第62話 星石の穴は、星見台と同じ並びをしていた
環祠の丸い石台には、小さな穴がいくつも並んでいた。
土に埋もれた穴。苔で半分ふさがった穴。ふちだけ欠けた穴。どれも古くて、手入れされていない。けれど、ただ傷んでいるだけではなかった。穴はばらばらに見えて、よく見るとゆるい弧を描いている。
ミオは透明板をかざしたまま、石台の前にしゃがんだ。
板の奥で、穴のひとつひとつに薄い枠が重なる。読み取りはできている。でも、意味まではまだ出ない。どの穴がどことつながるのか、どの星石を受けるのか、表示はところどころ欠けていた。
「こういうところだけ、説明書がないんだよね」
「説明書があっても、ミオは先に触ります」
「触らないって決めたばっかりです」
「はい。今は」
「白狐さん、今はって言わないで」
白狐は静かに座り、尾だけを少し揺らした。
神官は環祠の前に立ち、祠としての向きを確かめている。リタは地図帳を開き、白石道と環祠の位置を小さな線でつないでいた。ベンは星石袋を抱え、石台の穴をじっと見ている。
前に小祠がひとつ鳴った。
それだけで、環祠が完全に眠っているわけではないと分かった。けれど、無理に起こせば、外側の祠までいっぺんに反応するかもしれない。
ミオは板の表示を読んだ。
OUTER RING NODE。
STATUS:SLEEP。
LINK:FRAGMENTED。
STONE SLOT:UNRESOLVED。
「ストーンスロット未解決。星石穴は読めてるけど、対応が分からない」
「星石穴、ですか」
「うん。星石を受ける穴。たぶん、星見台の石と似た役目がある」
「星見台……」
ベンが小さくつぶやいた。
ミオは顔を上げた。
「ベン、何か気づいた?」
「これ、星見台の石の場所と似てる」
「似てる?」
「うん。少し小さいけど。ほら、星見台で石を置いた時、こっちに大きい石があって、こっちに小さい穴があって……なんか、並び方が似てる」
ベンは石台に触らず、少し離れた場所で指を動かした。ここ、ここ、と宙に印をつけるように示す。
リタが地図帳から顔を上げた。
「ベン、それ覚えてたの?」
「全部じゃないけど。重い石を持ったところは覚えてる」
「重かったから?」
「うん。重いのは覚える」
ミオは透明板の表示を切り替えた。星見台で取った星石配置の記録を呼び出す。透明板の上に、星見台の簡略図が浮かぶ。次に、環祠の穴の並びを重ねる。
完全には一致しない。
大きさも違う。欠けている穴もある。けれど、全体の弧の向きと、主穴の配置が似ていた。
「ほんとだ。縮小版みたいになってる」
「縮小版?」
「ええと、大きな星見台の並びを、小さくした感じ」
「小さな星見台ですか」
「そこまで言うと違うかな。星見台の配置を、環祠用に写した感じ」
白狐が石台を見た。
「雑に写したのですか」
「雑じゃない。仮置きだから。仮置きは雑じゃなくて、未来の丁寧」
「未来の丁寧」
「……今の、地図に書かないでね」
リタが地図帳の端に筆を置きかけて、ぴたりと止まった。
「書くところでした」
「書かなくていいです」
「でも、ちょっといい言葉です」
「よくない。今のはミオ様の言い訳です」
白狐が淡々と言った。
ミオは少しだけ口を尖らせた。
「いいじゃん。仮置き大事だよ」
「大事です。ですが、仮置きしたあとに本置きまで走りがちです」
「今日は走らない」
「はい。今日は」
また「今日は」と言われた。
ミオは言い返そうとして、やめた。ここで言い返すより、ちゃんと止まった方がいい。
透明板に、星見台の配置と環祠の穴が重なる。ミオは星石袋を見た。
「ベン、星石を全部出さないで。大きさだけ見たい。袋の中で見せて」
「袋の中で?」
「うん。石台に置かない。まだ置かない」
「分かった」
ベンは星石袋の口を少しだけ開けた。中には、前に使った星石がいくつか入っている。淡い光を含んだ石。大きさも形も少しずつ違う。
ミオは透明板越しに星石を読み取った。
星石の形が、板の表示に薄く写る。石台の穴へ、仮配置として重ねる。実際には置かない。表示の中だけで試す。
[VIRTUAL PLACEMENT:START]
「仮配置、開始」
「本当に置いてないのに、置いたことにできるのですか」
「構造上はね。現実には動かさないから安全」
「ミオ様、それ、すごいこと言ってません?」
「そうかな」
「言ってます」
リタが少し早口になった。
村の人からすれば、星石を置かずに置いたことにする、というのは意味が分からないかもしれない。けれど、ミオには自然なことだった。実行前に、構造だけで試す。コードなら当たり前だ。
いや、この世界では当たり前ではない。
そこを忘れると、説明がややこしくなる。
「ええと、祠に触る前に、頭の中で並べてみてる感じ」
「それなら、分かります」
「リタは偉い」
ミオは表示の中で、星石をひとつずつ穴へ合わせた。
ぽう。
石台の穴のひとつが、ほんの少し光った。
全員が息を止める。
「今の、現実に光った?」
「光りました」
「置いてないのに?」
「置いてません」
ベンが袋を抱え直した。
ミオは透明板をのぞき込む。仮配置した星石が、ひとつだけ穴と合ったらしい。現実の石台が、構造の一致に反応している。
「……読み取りだけで、反応してる。強いな、この祠」
「危ないのですか」
「危ないというより、感度が高い。ちゃんと順番を決めないと、変なところが鳴る」
白狐は耳を立てたまま、石台の奥を見ていた。
「ミオ、穴の端を見てください」
「端?」
ミオは表示をずらした。
石台の穴の一部に、薄い線が伸びている。星見台の記録と重なる穴は光る。けれど、一つだけ、どの星見台配置にも合わない穴がある。
それは、前に白狐が見ていた暗い穴に近かった。
ミオはそこには触れず、仮配置の範囲から外した。
「そこは後。今は星見台と合うところだけ見る」
「はい」
白狐はほっとしたように、ほんの少し目を細めた。
ミオは仮配置を続けた。
ぽう。
ぽう。
ぽう。
石台の穴が、一つずつ淡く光る。現実に置いてはいない。けれど、表示上の星石が正しい位置に重なるたび、石台が小さく答える。
その音は、鐘ほど大きくない。鈴ほど高くもない。石の中に眠っていた空気が、そっと動くような音だった。
神官が静かに手を合わせた。
「祠が、星を思い出しています」
「うん。たぶん、そう」
ミオの表示では、少し違う。
星石配置テンプレート照合。
外縁リンク候補復元。
星見台同期反応、微弱。
でも、祠が星を思い出している、という言い方の方が、この場所には合っていた。
リタが地図帳に、環祠の石台を小さな丸で描いている。穴を全部描こうとして、途中で手が止まった。
「多すぎます」
「全部描かなくていいよ。主な穴だけで」
「主な穴……どれですか」
「光ったところ」
「なるほど」
ベンが横から言った。
「でも、さっきの光ったところ、どこだっけ」
「え」
「ここ?」
「そこは、たぶん違います」
「じゃあ、こっち?」
「それは穴じゃなくて苔です」
ミオは一瞬だけ天を見た。
「よし。光ったところに小石を置こう。星石じゃなくて、ただの小石。目印だけ」
「それなら触っても大丈夫ですか」
「石台の穴に入れない。横に置くだけ」
ベンが足元から小さな白い石を拾い、光った穴の横にそっと置いた。リタがそれを見ながら地図に印をつける。
こういう作業は遅い。
でも、嫌いではない。
現代の仕事なら、画面上で一瞬だったかもしれない。けれど、この世界では、ベンが小石を置き、リタが地図に描き、神官が祠の向きを見て、白狐が危ない穴を見ている。
人の手が入ることで、祠の反応が少しずつ現実になる。
最後に、ミオは星見台側との同期を確認した。
透明板に、仮配置の線が伸びる。
環祠から、白石道を越えて、遠くの星見台へ。
「星見台、応答するかな」
「遠いですよ」
「うん。でも、さっき小祠が鳴ったから」
ミオは透明板の上で、仮配置の確定を一段だけ進めた。実行ではない。あくまで読み取りの範囲。祠を起こすのではなく、配置が合うかを問うだけ。
[VIRTUAL PLACEMENT:CONFIRM]
石台の光が、ゆっくり一周しかけた。
全部はつながらない。途中で止まる。暗い穴の手前で、すうっと光が弱くなる。
けれど、その瞬間。
遠くで、何かがまたたいた。
リタが顔を上げた。
「今の、星見台の方です」
木立の向こう、リュミナ村の方角。星見台があるあたりで、淡い光が一度だけ見えた。昼の光の中だから、はっきりとは分からない。でも、気のせいではない。
神官が息をのんだ。
白狐の耳も立っている。
ベンが星石袋を抱きしめた。
「遠くの石が、返事した?」
「うん。星見台が、環祠に応えた」
ミオの透明板にも表示が出ていた。
[STAR PLATFORM:WEAK RESPONSE]
弱い応答。
でも、応答は応答だ。
環祠と星見台は、離れていてもつながる。
ただの古い祠ではない。白石道の途中にある、ひとつの点でもない。環祠は、点を輪にする。その輪の中には、星見台も入る。
ミオは胸の奥が少し熱くなるのを感じた。
「つながった」
「まだ弱いです」
「弱くても、つながった」
白狐は否定しなかった。
その代わり、静かに言った。
「はい。けれど、最後の穴は、まだ鳴っていません」
ミオは石台を見た。
光った穴。小石で印をつけた穴。星見台と合った穴。
そして、その奥にある、暗い穴。
そこだけが、さっきから何も返していない。
透明板の表示も、そこだけ黒く沈んでいる。
ミオは手を伸ばさなかった。
白狐も何も言わなかった。
リタは地図帳に、星見台の方角へ細い線を引いた。ベンは小石の数をもう一度数えている。
「一、二、三、四、五……あれ、六?」
「ベン、増えてません」
「増えてない?」
「たぶん」
「たぶんは危ないです」
ミオは笑って、透明板を少し下ろした。
今日は十分だ。
星見台と環祠の並びが似ていると分かった。
星石を置かずに、仮配置で反応を見られた。
遠くの星見台が、一度だけ応えた。
環祠は、眠っているだけではない。
呼べば、返事をする。
ただし、最後のひとつだけは、まだ黙っている。
ミオは暗い穴を見た。
そこへ続く答えは、まだ開けない。
白狐の横顔は、いつもより静かだった。
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