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50.ボロを出す

 ヒソラの手は震えていたが、その声はしっかりと届いた。

 アリナは少年が突然何を言っているのか理解できずに首を傾け、カヨウは弟の表情がかなり真剣であることから、ふざけている訳ではない、と悟った。


 そして、指をさされた張本人である銀髪の少女といえば。


「ええ…」


 ドン引きしていた。


「ミカゲツお兄ちゃんにも似たようなこと言われたんだけど…何?今のわたし、そんなに胡散臭いの?いくら何でもちょっと傷つくんだよ…」


 顔つきも気配も仕草も、どれをとっても彼女はキリカそのものだ。少なくともカヨウの目にはそう写った。

 指摘したヒソラもその言葉に「ぐっ」と呻き、恐る恐る近づいてくる。


「…正直俺も何でそう思うのか分からない。でも俺の勘が言っているんだ。お前は、キリカじゃない…」

「…ええ…じゃあわたしどうすればいいの?ま、まさか追い出されたりする!?うわーん!アリナ!そうなったら一緒に出て行こうねぇ!」

「分かったわ!」

「即答かよ!って、いやいや、それはオレが許さねえからな!?」


 アリナにとってキリカはこれまで何度も自分を助けてくれた、大切な存在だ。キリカが家から無理やりに出されるというのなら、手助けしてあげたい。ゆえに即座に同意した。細かいことは後で考える。

 カヨウにとってみればそれはあり得ないことである。今回だって何のためにわざわざ遠方のレリウスまで赴いたと思っているのか。全ては彼女らを守るためだというのに。


「えー、カヨウお兄ちゃんもついてくるの?食費が馬鹿にならないんだよ!」

「安心しろ、オレだって一人前のヴァースアック!稼ぎはいいぜ、きっと!」

「それならおっけー!よーし、アリナ!カヨウお兄ちゃん!新たな未来に出発なんだよ!」

「ええ!」

「おう!」

「ちょ、ちょっと待った!勝手に話進めるなよ!」


 慌てて団結を遮ったのは発端であるヒソラだ。


「それなら俺だって一緒についてく!」

「何で!?」

「いや仲間外れにするなよ!」

「だってお兄ちゃんがわたしを家に置いとけないって言ったんじゃん!」

「出てけなんて言ってないだろ!俺はその…ああ、もういい!お前がキリカだってことはよーく分かった!違和感はあるけど、我慢する!それでいいだろ!」


 捨鉢になってヒソラは叫ぶ。

 それを受けてキリカは、「やったー!アリナ、これからもここに居座れるよ!」とアリナと手を繋いで喜んだ。その間にカヨウも混ざろうとするが、キリカのガードが固くなかなか入れてもらえない。


 そんな光景を見ていると、自然とヒソラの体から力が抜けていった。


 キリカに違和感を覚えるのは紛れもなく事実だ。

 先ほどの対応だって、ヒソラの知るキリカなら、違ったものになっていたはずなのだ。

 アリナが屋敷に来てすぐの頃、ぐずるヒソラをなだめた時のように、ヒソラが真面目に怒ったり、苛立ったりしている時は、キリカもまた、真面目に返事をする。冗談を交えることもなく、誠実に接してくれる。


 お前は誰かと尋ねられたら、本来であれば、キリカは堂々と、こう答えただろう。

「わたしはキリカだよ!他の誰でもない、ヴァースアックの養子で、お兄ちゃんの妹のキリカ!誰かなんて不安になる必要ないんだよ!」


 対して、今のキリカはどうか。

 ヒソラの問いから逸れた話を始め表情をコロコロ変えて茶化し、アリナとカヨウを巻き込んだ。

 普段のじゃれ合っている時間ならそれでもいい。が、現在、ヒソラは本気で話していた。

 キリカは、本気で応じなかった。

 それが答えだ。


 だが、ヒソラは目を瞑ることにした。

 だって、違いがあるのはそこだけだから。それ以外は、キリカでしかないから。

 状況も解決法も分からない状態で妹を切り捨てるのは、ヒソラの本意ではなかった。

 だが、もしこの先キリカが何者かに乗っ取られていることが確定したら、容赦するつもりはない。

 自分はよく考えすぎだと言われる。だが慎重になることの何が悪いというのか。

 キリカを監視しよう。ヒソラは決意した。

 それに、これでキリカを見守る正当な理由ができた。

 もう過保護なんて言わせない。




 レイシンとミカゲツの女装も終わり、夕食の時間。

 レリウスで国王ラギレスに会って話をしてきたことや、そこでレイシンとアリナの婚約を知らされて盛大にビビったこと、帰り道を飛ばしたせいでヒソラに頭突きされたことをカヨウが面白おかしく語っている。

 リアクションは様々である。カイロウは常と変わらぬ無表情、レイシンは呆れ顔、ミカゲツは柔らかく微笑み、ヒソラは度々彼の話に訂正を入れる。キリカは楽しそうに相槌を打ち、アリナは本当にそんなに簡単にレリウスの国王に会えるなんて、と驚きを隠せない。


 冒険譚わらいばなしに切りが付いたそんな時、青年の一言で空気が一変する。


「ところで、アリナさんはレイシン兄さんに婚約者として何をしてあげるんですか?」

「…え?」


 急に名指しされたアリナは、瞬きを繰り返した。


「今日、レイシン兄さんは頑張っていましたよ。見せ物のような扱いを受けつつも、アリナさんのお願いならと女性を演じていました。それなら次はアリナさんがレイシン兄さんのために頑張る番でしょう」


 「見せ物だと!?」とぎょっとするレイシンには目も向けず、ミカゲツは穏やかな笑顔でアリナに問いかけ続ける。


「アルン御一行への仲良しアピールにもなりますし。どうするつもりですか?」

「そうですね…」


 ミカゲツの発言は正論である。今日、レイシンは慣れない服を着て、慣れない言葉遣いをして、精一杯女装していた。発案はキリカといっても、頼んだのはアリナという設定になっている。

 であるならば、次は、体面上であっても己がレイシンの頼みを聞かなければなるまい。


「レイシンさんは、あたしにしてほしいことって、ありますか?」

「な、何だと?」


 レイシンはひどく狼狽しているようだった。

 確かにこんな唐突に言われても困るだろう、とアリナが「また後で、思いついたら聞かせてください」と声をかける前に、レイシンはポツリと呟いた。


「キリカみたいな服装をしてほしい…とかか?」


 その場が凍りついた。

 自分が何を口走ったか、ハッと我に帰ったレイシンが否定しようとしても、もう遅い。既にその文言は全員の耳に届いてしまった。


「…まあ正直、いくら隠してもレイシン兄さんにだってそういう感情があると思ってましたよ僕は」

「そ、そうだな…つーかキリカみたいな格好って、もっと露出増やせってこと…?」

「えっ、わたしそんな露出多くないでしょ?…よね?」


 フォローになっていないミカゲツ、レイシンの真意を読み解こうとするヒソラ、自身のワンピースを不安げに見下ろすキリカ。

 カイロウは無言だが、その目に温かみのようなものが見え隠れしている。


「キリカとアリナの服の違い…ノースリーブか?でも今はキリカも上着着てるしな。咄嗟に出たってことは、今のキリカにあってアリナにないものだろ?」

「うーん、レイシンお兄ちゃんが好きな部位から考えると、単にロングスカートがやだってことじゃないかな?」

「いや、お前らやめてやれよ…それ以上掘り下げんな」


 好き勝手に考察を繰り広げる弟妹にカヨウが静止をかけ、ミカゲツを瞠目させた。


「おや、珍しいですねカヨウ兄さん。てっきり鬼の首を取ったように「散々オレに言っといて自分もそうなんじゃねーか!」とか言うと思ってましたよ」


 カヨウは苦々しい表情で首を横に振る。


「兄さんの生々しい話なんて聞きたくねえんだよオレは…きめえじゃねーか…」

「き、貴様、カヨウ…!」


 レイシンが睨みをきかせるが、普段のものより何段階か鋭さが落ちている。

 やがてレイシンはそっと、何も言わず俯く少女に視線を寄せた。


「ア、アリナ、今のは、その、間違いだ。私は決して不埒な思いを抱いているのでは…」

「…分かりました」

「…なぬ?」


 ばっと顔を上げ、真摯な表情でアリナはつっかえながらも宣言した。


「やって…みます。レイシンさんお好みファッションショー。み、水着とかは無理ですけど!」


 レイシンは椅子からひっくり返った。

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