58.合流
ミカゲツとキリカ、カヨウとヒソラの四人が百貨店内で合流したのは、さほど遅い時間ではなかった。
ミカゲツはデートの道順を頭に叩き込んでいるし、ヒソラには妹の位置を勘で察する能力がある。彼らが一堂に集まれるのは当然の帰結といえよう。
だが、彼らの全員がレイシンとアリナを見つけられていないのは、想定外だった。
「何でお前らが見失ってんだよ!ずっと尾行してたんじゃねえのかよ!」
「してましたよ!でも障害が次々訪れたんです仕方ないでしょう!」
「何だよ障害って!」
「ミカゲツお兄ちゃんね、ずっと女の子に声かけられて大変だったんだよ」
「許さねえ!」
濁したミカゲツだがあっさりキリカに暴露にされ、カヨウに絞め技をかけられた。「僕だって葛藤しましたよ!中にはものすごい好みの子もいたし」「それ以上罪を重ねるんじゃねえ!」などと言い合う兄二人をヒソラは無視しつつ、渋い顔をするキリカに質問した。
「キリカも二人から目を離したのか?ミカゲツ兄さんを放って一人だけ尾行続ける手もあっただろ」
「うーん、ちょっと今日調子悪いんだよね。ぼんやりしちゃって」
「おい…大丈夫なのか?」
途端に心配のオーラを醸し出す兄にキリカは「えー、大丈夫だよ!そんな大事じゃないよ」と明るく答えてから、色とりどりの服が並ぶ空間を見回した。
「わたしよりも、アリナ、大丈夫かなあ。レイシンお兄ちゃんがうまくやってるといいけど」
「馬鹿め!レイシン兄さんがうまくやれてるはずねえ!気まずくなってるに決まってる!」
「だから監視しつつボロを出したらバレない程度でさりげなく助けに入る作戦だったのに…!レイシン兄さんが一人でまともに女の子をエスコートなんかできるわけないじゃありませんか」
こき下ろす時だけは完全に意見が一致する二人にヒソラは「まあ分かるけどさ…」と信頼のない次兄を哀れみながら、キリカと同じようにキョロキョロと周囲に視線をやった。
繁盛しているのか人足が多く、中には若い男女二人組も複数見受けられるが、レイシンとアリナの姿はない。
道中カヨウと共に、レイシンらが行くはずの食事処や物産展なども覗いたのだがどこにもおらず、まあこの時間帯なら予定通りに服屋にいるのだろうと到着したものの、そこには、デートで向かう予定の全ての店舗をチェックし、それ以外の店の中も隅々捜索し終えて途方に暮れていたミカゲツとキリカがいた。
互いに情報を共有し、少なくともレイシンとアリナがデートプランを外れ何処かへ消え失せてしまったというのを確認して、「何故尾行していないのか」とカヨウが弟を罵って現状に至る。
「とりあえず外に出ますか。そうしてまた各自でレイシン兄さん達を探しましょう」
「おいおい、街全部探せってのか?日が暮れちまうぜ」
「…ここでぐだぐだ話し合うよりはマシでしょう」
ミカゲツの顔には、完璧な計画を立てたはずが脆くも崩れてしまった男の哀愁が漂っていた。
そのためカヨウもそれ以上追及はせず、四人は大人しく百貨店を後にした。
店を出て、すぐに気づいた。
殺気とはいわないまでも、それに近いくらいの威圧感が、彼の機嫌の悪い日にはお馴染みのそれが、近くにある。
四人は顔を見合わせ、警戒と戸惑いを抱きつつ、その場に向かった。道行く人々はそれの正体が何か知る由もないだろうが、やはりそれを浴びるのは身体に悪影響があるらしく、カヨウ達とは逆方向に、逃げるように早足ですれ違っていった。
そこに辿り着いて、それが目に入って、誰もが思った。
ああ、これはまずい。
仄暗い路地裏で、こちらに背を向けて立ち尽くす青年からは、街中で発してはいけない量の怒気が漏れ出ていた。
彼を目撃して、悪魔だと錯覚しない者はいないだろう。
赤い髪の少女は、その傍に座っていた。動けないようだった。
「…何の用だ」
悪魔は振り返りもせず、低い声で問いかけた。
いつもの喚き散らす大音量ではなかった。
「ぼ、僕達はただ…」
「いや、別に尾行してたわけじゃねえよ!?兄さんがヘマやらかしてないかとか、アリナがうんざりしてるだろうからオレが途中で乱入してやろうとか、絶対オレとの方がアリナも楽しいとか、そんなの考えてねえし!被害妄想良くない!でもさ、何か嫌なことがあったからって外で殺気垂れ流すのはマジで害悪だぜ!?」
言葉に詰まったミカゲツを制止し、カヨウが前に出た。その口から溢れたのは、どこまでも軽薄な声色で、兄の不機嫌を自分への苛立ちで塗り替えるような、挑発だった。
それを察したのか、レイシンは深いため息を吐き、固く握りしめられていた拳を解いて、ようやく振り返った。
「お前は、私の神経を逆撫でするのが本当に…」
「おらくらえ!」
「ぐおぉ!?」
鳩尾に手刀をめり込ませ、よろめくレイシンの横をすり抜けてカヨウはアリナの肩を抱いた。
「起きてるか、アリナ!いやマジで最悪な目にあったよな、でももう大丈夫!このオレがいるぜ!頼りになるこのオレ、カヨウが!」
「…ええ、ありがとう、カヨウ」
少々白い顔をしながらも、アリナはカヨウに引っ張られて身を起こし、微笑んだ。その姿を見てレイシンが「あっ」と今気づいた様子で凍りつき、異様に視線を泳がせ始める。
威圧感も悪魔の形相も綺麗に失せていた。
ミカゲツが額を手で押さえ、刺のある一言を放つ。
「レイシン兄さんはもう少し分別があると思っていたんですけどね」
「ぐっ…」
眉間にシワを寄せるレイシンに、ぼそりとキリカが呟いた。
「…ほんとにさ、アリナと一緒にいるのに我を忘れるのはひどいと思う」
「す、すまん。こんなはずでは…」
真面目に人を非難することは滅多にない妹に顔をしかめられ、レイシンは慌てて弁解しようとしてにべもなく遮られた。
「まずはアリナに謝った方がいいよ」
「そ、そうだな…」
明確に落ち込んだレイシンがカヨウに支えられるアリナに向き直るのを見て、ヒソラは疑問を抱く。
確かにレイシンはカッとなると止まらない傾向にあるが、それでもあの怒り方は異常だった。
青年が謝罪し、少女が快く許し、カヨウに肘で突かれ空気が緩んだところで、ヒソラは投げかけた。
「何かあったの?」と。
レイシンは振り払う動きを止め、僅かな間だけ沈黙した後、
「いや。何もなかった」
と、切れ長の黒目を伏せて静かに答えた。その横顔を、アリナは疲労のせいだけでない沈んだ面持ちで見つめていた。




