01/11. それは、記憶に新しい過去(3)
「……あたしはダークエルフだよ。そんなふうには生きられない」
「魔法の知識や能力を活かして、立派な立場にあるダークエルフも少なくないんだぞ」
「いいよ、あたしは、そういうの」
そう答えたリリウの横顔に、俺の胸は少しチクリとした。
「……悪い、変なこと聞いた。忘れてくれ」
軽い感じで、俺はリリウに伝えた。
何でもかんでも踏み込めばいいってもんじゃない。
そんなこと、俺が一番よくわかっているじゃないか。
「謝らないでよ。そんなの、全然気にしないし――じゃあ今度はさ、あたしから聞いてもいい?」
「ああ、うん」
「あたしってさ、あんたに……甘えちゃってるのかな?」
「……リリウ」
「べ、別に、あの娘に言われたからどうこうってことじゃないよ。だけどさ、あんたが、その……あたしをぬるぬるに――」
「だ、だから、俺は全然――」
「あたしにぬるぬるご奉仕させるのが目的じゃないのなら、どうしてこんなあたしに……や、優しくしてくれるのかなって」
こういうことをリリウが言葉にしたのは、出会ってから初めてのことだ。
「あたしと同じ歳でもさ、あんたは人間で、この村の聖職者としての立場もある。さっきのアミカって娘は少なくとも、あたしが魔族だからってことで毛嫌いしてるわけじゃないみたいだけど、この村には……ダークエルフであるあたしのことを、よく思ってないやつだっているでしょ?」
魔族もそれぞれ、人間に対する考え方が違っている。
親しみを持っているやつ、無関心なやつ、敵対心を抱いているやつ――あるいは、完全に殺戮の対象としか見ていないやつさえも。
「あ、あたしは別に、人間に嫌われようが構わないけどさ、あんたは……そういうわけにはいかないだろ、一応」
「八方美人になるつもりはないけど、まぁできれば、それなりには尊敬される聖職者になりたいかな、将来的には」
まだまだ俺は、駆け出しの半人前だけどさ。
「それなら……あたしみたいなダークエルフの相手をする理由なんて、あんたには、全然まったくないじゃん」
「何だよ、俺のこと心配してくれてるの?」
「ち、違うし!? そ、そんなんじゃないし!!」
またしても顔を赤くしたリリウに、俺は少しいじわるなことを聞いちゃったなって思った。
確認しなくたって、たぶんそうに違いないから。
「あ、あんたなんか、あたしがみんなにエロエロぬるぬるスケベな本性をばらしたら、す、すぐに――」
「魔族にとって聖職者っていうのは、たぶん複雑な相手なんだよな」
取り乱していたリリウに、俺は自分の想いを話してみる。
「この国における人間と魔族――もっと言えば、教会と魔族の関係って、あまりよくはなかったと思うんだよ」
歴史が、それを証明している。
五年前に終結したものの、ケルギジェの驚異は、いまだに多くの国民の記憶に新しいことだろう。
「だからリリウが、よくも悪くも、教会関係者の俺に普通じゃない感情があるのは理解できる。単純にダークエルフと牧師ってことで考えたら、もしかしたら……本気で戦っていたっておかしくはないんだろうから」
「……そう、だよね。あ、あたしとあんたは――」
「けれど俺は、お前がダークエルフかどうかじゃなくて――魔族とか人間とか、そういうの関係なく、一人の女の子として、ちゃんと向き合いたいんだよ」
相手が誰であろうと、その人そのものを誠実にとらえる――俺に手を差し伸べてくれた人は、そういう人なんだから。
「ふ、ふーん……そ、そそ、そう、なんだ」
「まぁ、あれだ。俺が言いたいのはさ、いつでも遊びに来ていいぜって、そういうこと」
気後れなんかしなくていい。
お前は、魔族のダークエルフなんだろ?
なら、もっとわがままでもいいじゃんか。
「す、スケベのくせに、偉そうなやつ」
悪口を言いながらも、俺にはリリウが、少し笑ってくれているように思えた。
「し、仕方ないから、夕食も食べていってあげるよ……ほら、おいしい料理を用意すればいいじゃない」
「…………」
やっぱり、わがままなのはむかつくな。