上々の国際交流とすれ違う異世界交流
そこからは、エカテリーナも夫人たちの会話に参加することになった。
というか、話題の中心になった。
きっかけは、ラジャ夫人からのこの問いだ。
「なぜ、ユールノヴァ公爵令嬢ともあろう貴女様が、ご自分のガラス工房をお持ちになりましたの?」
そのもっともな疑問を全員が持っていたようで、夫人たちが一斉に耳をそばだてた。
ひえー、と思いつつエカテリーナは簡潔に説明しようとしたものの、聞き上手ぞろいの夫人たちに深掘りされたりつっこまれたりして、結局かなり詳細にいきさつを語ることになってしまう。本人としては、全部なりゆきなんですすみません、という気持ちだったのだが、夫人たちにはいろいろな観点で響いたようだ。
「グラスを見てペンを思いつくとは、驚くべき発想力ですわ。名宰相と言われたセルゲイ公は祖父に当たられるそうですが、驚くような発想の転換で数々の窮地を切り抜けたと聞いております。それを受け継いでおられるのかしら」
「このガラスペンのペン先は、『神々の山嶺』の向こうの東の果てに住まう人々が使う筆記用具に似ているように思えます。ご存じだったとしたら、そのお若さでなんと博識な」
いえ博識なのはあなたです。さすが大使夫人です。
ですよねー、やっぱりこの形状は、筆を筆記用具とする文化圏で生まれなければおかしいですよね。ガラスペンの本当の発明者、明治時代の風鈴職人さんは、もちろん筆がすごく身近な存在だったと思います。皇国に突然こういう筆記具を誕生させて、歴史の謎を生んでしまったのだったらほんとにすみません。
内心で平謝りなエカテリーナである。
「ご令嬢のお望みで工房をお買い上げになるとは、さすがユールノヴァ公爵家……聞きしに勝る財力をお持ちですのね」
「わたくし、以前からムラーノ工房の名は聞き知っておりました。皇都でガラスの食器を求めるならば、ここが一番と……でもあの頃は、普通のガラス工房でしたわ。皇都一の職人だった親方が亡くなって、名前も聞かなくなっておりましたのに、ガラスペンと共に復活して、ガラス食器も以前よりさらにもてはやされているとか。深窓のご令嬢が、驚くべき経営手腕ですわ」
「ガラスペンは、ご兄妹の深い愛情から生まれた芸術品でしたのね……ユールノヴァ公爵閣下は、お若いながらも見事に領地を統治されておられる才知あふれるお方と耳にしておりますが、ご家族にはそれほど愛情深い一面がおありとは」
さまざまな言葉の中から兄への賛辞を耳聡く聞きつけて、エカテリーナはにっこり笑った。
「まあ、兄のことをそのように仰せいただいて、嬉しゅうございます。兄は若くして公爵を継承いたしましたけれど、すでに領地をしっかりと掌握して、領民たちからも慕われておりますの。厳しい面もございますけれど、懐に入れば誰よりも優しく、愛情に満ちておりますのよ」
お兄様は、宇宙一のシスコンだし元祖型ツンデレですので!
ドヤる要素かよくわからないことで、内心でドヤるエカテリーナである。
ニッコニコで兄を自慢するエカテリーナに、夫人たちは意外な一面を見たという表情だ。若さに似合わぬ思慮深さで周囲に配慮していたかと思えば、画期的な筆記具の発明者にして事業の経営者というたぐいまれなる才能を見せた。それが今度は、幼い子供のように無邪気に兄を慕う様子を見せるとは。
と、黒一色の質素な衣装に白い被り物を身につけた、そのシンプルさでこの中では逆に目立っている、年かさの夫人が口を開いた。
「公爵閣下は、ミハイル殿下とも親しい仲でいらっしゃるのでしょうか」
エカテリーナの返事は一拍だけ遅れた。ここでそれを尋ねる意図を掴み損ねたのだ。
けれど、笑顔で事実を答えた。
「兄は、幼き頃よりミハイル様の遊び相手として、お仕え申し上げておりましたわ。今ももちろん、親しくさせていただいております」
「それでは貴女様も、ミハイル殿下と親しく接しておられるのですね」
深追いされて内心で首を傾げつつ、エカテリーナはなおも笑顔で答える。
「ミハイル様とは、良き学友として過ごさせていただいておりますの。ミハイル様は、本当に素晴らしい方ですわ。わたくしは、心から尊敬申し上げております」
なんといっても。
皇子の母であり超かっこいいトップスターである皇后陛下が、隣で聞いておられますので!ベタ褒め一択です。
そして、一片の嘘偽りもございません。皇子は本当に立派だと思っています。まだ十六歳なのに、アラサーのこちらがいろいろ学ばせてもらうばかりです。ゆくゆくはきっと、素晴らしい皇帝陛下になるでしょう。お兄様とは、めちゃくちゃビジュアルの良い君臣になるに違いありません。めっちゃ見たい。
などと考えているエカテリーナは、例によって何かにだけ気付かない。
大使夫人たちがきらりと目を光らせたり、同盟国の夫人同士がうなずき合ったりしている。マグダレーナ皇后のもとに集い、彼女の手腕、皇国の経済に寄与し他国の情報収集や外交に貢献する姿を目の当たりにしている人々にとって、彼女の後継者となるのがどのような人物なのかは、大きな関心事だ。
皇子ミハイルが公爵令嬢エカテリーナに関心を寄せていることを、ここにいる夫人たちの多くが把握している。
エカテリーナは、夫人たちの目的はマグダレーナ皇后との交流と夫人同士の交流であって、自分は茶会の添え物に過ぎないと思い込んでいる。主たる目的は皇后なのは確かだが、彼女たちにとってエカテリーナは添え物どころではない。
はっきり言えば、今回は彼女たちは、次代の皇后最有力候補の為人を見定めるためにここに来ているのだ。
この時代、この身分階層の常識として、彼女たちはこう考える。
主君を政治的に支える高位貴族の肉親に適齢の女性がいるのなら、主君に嫁がせるのは当然。
今のところ、エカテリーナの好感度はきわめて高い。
これほど身分も財力も申し分なく、美貌に加えて才知も豊か。若さに似合わぬほど、場にふさわしい配慮もできる思慮深さも好ましい。
次代の皇后たるに、これほどふさわしい令嬢はそういない。
そんな人物がミハイルを素晴らしい方、尊敬していると言うのなら、これはもう決まったも同然ではないだろうか。
繰り返すが、これはこの世界の常識である。こう考えないほうがおかしい。
美貌の公爵令嬢の中身がこの世界から逸脱していて、宇宙一のブラコンを目指すなどとトンチキなことを考えていて、恋愛偏差値は底辺だなどとは、彼女たちが気付くはずもない。気付いたら、それはおかしい人である。
かくして、黒衣の夫人は微笑み、うなずいた。
「お気持ちは、よく分かりました」
そして。
そろそろお茶会もお開きという頃、マグダレーナ皇后のもとに侍従が歩み寄ってきて、耳打ちをする。
マグダレーナは微笑んだ。
「よくってよ。通しなさい」
一礼し、侍従は去る。
その侍従が戻ってきた時、大使夫人たちが息を呑み、一斉に立ち上がって礼をとった。エカテリーナも、目を見張りつつ立ち上がって淑女の礼をとる。
「母上、皆さん、お茶会中に申し訳ありません」
侍従の後ろで完璧なロイヤルスマイルを振りまいてそう言ったのは、皇子ミハイルだった。
お読みくださってありがとうございます。
浜千鳥です。
1ヶ月の期間をいただいてすみませんでした。おかげさまで作業は無事に進みました。
しかし本業で、4月1日付けでうちの部署からごっそり人が異動になりまして、仕事の引き継ぎで大変なことになっておりました……さらに今年度、町内会の役員が当たってしまって、慣れないことで戸惑っております。これくらいで大変などと言っては社畜に笑われる程度のことではありますが。
次回更新は4月26日とさせてください。
早くも暑くなる兆しが見えてきました。皆様、なにとぞご自愛ください。




