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放課後、空き教室の3センチ  作者: 三日月
第一部 二章:②名前のつかない距離

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第十話:すれ違う足音と、秘密の約束

㊗️10話!

我が家(黒木宅)の放課後は、いつも戦場だ。

中一の三つ子の妹たち——陸上部の愛陸(あいり)、水泳部の愛空(あいら)、バドミントン部の愛海(まなみ)が部活から帰ってくると、我が家は一気に運動部の合宿所のような騒がしさに包まれる。

「お兄ちゃん! 愛海のバド用の靴下どこー!? また愛陸が間違えて履いて行ったんでしょ!」

「言いがかりはやめてよ! 陸上部は靴下なんかで走らないし! 洗濯機の一番上にあるから!」

「二人とも声が大きい! 愛空のプロテインシェイカー洗ったの誰!? 筋トレの時間がズレるじゃん!」

昨日の夜も、リビングで巻き起こる三つの怒号を宥めながら、僕はふと頭を抱えていた。

運動部特有のパワフルすぎる妹たちに揉みくちゃにされる日常。それはそれで賑やかで悪くはないのだけれど、ふとした瞬間に、一人で静かに冷えた夕飯を食べようとしているであろう瑠愛(すずかぜ)の姿が頭をよぎるのだ。

——『いつか、黒木くんが作ってくれたやつが食べたいな』

マフラーに顔を埋めながら、どこか寂しげに言った彼女の言葉。

あの言葉が、夕飯の準備をしながらも、布団に入ってからも、ずっと胸の奥で心地よい重みとなって残っていた。

(三つ子たちの分と一緒に、すずかぜさんの分も作っていけたら……いや、でもそれじゃ冷めちゃうか……)

そんなことを真剣に悩みながら迎えた、金曜日の放課後。


「……遅いな」

ぽつりと呟き、僕は壁の古びた時計を見上げた。長針がすでに四時半を回っている。

いつもなら放課後のチャイムが鳴ってから十分と経たずにこの旧・第一資料室にやってくる瑠愛が、今日は二十分が過ぎても現れない。

(部活のミーティング? それとも……何かあったのかな)

窓の外では冬の夕日が急速に沈み、廊下の冷気がドアの隙間から足元へと忍び寄ってくる。

僕はパイプ椅子に座ったまま、落ち着かない心地でシャープペンを指先で弄っていた。

ガラ、といつもよりどこか遠慮がちな音を立てて、ドアが開いたのはそれからさらに数分後のことだった。

「……ごめん、遅くなった」

滑り込んできた瑠愛は、どこか疲れ切ったような表情をしていた。

いつもの整った長い黒髪が少し乱れていて、制服のカーディガンの袖をぎゅっと握り締めている。

「すずかぜさん……大丈夫? 顔色、すごく悪いけど」

僕が立ち上がって心配そうに声をかけると、瑠愛はハッと弾かれたように顔を上げ、小さく首を横に振った。

「ううん、体調が悪いわけじゃないの。……ただ、クラスの女子に話しかけられてて」

「話しかけられた……?」

瑠愛は自分の席に着くと、深々と溜息をついた。その細い肩が、寒さとは違う理由で少しだけ震えているように見えた。

「『涼風さんって、放課後いっつもすぐいなくなるけど、どこ行ってるの?』って聞かれちゃって。……最近、私があいさつもそこそこに教室を出て行くから、周りで少し噂になってるみたいで」

「っ……」

心臓がドキンと嫌な跳ね方をした。

学年一の美少女と称され、常に周囲から注目を集める涼風瑠愛。

そんな彼女が、毎日放課後になるとどこかへ消える。もし、誰かが好奇心で後をつけたりして、僕と一緒にこの古い資料室にこもっていることが知られたら——。

「……私のことは、別にどう思われてもいいんだけど」

瑠愛は膝の上で固く拳を握りしめ、視線を落とした。

「黒木くんに迷惑がかかるのは……絶対に嫌だから。もし変な噂が立って、黒木くんがクラスで居づらくなったら……私、耐えられない。……だから、少しここに来るのを控えようかと思うの」

彼女の声は途切れ途切れで、消え入りそうだった。

学校での孤立には慣れているはずの彼女が、自分ではなく「僕」を守るために、この唯一の居場所を手放そうとしている。

寂しがり屋で、誰よりもこの空間を愛おしそうにしていた彼女が、必死に唇を噛み締めて自分を殺そうとしているのだ。

胸の奥が、焼け付くように痛かった。

「……だめだ」

「え……?」

気がつくと、強い言葉が口から突いて出ていた。

「来ない日を作るなんて、絶対だめだ」

「でも……! このままじゃ、黒木くんが周りから何か言われるかもしれないし、この部屋のこともバレちゃったら——」

「噂なんて、どうでもいい!」

僕は瑠愛の言葉を遮り、彼女の机の前まで大股で歩み寄った。

「僕が周りにどう思われようが関係ない。それよりも、すずかぜさんが一人で寂しい思いをする方が……僕にとっては百倍嫌だ」

「黒木くん……」

「妹たちに揉みくちゃにされる賑やかな日常も嫌いじゃない。でも……僕にとっても、ここはすずかぜさんと二人でいられる、世界で一番大切な場所なんだ。誰に何と言われようが、諦めたくない」

真っ直ぐに彼女の目を見つめて告げると、瑠愛は息を飲んで僕を見つめ返した。

大きな瞳が揺れ、そこに溜まっていた透明な雫が、ぽろりと一筋、彼女の頬を伝って落ちた。

「……バカ」

瑠愛はマフラーに顔を深く埋めると、涙声のまま小さく呟いた。

「そんなこと言われたら……私だって、我慢できなくなるじゃん……っ。ここに来るの、本当は毎日楽しみで仕方ないのに……っ」

彼女はそっと手を伸ばし、僕のブレザーの裾を、まるで縋り付くようにギュッと強く掴んだ。

「……じゃあ、絶対にバレないようにする。放課後は時間差でここに来るし、廊下でも絶対に知り合いとすれ違わないルートを使う。だから……居場所を無くすなんて言わないで」

「うん。僕ももっと気を配るから」

「それと……」

瑠愛は涙を指先で拭うと、マフラーの隙間から悪戯っぽく、でも少しだけ照れくさそうに唇を綻ばせた。

「約束の……黒木くんの手料理。絶対に作ってきてね。愛陸ちゃんたちに横取りされないように、秘密で」

「……わかったよ。三つ子の怪獣たちに見つからないように、特製のお弁当作ってくる」

僕が答えると、瑠愛は嬉しそうに、まるで花がほころぶように微笑んだ。

二人の居場所を守るための、新しい「秘密の約束」。

周囲の視線や噂という壁が立ちふさがろうとも、繋がった僕たちの心が離れることは絶対にないのだと、冬の空き教室で強く確信していた。

3つ子自分で書いたのにやばすぎぃw

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