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87.引きこもりと監禁

 もう何が何だか分からない、とヒソラは首を振った。


 そもそも、最初からおかしかったのだ。

 カヨウとアリナがアルンの国に行くのはいい。でもそこにカイロウも一緒に行くというところから、異質過ぎた。


 当主がいない間はレイシン兄さんの天下だから調子乗ったりするんだろうかと様子を見ていたら、次兄はただひたすら不機嫌で、ミカゲツ曰く「大変そう」で。

 とはいえ世界は平和だし何も異変などないだろうと思っていたら、ある日、唐突に、レイシンの言動がおかしくなっていた。何かにつけて「兄上は無事だろうか」「早く帰ってきてほしい」「心配で胸が潰れそうだ」「顔が見たい」「手紙でも送ろうか」などと、恋する乙女かの如き態度を見せつけ。


 心配し過ぎでしょ、と呆れて見物していたら。ある日、ミカゲツの言動がおかしくなっていた。「カヨウ兄さんまだ帰って来ないんですかね」「あの人無鉄砲だから怪我とかしてないでしょうか」「誤解されやすいんですよね、確かに無神経なところはあるけど気遣い屋だし、さり気なく優しいんですよ」などと言い出し。

 この辺りから、薄々、ヒソラにも理解ができてきた。


 何か、何かが、歪み始めている。

 レイシンとミカゲツだけでない、他の男共も、カイロウとカヨウについての言葉数が異様に増加していた。


 そんなある日、キリカがムッとした顔をして、ヒソラに呼びかけた。


「ヒソラお兄ちゃん!」

「な、なんだよ」

「逃げて!」

「はあ?」

「正気でいたいなら、ここを離れるんだよ!逃げて、カヨウお兄ちゃん達を待つんだよ!」

「に、逃げるって…なんで。別に何もないだろ。カイロウ兄さんだってもうすぐ帰ってくるだろうし…そういえば、出発前に食べたお菓子、美味しかったなあ…いつ帰ってくるんだろ」

「うわーっ!!もう既にちょっと侵略されてる!?」


 悲鳴を上げると、キリカは両手でヒソラの背中を叩きつけた。


「そりゃーっ!!悪霊退散!悪霊退散!!」

「いって、いって!やめろキリカ痛いって!どこからそんな力出してんだお前」

「はーーっ、はーーっ!ええいお兄ちゃん!ちょっとは正気に戻った?」

「正気って…あ、あれ、俺、さっきまで何を口走って…?」

「良かった!おまじないは効力あったんだよ!でもこのままじゃ危ない、わたしじゃ力不足なんだよ…!お兄ちゃん!」

「な、なんだよ、キリカ、これ今何が起こって」

「アリナを連れてきてほしいんだよ!きっとアリナならなんとかしてくれるからね!分かった!?カヨウお兄ちゃんとカイロウお兄ちゃんは連れてきちゃ駄目だからね!分かった!?」

「わ、分かった、けど…!」

「じゃあ行くんだよ、お兄ちゃんが最後の希望なんだよ!ええーい!悪霊退散!さあ、逃げて!」

「な、なんだってんだよ…!」


 キリカに力任せに送り出され、ヒソラは走り出す。

 ある程度走ってから振り返ると、妹は、白い顔をして、膝をついていた。

 思わず踵を返しそうになったところで、高い声が繰り出される。


「行って!!戻ってきたら、絶交するからね!」

「…くそ」


 力なく蹲る妹に背を向け、ヒソラは唇を噛み締め、離脱した。


 道中、キリカに叱咤されたおかげかクリアになった視界で、明らかに様子がおかしくなっている男性陣と、それを宥める女性陣を目にし、自分がどれだけ危うい環境に置かれていたかを理解して、震えが止まらなかった。


 そうして、ニラの街へと逃げ延び、アリナ達の帰還を待ち続けた。

 彼らの旅路にトンタも同行していたのは想定外だったが、無事にアリナ達と再会し、家まで帰った。

 これで、全部解決する、はずだった。


 けれど。

 キリカは、やはり、変わってしまっていた。

 それどころか、記憶を取り戻していた。

 しかもその過去には、トンタの生家である伯爵家が関わっているのだという。

 それについてトンタに問い詰める暇もなく、今回の一件の犯人の捕縛が優先され。

 地下に向かったはいいものの、そこには、犯人の力によって身体が変貌したカイロウと、カヨウがいた。


 犯人は、悪魔。ずっとこの地に君臨していたという、人ならざるもの。

 そいつは、カイロウとは既知で、予想外にこちらに友好的だった。


 今回の黒幕は、そいつではなく、その悪魔の生みの親である、ジョンという謎の人物。

 そのジョンという男を捕まえるため、情報を集めるために、中央大森林に行く必要があり。

 けれど、体が変化したカイロウと、カヨウ。そして悪魔によって精神を汚染された男共が、この地を離れるのはリスクが高い。

 更には、ジョンが存命の状態のままで兄達を元に戻せば、再び悪魔が発狂し大暴れする可能性があると主張されて。

 故に。

 ヒソラが、兄の助けを借りることなく、旅に出なくてはならなくなった。


 もう、限界だった。




「痛い痛い痛い!ちょっ!やめてください俺が何したっていうんです!?」

「うるさい!全部…全部お前のせいだ!」


 カイロウからの、任務の指名。

 混乱する頭で、理路整然と異議を唱えられるはずもなく。ヒソラはそれを受け入れるしかなかった。


 とりあえず休憩のため一時解散となったところで、まずヒソラが向かったのは、客間で一人放置されていたあの男の元。

 やることもないのか室内を物色していたトンタは、ヒソラの乱暴な入室に肩を跳ねさせてから「いやあどうも。どうですか、事態は落ち着きましたかぐええ!?」と叫声を漏らす。男の胸ぐらを掴み、持ち上げるほど力を込めつつ、ヒソラはギリギリと歯噛みし睨みつけた。


「暴力反対!暴力反対!おち、落ち着いて話し合いましょう!」

「お前が!お前の家が!キリカに何かしたって言ってたじゃないか!お前が言ったんじゃないか!」

「そ、それはそうです。はい、それについては…で、ですが!だからといってこれは横暴…!」

「…キリカに、何をしたんだ。何があったんだ。答えられるんじゃないのか」

「は、はい…」


 少年の力が弱まったのを察知し、トンタは身を捩り恐る恐るヒソラの手から逃れる。

 距離は取るも、相手の目にまだ敵意が満ちているのを目撃し、トンタは慎重に言葉選びを始めた。


「…それで…ヒソラさんは、キリカの過去について、お知りになりたいと」

「…知ってるのなら話せよ」

「いや勿論、私の分かることでしたら!しかし、なにぶん私も書面で見ただけですので、それほど詳しいわけではないとご理解いただければ幸いといいますか」

「…御託はいいって言ってる」


 慌てて、トンタは説明を始めた。

 かつて、黒い悪魔を恨み、殲滅を志した人々が集い、打倒のための研究を進めていたこと。そこにキリカも実験体として巻き込まれていたこと。彼らの支援を、ココーン伯爵家ら貴族が行っていたこと。

 既に組織が瓦解し、この世に存在しない以上、詳細を探ることはできない。しかし、確かに関与があったからには、トンタは、キリカに謝罪する義務があった。


「謝罪…?謝罪で済ませようって…?人の人生狂わせておいて、まだ、擦り寄るつもりなの…?」

「い、いや、それは」

「お前は!自分が、自分達がキリカに何をしたのか分かっ」

「トンタさんは、わたしに声をかけたんだよ」


 張り詰めた声が背後からした。

 銀髪の少女が、しかめっつらで入室してきていた。


「ニラの街にお兄ちゃん達と出かけた時、偶然、話しかけてきたの。後から考えたら、わたしがヴァースアックの人達と一緒にいたのを見たから、一人になる隙を伺ってたんだよね。取り入るのに丁度良いっていう意図だったのかな」

「そ、それは…」

「でも、黒髪黒目で、剣を持ってるってだけで、ヴァースアックじゃないかって疑って行動を起こすって、すごいよね」

「うぐ…」

「トンタさんのいいところなんだよ」

「ぐ…う?ひょっとして褒められてる…?」

「うん。だってわたしはトンタさんのこと好きだからね」


 なんてことなく宣言する少女に、トンタは混乱して黄色い目を泳がせる。

 「やっぱりトンタさん痩せたねえ。ちゃんと食べなきゃ駄目なんだよ」「いやお前には言われたくない…」などとやりとりする二人を前にして、ヒソラは立ち尽くしていた。


 何故。どうして。

 目の前にいる彼女は、ヒソラのよく知る、妹そのものなのだろう。


 変わっていたではないか。数刻前に相対した時は、確かに隔絶していた。

 記憶を取り戻したのなら、本当の親と、家を探しに行きたいだろうと問いかけて。それに対して、ヒソラの知るキリカならば絶対に「しょうがない」「別にいい」などと、平静に答えはしない。

 あるいは、内容と、結論が同じだとしても。絶対に、ああまで平然とした、どうでもよさそうな調子で、あんな言い方をしたりなどしないのだ。

 だから、あれは、キリカではなかった。

 彼女は変わってしまった。

 そのはずだったのに。


 今、目の前にいる銀髪の少女は、ヒソラの記憶と寸分違わないキリカでしかなかった。


「…なんで…」

「お兄ちゃん」

「……」

「わたし、思い出したよ。覚えてるの。でも、あんまり深掘りしたくない。怖いから。だから、そっとしておいてほしいんだよ。お願い」


 向き直り、真摯に頼み込んでくる妹に、今まで覚えた違和感は存在していなかった。


「トンタさんのことも。実際に関わってた訳じゃないから、酷いことしないでほしいんだよ」

「…怒りはないのか」

「怒ってないよ」

「…お前は本当にそれでいいのか?」


 すると、キリカは目を閉じ、顔を逸らした。


「お、おい」

「またお兄ちゃんに嫌われるから言わない」

「……」


 ならば。やはり、返答は、「しょうがない」「別にいい」だったのだろう。

 そして、それを口にすれば、ヒソラがキリカに失望するのを予知して、彼女は言葉にしなかった。


 ヒソラは力なく首を振る。妹の中で何が起きているのか、知りたかった。けれどそれを、彼女は望んでいない。

 そっとしていてほしい、と踏み込ませてはくれなかった。


 変わったところと、変わっていないところ。あまりに複雑に入り混じっていて、どう判断すれば良いか分からない。

 そして、今ヒソラの時間は、彼女に全て費やせるほど残されていなかった。


 だからヒソラは、固く目を瞑り、深く息を吐いてから、何を言うこともなくその場を立ち去った。




「これさあ、どうにかして画像として残せねえかな。男に戻ってから見返したらまた何か違った感想が浮かんでくると思うんだよな」

「分かります。絶対残してた方がいいですよね。こんな貴重な資料そのまま放っておくの勿体無いですよ」

「どうするよ、お前絵とかいける?」

「いや、人の手の介入はできれば少なくしたいんですよね…映写機買ってきません?」

「つってもお前それ都会にしか売ってねえだろ。時間かかるし。オレら動けねえし。現実的じゃねえ」

「どうしたものか…あ、ヒソラ」

「おおヒソラ!お前さあ、別荘行くついでにカメラ買ってきてくれよカメラ。上手いこといったらお前にも分けてやるから」

「結構期待できますよ。顔から下だけ映せば生理的嫌悪感も減るでしょうし」

「いやオレの顔見ろミカゲツ。実は結構イケる。面影も多少残ってるとはいえ遠目で見れば別人と見えなくもない」

「気持ちは分かりますが、やっぱり一族特有の顔立ちが気に掛かると思います。首から下でいきましょう」

「流石にそうか…あ、じゃあ後ろ姿とかは?全身いけんじゃね?」

「天才ですね。逆光で表情消したりとかもしましょう」


 ―――何を話しているのかと思えば。

 裸婦画の計画だった。


「…兄さん達さあ…ほんっっっとゴミだよね」


「ああ!?ゴミぃ!?」

「流石にそこまで言われる筋合いはないと思いますが…!」


 自分がどれだけ疲弊しているのか知りもしない兄二人に、ヒソラは暴言を吐く。

 廊下の隅でコソコソ談合していたカヨウとミカゲツは、あまりにも酷い言い草に憤慨して反論を開始した。


「大体なっちまったもんはしょうがねえんだから有効活用する方が良いだろうが!」

「今は感覚が異常をきたしているので触っても何とも思いませんが、正気に戻った時に絶対後悔するのが目に見えてるんですよ。せめて視覚的情報だけでも残しておくのが賢人というものです。分かるでしょう?」


 深くため息を吐き、首を横に振ってヒソラはその場を歩き去る。

 遠ざかる弟の背中に文句を浴びせていた二人だったが、ヒソラが本当に気落ちしているのを悟ったのか会議をやめて追いかけてきた。


「そう落ち込むなよ、旅なんざなんてことねえって。前にオレとレリウスまで行った実績あるじゃねえか、自信持てって」

「まあ父さん達と一人で会うのは怖いでしょうけど、気にしなければいいんですよ。言わば敗残兵なんですから彼ら」

「やってみたら案外なんとかなるっての」


 わいわいと両隣から騒ぎ立てられ、ヒソラは立ち止まり、一度大きく息を吸うと告げた。


「役立たず」

「なんで!?」

「今励ましてましたよね僕ら…!」

「なんでこんな時に皆しておかしな術にかかってるの。なんであんな気持ち悪い生き物あくまと同じ空間にいるのに平然としてるの。どう考えたっておかしいでしょ、おかしいよ」

「…あー、まあな…悪魔あいつについてはなあ…」

「僕らだってあの悪魔に関しては受け入れ難いですよ。でも異変をこうして己の身で切に実感している以上、もうそういうものだと認めるしかないでしょう」

「そうそう。元に戻れたら総出であいつぶちのめしにいこうぜ」

「バカ」

「ええ!?」

「直球過ぎるでしょう、僕ら今変なこと言いました?」


 端的に罵倒する弟に、カヨウとミカゲツはショックを受けて問いかける。

 対してヒソラは能天気な兄二人(一人は女)を睨みつけ、刺々しい口ぶりで続けた。


「元に戻れたらって。あいつが元に戻してくれる保証なんてないでしょ。なんで信じてるの?」

「そりゃそうだが。でも現状そうするしかねえだろ」

「ヒソラ。この世界に、男から女に変身させる能力を持った人ってそうそういないんですよ。頼みの綱がそれしかない以上、割り切って考えないと」


 そりゃ、自分カヨウ達だって暴力で全て解決できるなら問答無用であの得体の知れない生物を殺しにかかっている。

 初代ヴァースアックの時代からこの地を影で掌握し、ご先祖様に神と崇められ、長兄を長年脅して、都合の良いように振る舞ってきた存在あくまに、好感など持てるはずもない。

 カイロウは、説明の中で「自分の人格がジョンによって生来のものより捻じ曲げられている」ことについては一切開示しなかったが、そこの部分も真犯人ジョンの子であるそいつが起因しているのではないかとカヨウは予想しているし。


 けれど、こんな荒唐無稽な真似をできる生物が他に存在して、あの悪魔以上に友好的である可能性に縋るのは楽観が過ぎる。

 言うなれば、自分達はあの悪魔に命を握られているのだ。

 ならば今は従うのが得策。

 悪魔を介さず一から別の解決策を探すというのも、「何が分からないのか分からない」レベルで未知数であり、時間がかかるのは目に見えているのだから。


「臆病者」

「おっまえ、流石に怒るぞ」

「そこまで言うならヒソラはさぞ秀逸なアイディアをお持ちなんでしょうねえ?」


 両脇から文句を浴びせられ、少年は唇を噛むと、顔を伏せた。


「おいおい黙ってたら分かんねえぞ?」

「目から鱗が落ちるものを頼みますよ」

「…行かない」

「あん?」


 怒りの形相で頭を上げると、ヒソラは冷静さのかけらもない熱量で声を荒げた。


「俺は行かない!兄さん達なんてずっとおかしいままでいればいいんだ!」


 そうして、少年は他に見向きもせず自室に突進し―――外部との接触を遮断した。




「えっ…監禁…?」


 険しい顔つきの青年が現れたかと思えば、重々しく宣告された内容に、トンタは動揺を隠せなかった。


 ヴァースアックの当主に、領地まで搬送され。せめて格式的な謝罪をして、少しでも好感度を稼がなければ…などと思っていたら、何やら向こう方に問題が発生しているようで、土地は前来た時より奇妙な雰囲気に満ちて浮き足立っていた。

 キリカが危ないと聞いて焦って直行し再会したが、彼女は元気そうだった。


 彼女の身に過去起きたことについて思わず漏らしても、少女は「もうとっくに知っている」といった調子であっけらかんとしていて、少々疑念を抱いたが、自分以上に彼女の兄がブチ切れていたので言及する隙もなく。

 以降、彼女達は問題の発生源へと向かい、その間自分は使用人に案内された応接室で長らく待機―――悪く言えば放置されていた。


 事態が解決したのか、ようやく迎えが来たと思ったら、それは先ほど以上にブチ切れた少年ヒソラで。何も説明されることなく胸ぐらを掴み上げられた。

 キリカの介入で大事には至らなかったものの、ヴァースアックに間近でブチ切れられてどれほど恐ろしかったことか。

 少年とキリカは何やら喧嘩でもしているのか、物々しい空気であり、兄が退室した後のキリカはあからさまに落ち込んでいた。


 とはいえ、彼らの事情にばかり構ってもいられない。

 自分はここに遊びに来たのではない。さっさと謝罪をして、許してもらって、ついでにお近づきになって、肩でも組める親しき仲にならなければ、故国に帰った時どんな目に遭わされるか知れない。

 ただでさえ兄のやらかしで公爵に目をつけられているというのに。


 そのためにはまずキリカに根回しをし、兄達との橋渡しを担ってもらわなければ…。


 そんな見積もりを、まるっと忘れてトンタは少女に声をかけた。


「…体の具合は本当に大丈夫なのか?」

「うん。気にしないでほしいんだよ。あんまりそこらへん言いたくないんだよ」

「…そうか…」


 せっかく心配しているのに、変な奴、と思っていると、唐突にドアが開いた。

 そうして一切の遠慮なく入ってきたレイシンは、不機嫌な様相でトンタに告げた。


「到着早々失礼するが。貴様をこの地から出すわけにはいかなくなった」

「へっ」


 殺される。

 反射的に浮かんだ思考に、トンタは体を凍り付かせる。


「誤解するな。しばらくの間、滞在してもらうというだけの話だ。ただしその間の行動は制限させてもらう」

「えっ…監禁…?…い、いつまで…?」

「良き塩梅まで」


 それは拘留というのではないのか。

 一体何故、と顔を青くするトンタに対し、キリカは首を傾げて問う。


「なんで?まだ見られてないし、何も知られてないから帰ってもいいんじゃないの?」

「万が一ということがある。事態が完全に収束し、何事もなかった、と断言できるようになったら、解放する」


 どうやら、お家の問題はまだ解決していなかったらしい。

 情報漏洩を防ぐため、身柄を確保しておこうという魂胆のようだ。なんて野蛮な。


「以前エジット・セルペットらが利用していた空き家がある。そこで寝泊まりしてもらおう」

「えー、わたしはここに泊まってもいいと思うけどなあ」

「確かに監視が容易という点では利点もあるが…」


 無邪気にとんでもないことを話し合う二人にトンタは更に青ざめぶんぶんと首を振った。


「しかし不利益の方が遥かに多い。ここに置いておくわけにはいかない」

「そっかあ。でもこれで会いたい時にいつでも会えるね!ラッキーなんだよ!」

「きょ…拒否権はないのでしょうか…」


 勇気を振り絞って発言したトンタに、レイシンの冷酷な視線が突き刺さった。


「あると思うのか?」

「はは…」


 苦笑いで誤魔化した。


 かくして、トンタは黒い悪魔の蔓延る土地で、無期限に滞在する羽目になった。

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