第十五話:部活オフの脅威と、放課後サバイバル
期末テスト一週間前。
運動部の活動が一斉に停止するこの期間は、僕にとって「期末テストそのもの」よりも恐ろしい事態を意味していた。
普段なら部活で七時過ぎまで帰ってこない三つ子の妹たち——陸上部の愛陸、水泳部の愛空、バド部愛海が、放課後と同時に全員ゾロゾロと家に直帰してくるのだ。
「お兄ちゃん! テスト期間だから愛陸たちに勉強教えてよ!」陸
「愛空、赤点取ったら冬の強化合宿行けなくなるからマジで頼む!」空
「愛海も! バド部の先輩に『赤点取ったら丸刈りな』って脅されてるの!」海
今朝も登校前、リビングで妹たちに三方向から服の裾を引っ張られ、僕は必死で彼女たちを振り払ってきた。
(マズい……今日から放課後、妹たちが家で待ち構えてる……!)
もし僕が放課後遅くまで帰ってこなかったら、あの勘の鋭い愛陸たちが「お兄ちゃん、どこで誰と何やってるの?」と疑いの目を向けてくるのは確実だ。
重い足取りで『旧・第一資料室』の扉を開けると、室内にはすでに瑠愛が来ていた。
窓際の席で教科書を開き、真剣な表情でペンを走らせている。
「……あ、湊」
僕の足音に気づいた瑠愛が顔を上げ、パッと表情を華やがせる。
その完璧な美少女ぶりに一瞬で見惚れそうになるけれど、僕は焦り気味にカバンを机に置いた。
「瑠愛、ごめん……今日からテスト期間で、うちの三つ子が部活休みなんだ」
「え……三つ子ちゃんたちが?」
「そう。いつもなら部活で遅いんだけど、今日からは放課後すぐ家に帰っててさ……僕が遅く帰ると『好きな女子と密会してるんじゃないか』って愛陸たちの『女の勘』が暴走しちゃうんだよ」
僕が頭を抱えると、瑠愛は目を丸くしたあと、ふふっと小さく吹き出した。
「ふふ、愛陸ちゃんたち、本当にお兄ちゃんのこと大好きなんだね」
「笑い事じゃないってば……! 瑠愛とここで一緒に勉強したいけど、長居すると家で怪しまれるし……」
瑠愛はペンを置くと、椅子を引いて僕のすぐ隣まで歩み寄ってきた。
そして、僕の制服の袖口をちょこんと引っ張る。
「……じゃあ、集中してサクッと勉強しよ?」
「え?」
「時間が短いなら、その分密度の濃い勉強をすればいいでしょ。……ほら、湊の苦手な数学、どこまで進んだの?」
瑠愛は僕のパイプ椅子を隣に引き寄せ、当たり前のように距離ゼロで腰掛けた。
彼女の綺麗な黒髪から漂う甘い香りがふわっと鼻腔をくすぐり、密着した太ももから温かい体温がダイレクトに伝わってくる。
「っ……集中……できるかな、この状況で……」
「できないの……?」
瑠愛は上目遣いで僕の顔を覗き込み、マフラーの隙間から悪戯っぽく唇を綻ばせた。
「湊が赤点取ったら、私、冬休みに一人になっちゃうよ? ……それはいや」
「〜〜〜っ! やります! 全力でやります!」
「ふふ、よろしい」
それからの1時間は、まさに時限爆弾付きの集中講座だった。
瑠愛は教え方が驚くほど上手く、僕が引っかかっていた数学の証明問題をすらすらと解き明かしていく。
だけど、教えるたびに顔が近づき、ノートを覗き込むたびに肩が触れ合う。
「ねえ、湊。ここ、式の展開間違えてる」
「う、うん……」
「……どこ見てるの? ノート見て」
耳元で囁くような瑠愛の声に、心臓が爆発しそうになりながらも、僕は必死でペンを動かした。
妹たちの追及を交わしながら、瑠愛との秘密の時間を守り抜く。
僕たちの放課後は、甘さとスリルが限界突破する「サバイバル」へと突入していた。




