01/01. 深い意味はないんだけれど(1)
夕食というより、もう夜食というような時間。
テーブルを挟んで俺の目の前に座る女の子――『リリウ』は、幸せそうにフォークを置いた。
「うーん、ごちそうさま。おいしかったぁ」
「それはどうも、おそまつさまでした」
教会堂の敷地内に建つ、古い平屋の俺の家。
ここにリリウを招き入れて料理を振る舞うのも、最近では日常になりつつある。
「まぁ、これからも痛い目に遭いたくなかったら、素直にあたしの要求を受け入れた方が身のためだよ。出すもの出すなら、生かしておいてやらなくもないからね」
「…………」
聖職者の端くれとして、相手が魔族だろうと誰だろうと、自分にできることはしてやってもいいと思ってはいるが、やっぱり、こいつの態度にはイラッとさせられるな。
「偉そうにここの教会堂を仕切ってるみたいだけど、結局はあんた、あたしに恐れをなして、ほとんど言いなりだもんね。魔族に従うしかないなんて、実に哀れな人間――ふっふっふ」
自分に都合のいい解釈をして、とにかく満足げなリリウ。
こいつがどう考えていようと、俺としてはどうでもいいんだけどさ。
彼女と出会ったのは、一ヶ月くらい前。
この村――『ナコタ村』周辺の森で倒れていたのを、俺が見つけて介抱したのがきっかけだ。
思えば、あの時も空腹が原因だったっけ。
肌の色と尖ったような耳、それと何より、普通の人間とは違う潜在的魔力量から、彼女――つまりリリウがダークエルフだってことはすぐにわかった。
たぶん数年前だったなら、たとえ相手が悪い魔族じゃなかったとしても、ダークエルフに手を差し伸べるなんて、あまり一般的な話じゃなかっただろうな。
牧師という立場にあるかどうかに関係なく、当時の国内情勢を考えれば、俺だってどうしていたのかわからない。
あらためて、平和な時代になったものだよ、本当に。
とはいえ彼女はダークエルフ。
出会った直後は、ものすごく俺に攻撃的だった。
もちろん今もある意味攻撃的なんだけど、もっとマジな感じで。
たぶん俺が牧師だから、ダークエルフとしての防衛本能っていうか敵対心っていうか、そういうのが強かったんだと思う。
別に俺は博愛主義者じゃないけど、魔族に対して好戦的でもない。
だから、とにかく話し合いができるように、俺は無抵抗で逃げ回った。
それがよかったのか悪かったのかわからないけど、一応は受け入れてくれたのか、妙に懐かれちゃって。
それに、お互い十六歳だってことが判明してからは、ほとんど毎日のように、今日みたいな襲撃(?)を受けることになってしまった。
もちろん友だちなんかじゃないんだけど、かといって敵というか、そういう感じでもない。
食べ物を要求するダークエルフに、聖職者の務めとして食事を振る舞う新米牧師という、自分でもわけのわからない関係性が生まれて、こんな状況になっているってわけ。
「この『ナコタ教会堂』に来るのは構わないけどさ、村の人や、他の地域の人に悪さをしたりするなよ。もしもそうなったりしたら、さすがに面倒みきれないぞ」
「さぁ、それはどうかな。約束なんてできないよ――私は、強大な魔力を操るダークエルフなんだし」
そこで、リリウの目が冷たく光った。俺を鋭くとらえて、自らの本質を誇示するみたいに。
とりあえずは今のところ、リリウは俺以外の誰かに迷惑をかけるようなことはしていないっぽい。
だから俺も普通に相手をしているんだけど、もしも彼女が一線を越えてしまえば、俺の対応も変わらざるを得なくなる。
万が一の時は、本当に彼女と――。