60.若返りました
「…え?」
アリナがそんな声を漏らし、身を起こして周囲に視線をやるのと同時に、少年は「ふーん」と腕を組み彼女を凝視した。
「センスいいな。誰が連れてきたんだ?」
「…え?」
問いかけをうまく聞き取れず、アリナは再び同じ反応を返す。
混乱する頭をどうにか整えようと、少女はきつく目を瞑り、胸に手を当てて深呼吸を繰り返した。
何があったのかは、覚えている。
レイシンと共に、消えたカイロウを探すための作戦会議を終え、自室に戻って一息ついた時に、影が現れた。
その影は今まで目にしたことのない異形であり、しかもそれが明確な意志を持って話しかけてきたため、アリナは逃亡の判断が遅れた。その結果、迫ってきた影に抱きつかれ、まとわりつかれて、意識が遠くなったのだ。
そして、気づいたらここ…ヴァースアック領地の端っこと思われる草地に倒れ、初対面の少年に発見された。
「…あたしは、アリナ。あなたは、ヴァースアックの人よね?」
その質問に瞬きをして首を傾げる少年は、どこから見てもカヨウ、すなわちヴァースアック当主の血筋の面影がある。しかし、アリナはこの少年と会ったことはない。
となれば、おそらくは親戚の誰かなのだろう。
この領地には、ヴァースアックの初代、剣王と呼ばれた男の子孫達が暮らしている。顔が似ているのも当然である。
それにしても、ここまで似ている人物にはなかなかお目にかかれていないが。大きな黒目に、凛々しい眉。人好きする顔立ち。本物と比較すると少々高いが、よく通る声質。体格を除いて、カヨウの特徴を網羅している。
「お前、ヴァースアックって分かってんのに何でそんな肝据わってんの?すげえなお前、ますます気に入るじゃん。誰がお前買ったんだ?オレがそいつからぶん取るわ」
「…買った?」
その単語に、嫌な記憶が浮かび上がってくる。
アリナの姉ミサは、奴隷として売られ、アルンのあの性悪貴族に買われた。
カヨウをはじめとしたヴァースアックの人々は、奴隷であったミサを救い出し、また誰に殺されてもおかしくなかったアリナをこの地に連れ出してくれた。人に値段をつけることを嫌悪してくれた。が、この少年はそうではないようだ。
「あたしは買われたわけじゃないわ」
「えっ!?じゃあ捕虜か?それとも嫁にさらわれた?何にしてもお前をここに連れてきた奴がいるわけだろ?そいつの名前を教えろよ。オレが話つけてくる」
「…いえ、いいわ。あたし、家に戻る」
少年の言葉に不穏な気配を感じ、アリナは立ち上がって土を払い、首を振った。
一先ずは、屋敷に戻り、おそらく心配してくれているだろう皆に事情を説明しなくてはなるまい。そもそもあの影が何者で、何故、何のためにこんなことをしたのか分からないが、それもレイシンや、最終手段としては悪魔とも相談すれば何らかの対策は講じられるだろう。
日は高く、既に昼ごろに達している。キリカ辺りが「アリナがいない!」と騒いで屋敷を大捜索していてもおかしくないのだ。
「気は強そうだけど馬鹿だなー。でもオレ頭いい女よりはそっちの方が好きだぜ」
カチンとくる物言いだったが、ここで言い争いをしても何の得にもならない。アリナは軽く礼をしてその場を離れようとした。
「決めた。オレ、お前にするわ」
その瞬間、世界が一回転した。
少年の肩に担がれていると悟ったのは、少し間を置いてからだった。
「な、何するの!?降ろして!」
「まーまー落ち着けって。うっかりイライラしちゃうだろ。ま、オレは心の広いイケメンだから全く気を悪くしないし許しちゃうけどね!」
少年は暴れるアリナをなだめながら軽い足取りでどこかへと運んでいく。
その進行方向が屋敷であることに気付いたのは、見覚えのある景色が流れてきたからだった。しかし、どうにも物々しい感覚がある。領地の住人が無言で、遠巻きにアリナを見つめているのが不気味だった。
とはいえ、屋敷が目的地ならば、これで物事は解決するだろう。
「おーい、兄さん!!」
玄関から中に入るや否や、少年が発した大音量を耳元で浴びせられ、アリナはうっと息を詰まらせた。
「オレ、こいつもらっていいよな!?」
「うるさいぞカヨウ!どこの馬の骨とも知らぬ女を家に持ち込むな!」
その怒鳴り声に、アリナは身動きが取れなくなった。
だが、すぐに我に返ってどうにかその声の主を視界に収めんと態勢を調整する。
ちらりと階上に見えたのは、不機嫌そうな端正な顔。
「全く…!カヨウ、お前は将来私を補佐する役目につくのだぞ。その有様では任せられん」
「うそうそ、ちゃんとするって!オレは有能だから安心していいって!」
カヨウ。
二度も呼ばれた名前に、今度こそアリナは動けなくなった。
「なー、こいつもらっていいだろ兄さん。ちゃんと世話するから!部屋も用意するし掃除するし、エサも忘れないであげるし散歩にも連れてくからぁ!」
「ふざけるな、お前のくだらぬ女遊びをうちでも繰り広げるなど容認できるか!」
「何でだよこの石頭!その頭で胡桃も割れんじゃねえの!?」
喧嘩のようなやり取りにも、どこか聞き覚えがある。
だが、理解するにはあまりに難儀だった。
ふと、視界が回った。
すとん、と足が地につく。
少年の肩からアリナを奪い、丁寧に地面に立たせたのは、外から入ってきた年下の少年だった。
カヨウと呼ばれた少年がもしアリナと同じ十五歳なら、この少年はおそらく十二歳。それにしては、大人びた静かな目をしていた。
見慣れたあの青年とは違い、そこには笑みの一つも浮かんでいない。
「あ!おいミカゲツ、何勝手に触ってんだよ!やらねえぞ!?」
「いらないよ、気持ち悪い」
「あんだとぉ!?」
素っ気なく答えた、ミカゲツという少年はアリナをやや不快そうに一瞥したが、何も口にすることはなく通り過ぎていった。
「野郎、スカしやがって!」とカヨウが憤慨する。
アリナは見知った別人の彼らを前にして、ただ絶句するのみだった。




