第61話 環祠は、点を輪にする祠だった
入口祠の奥に出た白い道は、前よりもはっきり見えていた。
白石道は、村の外へすうっと続いている。土の上に置かれた石は、古くて、欠けていて、ところどころ草に埋もれていた。それでも、昨日まではただの古い石だったものが、今は道として見える。
ミオは透明な板――アナライザブルデバッガーを胸の前にかざした。
板越しに見ると、白石道の上に細い線が重なる。やわらかな光ではあるけれど、表示ははっきりしている。
入口祠。
外縁祠道。
未確認ノード。
環祠。
環祠。
その言葉だけが、ぽつんと浮かんでいた。
「環祠って、輪っかの祠ってことだよね」
「たぶん、そうですね。ですが、輪っかという言い方は少し軽いです」
「じゃあ、外縁リングノード」
「急に重いです」
白狐はミオの横を歩きながら、耳を少しだけ伏せていた。いつもなら、道の先に何があるのかより、供物を置ける場所かどうかを気にする。けれど今日は、食べ物の話をしない。
それだけで、ミオには少し気になる。
神官は少し後ろで、石の並びを見ながら歩いていた。リタは地図帳を両手で抱え、ベンは星石袋を肩から下げている。袋の中で小さな石がこつこつ鳴った。
「ミオ、この道、前より白くないですか」
「白く見えるところが増えてる。たぶん、入口祠が起きたから、道の認識が少し戻ってる」
「道の認識……」
「ええと、祠が道を道として思い出してる感じ」
「それなら、分かります」
リタはほっとした顔でうなずいた。
コードやリンクと言うと、村の子には伝わりにくい。けれど、道が道を思い出す、と言うと伝わる。ミオとしては少し雑な言い換えだと思う。でも、雑な方が正しい時もある。
白狐がその横で、小さく言った。
「祠は、覚えています。人が忘れても、石が忘れきらないことがあります」
「白狐さん、何か思い出した?」
「いいえ。思い出した、とは言えません。ただ、そういう気がしただけです」
白狐の声は静かだった。
ミオはそれ以上聞かなかった。白狐は、思い出したくても思い出せないものを抱えている。そこを無理に開くのは、壊れた箱をこじ開けるのと同じだ。
白石道はゆるく曲がりながら、低い丘の方へ続いていた。
道の両側には、背の低い草が広がっている。風が吹くと、さわさわと揺れた。遠くにはリュミナ村の屋根が見える。村からそんなに離れていないのに、ここは少し空気が違った。
古い。
でも、怖いだけではない。
誰かが昔、ここを何度も歩いた気配がある。
「ミオ様、これ、地図に書いていいですか」
「うん。まだ確定じゃないけど、白石道として書いて。あ、環祠はまだ見つけてから」
「はい。未確認、って小さく書きます」
「小さくね。大きく書くと、見つけた気になっちゃうから」
「それは……ちょっと分かります」
リタが真面目な顔で、地図帳の端に小さく文字を書いた。ベンが横からのぞき込む。
「リタ、そこ、道が曲がってる」
「え、こっち?」
「もう少し右」
「右って、地図だとどっち?」
「ええと……こっち」
「それ、左です」
ミオは思わず口元をゆるめた。
白狐も少しだけ目を細める。
「地図は、人の手で育ちますね」
「今のは育ってる途中かな。迷子になりそうだけど」
神官が前で足を止めた。
「ミオ、あれを」
白石道の先に、石台が見えた。
小祠より大きい。星見台よりは小さい。丸い土台の上に、低い祠が乗っている。屋根は半分欠け、苔がついていた。けれど、形は崩れていない。
祠の前には、丸い石台がある。
その石台のふちに、小さな穴が並んでいた。
星石をはめるための穴に見える。
ただ、数が多い。入口祠より多い。小祠よりも、ずっと多い。穴はまっすぐ並んでいるのではなく、丸く弧を描くように配置されていた。
ミオは透明板をかざした。
表示が一瞬だけ乱れた。ざざ、と薄いノイズが走る。すぐに線が整う。
[OUTER RING NODE:SLEEP]
文字が浮いた。
ミオは息を止めた。
「……環祠、見つけた」
「これが、環祠ですか」
神官が静かに頭を下げた。
村人が見れば、古い祠だと思うだろう。神官にとっても、祈りの場所だ。けれど、ミオの目には、眠っているノードとして見えている。
板越しに見ると、環祠の周りに点がいくつも浮かんでいた。入口祠。星見台。まだ見つけていない小祠。白石道の端。点と点が、ゆるく輪を描いている。
でも、つながっていない。
点のままだ。
輪になりかけて、眠っている。
「白狐さん、これ……外縁祠群の中心っていうより、外側をつなぐ場所かな」
「中心ではないと思います。ですが、外側を外側のまま結ぶ場所かもしれません」
「中心じゃなくて、輪を作るところ」
「はい。点を輪にする祠です」
その言い方は、すっと入ってきた。
点を輪にする祠。
ミオは石台へ近づいた。足元の草が、ふわりと揺れる。石台の穴には土が入り、いくつかは苔に埋もれている。けれど、完全に死んでいる感じはしない。
透明板に、薄い線が出る。
入口祠から環祠へ。
環祠から小祠らしき点へ。
環祠から星見台へ。
まだ全部、仮線。
ミオは石台に手を伸ばしかけて、止めた。
白狐が、何も言わずに見ている。
止められたわけではない。
でも、いつもの白狐なら「触る前に見ましょう」とか「ミオ、手が早いです」とか言う。その白狐が、ただ見ている。
ミオは手を下ろした。
「まず読むだけ。触るのは後」
「それがよいと思います」
白狐の返事は短かった。
ミオは透明板を石台へかざした。板の奥で、構造が重なる。穴の並び。星石の受け。古いリンク。眠ったままの外縁ノード。
表示が少しずつ増える。
OUTER RING NODE。
STATUS:SLEEP。
LINK:FRAGMENTED。
SHRINE GROUP:PARTIAL。
「スリープ。リンク断片化。祠群、部分……やっぱり、起動してないだけ」
「壊れてはいないのですか」
「壊れてるところもある。でも、全部壊れてるわけじゃない」
ベンが星石袋を抱え直した。
「石、入れたら動く?」
「まだ分からない。雑に入れると、別のところまで起こすかもしれない」
「ミオ様が言うと、ありそうです」
「リタ、それは少し痛い」
「す、すみません」
「いや、合ってる」
ミオは小さく息を吐いた。
前の自分なら、ここで星石を入れていたかもしれない。動くかどうか、試したくなる。起きるなら起こしたくなる。
でも、この祠は、ただの一基ではない。
点を輪にする祠だ。
一つ触れば、外側の祠がいくつも反応するかもしれない。白狐が静かなのも、たぶんそのせいだ。
ミオは石台のふちに触れず、板だけを近づけた。
すると、丸い石台の表面に、細い光が走った。
ぽう。
遠くで、小さな音がした。
全員が顔を上げた。
「今、鳴った?」
「鳴りました。あちらです」
リタが白石道の先を指さした。木立の向こう、小さな祠があるらしい方角。そこから、もう一度だけ、かすかな音が返ってきた。
ぽう。
白狐の耳が立った。
ミオの透明板に、点が一つ増えた。
[SMALL SHRINE:RESPONSE]
「小祠が、一つ反応した」
「石、入れてないよ」
「うん。触ってない。読んだだけで、起きかけた」
ベンが目を丸くした。
神官は、環祠の前で深く頭を下げた。村人なら、祠が答えたと思うだろう。神官も、たぶんそう受け取っている。
ミオには、眠っていた小さなノードが、呼びかけに返事をしたように見えていた。
どちらも間違っていない。
「眠ってるだけなら、起こせる」
「ミオ」
「分かってる。今は、起こしきらない。まず、どことつながってるか見る」
白狐はミオを見上げた。
その目が、少しだけやわらいだ。
「はい。今のミオなら、それがよいです」
ほめられた気がして、ミオは少し変な顔になった。
「なんか、今の言い方、すごく年上っぽい」
「実際、年上かもしれません」
「かもしれません、なんだ」
「そこが分からないので、少し困っています」
白狐はまじめに言った。
ミオは返す言葉に困って、透明板に目を戻した。
環祠の表示は、まだ眠ったままだ。
[OUTER RING NODE:SLEEP]
でも、その下に、小さな応答が一つ増えている。
[SMALL SHRINE:RESPONSE]
完全起動ではない。
けれど、返事はあった。
点が一つ、輪の方を向いた。
リタは地図帳に、小さな丸を書き足している。ベンは星石袋を抱えたまま、丸い石台の穴を数えようとして、途中で分からなくなっていた。
「一、二、三、四……あれ、ここ数えた?」
「ベン、指で押さえて」
「押さえたら動きそう」
「じゃあ押さえないで」
「どう数えればいいの」
「あとで一緒に数える」
ミオは少し笑った。
こういうところが、人の手の地図なのだと思う。完璧ではない。数え間違えるし、書き直すし、右と左も迷う。それでも、祠はさっき返事をした。
人が歩いて、人が見て、人が書く。
その手間ごと、道は戻っていくのかもしれない。
白狐は石台の奥を見ていた。
ミオはそれに気づいた。
白狐の視線は、反応した小祠ではない。丸い石台の、さらに奥。欠けた穴の一つに向いている。
そこだけ、透明板の表示が少し暗い。
「白狐さん?」
「……まだ、分かりません」
「何かある?」
「ある気がします。ですが、今のわたしには、まだ言葉にできません」
白狐の尾が、ゆっくり揺れた。
食べ物の話をしない白狐は、やっぱり少し不安になる。
ミオは透明板を下ろさず、その暗い穴を見た。
今は触らない。
今日は、環祠を見つけた。
小祠が一つ鳴った。
外縁祠群は、眠っているだけだと分かった。
それで十分だ。
ミオは地図帳を持つリタへ言った。
「リタ、ここは環祠で確定。小祠の反応も、一つだけ書いて」
「はい。音が鳴ったところも?」
「うん。ただし、まだ仮で。白い丸を小さく」
「小さくですね」
リタはうなずき、地図帳に小さな丸を描いた。
その丸は、ただのインクだった。
けれどミオには、そこに薄い光が宿ったように見えた。
環祠は、まだ眠っている。
輪は、まだ閉じていない。
それでも、最初の点が返事をした。
白石道の奥で、風がさわさわと草を揺らした。
ミオは透明板の表示をもう一度見た。
[OUTER RING NODE:SLEEP]
眠っている。
なら、起こせる。
ただし、順番を間違えないように。
白狐はまだ、石台の奥の欠けた穴を見ていた。
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