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48.仲直りには握手をしよう

 キリカが悪魔と会話していたのと同時刻。

 居間にて、アリナとミカゲツは無言で対面に並んでいた。

 いつもならばこの部屋にはキリカかヒソラか、カヨウのうち誰か一人くらいは一緒に来るのだが、今はその誰もいない。故に、この場に合わないしんとした空気になかなか落ち着けず、アリナは顔を下に向けて考える。

 ミカゲツに話があると言われ、少々反抗しつつも彼が真剣な顔付きだったため思わずついてきてしまったのだが、当のミカゲツは難しい顔をして口を引き結び、話を切り出そうとしない。

 何も用がないのなら、レイシンのところへ婚約の件で打ち合わせに行きたいのだけれど、と言っていいものか、とアリナが悩んでいると、


「そう、身構えないでください」

「え?」

「いえ、まあ、警戒するのも十分理解できますが…貴女は僕が嫌いでしょうし、僕も貴女に思うところがないとは言えません」


 唐突に話が始まったため、アリナは口を挟むこともできずにただミカゲツの顔を真正面から見つめた。

 青年は笑顔とは程遠い苦い表情をしていたが、そこに嫌悪は見当たらなかった。


「でも、全部、忘れることにします」

「忘れるって…」

「貴女は、キリカを助けてくれた。正直、目覚めたあの子が「お姉ちゃん」なんて言い出した時は、やりやがった、なんて思いましたが…それも杞憂でした。貴女は、救ってくれたんです。僕の大切な家族を」

「…あたしにとってもキリカは大切です。だから助けただけです。助けるなんて意識はしてなかったけれど…」

「意識してなくても、結果はそうなった」


 ミカゲツは普段よりわずかに低い声でそう被せると、頭を下げた。


「本当に、ありがとう」

「…どういたしまして。話は、それで終わりですか?」

「いいえ」


 元の体勢に戻り、ミカゲツは真摯な態度を崩さず続ける。


「この一件で僕も考えを改めました。貴女にはこれまで、散々酷薄な言葉を投げ続けてきた。互いに距離を取り、貴女から顔を背けてきた。それももう、やめます」


 身じろぎしたアリナの気配を敏感に感じ取ったのか、ミカゲツはアリナが声を発する前に素早く告げる。


「無論、僕が歩み寄るのだから貴女も歩み寄れ、なんてことは言いません。ですが、僕はもう、貴女を無視しません。蔑みもしません。貴女の姉のことは許せないし、カヨウ兄さんの知らないところでレイシン兄さんと成り行きとは言え婚約を結んだのは、ちょっとアレですけど、でもとやかくは言いません」

「…それなら、ちゃんとあたしの話も聞いてくれますか?」

「ええ、勿論」


 大真面目に頷いたミカゲツに、戸惑いと疑心を心の奥に抱きつつ、アリナは「そもそも自分はカヨウとは何の関係もない」と説明をする。ミサの件は、カイロウが伝えてはならないと言っていたのでとりあえず隠したままにすることにした。

 アリナの話を大人しく聞いたミカゲツは、終わった後、何か言いたげに口を開きかけ、一旦閉じてから首を縦に振った。


「…信じましょう」


 おそらく、言いたいことはあったのだろう。発端となった、アリナとカヨウが中庭で寝ていたことについて。いくら何でも外で二人して寝落ちするなんてことがあるか、とか、そもそも夜に薄暗い中庭で若い男女が二人きりなのに話をしていただけなんて嘘だろう、とか。アリナ本人にしても前者は未だに疑問なのだから。

 それでも、ミカゲツはそれら一切を封じ込め、アリナを信じると口にした。


 アリナも、ミカゲツに対してもやもやした感情はある。

 しかし、たとえ形式的でも、ここまできた以上、仲直りをするべきだ、と判断した。

 姉を悪く言われた恨みはあるが、あれは全て悪魔のせいだったわけだし、キリカから遠ざけようとしたことについても、彼が慎重な性格であったと考えれば、理由はつく。


「…じゃあ」


 ミカゲツは敵ではないと、自身に言い聞かせている自覚はある。しかしそれでも、アリナは選んだ。


「握手でも、しましょうか」


 そう提案すると、ミカゲツは目を見開いて驚き、苦笑して手を差し出した。




「ひっさしぶりの我が家だー!」

「だー!」


 玄関の前で歓喜の声を上げたのは旅行から帰ってきたカヨウとヒソラである。双方とも頭からつま先まで土埃やら何やらでだいぶ汚れている。潔癖症な人間が見たら卒倒しそうなくらいには。


「さーて、婚約なんてふざけた噂がマジなのか確かめるぞー!」

「ぞー!」

「…お、おいヒソラ。お前、正気だよな?確かにちょっと帰り道スピード出しちゃったけど…ま、まあヴァースアックの男子たるもの、これくらいは平気でこなさなきゃなあ!?」

「なあ!?」

「いやお前…嘘だろ?反復しかできなくなったとか、嘘だよな!?レイシン兄さんに殺されるぞオレ!」


 己の台詞の末尾を繰り返すことしかしないヒソラの肩をガッチリと掴み、カヨウはガクガクと揺さぶる。

 そんな兄の顎に、ヒソラは勢いよく頭突きを食らわせた。


「ぐぼぉ!?」

「ぜっっったいもうカヨウ兄さんと旅なんてしない。あんな目に遭うくらいなら、俺もう家から出ない!」

「でめえええええ!元気じゃねえがヂクショウ!おでの心配返せ!」

「ふん、カヨウ兄さんなんて一生顎外れちゃえばいいんだ!」

「地味に嫌なこと言うな!」


 顎を抑えてのたうち回る兄と二人分の荷物をその場に残して、ヒソラは一人で屋敷の中に進む。

 そこで少年が見たのは、


「あら、おかえり、ヒソラ」


 女装した、また別な兄の姿だった。

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