鵺退治④
「ハハハ、『噛ませ役』の間違いだろう。それに、すでにマジュウ化を保てていないじゃないか。そんな状態で私に叶うとでも?」
「……まあ、無理でしょうね」
答えつつ、彼は宰をその場に下ろす。確かに、背中の翅や腰に生えた節足、それから腕の鎌などは、ところどころ欠けたり、消えかかったりしていた。
少年が不安げに二人を見比べる中、北郷は一歩前に踏み出す。
「だが、時間さえ稼げればそれでいい。あのトンデモ探偵が来るまでの時間を」
「ナルホド、困ったら敵に頼るってわけか。そう言うところが小物だと言うんだがねぇ。──しかし、ちょうどいい。宰くんに私の武器を紹介していたところなんだ。彼の餌になってくれ」
空鳥はペンライトをしまうと、徐に右手を掲げた。
するとそれに呼応するように、木乃伊の双眸の奥に妖しい光が灯る。まさに、「起動」の合図と言った風に。
「“マジュウ・コラージュ”……」
静かに呟かれた声が、ハッキリと地下空間に響いた。
──直後、彼の頭上の空間が揺らめき、まっすぐに切れ目ができたかと思うと、そこから何かが現れた。
それは、包帯をグルグル巻きにした十本の指であり、内側から見えない扉をこじ開けるように、空間に爪を立てる。
間もなく、宙は強引に切り裂かれ、濃密な霧に満たされた向こう側から、異次元の主が飛び出して来た。
瞠若する宰の瞳の先に降り立ったのは、蚕蛾の怪物。
「アンノウン」こと──白い髪の少女のお面を着けたマジュウは、細い脚を伸ばし悠然と立ち上がった。
「な──なんで……⁉︎ あ、あのマジュウは──シルキーちゃんのマジュウは、僕だったんじゃ⁉︎」
「……違います」答えたのは、碧花だった。「あれは、本物の高村暁太郎がマジュウ化した姿でした……。そして、彼の死体が空鳥様の物となって以降は、『曰く』の力の化身となったのです」
彼女が言い終えると、木乃伊の持ち主はやれやれと肩を竦めた。
「説明したかったのに、先に言われてしまったよ。──彼女の言葉どおりだ。例のライターで言うところの炎の刃が、このマジュウなわけだね。……そして、あの日、君にはこのマジュウが貼り付けられていた。謂わば、コラージュされていたんだよ。無論、敬紫様や朔を食い尽くしたのも彼。よかったね、人食いじゃなくて」
「…………」宰は答えず、蚕マジュウの姿を見つめた。
「それにしても、私も驚いたよ。あのコワモテの警部が、こんな子供向けアニメのヒロインを象った姿になるなんて。どうやら、亡くなった娘の影響らしいんだがね。……よほど彼女のことが忘れられなかったんだろう。──ほら、北郷くんが言っていた話さ。『十五年前に霧の中で亡くなった』って」
「…………」
「最愛の娘を失った彼の中には、マジュウに対する物と同じくらい、皇木への憎悪が渦巻いていた。──つまり、『何故娘を助けてくれなかったんだ』と言う、どうしようもない感情さ。
そして、私はそれを、ある種の復讐心にまで育て上げてあげた。結果、思惑どおり、警部は私に協力してくれた……。──もっとも、その娘の死も、私が仕組んだコトなんだケドネ」
「あ、あなたは、いったいどこまで……!」
激しい憤慨の為か、彼は顔を青褪めさせた。
すると、彼の前にいた北郷が、
「碧花さん。宰様を頼みますよ」
「……はい。お任せください」
短いやり取りを終えた彼は、「曰く」の化身に飛びかかった。右腕にのみ残った鎌で斬撃を放つ北郷に対し、アンノウンは飛び退いてこれを躱す。
その間に、「宰様はこちらへ!」と、碧花が少年の手を取る。
「で、でも」
「今は私たちに従ってください! あなただけは、なんとしても護らなければならないのです!」
彼女は宰を連れトンネルの方へ走り出した。
が、そこに辿り着くよりも先に。
「……残念。逃がしはしないよ」
木乃伊の瞳が再び光り──直後、地面を蹴り付けた空鳥は、一瞬にして二人の前に立ち塞がった。驚異的な跳躍力を発揮した彼の背中には、巨大な蚕の翅が。
「コラージュにはこう言う使い方もあるんだよ」
その姿を見た碧花はとっさに宰を庇うように立った──が、途端に白い翅が高速でしなり、彼女の体を吹き飛ばしてしまう。
「碧花さん!」
マジュウの相手をしながら、北郷が叫んだ。
地面に転がった碧花はどうにか体を起こしかけたが、少年との距離は遠く、それどころかすぐに立上れないようだ。
「糞っ、よくも彼女を!」
怒りを露わにした彼は敵を蹴り飛ばし、空鳥 へと攻撃を転じようとした。
が、しかし、そうするよりも先に、背後から新たなマジュウが現れ、組みつかれてしまう。いつの間にか、「二体目」が召喚されていたのだ。
「……さて。これで君を護る者はいなくなった。高村警部の木乃伊も見せたし、私的にはもうここに用はない。──おとなしく付いて来てくれるかい?」
彼は手を差し出した。
正体を持たぬ怪物の姿を、少年は精一杯睨み付ける。
「い、いせません宰様! お逃げください! その男は、あなたを他の黒巫女の家系に売り渡すつもりです!」
口の端に血を滲ませた碧花が叫ぶ。
「さあ」と、空鳥はさらに掌を前に出した。
「……僕は……僕は……」
「ん? なんだい? 言いたいとこがあるのなら言ってごらん?」
「僕は──僕は!」
眦を決した宰は左袖の中に手を入れ、そこから燎子のライターを取り出した。
「僕は、あなたには付いて行きません! でも、逃げるつもりもない! 僕はもう──誰かに護られるのも、利用されるのも、嫌なんだ!」
叫んだ彼は蓋を開け、ホイールを回転させる。火花が迸り、瞬時に螺旋状に渦巻く炎の刃が現れた。
「曰く」の力を引き出したのだ。
「あなたと戦います! 今、ここで! そして、死んで行った人たちの無念を晴らす!」
「ハハハ、オモシロイじゃないか。……そう言うのを何と呼ぶか知ってるかい? ──『思い上がり』さ」
相手が言い終えるよりも先に、宰は左手を添えて炎の剣を振り上げ、雄叫びと共に斬りかかった。
が、しかし、蚕の翅が素早く動き、容易く受け止められてしまう。
と、すぐさまもう一方──左側の鱗翅が少年の顔を殴り付けた。
あえなく転がされた宰は、血反吐を漏らしつつフラフラと立ち上がる。
「宰様! 無茶です!」
「そうです! あなたの敵う相手ではありません!」
碧花と北郷の言葉には取り合わず、彼は再び強敵に挑んだ。
が、今度は刃を振り下ろす間もなく吹き飛ばされた。
少年はすぐさま立ち上がり、得物を振るう──そして、即座に打ち据えられる。何度も、何度も、何度も何度も何度も──ひたすらそれが繰り返された。彼の攻撃はいっこう相手に届かず、悪戯に痛め付けられて行くばかりだ。
やがて倒れ込んだ拍子に、宰はとうとう武器を放り出してしまった。
炎の刃は地面に落ちた途端に消え去り、剣はただのライターに戻る。
「くっ……!」
彼は懸命に手を伸ばしたが、その指先が触れる前に、男の手がそれを拾い上げた。
「勇気だけは認めてあげてもいいかな。しかし、簡単に武器を放してしまうようではまだまだだ」
偉そうに言った空鳥は、何を思ったかホイールを親指で弾いた。
すると、あろうことか先ほどと同じ──いや、それ以上の勢いで、燃え狂う刃がそこに顕現したではないか!
「な、んで……⁉︎ 何故、あなたも『曰く』を……!」
「私にも繋がりがあるからさ。……と言っても、皇木ではなく今の持ち主との、だけどね」
「……え?」
「君には関係ない話だよ。そんなことより、今はお仕置きの時間だ。父親の武器で折檻してあげよう」
彼は容赦なく腕を振り上げた。
宰は匍匐の姿勢から、喉を逸らしてその様子を見つめる。
が、すぐに一度目を伏せると、
「……『苦しい時こそ笑顔が大事』……『しょっぱい涙もペロリと舐めちゃえ』」
「は? ──なんだい?」
「……シルキーちゃんなら、まだ諦めない……! シルキーちゃんは、どんな逆境にだって、あのアホみたいな笑顔で立ち向かうんだ!」
青タンや擦り傷を拵えた顔で懸命に笑みを浮かべた。
それを見下ろした空鳥は、暫時無機的な表情を見せ、
「……………………あっっっっっっそ」
何の感情も込めずに言い放ち、右腕を動かした。
「「宰様!」」
少年は、決して目を逸らさなかった。迫り来る炎の斬撃から。
──すると、その時。
ビュンッと風を斬るを音と共に、ある白い物体が飛来した。
その何かは急激に変化しつつ、得物を握る空鳥の手に食らい付く。
「──⁉︎」
痛烈に指を弾かれた空鳥は、さすがに予想外の奇襲だったらしく、ライターを落としてしまった。
剣から燃え狂う刃を奪った弾丸は、何の変哲もないシャトル──
「……ナルホド。右と左とでは、本当に変化が違うのですね」
たいして感心している風でもない声で、彼女は呟いた。
舞台上にいた者たちは、みなトンネルのある方へと喫驚した顔を向ける。
──果たして。
そこには何故か黒巫女の装束を身に纏った篝燎子──と、その後ろにデコボコ姉妹が立っていた。




