!?」
案の定、その子は川に頭から落ちてしまった。
「大丈夫!?」
慌てて、その獣人の子供へ駆け寄る。
「ひうぅ……」
ここが浅瀬でよかった……。川から落ちた獣人の子は、川の中で尻もちをついたまま、痛そうに片手で顔面を抑えている。
赤い頭巾と黒いワンピースを着ているから、きっと獣人の女の子だろう。
「どこか痛いところある? 立てる?」
「は、い……」
女の子が顔を上げた瞬間、その瞳が私を捉える。
その色は、息を呑むような鮮烈な真紅だった。
彼女の褐色の肌に映えるその瞳に一瞬驚いたけれど、すぐに気を取り直して言った。
「手、貸そうか? ほら、掴んで」
「ありがと……です」
その瞬間、彼女の小さな手が私の腕をしっかりと掴む。
「あっ……!」
女の子の力が思ったよりも強くて――。
川面にまた一つ、大きな水しぶきが上がり、太陽の光を受けてキラキラと輝いた。




