鵺退治③
「……た、高村、警部……?」
返り血を浴びた顔を青褪めさせる少年。
すると「その存在」は一見して柔和な表情──人を殺した直後にもかかわらず──のまま、
「残念だが、その男はとっくの昔に死んでいるよ。──まあ、私が殺しちゃったんだけどね」
「な、何を──あなたは、いったい……⁉︎」
「……私はね、君のお祖父さんの部下の一人さ。名前は、そうだな……カラトリと呼んでくれたまえ。『空っぽの鳥』と書いて、空鳥。──この呼び名が、一番気に入ってるんだ」
──空鳥。
その二文字は、否が応でも「鵺」を連想させる。
結局のところ、宰のすぐ目の前に立った男はどこまでも「正体不明」なのだ。
唯一明らかなのは、人を屠殺すことに熟れており、尚且つその行為にミジンも躊躇いがないと言うことのみ。黒い陽炎のように揺らめき立つその暴力性だけは、動かしようのない事実だった。
空鳥は、未だ熱の冷めぬ凶器を少年に突き付け、
「さあ、私と一緒においで。懐かしいところに連れて行ってあげよう」
※
──数分後。
二人は中庭に立っていた。高村は隣りの少年に銃を突き付けたまま、片手で古井戸の口を塞いでいた板を取っ払って行く。
ほどなくして、彼は仄暗く口を開けた闇を顎で示し、
「さあ、どうぞ。ここが入り口だよ。この井戸から、地下に潜るんだ」
「…………」
「どうしたんだい? 早く入りなよ。それとも、今すぐここで頭蓋を吹き飛ばされたいかな? あのオバサンみたいに」
間近からその光景を目の当たりにしたばかりの彼に、逆らうことなど不可能だろう。
生唾を呑んだ宰は、彼の言葉に従い、左脚から先に井戸に入った。ほどなくして、少年は縁に掴まってぶら下がるような状態となる。
それを見下ろした空鳥は、徐に拳銃を宰の方に向け、
──ドンッ。
「わっ⁉︎」
左右の手の間を撃たれた彼は、掴んでいた物を離してしまい、その姿は瞬く間に闇の中に消えた。断末魔の叫びだけが、尾を引くように木霊する。
──井戸の中はなんと滑り台のようになっており、宰は垂直ではなく斜めに落下して行った。学校なんかにある斜降式救助袋に近い感覚か。地面を丸くくり抜きコンクリートで固められた狭い空間を、結構なスピードで滑走した。
「──わっぶっ⁉︎」
やがて、宰は暗くジメジメとした空間に放り出された。足から先に地面に着いたが勢いはなくならず、つんのめるようにして、強かに体を打ち付ける。
彼が痛そうに呻いていると、空鳥が同じ入場口から現れ、宰とは違い軽やかに着地した。
少年の後ろに降り立った彼は、その襟首を掴み起き上がらせる。
「ほら、寝ている暇はないよ。彼女に追い付かれる前に、君に見せたいモノがあるんだ」
ズボンのポケットから取り出したペンライトを点け、彼は歩き出した。
さりげなく、それでいて油断なく、宰の頭に凶器を向けたまま。
二人は巨大な朱塗りの鳥居を潜り、その向こうに口を開けた横穴の中に入って行った。
「私はね、幼い頃に古神の家に売られて以降、黒巫女としての修行を積み、この家に仕えて来たんだよ。だから、君のお祖父さんやお母さんのこともよく知っている。もちろん、七年前の人間蠱毒や、今回の計画もね」
「…………」
「……君は、君のお祖父さんとお姉さんを食べてしまったね」
「なっ──」
「思い出したんだろう? あの日あったことを。……しかし、君はまだ全てを知っているわけではない」
「ま、まさか……まだ、何か……!」
「焦らずとも、じきにわかるさ。──さあ、到着だ」
トンネルを抜けた先は、開けた空間となっていた。歪んだ円形の舞台のような場所で、天井に穴が空いており、その真下の辺りは仄白く照らされていた。
足を止めた宰は、呆然と周囲を見回す。
「七年前、君たちはここで殺し合いをさせられた。そして、その結果鶫は死に、朔は重傷を負った。君は体の方は無傷だったけど、精神が崩壊れかけちゃってね。完全にダメになる前に、記憶を弄らせてもらったんだよ」
「あ、あなたが僕の記憶を⁉︎」
「私と敬紫様だよ。──もう少し奥へ行こう。オモシロイ物が見られる」
二人は再び足音を響かせ、舞台の奥──濃密な暗がりの方へ近付いて行った。
やがて、ペンライトの光芒は、大きな石の階段のような物を探り当てる。階段と言っても数段しかないらしく、その上一つ一つの高さが大人の身長ほどもあった。むしろ、石でできた雛壇と言った方が適切だろう。
白い光はその石段を這い登って行き──かと思うと突如、そこに異様な物体を浮かび上がらせる。
──それは、胡座を掻いた人間の手と脚だった。
黒装束を身に纏った何者かが、禅を組むような姿勢をして、雛壇の頂に鎮座しているのだ。
しかも、その手足は完全に干からびており、明らかに生者のそれではなかった。
「あっ──あれは⁉︎」
声を上げる宰の視線の先で、骸の首から上が照らし出された。
──光の中に現れたのは、茶色く変色した不気味な顔。髑髏の形がよくわかるほど肉が萎み、茶からびた皮ばかりとなった頭は、まるで木を削り出して拵えたかのようだ。
その異常な死体──木乃伊化した骸を目の当たりにし、宰は絶句した。
「驚いたかい? あれはね、謂わば私の武器の一つなんだ。つまり、篝燎子の持つライターと同じで、『曰く』付きのシロモノなのさ」
「ぶ──武器……? ひ、人の死体、が……?」
「ああ。──とは言え、確かにただの死体では、『曰く』の力など宿らない。あくまでも、人工物でなければならない──と言う『設定』だからね。……しかし、これは裏を返せば、元々が何であれ人の手が加えられていれば、問題ないと言うことになる」
「そ、それじゃあ──まさか⁉︎」
「そう。私は彼の死体を新鮮なうちに加工し、そこに祀った。──謂わば、人工の木乃伊と言う『道具』に作り変えることで、武器になるようにしたのさ」
──人間の死体を武器として扱う為に、木乃伊へと加工する。なんと冒涜的な行為、悪魔的な所業だろうか。
しかし、男にはいっさい悪びれる様子がない。それどころか、まるでコレクションの中の自慢の品を紹介するかのような無邪気さしえ、感じられた。
「……だ、誰……なんですか? あ、あの人は、いったい……」
「ああ、アレの材料はね──七年前に私が殺した、本物の高村暁太郎だよ」
──先ほど書斎で、朱美は「五人もの人間が犠牲になった」と言っていた。本当の五人目の死者は、この暗い洞窟の最奥にいたのだ。
「……七年前、高村警部はマジュウ化して君のお父さんと戦った。私がそうなるように仕向けたのさ」
「も、もしかして……父さんを殺したのは……!」
「概ねは彼、かな。……もっとも、トドメを刺したのは私だけどね。君のお父さんはそれはそれは強かったから、二人がかりで倒すことにしたんだ」
「そ、そんな……」
父親の死の真相を知った少年は、愕然と虚空に視線を彷徨わせた。
その姿を、笑ってはいるが無機的な瞳で眺めながら、空鳥はさらに何事か囁こうとしたらしい。
しかし、彼がそうするよりも先に、二人から見て左手の暗がりから、ある人物が現れる。
「……空鳥様。生きていらしたのですね」
彼らが声のした方に顔を向けると、そこに立っていたのは碧花だった。
幽鬼の如く青白い顔に微笑を湛えた彼女が、数メートルほど離れた場所に佇んでいるのだ。
「まあ、アレくらいならね。しかし、酷いことをしてくれたじゃないか。同じ一族の者、それも大先輩を爆破するなんて。──いったい、どう言うつもりなんだい?」
「いやですわ全てご存知の癖に」あくまでも笑みを保ったまま、彼女は続けた。「ところで、朱美様はどうされたのです? 予定では、宰様を説得していたはずですが……」
「ああ、あの人かい? あのオバサンならね──殺シチャッタ」
ワザとらしいほど軽薄な調子で、彼は答えた。
──瞬間。
天井に穿たれた穴の向こうから、何かが舞い降り、空鳥たちを襲った。
襲撃者は疾風のように彼の手の拳銃を叩き落とし、同時に宰の体を抱きかかえるようにして掻っ攫って行く。
何が起きているのかわからない様子の少年を、謂わゆる「お姫様抱っこ」しつつ、それは碧花の前に降り立った。
「痛いなぁ……」
空鳥は、右手の甲の血を舐め取りながら、彼らに目を流す。その視線の先にいたのは、「変身ヒーロー」のお面を着けた男。
「……遅れてやって来るのもまた、ヒーローらしいでしょう?」
そう言った北郷は、左側が露わになった顔に、不敵な笑みを浮かべた。




