第8話 支援物資と、切れかけた道
ルーナ村へ持っていく荷物は、思ったより多くなった。
麦の薄焼き。豆の袋。薬草を包んだ布。ため池の水を入れた革袋。小さな子どもでも持てる軽い袋から、大人二人でかつぐ大きな袋まで、教会の前にずらりと並んでいる。
リュミナ村は、昨日まで貧しかった。
今も、急に豊かな村になったわけではない。
それでも、井戸が戻り、畑が育ち、保存庫が開いた。少し前まで空だった桶にも、今は水がある。倉庫に入らないほどの収穫物もある。
だから、少しだけ分けられる。
村長は、麦袋の口をしっかり結びながら言った。
「昔、ルーナから塩を分けてもらったことがある。向こうも困っているなら、見に行かんとな」
年上のシスターは、水の革袋をミオに手渡した。
「無理はしないで。道が危なかったら、戻ってきてね」
「はい。確認しながら行きます」
「本当に、確認しながらね」
「はい」
横で白狐がうなずいた。
「わたくしが見張ります。この子の確認は、ときどき前へ進みますので」
「白狐様、お願いします」
「任されました」
白狐は胸を張った。
しっぽの金色の線が、朝の光を受けてきらりと光る。子どもたちが「ぴかぴか」と小声で言い、白狐は聞こえていないふりをした。
ミオは透明な石板を旧街道へ向けた。
[OLD ROAD NODE]
――――――――――
リュミナ村側:歩行可能
仮足場:維持
魔獣除け灯:低出力稼働
ルーナ村落ノード:微弱応答
警告:支援物資搬送時、負荷上昇
――――――――――
「負荷上昇」
「嫌な文字ですか」
「ちょっと」
「どのくらい」
「荷物が多いと、仮の道に負担がかかるみたい」
「では、荷物を減らしますか」
ミオは並んだ袋を見た。
薄焼き。豆。水。薬草。
どれも、向こうに必要かもしれない。
「減らしたくない」
「言うと思いました」
白狐はため息をついた。
「では、ゆっくり進みます。道が沈んだら止まります。光が変な色になったら止まります。あなたが『少しだけ』と言ったら、わたくしが止めます」
「最後だけ厳しい」
「そこが一番危ないのです」
荷物を持つのは、村長と若い男たち二人。ミオは石板を持ち、白狐は先頭を歩いた。年上のシスターと子どもたちは、結界の内側で手を振っている。
旧街道の灯りは、朝でも見えた。
草の下に、白い豆粒みたいな光がぽつぽつ続いている。昨日より少し強くなっている気もする。白狐の尾の光と、道の灯りがときどき同じ調子でまたたいた。
村のはしっこを出る。
森の入口へ入る。
最初の倒木までは、何事もなかった。
倒木の横に出した仮の迂回路は、まだ残っている。草の上に小さな白い灯りが並び、人が一人ずつ通れるくらいの幅を示していた。
「荷物、引っかけないでください」
「分かった」
村長が先に進み、若い男たちが続く。大きな麦袋が枝にこすれて、ざり、と音を立てた。
その瞬間、石板に小さな赤い点が出た。
[LOAD WARNING]
――――――――――
仮迂回路:負荷上昇
推奨:一名ずつ通行
――――――――――
「一人ずつ」
「今さらですね」
「今からでも」
ミオはあわてて声を上げた。
「一人ずつです! 間を空けて!」
村長が振り返ってうなずく。若い男たちも足を止めた。
白狐はミオを見た。
「今のはよい判断です」
「まだ何も起きてない」
「起きる前に止めたのがよいのです」
ミオは少しだけ照れた。
倒木を越える。
次は、沈んだ道。
昨日、白い仮足場を出した場所だ。雨水のたまったくぼみの上に、四角い光が並んでいる。昨日は人が渡れた。けれど今日は荷物がある。
石板の表示が赤く変わった。
[TEMPORARY FOOTING]
――――――――――
状態:不安定
推奨荷重:軽
現在予定荷重:超過
処理候補:補助足場の追加
必要権限:街道補助 Lv.1
――――――――――
「白狐」
「はい」
「補助足場、追加できる?」
「できます。たぶん」
「たぶん」
「あなたのたぶんよりは、少し信用できます」
白狐は沈んだ道の前に立った。
尾の金色の線が光る。ミオは石板の補助足場を選び、白狐の権限に重ねる。くぼみの上に、白い四角がさらに増えた。
ぽん。ぽん。ぽん。
踏む場所が増える。
村長が槍の柄でつついた。
こん。こん。
「いけそうだな」
最初に、荷物を持っていない若い男が渡った。次に、薬草の軽い袋。次に、水の革袋。ゆっくり。ひとつずつ。
最後に、大きな麦袋を持った村長が足を乗せた。
白い足場が、ぐにゃりと沈んだ。
「止まって!」
ミオが叫ぶ。
村長はぴたりと止まった。
足場の光が、白から黄色に変わる。
[WARNING]
――――――――――
仮足場:限界接近
下部構造:崩落リスク
推奨:荷重分散
――――――――――
「荷物を下ろして! そこじゃなくて、左の光へ!」
ミオは石板を見ながら指示した。
村長が麦袋を少しずらす。若い男が手を伸ばし、袋の片側を支えた。白狐の尾が強く光る。足場の下で、ことことと小さな音が続いた。
くぼみの底の泥が、ぽこ、と泡を出す。
足場がもう一度沈んだ。
白狐が歯を食いしばる。
「ミオ、少しだけ出力を上げます」
「どれくらい?」
「足がぴかぴかにならないくらい」
「分かった」
白狐の尾から、金色の線が一筋、足場へ流れた。
白い四角が、ぱっと明るくなる。
村長が一歩進んだ。
もう一歩。
麦袋が揺れる。
若い男が支える。
最後の一歩で、村長がこちら側へ出た。
足場の光が、ふっと弱くなった。
全員が息を吐く。
「危なかったな」
「すまん、荷が重かったか」
「必要な荷物です」
ミオはそう言いながら、石板を見た。
[TEMPORARY FOOTING]
――――――――――
通行:成功
安定度:低下
帰路通行:注意
――――――――――
「帰りも危ない」
「今から帰りますか」
「行く」
「でしょうね」
白狐はため息をついたが、止めなかった。
その先は、昨日より暗かった。
森の木が道へ覆いかぶさっている。白い灯りは続いているけれど、ところどころ弱い。鳥の声が少ない。かわりに、草の奥で何かが走る音がした。
村長が槍を構える。
「昨日の魔物か」
「反応あります」
ミオの石板に、赤い点が三つ、四つ、五つと増えた。
[BEAST RESPONSE]
――――――――――
小型魔獣:増加
位置:街道左右
行動:追跡
誘因:食料/水
推奨:魔獣除け灯の一時強化
――――――――――
「食料に寄ってきてる」
「荷物を持っているからですね」
「やっぱり減らすべきだった?」
「今それを言うと、あなたがしょんぼりします」
「少ししてる」
「では言いません」
白狐は道の真ん中に立った。
しっぽの金色の線が、ふたつとも光る。道の両側の豆粒みたいな灯りが、ぽつぽつと強くなった。
草むらの中から、黒い影が見えた。
昨日より多い。
丸い背中。長い耳。大きな口。ぎざぎざの歯。草かじりより大きな魔獣が、食べ物のにおいを追っている。
若い男の一人が、息をのんだ。
「多いぞ」
「囲まれてるんじゃないか」
「走るな」
村長が低く言った。
「走ったら荷物を落とす」
ミオは石板を見る。
魔獣除け灯を強める。
でも、強めすぎると道の仮接続に負荷がかかる。
[ROAD LIGHT CONTROL]
――――――――――
現出力:低
一時強化:可能
副作用:仮接続負荷上昇
推奨:短時間照射
――――――――――
「短時間だけ」
「何秒ですか」
「三十秒」
「短いですね」
「長くすると道が不安定になる」
「では、三十秒で追い払いましょう」
白狐が一歩前へ出た。
ミオは石板を握る。
「三十秒だけ、強く!」
道の灯りが、一斉に白く光った。
夜ではないのに、森の中がぱっと明るくなる。草むらの影がくっきり浮かび、魔獣たちが一斉に目を細めた。
ぱち。ぱち。ぱちん。
光に触れた魔獣が跳ねる。
一匹は後ろへ転がり、別の一匹は耳を伏せて逃げた。けれど、奥にいた大きめの影だけは下がらない。鼻を鳴らし、歯をむき、低くうなる。
白狐の耳が倒れた。
「少し大きいです」
「小型じゃない?」
「中くらいです」
「中くらい、困る」
中くらいの魔獣が、道へ飛び出した。
村長が槍を向ける。
若い男たちが荷物をかばう。
ミオは石板の表示を見た。
[WARNING]
――――――――――
中型魔獣:接近
魔獣除け灯:効果不足
推奨:白狐領域による威嚇光
注意:街道補助権限を消費
――――――――――
「威嚇光」
「名前が強そうです」
「使うと、白狐の権限を消費する」
「どのくらい」
「分からない」
「それは嫌ですね」
中型魔獣が、もう一歩近づく。
口からよだれが落ちた。食料のにおいに、目がぎらぎらしている。
水と麦と薬草。
ルーナ村へ持っていくはずのもの。
ここで落としたら、意味がない。
ミオは息を吸った。
「白狐、無理なら」
「無理とは言っていません」
白狐は小さな体で、魔獣の前に立った。
「わたくしは、古き水と土と道の守りを知る白狐です」
しっぽの金色の線が、二本とも強く光る。
白狐の足元に、小さな紋様が浮かんだ。
ミオは石板を見た。
[WHITE FOX SUPPORT]
――――――――――
威嚇光:使用可能
出力:低/中/高
推奨:中
副作用:一時疲労
――――――――――
「中でいく」
「高ではなく?」
「高はだめ」
「よい判断です」
ミオは石板をなぞった。
「白狐、お願い。追い返して!」
白狐の尾から、金色の光がふわっと広がった。
小さい体の後ろに、一瞬だけ大きな影が立つ。六話で見えた、あの白い獣の影。尾がいくつも広がり、森の中へ静かに圧をかける。
中型魔獣が、ぴたりと止まった。
金色の光が、魔獣の鼻先に届く。
白狐が言った。
「帰りなさい」
声は大きくなかった。
けれど、森が少し静かになった。
中型魔獣は、びくっと体を震わせた。次に、じり、と後ろへ下がる。もう一歩。もう一歩。
最後には、くるりと背を向けて、森の奥へ走っていった。
残っていた小型魔獣たちも、ばたばたと逃げていく。
道の灯りが、ゆっくり元に戻った。
村長が、槍を下ろした。
「……助かった」
若い男たちも、その場で座りこみそうになっている。
ミオは白狐を見た。
「白狐、大丈夫?」
白狐は胸を張ろうとした。
けれど、少しふらついた。
「もちろんです。わたくしは由緒ある……」
言い終わる前に、ぽすん、と座った。
ミオはすぐ抱き上げた。
「疲れてる」
「疲れていません。少し、地面が近づいただけです」
「地面は近づかない」
「では、わたくしが近づきました」
白狐はミオの腕の中で、しっぽを丸めた。
金色の線は消えていない。でも少し薄い。
ミオは小さく言った。
「ありがとう」
「麦がゆを増やしてください」
「増やす」
「あと、薄焼きも少し」
「うん」
その時、石板に赤い表示が出た。
[ROAD LINK WARNING]
――――――――――
魔獣除け灯一時強化/白狐威嚇光により負荷上昇
仮接続:不安定
残り安定時間:短
推奨:目的地側ノードへの接続補強
――――――――――
ミオは足を止めた。
「道が不安定になってる」
「戻りますか」
白狐の声は弱い。
戻る。
そう言いかけて、ミオは道の先を見た。
そこに、小さな人影があった。
森の向こう、道の先。痩せた子どもが一人、木の陰からこちらを見ている。服は土で汚れ、手には空の水筒を持っていた。
子どもは、ミオたちの荷物を見て、目を見開いた。
「……リュミナの人?」
かすれた声だった。
村長が一歩前へ出た。
「ルーナ村の子か」
「水、ありますか」
それだけ言うと、子どもの膝ががくんと落ちた。
ミオは走った。
年上のシスターから預かった水の革袋を開ける。子どもの口に、少しずつ水を含ませた。子どもはむせながら飲み、涙をこぼした。
「村の井戸、また止まって……畑も、だめで……」
ミオは石板を見る。
[LUNA VILLAGE NODE]
――――――――――
距離:近
水系:不安定
緊急度:高
仮接続補強:可能
注意:支援接続により領域拡張
――――――――――
白狐が腕の中で言った。
「領域拡張です」
「分かってる」
「危ないです」
「でも、このまま戻ると道が切れる。ルーナ村の子も戻れない」
「……分かっています」
白狐は目を閉じた。
「やりましょう。支援だけではなく、接続補強です」
「いいの?」
「よくありません。でも、今はそれが必要です」
ミオはうなずいた。
石板を旧街道へ向ける。
リュミナ村から伸びてきた白い線。ルーナ村からかすかに返ってくる弱い線。その間が、細く、今にも切れそうにつながっている。
切れたら、支援も届かない。
道もまた眠る。
ミオは、表示を何度も確認した。
水系には触れない。
畑にも触れない。
村全体を起こさない。
まずは道。
荷物と人が通れる道だけ。
[SUPPORT LINK]
――――――――――
対象:リュミナ村落ノード ⇔ ルーナ村落ノード
処理:街道仮接続補強
対象外:水系/土壌/外周守護
物資搬送経路:優先
実行待機
――――――――――
「道だけ、支えて!」
ミオが叫ぶと、旧街道の光が一気に走った。
リュミナ側から白い線が伸びる。ルーナ側から弱い光が返る。二つの光が、道の真ん中でぶつかり、ぱっと広がった。
足元の石が、こつん、こつん、と音を立てて並び直す。
倒木の横の迂回路が少し広がる。
沈んでいた仮足場が、もう一段明るくなる。
魔獣除け灯が、道の両側でぽつぽつ増えた。
そして、森の向こうへ、一本の白い道が通った。
[SUPPORT LINK RESULT]
――――――――――
街道仮接続:成功
物資搬送経路:確保
ルーナ村落ノード:応答上昇
領域拡張:街道線のみ
――――――――――
ミオは息を吐いた。
「街道線のみ」
白狐も、同じ表示を見ていた。
「今回は、広がりすぎていませんね」
「うん」
「とてもよいです」
その言葉に、ミオは少し笑いそうになった。
ルーナ村の子どもは、白い道を見てぽかんとしている。
「道が……戻った」
村長が麦袋をかつぎ直した。
「行こう。まず水と食べ物を届ける」
若い男たちも、疲れた顔でうなずいた。
道は、もう沈まなかった。
仮足場はしっかりしている。魔獣除け灯はやわらかく光っている。森はまだ暗いけれど、さっきよりずっと歩きやすい。
しばらく進むと、木々の向こうに、小さな村が見えた。
ルーナ村。
井戸の前には人が集まり、空の桶がいくつも置かれていた。畑は黄色くしおれ、外周の柵は壊れている。子どもたちが、こちらを見る。
リュミナ村の村長が声を張った。
「水と食べ物を持ってきた!」
ルーナ村の人々は、最初、信じられない顔をした。
次に、水の革袋を見た。
豆の袋を見た。
麦の薄焼きを見た。
誰かが泣き出した。
誰かが走ってきた。
ミオは、空の桶に水を注いだ。ルーナ村の子どもたちが、両手で器を持って並ぶ。年寄りが、薄焼きを受け取って震える手で口に運ぶ。
村の空気が、少しずつ変わっていく。
白狐はミオの腕の中で、ふらふらしながらも胸を張った。
「届きましたね」
「うん」
「道を通した意味がありました」
「うん」
ミオは透明な石板を見た。
[SUPPORT COMPLETE]
――――――――――
物資搬送:成功
ルーナ村落ノード:応答回復
街道仮接続:安定
次回推奨:ルーナ村水系診断
――――――――――
最後の一行を見て、白狐が言った。
「今日は見ません」
「うん。今日は水を配るだけ」
「本当に?」
「本当に」
ルーナ村の子どもが、ミオの袖をつかんだ。
「お姉ちゃん、井戸も直せる?」
ミオは、少しだけ止まった。
白狐が腕の中で、ものすごく小さく言う。
「今日は、配るだけ」
ミオは子どもの目を見た。
空の桶。
しおれた畑。
壊れた柵。
そして、さっきまで道で倒れそうだった子ども。
ミオはゆっくり息を吐いた。
「今日は、水を配るところまで。明日、井戸を見る」
白狐が、心から安堵した顔をした。
「成長がすごいです」
ミオは苦笑いした。
ルーナ村の人々は、リュミナ村から届いた水と食べ物を分け合っている。
道はつながった。
支援は届いた。
そして、次に直すべきものも、はっきり見えた。
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