↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
放課後、空き教室の3センチ  作者: 三日月
第一部 二章:②名前のつかない距離
PR
13/51

第十二話:言葉の先の「3センチ」

「っ……ふぅ」

唐揚げを噛み締め、なんとか飲み込んだ瞬間、胸の奥から熱いものが一気にこみ上げてきた。

瑠愛の差し出したお箸から、直接食べさせてもらったという事実。その衝撃と恥ずかしさで、僕の顔は火が吹き出しそうなほど熱くなっていた。

「……どう? 美味しい?」

当の瑠愛はといえば、差し出していたお箸を自分の手元に引き戻し、少しだけ首をかしげて僕の反応を窺っている。

真っ赤になった耳をマフラーで必死に隠そうとしているものの、その瞳にはどこか悪戯っぽい光が宿っていた。

「……美味しいよ。自分で作ったやつだけど、瑠愛に食べさせてもらうと、なんか全然違う味がする」

「なっ……! 変なこと言わないでよ!」

急に素直な感想を口にした僕に驚いたのか、瑠愛はポンッと顔をさらに赤くして、慌てて二段弁当の下段——ごま塩の乗ったご飯へと視線を落とした。

そして、小さめの口でお弁当を大切そうに一口ずつ運んでいく。

静まり返った旧・第一資料室に、カチャカチャと心地よいお箸の音だけが響く。

冬の夕日は釣瓶落としだ。

窓の外はあっという間に群青色から深い闇へと変わり、街灯の冷たい光がうっすらとガラス窓を照らし始めていた。室内も急激に冷え込んできて、吐く息がうっすらと白く染まる。

「……あ」

半分ほど食べたところで、瑠愛がふと手を止めた。

「どうしたの? 口に合わなかった?」

「ううん、違うの。……あんまり美味しくて、一気に食べちゃうのがもったいなくなっちゃって」

そう言って、瑠愛はお弁当の蓋をそっと閉め、愛おしそうに撫でた。

「残りは、家に帰ってから食べる。……お父もお母もいない静かな部屋で、これ食べるね。そうしたら、一人で食べる夕飯も……寒くないから」

ぽつりと溢されたその言葉に、僕は胸がぎゅっと締め付けられるような愛おしさを覚えた。

彼女にとって、この二段のお弁当は単なる食事ではなく、寂しさを埋めるための大切な存在になってくれているのだ。

「……じゃあ、また作るよ。瑠愛が食べたいって言ってくれるなら、妹たちに疑われようが、何度だって作ってくる」

僕がそう告げると、瑠愛はゆっくりと顔を上げた。

揺れる大きな瞳が、真っ直ぐに僕を見つめ返す。

「……ほんと?」

「うん。絶対」

瑠愛は小さく吐息を漏らすと、自分のパイプ椅子をズズ……と音を立てて僕の方へ引き寄せた。

いつもなら机二つ分、最低でも「3センチ」の距離を保っていたはずの彼女が、自らその境界線を破ってきたのだ。

二人の肩が触れ合いそうなほど近い。

彼女が纏う、冬の澄んだ空気と甘い香水の匂いが、ダイレクトに僕の鼻腔をくすぐる。

「……黒木くん」

「な、なに……?」

「手……出して」

言われた通りに右手を差し出すと、瑠愛は自分の両手で、僕の手をすっぽりと包み込んだ。

先ほどまで冷え切っていた彼女の指先が、お弁当と唐揚げの熱のせいか、驚くほどポカポカと温かい。

「……さっきのお礼。私、黒木くんに温めてもらってばっかりだから」

「瑠愛……」

「『瑠愛』じゃなくて」

ふいに、彼女の手のひらにキュッと力がこもった。

瑠愛は上目遣いに僕の目を見つめ、蚊の鳴くような小さな、だけど強い声で囁いた。

「……誰もいないここでは、『瑠愛(るあ)』って呼んで」

「え……」

「クラスのみんなと同じ呼び方は……嫌。この部屋にいる時くらい……私を『瑠愛』って呼んでほしいの」

頬を赤く染めながら、一生懸命に想いを伝えてくる彼女。

もうそこには、誰も寄せ付けないクールな学年一の美少女の姿はなかった。ただただ不器用で、愛おしい一人の女の子がそこにいた。

「……わかった。る..瑠愛」

名前を呼んだ瞬間、彼女の手がピクッと跳ね、満足そうにふにゃりと口元を緩ませた。

「……うん。……黒木くん」

触れ合う体温と、指先から伝わる鼓動。

二人の間の「3センチ」は、言葉と名前を分け合うことで、ついにゼロになろうとしていた。

名前呼びはいいぞ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。