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マジュウ・コラージュ  作者: 若庭葉
序──頭蓋編
1/46

プロローグ:霧の海

「……僕もね──()()()()()()()()()()()()()


 業火に焚殺(やか)れる森の中、()()()()はそう言った。


「……それも、()()()()を殺したんだ。……自分の()()を、まかり通す為に……」


 予想外であろう告白に、もう一人の影法師は言葉を失う。


「君よりも、僕の方がよっぽど化け物、かもね……」


 その人物は煤で黒ずんだ唇を震わせ、自嘲するように微笑んだ──


 ※


 青白い霧に呑まれた通りの中を、一人の少年が彷徨っていた。


(……参ったな、遅刻しちゃった上に“霧海(むかい)”に遭うなんて。この辺って、シェルターどこだっけ……?)


 非常に中性的な顔貌の彼──半袖の白いシャツとカーキ色のズボンと言う出で立ちでなければ、「女の子」にしか見えない──は、ブロック塀伝いに、ヘッピリ腰で歩く。

 するとほどなく、濃密な白乳色のヴェールの向こう側に、()()が浮かび上がった。

 ──それはなんと、お祭りの屋台などで売られているような、()()()()()()()

 謂わゆる「魔法少女」であろうか。ピンク色の髪のキャラクターを象った製品が、唐突に霧の中から──それも何故か二メートル(、、、、、)近い高さ(、、、、)に──、顔を出したのだ。

 少年は、ギョッとした表情で足を止めた。


「あ、あれって──確か、()()()()()()()……」


 彼が呟いた時、道の先に佇む何者かは(おもむろ)に、


「『……ルララ〜マジカル〜、マジカル〜、魔法のパワーで何でも解決〜』」


 何やら子供向けアニメのテーマソングらしき物を、口ずさみ始めた。

 ──刹那、何かがビュンッとしなるような音と共に、()()()()()()()が振り下ろされ、深々とアスファルトに突き刺さる。

 粉砕される「止まれ」の三文字。

 衝撃で破片と砂煙が舞う中、彼は尻餅を突いた。アスファルトの欠片が掠めて行った左頬から、赤い血がネットリと滲み出す。

 しかし、そんなことには気付かぬ様子で、少年は悠々と引き抜かれた節足(あし)の行方を、呆然と目で追った。


「『ルララ〜愛と正義の〜、魔法ぉ少女〜』」


 ──やがて朧げに見え始めた彼女のシルエットは、明らかに人間のそれではなかった。何か()()()()のような物──蜘蛛であれば頭に当たる部分──から、女の上半身が生えているのだ。

 しかも、その人体の部分は、ピンク色を基調としたテラテラの衣装を着ているらしく、いかにも「魔法少女」と言った格好だった。派手なコスプレ衣装の安っぽさと、アラクネの如き姿との不調和(ミスマッチ)が、コラージュ画のような異常さを醸す。


(……な、何、これ……なんでこんな()()が、霧海の中に⁉︎)


 異形の者を見上げるその顔に、明確な恐怖と絶望が広がって行く。冷汗がその輪郭を伝い流れ、カチカチと奥歯が打ち鳴らされた。


「『マジカル〜、マジカル〜、魔法のパワーで〜、()()()()共を去勢(ころ)しちゃうぞっ☆』」


 そこで再び、前節足(まえあし)が振り上げられる気配がした。

 しかも、今度は二本同時に。

 イッパイに見開かれた彼の瞳は、直後、頭上から迫り来る鋭利そうな節足(あし)の先を映し出す。


(こ、今度こそ死──て言うか、ヤリチンじゃないし!)


 が、最後までそれを見ていられなかったようで、彼はギュッと瞼を閉ざし、顔を背けた。

 そして、今まさにそれが少年の体を貫き、二つの風穴を穿つかと思われた、その時。

 ──ケタタマシイ悲鳴(、、、、、、、、)が、霧の海に響き渡った。

 と、同時に、何か燃えない物を無理矢理焼くような異臭が、辺りに立ち込める。

 目を瞑っていた彼は、長い睫毛に縁取られた瞼を恐る恐る開き、自分が生きているとも死んでいるとも知れない様子で、顔を上げた。

 ──そして、喫驚の為か、再び目を見開く。

 振り上げられた二本の節足には火焔(、、)が纏わり付いており、怪物はそれを揉み消そうと必死に足踏みをしていた。笑みを浮かべたお面の向こうから、オゾマシイ苦悶の叫びを上げながら。

 これだけでも十分に異常な光景だったのだが、彼はすぐにもう一つ、予想だにしなかったであろう物を目の当たりにする。

 いつの間にか彼の前に、()()()()()()()()()()()()()が、背を向けて佇んでいたのだ。

 よく見れば、それは耳の長い犬あるいは狐に似た生き物──もとい着ぐるみ(、、、、)ではないか。


(……あ、あれは──()()()()()()()()()()()()⁉︎)


 唖然とした少年が下から順にその姿を見上げていると、


「……初日から遅刻だなんて、いい度胸──と言いたいところだけど、私もバイト(、、、)が長引いていたから、大目に見てあげる」


 抑揚の乏しい、若い女の声が降って来た。

 その言葉を聞いた少年は、何かしらハッとした様子だった。

「も、もしかして……」と彼が言いかけたところで、怪物がヒステリックにガナリ立てる。


「糞! 糞! 糞! 糞ぉぉ! どいつもこいつも私の邪魔しやがってぇぇぇ! あの腐れ(、、)チンカス野郎(、、、、、、)の前に、まずはお前をマジカル☆殺してやらぁぁぁ!」


 お面の下から唾を飛ばして怒り狂った怪物は、攻撃対象を薬局のマスコットへと転じたらしい。ステッキを握った手をメチャクチャに振り回しながら、左右四本ずつの節足(あし)を恐ろしい速さで蠢かせた。

 異形の存在が猛突進して来るにもかかわらず、彼女は実に悠然としていた。そして、やけに年季の入った()()()()()()()を握った右手を横に伸ばし、着ぐるみの指で器用に蓋を開ける。


「……ソウデスカ。……なら、私は焼き斬ってあげましょう……あなたを蝕む、その『蟲』を」


 言い終えると共に、彼女はピンク色の指でホイールを回し、小さな穴の空いた口で火花が爆ぜた。

 ──直後、オイルライターから猛烈な火柱が噴き上がる。細長く伸びた火焔は先端で対流しながら燃え滾り、まさしく炎の刃(、、、)を作り出した。


(火が……刀になった……⁉︎)


 再三驚愕の表情を浮かべた彼の目の前で、女は炎の剣を振り上げ、振り下ろす。

 燃え狂う刃は、怪物の攻撃を真っ向から受け止めた。炎に照らし出された「魔法少女」の半身は、やはり巨大な蜘蛛──奇抜な縞模様を持つ、女郎蜘蛛であった。

 暫時鍔迫り合いを演じた末、女は両手で握り締めたライターの火焔で、相手を押し返す。後方に着地した蜘蛛の化け物に、マスコットは作り物の目を向けながら、


「……取り敢えず、どこかに隠れてて。……すぐ終わらせるから」

「え──あ、は、はい!」


 少年は、そこでようやく弾かれるように立ち上がった。

 一方、「魔法少女」は右手のステッキを逆手に持ち替えており、


「『マジカルぅ! フラぁぁッシュぅぅ!』」


 技名と思しき物を叫ぶと共に、癇癪を起こした幼児のように投げ付けてきた。

 しかし、マスコットは首を軽く動かして、これを躱す。ステッキは、着ぐるみの頬をわずかに掠めただけに終わった。

 ──のだが。

「ふがっ⁉︎」と言う妙な声を上げ、少年は前のめりに倒れ込んでしまう。踵を返して逃げようとした矢先、彼の後頭部にステッキが直撃したのだ。


「……あ、シマッタ」この時初めて振り返った彼女は、全く感情の籠っていない口調で呟く。「……どうしよう……死んだ?」


 突っ伏したまま微動だにしない少年と、その(そば)に転がったおもちゃを見下ろしつつ、ピンクの狐は首を傾げた。それだけ見れば、まるで着ぐるみショーの一幕のようだ。

 その間にも、怪物はこの機を逃すまいとばかりに、すぐ背後で節足を振り上げる。


「……さすがにそれは、あの姉妹(、、、、)に怒られる」

「死ねぇぇぇぇ!」


 怪物は半ば勝利を確信したかのような雄叫びを上げた。

 ──次の瞬間、強烈な打突が、絶妙に可愛くないマスコットの顔の真ん中を貫いていた。

 (つぶら)だが生気のない双眸の間が破れ、傷口から肉片のように綿が飛び散った。位置が位置なだけに、当然「中身」も無事ではないだろう。

 ──にもかかわらず。

 首から下は、()()()()()()()

 それも、怪物の攻撃に勝るほどの超高速で。

 目にも留まらぬ神速(はや)さで斬り払われた「魔法少女」の体は、傷口から這い広がる業火に包まれる。その拍子に、節足(あし)の先から抜けた着ぐるみの頭部(あたま)が弧を描きながら、体の目の前へ落ちて来た。

 路面に膝を着いた彼女は、それには見向きもせずに、振り抜いた腕を下ろす。悠々と立ち上がったその左手には、いつの間にかシルバーの携帯電話──若者には珍しい()()()()──が、握られていた。


「……マジカル☆フラッシュは、テレビアニメ『マジカル☆ヒミコちゃん』第十一話に登場した、幻の必殺技……。子供が真似しておもちゃを投げると危ないからと言う理由で、それ以降使われなくなった。

 ……そして、その回の敵役である“アラクネガティヴ”は、恋人に浮気され、裏切られた女性が魔改造されたモノ。──ナルホド、()()()()()()()()デスネ」


 携帯電話の画面を見下ろしていた彼女は、そこまで言うと、横目だけを後ろに向けた。

 その視線の先で、「魔法少女」はもがき苦しみながら、


「ぐっ、お前ぇ! 何者だ!」

「……私は()()()()()()()()


 言いながら、頭に白いタオルを巻いて髪を収納した女は、ようやく振り返る。


「……あなたを狩る存在(もの)です」


 悶絶する怪物に向けられた鳶色の瞳は、冷徹(つめ)たく思えるほど、澄み渡っていた……。

 ──季節は夏。八月の蝉の()が、イントロダクションのように加速する。

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