第79話 小祠二の影が、祠候補になった
影前仮道の点線は、リタの地図帳に細く残っていた。
小祠一。
灯り石候補。
戻り石三点。
その先に、小祠二の影。
昨日より線は長い。けれど、まだ太い道ではない。草の中に置いた戻り石をたどれば、影の手前まで行ける。そのくらいの、細い仮の道だった。
ミオは入口祠の前で透明板をかざした。
[祠道記録]
影前仮道:登録
戻り石:三点維持
灯り石候補:安定
次候補:影前確認
「今日は、影の前で確認する」
「小祠二を起こすんですか」
リタが聞いた。
「起こさない。影が本当に祠候補として扱えるかを見るだけ」
「候補」
「うん。名前を呼ぶ手前」
「手前、多いですね」
「手前があると、戻れるからね」
ベンは戻り石袋を肩にかけた。
「石係、手前得意」
「得意そう」
「手前で止まる」
「今日はそれが大事」
白狐は入口祠の横で、目を細めていた。
「ミオ」
「はい、白狐さん」
「影が返事をしても、すぐ祠として迎えてはいけません」
「影の状態、位置、帰り道。そこまで確認します」
「よいです。祠は、名を持つと村の記憶に入ります。入れる前に、置く場所を整えなさい」
「はい。今日は記憶に入れる準備ですね」
「そうです」
一行は祠道へ入った。
小祠一までは、もう歩き慣れた。点一、点二、点三。草分け棒で足元を分け、小祠一の座り石で短く休む。
ベンは座り石を見て、一度だけ言った。
「帰りに座る」
「予定ね」
「予定」
そこから灯り石候補へ向かう。
薄い黄色の筋は、今日も草の根元を照らしていた。戻り石三点も動いていない。
リタは地図帳を見ながら、小さくうなずいた。
「仮道、残ってます」
「うん。昨日の仕事が残ってる」
ミオは透明板をかざした。
[祠道表示]
影前仮道:維持
戻り石:三点有効
灯り石候補:帰路補助
石屋根影:応答待ち
「応答待ち」
「待ってるんですか」
「こっちが待たれてる感じかも」
白狐が灯り石候補の横で止まった。
「ここから先は、声を低く」
「はい、白狐さん」
草の奥へ進む。
戻り石一。
戻り石二。
戻り石三。
三つ目の石の手前で、ミオは足を止めた。
石屋根の影は、木の根の間に沈むように立っていた。昨日より輪郭が見える。低い屋根。草に隠れた台座。横に割れた小さな石柱。
リタが息をのむ。
「昨日より、はっきりしてます」
「うん」
ミオは透明板をゆっくり上げた。
[祠道表示]
対象:石屋根影
祠反応:微弱安定
周辺構造:台座一/石柱片一
記録種別:祠候補
「祠候補、出た」
「候補になりました」
リタの声が少し震えた。
ベンも戻り石袋を抱え直した。
「影、強くなった?」
「強くなったというより、扱いが決まったのかも」
白狐が一歩前へ出た。
「礼を」
「はい」
ミオは手を合わせた。
「道の先に眠る祠候補へ。今日は名を呼ばず、場所と帰り道だけを確かめます」
神官も頭を下げる。
「村は、急ぎません。手前を整え、また参ります」
風が通った。
草が左右へふわっと分かれる。
石屋根の影の下に、細い白い光が灯った。昨日より少し長い。台座の端までなぞり、割れた石柱のところで止まる。
ミオの透明板に、新しい表示が浮かんだ。
[祠道記録]
石屋根影:祠候補登録
台座:確認
石柱片:確認
接近:手前停止
「祠候補登録」
「小祠二ですか」
「まだ候補。でも、地図には祠候補として入る」
リタは地図帳に、ゆっくり書いた。
小祠二候補。
その横に、台座、石柱片、手前停止と小さく足す。
「手前停止も書きます」
「うん。大事」
「止まる場所があると、怖くないです」
「分かる」
ベンが三つ目の戻り石を少し見た。
「止まる石」
「名前つけた?」
「止まり石」
「戻り石の一種かな」
「止まり戻り石」
「ちょっと長い」
白狐が静かに言った。
「機能名は短い方が続きます」
「白狐さん、今のは運用の話ですね」
「はい」
「じゃあ、止まり石で」
「よいでしょう」
ベンは満足そうにうなずいた。
「石係、命名」
「採用されたね」
「石係、強い」
「また強い」
ミオは透明板をもう一度見る。
祠候補登録。
接近、手前停止。
帰路、維持。
そこまで出ている。
今日の目的は、もう達成していた。
それでも、草の奥の石屋根を見ると、もう一歩近づきたくなる。台座の模様も、石柱の割れ方も、近くで見ればもっと分かる。
ミオは息を吐いた。
「戻る」
「もうですか」
リタが聞いた。
「うん。今日は候補登録まで」
「名前は?」
「まだ」
「小祠二なのに」
「まだ」
「はい」
白狐が尾をゆっくり揺らした。
「よいです」
「点数は」
「九割五分です」
「減点は?」
「聞くのが早いです」
「あ、はい」
「ですが、止まれました」
「止まれました」
ベンが小さく手を上げた。
「石係は?」
「九割六分五厘です」
「また勝った」
「勝負ではありません」
「でも勝った」
神官が少し笑った。
帰り道は、昨日より落ち着いていた。
止まり石。
戻り石二。
戻り石一。
灯り石候補。
点三。
小祠一。
順番に戻る。
リタは地図帳を見ながら歩き、何度も「手前停止」と小さくつぶやいていた。
小祠一に戻ると、ベンは予定通り座り石に短く座った。
「短い」
「今日は本当に短い」
「九割六分五厘なので」
「点数で行動がよくなってる」
「効いています」
白狐がまじめにうなずいた。
入口祠へ戻ると、村人たちが待っていた。
「どうだった」
「祠だったのか」
「小祠二か」
神官が静かに答えた。
「小祠二候補として記録されました。名を定めるのは次です。今日は、手前で止まり、戻る道を確かめました」
村人たちは、少しざわめいた。
候補。
その言葉だけでも、入口祠の前の空気が明るくなる。
リタが地図帳を開いた。
小祠一から先へ伸びた点線。灯り石候補。戻り石三点。その先に、小祠二候補。
村人たちはその小さな印をのぞきこんだ。
「また祠があるんだな」
「村の外は、まだ続いてるんだな」
ミオは透明板をかざした。
[祠道記録]
小祠二候補:登録
影前仮道:維持
止まり石:有効
次候補:名付け前確認
名付け前確認。
ミオはその表示を見て、ゆっくりうなずいた。
小祠二の影は、祠候補になった。
まだ名は呼ばない。まだ起こさない。
けれど、村の地図には、次の祠として入った。
「白狐さん」
「はい」
「次は、名前を呼ぶ前の確認ですね」
「はい。祠を迎える準備です」
「分かりました」
小祠一の先に、次の祠候補ができた。
道は、外へ伸びるだけではなく、村の記憶へ少しずつ入っていく。
その手前に、止まる石が置かれていた。
「続きが読みたい」と思ったら下の評価とブックマーク登録をどうぞ。




