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聖女は世界をハックする 〜見た目は魔法!?超古代技術で貧しい村を天空都市に育てます〜  作者: 七森ふれあ
村の外へ、細い線を伸ばす

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23/92

第21話 水は出た。でも、使い方が足りない

 朝のリュミナ村は、いつもより少しだけにぎやかだった。


 井戸のまわりに桶が並び、水場では女の人たちが布を洗い、子どもたちは小さな木の器を持って順番を待っている。畑の方では、男の人たちが水を運ぶための台車を出していた。昨日までなら、井戸の底をのぞいてため息をついていた村が、今日は水の音で起きている。


 こぽ、こぽ、と石の下で水が鳴る。


 ミオは水場の端に立ち、透明な板を胸の前にかざした。アナライザブルデバッガー越しに見ると、水路の線が淡く光っている。井戸から水場へ。水場から洗い場へ。そこから畑の方へ。さらに保存庫の奥へ細い補助リンクが伸びていた。


 昨日、補助リンクを一本増やした。レンの記憶が戻ったあと、手を止めたくなくて、水路へパッチを当てた。結果として、村の水は少しだけ安定した。


 けれど、安定した水は、人を増やす。


 人が増えると、使い方が増える。


 使い方が増えると、流れが乱れる。


[WATER ROUTE STATUS]

――――――――――

井戸主水路:安定

洗い場支線:過使用

畑水支線:未調整

保存庫補助水路:混入リスク

飲用取水点:混雑

推奨:用途別分岐設定

――――――――――


「……やっぱり混ざってる」


 ミオは小さく言った。


 水が出たことは、いい。とてもいい。けれど、飲む水と洗う水と、畑へ流す水と、保存庫の湿気を調整する水が、村人の使い方で少しずつ混ざりかけている。今すぐ毒になるわけではない。でも、このままでは、どこかで困る。


 ミオは息を吸った。


 水が出たばかりの朝に、「使い方がだめです」とは言いたくない。村人たちは、久しぶりに安心している。桶いっぱいの水を持った子どもが、こぼさないように歩いている。年寄りが手を洗いながら「ありがたい」と何度も言っている。


 そこへ、また注意を持ち込む。


 ちょっと気が重い。


「ミオ」


 白狐が、水場の石の上にすっと乗った。尻尾の先が、まだ少し湿っている。水場に近づきすぎて、はねたのだろう。


「顔が、また止まっています」

「止まってない」

「止まっています。水を見る顔と、人を見る顔が混ざっています」

「それ、どういう顔?」

「説明しにくい顔です」

「説明できないなら言わないで」

「でも、分かります」


 白狐は水場を見た。


「水は出ています」

「うん」

「けれど、ミオは困っています」

「うん」

「では、水が悪いのではなく、人間の使い方が悪いのですね」

「言い方」

「違いますか」

「違わないけど、もう少しやわらかく言いたい」


 白狐は少し考えた。


「水にも順番がある、でどうですか」

「それ、いいかも」


 ミオは透明な板を下ろした。


 言葉にできると、少し楽になる。コードで見えているものを、そのまま言っても村の人には通じない。流量制限、混入リスク、支線分岐、用途別分岐設定。そういう言葉では、村の人は動けない。


 水にも順番がある。


 それなら、分かる。


 ミオは水場の近くにいた村人たちへ声をかけた。


「すみません。少しだけ、水の使い方を分けたいです」

「水の使い方、ですか?」

「はい。水は出るようになりました。でも、飲む水、洗う水、畑に使う水、保存庫に使う水を同じところから取ると、あとで困ります。なので、水の道を分けます」


 村人たちは顔を見合わせた。


 怒っている人はいない。けれど、少し戸惑っている。水が出たのに、また決まりが増える。そう思っている顔だ。


 ミオは、少しだけ声をやわらかくした。


「水を使いにくくするためではありません。むしろ、あとで困らないようにするためです。飲む水はきれいなまま。洗う水は洗う場所へ。畑の水は畑へ。保存庫の水は、保存庫のために少しだけ。そう分けます」

「水に、そんな道があるんですか」


 若い村人が聞いた。


 ミオは、透明な板を少しだけ持ち上げた。


「あります。見えにくいだけです」


 ほんとうは、透明な板には見えている。淡い青の線が、井戸から細く伸びている。今はその線が、ところどころで重なって、少し濁っている。


 ミオはそれを、村人に見せる代わりに、地面へ小枝で線を引いた。


 井戸。飲み水。洗い場。畑。保存庫。


 小さな円と線だけの図だ。


「ここが井戸です。まず、飲む水はここ。洗う水はこっち。畑へ運ぶ水は、こっち。保存庫用は、少しだけ別にします」

「保存庫にも水を使うんですか」

「直接かけるわけではないです。空気を落ち着かせるために、少し使います」

「空気を……?」

「ええと、乾きすぎたり、湿りすぎたりしないようにします」


 村人はよく分かっていない顔をした。


 ミオも、自分で説明していて少し分かりにくいと思った。


 白狐が横から言った。


「保存庫は、食べ物の寝床です。寝床がじめじめすると困ります」

「あ、それです」

「今のは分かりやすかったですか」

「うん。ちょっと悔しい」


 村人たちは少し笑った。


 場がゆるんだ。


 ミオはその隙に、作業へ入った。


[WATER ROUTE PATCH]

――――――――――

目的:用途別水路分岐

飲用取水点:優先固定

洗い場支線:流量制限

畑水支線:低速開放

保存庫補助水路:逆流防止

表示札:必要

――――――――――


 まず、井戸の横に小さな木札を立てる。飲み水。文字の横に、器の印を彫る。白狐がそれをじっと見ていた。


「器の印ですか」

「字が読めない人でも分かるように」

「よい配置です」

「ありがとう」

「麦がゆ用の水は、ここですか」

「そこ、今聞く?」

「重要です」

「飲み水から取って。麦がゆは飲み水で作って」

「分かりました。麦がゆは飲み水。記録します」

「しなくていい」


 次に、洗い場の近くに布の印を入れた札を立てる。水場から直接取る人が多かったので、洗い物用の流れを少し横へ逃がす。透明な板で支線を開き、流れすぎないように細くする。


 こぽ、と音がして、石の隙間から水が回った。


 女の人が「あ」と声を上げる。


「こっちにも水が来た」

「洗い物はこちらでお願いします。飲む水とは分けます」

「分かりました。こっちは布の印ですね」

「はい」


 今度は畑用の水だ。


 ここが少し難しかった。畑へ多く流すと、水場が弱くなる。少なすぎると、村人がまた井戸から直接運び始める。ミオは透明な板を見ながら、畑水支線を低速で開いた。


[FLOW LIMIT]

――――――――――

畑水支線:開放

流量:低

警告:一時的な圧力低下

対応:飲用優先維持

――――――――――


 水場の音が、一瞬だけ弱くなった。


 ミオの肩が跳ねた。


「あ、ちょっと待って」


 村人たちが水場を見る。さっきまで勢いよく流れていた水が、細くなった。


 白狐も耳を立てた。


「ミオ。麦がゆ用の水が危険です」

「そこじゃない」

「飲み水優先では?」

「そう。飲み水優先に戻す」


 ミオは透明な板の表示を指で押さえた。畑水支線の流量をさらに絞り、飲用取水点を固定する。水場の音が、ゆっくり戻った。


 こぽ、こぽ。


 さっきより少し落ち着いた音だ。


 村人がほっと息を吐いた。


「ごめんなさい。今のは、畑へ流しすぎました」

「いえ、すぐ戻りました」

「畑の水は、少しずつにします。一度にたくさん流すと、飲む水が弱くなります」


 ミオは木札に、畑の印を彫った。葉っぱの形だ。少し曲がった。


 白狐が見た。


「これは葉ですか」

「葉っぱ」

「魚にも見えます」

「見えない」

「少し見えます」

「じゃあ、後で直す」


 言ってから、ミオは少しだけ止まった。


 あとで直す。


 レンの記憶が、ふっと戻る。


 あとで直すと言って、直せなかったこと。言えなかったこと。待っていたこと。


 ミオは小さく息を吐いて、木札の下にもう一本線を足した。魚ではなく、どうにか葉っぱに見えるようになった。


「今、直した」

「よい葉です」

「ほんと?」

「たぶんです」

「たぶんか」


 最後は保存庫用の水だった。


 ここは、村人にはいちばん分かりにくい。水を保存庫へ直接入れるわけではない。湿気を整えるための補助リンクだ。ミオは保存庫の入り口近くへ、小さな蔵の印を入れた札を立てた。


「この札の水は、保存庫用です。桶でたくさん持っていく水ではありません」

「では、何に使うんですか」

「保存庫の空気を守るためです」

「空気を守る」

「はい。食べ物を長く守るために、少しだけ水の道を通します」


 村人は、完全に分かったわけではなさそうだった。


 でも、うなずいた。


 それでいい。


 全部を説明する必要はない。使える形にすればいい。ミオはそう思い直した。


[WATER ROUTE STATUS]

――――――――――

飲用取水点:安定

洗い場支線:安定

畑水支線:低速運用

保存庫補助水路:分離完了

混入リスク:低下

表示札:設置済

――――――――――


 透明な板の線が、少しだけきれいになった。


 井戸から伸びる水の道が、飲み水、洗い場、畑、保存庫へ分かれている。まだ細い。まだ仮だ。けれど、さっきよりずっと見やすい。


 村人たちも、札を見ながら水を取り始めた。


「器の印は飲む水」

「布の印は洗い物」

「葉っぱは畑」

「蔵は保存庫」


 子どもが声に出して読む。


 隣にいた年寄りが、うなずいた。


「字が読めんでも、印なら分かるな」

「はい。間違えたら、また直します」


 ミオがそう言うと、白狐が横で尻尾を揺らした。


「今度は、あとで直す前に直せました」

「聞こえてた?」

「聞こえました」

「白狐さん、たまに鋭いよね」

「たまにではありません」


 ミオは笑った。


 水場の音が、村の中に流れている。出るだけの水ではない。使う場所が決まり、役目が分かれ、村人が自分たちで扱い始めた水だ。


 大きな奇跡ではない。


 でも、村の朝が少し変わった。


 桶を持つ人が、札を見て場所を選ぶ。洗い物をする人が、飲み水の場所を空ける。畑へ行く人が、少しずつ水を運ぶ。保存庫へ向かう人が、蔵の札を見て首をかしげながらも、そこに手を出さない。


 ミオは透明な板を閉じかけた。


 その時、保存庫側の線が、小さく揺れた。


[STORAGE HUMIDITY NOTICE]

――――――――――

保存庫内湿度:不安定

奥棚:湿気上昇

塩袋保管:注意

推奨:湿度制御ノード調整

――――――――――


「……やっぱり、次はそこか」


 白狐が、保存庫の方を見た。


「麦がゆには関係ありますか」

「塩が湿ると、味に関係ある」

「では重要です」

「うん。今回はそれで合ってる」


 ミオは透明な板を抱え直した。


 水は出た。


 使い方も、少しだけ整った。


 でも、村の力にするには、まだ足りない。


 水の次は、守る場所。


 ミオは保存庫の扉を見て、小さくうなずいた。

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