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聖女は世界をハックする 〜見た目は魔法!?超古代技術で貧しい村を天空都市に育てます〜  作者: 七森ふれあ
浮く村を、帰る場所にする

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第168話 供物と標識と承認布

 朝の井戸道に、洗った布が低く掛けられていた。


 夜のあいだに乾ききらなかった返却布と、ルーナ村へ戻す荷車の覆い布である。布の端から落ちた雫が、井戸の平石に小さな丸を作る。料理場では豆が煮え、湯気が白くほどけていた。


「これ、南の第一灯のところへ持っていく供物にしてもいいですか」


 ミオが尋ねると、鍋番のおばさんは木杓子を止めた。


「豆を三つ、白湯を一杯、濡れ布を一枚。食べ物と水と、帰す荷の布だね」

「はい。特別なものではなくて、村が毎朝扱っているものです」


 白狐さんが、湯気の横で尾をそろえた。


「供物は、願いだけを置くものではありません。何を守りたいかも置きます」

「では、水と豆と布です」

「分かりやすいですね」


 白狐さんの視線が豆へ少し寄ったので、ミオは小皿の豆を三粒だけ数えた。余分に盛ると、供物なのか朝食なのか分からなくなる。


 リタが小さな木盆へ白湯の椀、豆三粒の皿、濡れ布を畳んで載せた。布は返却用の端切れで、真ん中に細い白糸が縫い込んである。荷車の上で目印になる糸だった。


「ミオ様、村の荷運びは止めません。ルーナ行きの返事は、いつもの時刻に出せます」

「お願いします。これは、荷を止めずに試せるかを見る話なので」


 広場では、ルーナ村から来た女の人が地上標識の板を持って待っていた。泥なし。傾きなし。荷車よし。低い灯りあり。いつもの四つが炭で描かれている。


「南に行く前に、ルーナの標識も見ますか」

「見ます。でも、初めて見つけたみたいにはしません。もう知っている低い白です」


 ミオがそう言うと、女の人は少し誇らしそうに板を胸へ当てた。


 井戸の影が白布の折り目へ触れる前に、一行は南寄り旧道へ向かった。供物の盆はリタが持ち、白狐さんは少し先を歩く。ミオは透明板を開かないまま、道端の水甕と休み石を一つずつ見た。


 帰りの荷車が通る幅は残っている。草は朝露で濡れているが、轍の底に水は溜まっていない。


 南系統第一灯の低い石面は、前と同じ場所で土をかぶっていた。南担当の若い働き手が、開いてある面だけを布で拭く。新しい面をこじ開けることはしない。


「供物、置きます」


 リタが盆を石面の前へ下ろした。白湯の椀を左、豆皿を中央、濡れ布を右。村の人が水と豆と荷を扱う順番と同じだった。


 それだけでは、何も起きなかった。


 風が草を撫で、白湯の水面が少し揺れる。豆は豆のまま、布は濡れたままだ。


「祈りだけでは進みませんね」


 白狐さんが静かに言った。


「はい。次は地上標識です」


 丘の上から、ルーナ担当の白布が一度振られた。泥なし。傾きなし。荷車よし。低い灯りあり。広場側の見張りも同じ合図を返す。


 南の石面に、細い白が一筋だけ入った。


 強い光ではない。豆皿の縁をなぞり、白湯の椀の影をほんの少し薄くする程度の、低い白だった。


「ついた」

「でも、まだこちらを呼んでいません」


 ミオはそこで透明板を開いた。


[第一灯条件確認]

――――――――――

南系統第一灯:低反応

供物入力:水・豆・布を検出

地上標識:ルーナ低灯を検出

村側承認:未成立

本接続:未実施

荷道干渉:なし

――――――――――


「供物と、ルーナの低い灯りは見えています。でも、村側承認がまだです。本接続はしていません」


 ミオが要る行だけ読むと、村人たちは透明板ではなく、ミオの手元に浮かぶ白い模様を見て息をのんだ。


「聖石板が、豆を読んでる」

「豆を読む板ではないです。ええと、条件を見ています」

「聖女様が、条件の祝詞を見ているんだね」

「祝詞でもなくて」


 白狐さんが穏やかに頷いた。


「村の言葉では、祝詞に近いかもしれません。ミオは直し方を見ています」

「白狐さん、増やさないでください」

「減らしてもいません」


 ミオは透明板の表示を指で追った。供物と標識の線はつながっているのに、承認の線だけが村中央の白布へ戻る途中で細く詰まっている。


 ログの横に、構造線が浮いた。


[承認経路・局所詰まり]

――――――――――

承認布:未登録

村中央白布:候補あり

手入力権限:不可

推奨:既存白糸を承認印へ関連付け

反応範囲:低出力表示のみ

――――――――――


「白糸が、ただの荷の目印として見えているみたいです。承認に使う布だと、低い表示だけ教えます」

「ミオ様、布を変えるのですか」

「変えません。今の白糸に、これは村の人が触る承認布です、という印を付けるだけです」


 ミオはアナライザブルデバッガーの構造線を、白糸の端へ小さく合わせた。新しい力を入れる感じではない。絡んだ糸を、針先でほどいて同じ穴へ通し直すくらいの操作だった。


 ぽ。


 透明板の白が一度、ミオの指先から濡れ布へ落ちた。


 村人たちには、聖石板から小さな白い花びらが降り、布へ染みたように見えたらしい。リタが盆を支えたまま、まばたきを忘れている。


「祝福が、布に」

「設定です。小さい設定です」

「聖女様の小さい祝福」

「小さくしても祝福になりました」


 ミオは少しだけ肩を落とした。


「白狐さん」

「村の方々には、その見え方で支障ありません。ミオが本接続をしていないことは、私が確認しています」


 次に、村側承認をミオが触るのではなく、村人が行った。南担当の若い働き手、ルーナ担当の女の人、リュミナ村の鍋番のおばさんが、それぞれ布の端へ指を置く。


「水を出す村として」

「帰りを受ける村として」

「豆を煮る村として」


 三人の言葉は祈りのようで、仕事の報告のようでもあった。


 濡れ布の白糸が、低く光った。


 南系統第一灯の石面も、同じ高さで、ふわりと白を返す。強くはならない。空へ伸びない。村を持ち上げる気配もない。


 ただ、井戸道の方から声が上がった。


「水甕、明るいよ!」


 丘の見張りが白布を振る。広場から返ってきた伝言では、井戸横の水甕の水面に低い白が映り、薄暗い庇の下でも水の量が見やすくなったという。


 続けて、荷置き場からも別の声が届いた。


「帰り線、荷車の脇に出てる! 踏まないところだけ!」


 南から戻る細い白が、道の真ん中ではなく、轍の外側へ短く残っていた。荷車の車輪が通る場所を避け、押す人の足元だけを淡く照らしている。


 そして、盆の濡れ布では、白糸の周りだけ乾き始めていた。


「乾くところが分かる」


 鍋番のおばさんが布をつまんだ。


「ここを上にして干せば、返す布が早く乾くね」

「それ、助かります。夜の水汲みも、甕の水面が見えればこぼしにくいです」


 ミオは透明板をもう一度見た。


[第一灯・低出力反応確認]

――――――――――

供物:維持

地上標識:維持

村側承認:一時成立

本接続:未実施

副次反応:水面表示・乾燥目安・帰路足元線

再取得条件:同じ供物、標識、承認布

――――――――――


「応答というより、低い反応です。同じ供物と、ルーナの標識と、村の人が触る承認布。この三つがそろうと、少しだけ返ってきます」


「一人で祈ればいいものではないのですね」


 神官が丘から届いた伝言を聞き、白布越しに言葉を返した。


「はい。一人では進みません。ミオだけでも進みません」

「それなら、村の作法にできます」


 ルーナ担当の女の人が、自分の板へ三つの絵を描いた。椀と豆。低い石。三人の指が触れた布。


「担当は、明日決めるんだよね」

「はい。今日は、三つが必要だと分かったところまでです」


 ミオが答えると、白狐さんが石面の前で小さく頭を下げた。


「第一灯は起こしていません。けれど、暮らしの邪魔をせず、呼びかけの形だけを受け取りました」


 リタは盆を持ち上げた。白湯はまだ温かく、豆三粒は皿の中に残っている。濡れ布の白糸だけが、指で触れるとほのかに乾いていた。


 帰り道では、荷車の脇の低い白が、足元を短く照らした。村へ戻るころ、井戸横の水甕では子どもが身を乗り出さずに水の残りを見ている。


「明るいから、落ちない」


「それがいちばん大事です」


 ミオは笑って、布を干し場へ掛けた。白糸を上にしておくと、乾き始める場所が分かる。鍋番のおばさんはそれを見て、次の返却布にも一本だけ白糸を足そうと言った。


 供物、地上標識、村側承認。


 三つは木札ではなく、水と豆と布と、村人の手に分かれた。


 南系統第一灯は、まだ本当にはつながっていない。空帰還鍵も動いていない。村も浮かない。


 けれど井戸道は少し明るく、荷車の帰り足は少し見やすく、濡れた布はどこから乾くか分かる。


 リュミナ村の朝は止まらないまま、大きな手順を小さな暮らしの三つへ分けられた。

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