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マジュウ・コラージュ  作者: 若庭葉
序──頭蓋編
2/46

セットアップ

 小さな白い蛾はしばし狂態を演じた末、観念したように窓ガラスに着地した。真昼の街並みをシラジラと映し出すその向こうから、喧しい蝉の声が染み込んで来る。

 わずかにカーテンの開かれた窓の下には、「修理中」と言う張り紙をされた()()()()()()が。その傍らに立った体の方は、(おもむろ)に腕を抜き、身に纏っていた物を一気に()()()()()

 ──現れたのは、白い肌を晒した瑞々しい女の肢体。滑らかな背中のラインやくびれ、ほどよく突き出たヒップなど、ある種「造形美」とも言える理想的なプロポーションをしていた。

 そんなわけで、おおよそ完璧な彼女の後ろ姿なのだが、架空のカメラを下に向けて行くと、やがて()()()()が映り込む。

 スラリとした細い脚の先に、何故か武骨な()()()()()を履いているのだ。

 着ぐるみの中にいながら──ましてや下着だけの体に──このようなブーツとは、いったいどんな感覚(センス)の為せる業なのか。人のよってはフェティシズムをくすぐられそうではあるが……。

 女は巻いていたタオルを取り去り、軽く頭を振る。金に近い色合い(ハイトーン)のホワイトアッシュの髪が、煌めくように背中に流れた。

 ──と、そのタイミングで。

 テーブルを挟んで反対側の壁に沿えて置かれたベッドの上で、先ほどの少年が目を覚ます。


(……あれ、なんで寝てるんだろ……? と言うか、今まで、何をしていて……)


 長いまつ毛に縁取られた、食虫植物(ハエトリグサ)のような瞼を開け、彼は暫時天井を見つめた。

 ──が、やがってハッとした様子で、


(そ、そうだ……さっき霧海の中で襲われて、それで、変な着ぐるみが……!)


 タオルケットをはだけつつ、勢いよく上体を起こした。その左頬には、小さく血の滲んだ絆創膏が貼られている。

 と、女も彼が起きたことに気付いたらしい。掴んでいた物を無造作に放り、彼女は振り返った。


「……目、覚めた?」

「へ?」


 少年は虚を突かれた様子で、間抜けな甲高い声と共に、女の方を向いた。

 彼の視線の先にあったのは、前述のとおりの「造形美」──なのだが、そこには後ろからではわからない()()()()()()()が、存在感を示していた。

 要するに、それはそれは豊満(おおき)いのだ。

 地味な下着(ブラ)の中、窮屈そうに収まっている「女性の象徴」が。


「あ……」


 少年は反射的かつ必然的に、そこに釘付けとなる。思考が追い付かないのか、すぐにリアクションに反映できないらしい。

 彼は口を半開きにしたまま首の角度を()()()、相手の視線を見上げた。

 少年を見下ろす若い女──二十代前半と言ったところか──の顔は、陶器のように白く、尚且つ端正すぎるほど端正だった。誰もが「美人」と認めるだろうが、それ故にその無表情──顔筋が職務放棄しているような能面ヅラが、作り物じみた不自然さを醸していた。


「……何? ……どうかした?」


 女は、サエザエと澄んだ瞳に彼を映しながら、梟を思わせる仕草で首を傾げた。

 すると、後回しにしていた物が一気に押し寄せたかのように、


「あ、いや、あの、えっと──ご、ごめんなさい!」


 赤面した少年は、上半身が捩じ切れんばかりの勢いで顔を背けた。


(な、何あれ⁉︎ 胸どころかもはや()()と言うか──そ、そもそも、なんでこの人平気そうなの⁉︎)


 壁の方に向き直り、絶賛混乱中らしい彼を、女はやはり無言で眺めていた──が、すぐに着替えを再開する。

 ベッドに背を向けた彼女は、床に落ちていたジーンズを拾い上げ、ブーツを脱いだ脚をそれに通した。

 そして、何故か再びブーツを()()()()


「……君が、センパイの紹介で来た()()()()()?」

「へ? そ──そうです! あ、あのっ、姉から聞いてると思いますけど、弟の古神(ふるがみ)(つかさ)って言います! 今日からお世話になりますと言うか、ホントすみませんと言うか、そのぉ……」


 宰は真っ赤な顔を壁に向けたまま、シドロモドロに自己紹介をした。純情な少年──を通り越して、「処女(おとめ)」のような反応だ。


「……弟」呟いた女は暫時手を止めてから、「……そう。……なら、こっちも一応名乗っておくけど、私がこの()()()()()の代表──(かがり)燎子(りょうこ)。……ヨロシクネ」

「は、はい、よろしくお願いします……。……ところで、ここはどちらなんでしょう……?」

「……私の部屋。……ちなみに隣りが職場」

「な、なるほど……。──あ、あの、篝さんが助けてくれたんですよね?」

「……別に、私は()()()()()()()。……たいしたことはしてない」


 無地(しろ)のTシャツに袖を通しつつ、燎子はそっけなく答えた。


「え、でも……」

「……どうでもいいけど、落ち着いたら事務所の方に来てね。一人()()()()()()()がいるから……」


 最後に燎子は、壁にかけてあった黒いレザージャケットを手に取った。それを羽織り、季節外れな格好となったところで、着替えは完了したらしい。


「は、はあ……わかりました」


 恐る恐る体の向きを変えた宰はそう答え、彼女を見送った。

 彼から見て左手にあるドアが、「探偵事務所」とやらに繋がっているのだろう。

 そこから出て行く間際、燎子は玄関にあった物にいちいちブーツを()()()()()()()、少年はその様子を不思議そうに眺めていた。

 ──扉が閉まり、彼は一人きりになる。


(……もしかして、あれは()だったのかな……? でも、それにしては妙にリアルな感じだし、実際気絶してたし……)


 宰は探るように、後頭部に手をやった。途端に「(いた)っ」と軽く悲鳴を上げて、顔をしかめる。


「やっぱり、ちゃんと痛い……」


 涙目になった少年は、改めて室内を見回した。

 彼が寝かされていたのは、簡素な部屋だった。小さなテーブルの上の灰皿や、時代遅れな型のテレビ、CDと書籍が納められた本棚、閉じたクロゼットなど──薄暗い室内には、あまり女性らしさを感じさせない家具調度が、サツバツと置かれている。

 ひととおり眺めて行った彼の目線は、ほどなく、燎子の出て行ったドアに戻って来た。


(とにかく、確かめてみよう……)


 一人頷いた宰はフローリングの上に降り立ち、ペタペタと出口に向かった。狭い玄関口には一組のスニーカーが揃えて置かれており、少年は迷わずそれを履いた。

 そして、一瞬躊躇った(のち)、ノブを捻る。

 ──扉の向こうは事務所か何からしく、少年がドアを開けると、冷房が効いた中には二人の人物がいた。

 一人はもちろん燎子で、今は部屋の隅──並んだ事務棚の前にある古い書斎机に、偉そうに脚を組んで座っている。火の点いた煙草を咥えた彼女は、無機的に宰を一瞥した。

 しかし、彼に声をかけたのは、もう一人の人物だった。


「やあ、もう起きても平気かい?」


 中央に置かれた応接用のソファーに腰かけた彼は、低いがよく通るバリトンボイスで言った。五十代くらいの大柄な男で、柔和な口調に反して眼光がスルドい。また、白髪の混じった髪をオールバックに撫で付けており、広い額に垂れかかった一房の前髪が、むしろ滑稽に見えるほどダンディである。

 鷲鼻のイカツい顔貌はとてもカタギの人間とは思えず、少年も少々たじろいだ様子だった。


「は、はい……一応」

「それはよかった。──君もこっちに座りなさい。シフォンケーキがあるから、一緒に食べよう。自信作なんだ。今回は抹茶の生地に小豆を入れて、和風にしてみたんだがね」

「はあ……」


 勧められるがままに、彼はテーブルを挟んだ向かい側のソファーに、腰下ろした。

 (まく)ったYシャツの袖から逞しい腕を覗かせた男は、「飲み物は麦茶でいいかな?」と確かめた(のち)、席を立つ。先ほどの口振りからしてシフォンケーキを作ったのも彼のようだが、正直見た目とのギャップは悪夢的だ。

 彼が向かった先には小さな流しがあり、食器棚や冷蔵庫までもが設置されていた。事務所内にの主な家具は今まで述べて来たとおりで、他には宰の背後の壁に、丸い時計がかかっているくらいか。

 ──ほどなくして、少年元に洋菓子の乗った小皿とフォーク、それから麦茶が運ばれて来た。


「さあさあ、遠慮なくお上りなさい。今日から君もこの探偵事務所の一員になるのだろう? だったら私の差し入れを食べるのは、まあ、通過儀礼のような物だ」

「あ、ありがとうございます。いただきます」軽く頭を下げ宰は、オズオズとフォークを手に取った。「……あ、美味しいです」

「それは何よりだ。──そうそう、自己紹介がまだだったね」彼は背もたれにかけてあったスーツの上着に、手を伸ばす。「申し遅れたが、私はこう言う者だ」


 名刺入れを取り出して一枚引き抜くと、向きを変えて宰の前に置いた。そこには「羽衣署霧海被害対応課 課長」と言う肩書きと共に、男の名前が印字されていた。


「ムガイ課課長の高村(たかむら)だ。ここにはよく顔を出すだろうから、よろしく頼むよ」

「は、はい。──えっと、僕は」

「古神宰くんだね? 篝くんから聞いているよ。……それにしても、君はお父さんよりもお母さんの方に、よく似ているね」

「え? 父と母を知ってるんですか?」

「ああ、君のお父さんとはよく一緒に『仕事』をさせてもらったんだ。懐かしいね。彼が()()()()()もう七年になるなんて、とても信じられないよ」


 そう零した高村は、感慨深そうに一人頷いた。

 彼はまだまだ「積もる話」がある様子だったが、冷たい一言がそれをさせない。


「……警部」


 煙越しに彼に向けられたその顔は、やはり無表情だったが、それ故に妙な圧が感ぜられた。

 その視線を見返した高村は、そこで初めて自分の失態に気付いたように、


「と、ところで、もう具合はよさそうかな? 後頭部(あたま)を打っていたようだが」

「は、はい、大丈夫です。……ただ」

「何かな?」

「……実は、さっき霧海の中で()()()()()()に襲われた気がするんですけど……」

「怪物? はて……?」


 高村はそこで、素早く書斎机の方に()()()した。それを受けた燎子は無言のまま目を頷き、灰皿に灰を落とす。


「さあ、何のことだろうな。私にはよくわからないが……」


 そう答えた彼は顎を手で摩り、いかにも「考え込む」ポーズを取った。

 信じてもらえてないと判断したのか、少年は幾分か身を乗り出した。


「あ、あの、僕本当に見たんです! なんか昔のアニメのお面を着けてて、大きな蜘蛛と合体した魔法少女的な物を!」

「……………………」燎子はかなり間を置いた(のち)、「……え? 本気で言ってる?」

「い、一応そうです……。自分で言ってて信じられなくなって来ましたけど……。──で、でも、実際これ」彼は探偵の方に顔を向け、左頬を指さした。「この傷っ、怪物に襲われそうになってできた奴なんですよ?」

「……転ンダンジャナイデスカ」

「こ、転んだだけで、こんな風に怪我しないと思うんですけど……。──そうだ、あのライター! 篝さん、ライターの火を刀みたいにして戦ってましたよね⁉︎」

「……ライターって、これ?」


 呆れたように言いながら、燎子はジャケットの内側から問題ライターを取り出した。

 彼女が掲げたそれを、少年は緊張した面持ちで見つめる。

 燎子は慣れた手付きで蓋を開け、一つ火を点けてみせた。


「……見てのとおり、ただのライターだけど……?」


 彼女の言葉どおり、表面が傷だらけで場所によっては爛れていることを除けば、至って普通のライターでしかない。

 少年はしばし疑わしそうな目付きで、小さな灯火を凝視していたが、結局諦めるしかなかったようだ。


「……確かに、刀になんてならなそうですね……」


 そう言って浮かせた腰を下ろす彼に、高村は励ますような声で、


「きっと霧海を吸い込んだ影響だろう。あの霧は有害なだけでなく、少々()()を見せる作用があるならね。──とにかく、まずはこれを食べてみなさい。少しの霧の毒になら、甘い物がよく効くんだよ」


 霧雨はディメンターか何かなのか。宰は力なく、「いただきます……」と答える。

 そして、少年が二口目を口に入れた、その時──

 彼と高村の背中側にあったドアが、コンコンと遠慮がちにノックされた。


「どうやら、さっそく仕事のようだね」

「……そうみたいですね。──どうぞ、お入りください」


 ガラスの灰皿で煙草を揉み消しつつ探偵が声をかけると、開いたドアの隙間から、一人の客人が顔を覗かせた。

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