約束された招待
大きな拍手の音がした。
最初にひとつ、続いてもうひとつ。
そこからは広間全体に広がって、万雷の拍手となる。
「素晴らしい!」
そう声を上げたのは、最初の拍手をしたユールセイン公爵ドミトリーだった。
「なんと素晴らしい贈り物だろう。特にその女神像、なんという美しさだ……できれば近くで見てみたいが、側に寄らせてはもらえないだろうか」
美を愛する粋人らしく、女神像の美しさに魅了されてしまったようだ。
その言葉に、ドミトリーの隣にいるミハイルが苦笑した。ドミトリーに続いて拍手をしたのが彼である。
「あの女神像に魅了される気持ちはよく解りますが、性急ですよ」
「これは称賛です。祝い事の贈り物は皆で褒め称えるのが、我々の伝統ではありませんか」
笑ってドミトリーは答え、ミハイルの肩にぽんと手を置いた。二人は伯父と甥であるだけに、言葉遣いは丁寧でもかなり気安い感じがする。家から皇后を出したユールセイン公爵家は、現在は三大公爵家の中で最も家格が高いと位置付けられていて、皇子への肩ポンも問題ないのだった。
なおドミトリーが言う伝統は事実で、ユールグラン皇国においては誕生祝いなどの祝いの宴では、贈られたものを招いた客に披露し客がその贈り物を言葉を尽くして称賛するという伝統がある。皇国の建国以前からの一族の慣習だったようだが、建国以降により明確になったのは、陽キャでパリピだったピョートル大帝のせいに違いない、とエカテリーナは推測している。
まあ人がもらったプレゼントを、えー何もらったのー見せてーとねだったり、見せてもらったものを褒めたりするのは前世でもよくある心理だったので、伝統とかいうほどのものでもないかもしれないが。
しかしドミトリーの賛美は心からのものに違いなかった。
「ドミトリーおじさま」
エカテリーナはドミトリーに微笑みかける。おじさま?とミハイルがけげんな顔をしたのには、気付かないふりをした。
「おじさまほど美への見識が高い方にそのように望まれるとは、名誉なことですわ。どうぞこちらでご覧くださいまし」
「ありがとう、エカテリーナ。言うまでもないことだが、君の美しさには女神像も及ばないよ。その異国めいた衣装、よく似合っている。『神々の山嶺』の向こうの最果てにあるという、神秘の国の女王のようだ。誕生日おめでとう」
さすが粋人。貴族男性のお手本のような、さらっとした美辞麗句。
「いつもお上手ですのね」
さらっと流すエカテリーナの隣で、至極当然という表情でアレクセイが頷いていた。
ドミトリーが女神像に歩み寄る。そして当然の流れで、ミハイルはエカテリーナのもとへやって来た。
「エカテリーナ、誕生日おめでとう。本当に素晴らしい贈り物だ、二人の愛情のほどが現れているようだよ」
ミハイルの視線は、ハルディン画伯が描いた祖父セルゲイと兄妹の肖像画へ向いている。
「ハルディン画伯には、僕も肖像画を描いてもらったことがあるんだ。本人がそこにいるかのように描いてくれるよね」
「まあ!ミハイル様も画伯に」
エカテリーナはかなり驚いた。肖像画家としてのハルディン画伯がとても人気があるとは認識していたが、皇子の肖像画を任されるほどとは。
それはそうと、ミハイルの姿を会場に見付けた時から、言いたかったことがあるのだった。
「ミハイル様、しばらくご領地でお過ごしになったと聞き及びましたわ。何事が起きたかと、案じておりました。無事に解決なさいまして?」
ミハイルは、しばらく魔法学園を休んで領地で過ごしていた。ということは、現地に駐在している代官では手に負えない問題が起きたと考えるのが自然だ。何か災害でも起きたのではないかと、エカテリーナは心配していた。
「ああ、うん」
ミハイルはすぐに頷いた。
「と、いうか、領地で問題が起きたわけではなかったんだ。皇室の行事のようなもので……心配をかけてしまったようでごめん」
「そうでしたのね、領民に何事もないなら何よりですわ」
エカテリーナはほっとした。
「君への贈り物を領地で調達したんだけど、加工が今日に間に合わなくて。申し訳ないけど、別途渡してもいいかな」
別途。
内心で、エカテリーナは首をかしげる。単にこういう場合、マナー的にどう返すのが正解かよくわからなかったので。
「お気遣いありがとうございます。お時間をとって頂かずとも、我が家へお送りいただければと」
アレクセイが横から言った。未来の君主への言葉にしては、口調に抑揚がないように思われる。若干、棒読みというか。
しかしミハイルはアレクセイに笑顔を向けた。いつもの完璧なロイヤルスマイルだ。
「実は、母上から言付けを預かっているんだ。エカテリーナを、皇城へ招待したいそうだよ」
「まあ!」
エカテリーナは驚いたが、思えばマグダレーナ皇后にはいずれ皇城に来て欲しいと以前から言われていたのだった。
「もっと早く会いたいと思っていたのに、なかなか時間が取れなかったことを詫びておられた。君のことを、たびたび話題にして気にしておられたよ」
「本当ですの?光栄ですわ!」
トップスターな皇后陛下が、私のことをたびたび話題にしてくれていたってすごいと思う!
ちょっと浮かれるエカテリーナである。
「母上が、各国の大使夫人たちと語り合う会を定期的に開いているんだ。母上が選んだ皇国の女性たちも参加する、ちょっと大きなお茶会のようなものなんだけど。そこに、君も参加してほしいそうだよ。母上はその時に、自分のガラスペンを夫人たちに見せることになっているそうなんだ。できれば君にも、舞踏会で身につけていたブレスレットを持参してもらえれば嬉しいと言っていた」
各国の大使夫人たちにガラスペンを見せる……それは。
ガラスペンの他国への展開の足がかりとなり得る、大変ありがたい機会なのでは!
青薔薇のブレスレットも見てもらえれば、ガラスアクセサリーにも関心を持ってもらえるかも。
「わたくしのブレスレットのこと、ミハイル様がお話しくださいましたの?」
「そうだけど、あれほど美しいものだから、あちこちで話題になっていたよ。あの女神像といい、君の職人は大変な才能の持ち主だね」
「ええ!今宵はわたくしも驚きましたわ。レフの才がどこまで至ってしまうのか、恐ろしいほどですの」
ちらりとエカテリーナがレフに目を向けると、彼は女神像の前、ドミトリーの側にいた。その横にはハリルもいて、にこやかにドミトリーに話しかけているのが聞こえてきた。
「……でしたら、この完成作品とは趣きが違いますが、我らが巨匠の習作に、さまざまな色合いのガラスを駆使した花を纏う女神像がありますので、ご覧になりませんか。そちらも素晴らしいものでした」
ハリルさん、ガラスの彫像を売り込んでいる……さすが商人。
レフ君をすでに巨匠呼びなのも、さすがの目の高さです。レフ君は赤くなっているけど、君はすでに巨匠だよ!
「巨匠か。彼はこれから、世界に名を轟かせる芸術家になってくれるだろうね。その才能を見出したのは君だ」
「いえ、わたくしなど」
エカテリーナは首を横に振る。初めて会った時のことを思い返すと、ガレン親方に断られたガラスペン制作に、レフは自分から手を上げてきたようなものだったので。
あらためて考えると、初対面の私にムラーノ工房を買ってくださいって頼んできたレフ君、謙虚な人柄でありつつも、なんていうかかなりの大物じゃないかしら。あれも才能のなせる技かも…彼は、自分で自分の未来を掴み取ったんだよ。
と、エカテリーナは思うが、頼まれた通りに工房を買う公爵令嬢は二人といないだろう。自分の果たした役割の大きさを、いまいち自覚していない。
「エカテリーナは、初めて皇城に来ることになるよね。母上が、お茶会の前に少し案内したいと言っておられたよ」
「そこまで……!」
なんかものすごいお気遣いをいただける!
「母上は、君のガラス工房に興味津々だから。本当は自分で商会を立ち上げたかった人だからね、かつての自分と同じ公爵令嬢である君が自ら工房経営に携わっていることを喜んで、話を聞きたくてうずうずしているんだ」
「それは……光栄に存じます」
なるほど納得。
「君が皇城に来た時に、僕からの誕生日の贈り物を渡したいんだ。受け取ってくれるかな」
ああ、その話の流れで、皇后陛下からの招待の話になったのか。それなら、誰にとっても都合が良さそう。
そもそも、やがては皇帝になる皇子から誕プレをもらうって、大変なことだよね。今日この場ではお兄様以外の人からのプレゼントを開けて見ることはなくて、宴が終わった後から見てお礼状を書くことになっているけど、皇子だけは直接受け取って直接お礼を伝えないと、そりゃ駄目でしょう。
と思いつつも、エカテリーナは傍らの兄を見上げる。
「お兄様、お許しいただけまして?」
そんなエカテリーナの肩を、アレクセイがそっと抱いた。
「……もちろんだ。皇后陛下がお前に、これほどの心遣いをくださったのだから。お前にふさわしい初登城となって、何よりと思う」
他に返事のあろうはずはない。皇后マグダレーナから破格の扱いを受けたとなれば、皇都の社交界におけるエカテリーナの立場は押し上げられる。舞踏会での愚かな疑惑、替え玉の平民などという中傷を、払拭しうる。
多少の引っ掛かりがあろうとも、アレクセイ・ユールノヴァはそのあたりを計算できない人間ではないのだった。
「よかった、母上も喜ぶよ」
にっこり笑って、ミハイルが視線を転じる。
「宴の主役を長く独占してはいけないね。エカテリーナ、皆が君を待っているよ」
その後は、エカテリーナはざっくばらんに宴を楽しんだ。
エカテリーナの身が空くのを待ち受けていたフローラやマリーナたちに取り囲まれて、口々に祝いの言葉をかけられて、エカテリーナも参加の礼を言った。
ビュッフェに近付く暇がなさそうと思ったら、ユールノヴァ家の料理長が、自信作を銀のトレイに載せてわざわざ運んできてくれた。かなりグレードの高い材料を惜しげなく使った品々に、宴の予算を想像してエカテリーナはびびったが、どれも素晴らしく美味だった。
そして圧巻だったのが音楽で、まずリーディヤが独唱し、その後にレナートの伴奏でオリガが歌ってくれた。オリガの歌はもちろん凄いほどで、またも音楽神が降臨してしまうのではとエカテリーナは本気で心配したが、リーディヤが歌ってくれた前世のミュージカルの超有名曲を聞いた時には本気で泣いた。胸を掻きむしるような絶望を激しく歌い上げるリーディヤに、立派になって……!と思わずにはいられなかったのだ。リーディヤに関しては、なぜか『私が育てました』みたいな気分になってしまい、リーディヤちゃんは道の駅の農作物じゃないんだぞと自分を戒めるエカテリーナなのである。
兄からかなり離れてしまい、退屈していないかと心配したが、ミハイルの他にニコライも来て三人で語り合っているようで安心した。ニコライはやはりミハイルと旧知の仲のようだ。ミハイルが皇帝の座を継ぐ時には、ニコライが皇帝の御馬係になるのだろう。
パートナー詐欺師セミョーンの兄ハリトーンの姿を見付けて、エカテリーナは少し驚いた。女神像の周囲を少し暗くして胸中の光を引き立たせてくれないか、と言ったドミトリーに応じて魔力を発動し、淡い闇を生じさせたのが彼だったので。彼の魔力属性は弟と同じ闇(光度調節タイプ)で、魔力量が少なくて魔法学園への入学が認められなかったものの、制御の技術はしっかり習得しているらしい。
ユールノヴァ公爵家の引き立てによりナルス伯爵家の跡取りの立場を確立した彼は、アレクセイや公爵家の幹部たちから声をかけられていて、公爵家の中で一定の役割を持った様子だ。兄と同じ世代の部下誕生に、アレクセイの過労死阻止が進みそうだとエカテリーナは喜んだ。
そんな風に宴は楽しいばかりで、終わった後にもエカテリーナはまだうきうきした気持ちで、数多いプレゼントの中から探し出してもらったマリーナからの封筒を開いた。
『さすがユールノヴァ公爵家ですわね、本当に素晴らしい贈り物ばかり!ですけれど、わたくしも負けてはおりませんの。わたくしからお贈りしたもの、必ず今夜お目を通してくださいませ。必ずですわよ?』
そこまで念を押された以上、見ないわけにはいかない。
封筒の中の手紙に、エカテリーナは目を通した。
読み終わるや否や、叫ぶように言った。
「お兄様に、至急お伝えしなければ!」
お読みくださってありがとうございます。
浜千鳥です。
前回もたくさんのご感想をありがとうございました。本当に励みになります!
本日11月23日が「いい兄さんの日」であることをご感想で教えていただきました。宿命か偶然か、悩むところです。
次回更新は12月7日とさせてください。
急に寒くなってきました。お風邪など召されませぬよう、なにとぞご自愛ください。




