01/10. それは、記憶に新しい過去(2)
「……はぁ」
何だかぐったりと疲れてしまった俺は、椅子に背を預けながらため息。
まったく、何でこうなっちゃったのか。
「あの娘、よく見るよね、あんたのところで」
力の抜けた俺に、リリウが言う。
「す、好かれてるんじゃないの……あ、あの娘にさ」
「『アミカ』ちゃんな――名前くらいは、お前も知ってるだろ?」
「う、うん」
「教会堂の仕事とかを、いろいろ手伝ってくれる、すごくいい娘なんだよ。好かれてるっていうか……まぁ、年齢も近いから、近所のお兄さんくらいには思ってくれてるかもしれないけどな」
「ふ、ふーん……スケベのくせに、そんなふうに協力してくれる女の子とか、い、いるんだ」
「『スケベのくせに』って……」
「す、スケベじゃん。ぬ、ぬるぬる好きの」
「あ、あのなぁ……まぁ、もういいや、それ。否定するのも、何だか大変そうだし」
とはいえ、わけのわからない『ぬるぬる好き』を認めたわけじゃないけどな。
「…………」
「…………」
それから俺とリリウは、しばらく無言だった。
となりに並んだ二つの椅子にそれぞれ座りながら、ただ何となく。
「……今日は、来ないかと思ったよ」
別に気まずかったわけじゃないけど、俺は会話をしようと口を開く。
「まぁ不可抗力なんだけど、昨日はちょっと、その……へ、変な感じになっちゃったからさ」
「あ、あんたが来てほしいって言ったから、仕方なく……来てやっただけだし」
そう言えば、そんなこと言ってたっけ。
リリウはすぐに、言葉を返してくれた。
「い、いやらしいことはしてやらないけど、来てほしいなら、毎日でも……あたしは来るし」
「……そっか。そういうことなら、俺はいつでも歓迎するけどさ、襲撃まがいのことは、もうやめてくれよ。いちいち相手をするの、結構面倒なんだぞ」
「あ、あんたがあたしの恐ろしさを忘れてるから、ちゃんとわからせないといけないの」
「はいはい、そうかよ」
ぬるぬるにされるのを怖がっているダークエルフがよく言うよな、まったく。
すると、
「きょ、今日は……悪かったよ」
少し神妙な雰囲気で、なぜかリリウが謝ってきた。
「実は森で、何体かのタキシムに襲われてさ。もちろんあたしは簡単に蹴散らしてやったんだけど、どうやら逃げたのがいたらしくて……ナコタ村に入れちゃったんだ」
「ああ、それで」
俺はリリウが、さっきの場所にいたことの理由に納得した。
つまり彼女は、ナコタの村人が野蛮な魔族に襲われないように、わざわざあのタキシムを追いかけてきたんだ。
「あのさ、リリウ、何て言うか……」
「ん?」
「まともな――っていうのも変な表現なんだけど、落ち着いて、町や村で生活する気はないのか?」
俺たちが暮らしているガーシュ王国は、数年前まで、魔族による国家滅亡の危機にさらされていた。
狂獣人『ケルギジェ』という凶悪な魔族が、各地で罪のない人たちを惨殺し、その恐怖が国中を支配していた。
しかし五年前、神聖なる存在である『聖剣士』の称号を与えられた英雄によってケルギジェは討伐され、ガーシュ王国に平和が戻ったんだ。
ケルギジェが暴れていた時代は、人間と魔族は明確な対立関係にあったけど、今は違う。
悪い魔族も数多くいるにはいるけど、人間社会に溶け込んでいる善良な魔族も少なくないんだ。
だからきっと、リリウだって。




