表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女は世界をハックする 〜見た目は魔法!?超古代技術で貧しい村を天空都市に育てます〜  作者: 七森ふれあ
祈りの道は村を越える

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
144/192

第137話 村へ戻ると鳴っている

 北の黒い隙間で、ミオが白い砂を払ったあとだった。


 ぱふ、と軽い音がして、白い粉が細く舞った。黒い隙間の奥で、ちいさな灯りがころんと転がる。火ではない。石でもない。水の粒みたいに丸くて、白くて、でも落ちない。ふわり、ふわり、と空中で一度迷ってから、村の方へすうっと流れた。


 ミオは透明の板を閉じていなかった。


 板の白い表示は、まだ薄く残っている。北側一部反応。東西線は未接続。浮上は準備未完。さっき見た文字が、消えきらずに板の奥へ沈んでいた。


「……白狐さん」

「はい」

「あれ、村に行きましたよね」

「行きましたね」

「払っただけです」

「見ていました」

「払っただけです」

「はい。ミオは払っただけです」


 白狐はそう言ったが、声はあまり安心していなかった。


 リタはミオの後ろで、両手をぎゅっと握っている。尻尾があるわけでもないのに、落ち着かない小動物みたいに、視線だけが白い灯りを追っていた。


「ミオ様、村の方が、光りました」

「光りましたね」

「今のは、良い光でしょうか」

「良い光だといいですね」

「ミオ様」

「はい」

「その言い方は、良くない時の言い方です」


 その通りだった。


 北の奥へ続く黒い隙間は、しん、と静かになっている。白い砂を払う前より、少しだけ輪郭が見える。奥へ行けそうな気もする。だが、ミオは足を出さなかった。


 村の方で、ころん、と音がした。


 遠い。


 けれど、はっきり聞こえた。


 ころん。


 次に、こつん。


 それから、ぽん。


 石が転がる音。桶を軽く叩く音。木箱の底が浮いたような音。三つの音が、少しずつ違う場所から鳴った。


 透明の板の表示が、細く揺れる。


 ミオは布を握り直した。


「戻ります」

「はい」

「奥は?」

「今は、村の方が賑やかです」

「ですよね」


 戻り道は、来た時より明るかった。北の白い線が、ところどころでうすく光っている。足を置くと、土の下で白いものがふっと返る。踏みしめるたびに、何かが目を覚ますようだった。


 村へ近づくにつれて、音が増えた。


 井戸の方で、こぽん。


 倉庫の方で、みし、と木が鳴る。


 畑の方で、ざわざわざわっと豆葉が揺れる。


 古い祠の方で、ちりん、と鈴みたいな音がした。祠に鈴はない。ないはずだ。ミオはそれを知っているので、聞こえなかったことにしたかった。


「白狐さん」

「はい」

「村、鳴ってませんか」

「鳴っていますね」

「村って、鳴るものでしたっけ」

「普通は鳴りません」

「ですよね」


 村へ入ると、もうみんな外に出ていた。


 水汲みの桶を持ったおばさん。鍬を持ったおじさん。豆畑の方から走ってきた子ども。倉庫番の老人。みんな同じ顔をしていた。怖い。けれど、目を離せない。そういう顔だ。


 井戸の縁石には、白い線がうっすら出ていた。丸い縁に沿って、ほそく、ほそく、糸みたいに光っている。水面は静かなのに、ときどき内側から、こぽ、と丸い泡が上がった。


 畑の外縁では、豆葉が風もないのに右へ左へ揺れていた。ざわざわ、ぱたぱた。いつもの豆葉より、ずっと忙しい。一本だけ、なぜかぴんと立っている葉があり、子どもがそれを指さしていた。


 倉庫の床下からは、すう、と風が出ている。冷たくはない。ぬるくもない。倉庫の戸が少しだけ浮くように、かた、かた、と鳴っていた。


 古い祠は、もっと変だった。石の隙間から、白い灯りがちょん、ちょん、と出たり引っ込んだりしている。まるで、中で小さな誰かが明かりを持って歩いているみたいだった。


 ミオは村の入口で止まった。


「……払っただけなんですけど」

「ミオ様」

「はい」

「たぶん、誰も信じません」

「私も、言いながら少し無理があると思いました」


 村人たちの視線が、すうっとミオに集まった。


 ざわざわしていた豆葉まで、少しだけミオの方を向いた気がした。豆葉に視線はない。ないが、今はあるように見える。よくない。


 倉庫番の老人が、杖をつきながら近づいてきた。


「ミオさん。北で何をした」

「砂を払いました」

「砂を」

「白い砂です」

「それだけか」

「それだけです」

「本当に?」

「本当に」


 老人は井戸を見た。畑を見た。倉庫を見た。祠を見た。


 それから、もう一度ミオを見た。


「それだけで、これは多いな」

「私もそう思います」


 リタが、ミオの袖をそっとつまんだ。


「ミオ様、井戸が」

「はい?」


 井戸の水面が、こぽ、と鳴った。


 次の瞬間、丸い水の盛り上がりが、ぷくっと上がった。こぼれない。はねない。水面の真ん中だけが、透明なまんじゅうみたいに丸く盛り上がって、すぐに戻る。


 子どもたちが一斉に「おお」と声を出した。


 ミオは出さなかった。


 出さなかったが、口は少し開いていた。


「白狐さん」

「はい」

「井戸って、ああなります?」

「なりません」

「ですよね」


 今度は倉庫だった。


 みし。


 ぎい。


 かたん。


 倉庫の床下から、すうっと風が吹いた。入口の戸が、指一本分だけ浮いたように見える。中の荷が動いたのか、木箱がこつ、と鳴った。


 倉庫番の老人が、慌てて戸を開けた。


 中の棚は崩れていない。荷も落ちていない。ただ、重そうな麻袋が、ほんの少しだけ棚から浮いたように見えた。いや、浮いた。間違いなく浮いた。すぐに、どすん、と戻った。


 村人たちが黙った。


 ミオも黙った。


 白狐だけが、少し目を細めた。


「倉庫下ですね」

「白狐さん、何か分かります?」

「分かりません。ですが、音は下からです」

「下」

「床ではありません。床の下です」


 その時、畑の豆葉が一斉に、ぱたぱたぱたっと鳴った。


 風はない。


 なのに、畑の端から端まで、豆葉が同じ向きに倒れた。倒れて、戻った。戻ったあと、一枚だけまたぴんと立った。


 子どもが「豆が返事した」と言った。


 誰も笑わなかった。


 ミオは少しだけ笑いそうになったが、笑わなかった。笑ったら怒られそうだった。


 祠の石の隙間で、ちょん、と白い灯りが出た。今度は引っ込まない。灯りは祠の前に落ちるように下りて、土の上で小さな丸になる。


 丸は、ころころと転がった。


 向かった先は、倉庫だった。


 透明の板の表示が変わった。


 ミオには、いつもの白い文字が見える。けれど、リタや村人たちには、白い模様の浮いた聖なる石板に見えるらしい。


「ミオ様、石板が……」

「石板というか、板です」

「聖なる石板です」

「リタさん、それ、たぶん見え方が違います」


 リタは透明の板の表面をじっと見ている。だが、そこに浮いた文字までは読めていない。


 村人たちはもっと遠巻きだった。


 ミオが透明の板を持って倉庫の方へ向けただけで、何人かが息をのむ。白い模様の浮いた石板を手に、村の鳴っている場所を見定めている。たぶん、そういう姿に見えている。


「聖女様が、倉庫の下をご覧になったぞ」

「見てません。板に出ているだけです」

「ミオ様」

「はい」

「それを村では、見る、と言います」

「言わないでください」


 ミオだけには、はっきり文字として読めた。


[VILLAGE RESPONSE]

――――――――――

北戻り灯:仮接続

井戸縁石:振動

畑外縁:白線出現

倉庫下:空洞反応

古い祠:共鳴

――――――――――


「……白狐さん」

「はい」

「板が、村をまとめて鳴ってるみたいに書いてます」

「それは、とても嫌なまとめ方ですね」

「ですよね」

「ミオ様、何と出ているのですか」

「ええと」

「聖なる石板の御言葉でしょうか」

「御言葉というか、倉庫下に空洞反応です」

「空洞」

「はい。そこだけ見ないでいたかったです」


 倉庫の床下から、こん、と返事があった。


 村人たちが、すうっと倉庫を見る。ミオも見る。見ないわけにはいかなかった。白い灯りは倉庫の戸の前で止まっている。井戸も、畑も、祠も、まだ細く鳴っている。北で払った砂が、村のあちこちを起こしてしまったのなら、ここを見ないと始まらない。


「次は倉庫ですね」

「そうですね」

「白狐さん」

「はい」

「私は砂を払っただけです」

「三度目です」

「大事なことなので」

「分かっています。ですが、倉庫へ行きましょう、ミオ」


 ミオはうなずいた。


 村人たちもついてくる。怖がっているのに、離れない。誰かが桶を置き、誰かが鍬を持ち直し、誰かが子どもを後ろへ下げた。リタはミオの隣に来て、少し背筋を伸ばしている。


「ミオ様、倉庫を開けますか」

「開けます」

「大丈夫でしょうか」

「開けない方が大丈夫じゃなさそうです」

「それは、とても分かります」


 倉庫の前に立つと、床下からまた、すう、と風が吹いた。


 戸の隙間から、白い粉が少しだけ出てくる。ほこりではない。北の黒い隙間にあった白い砂と似ている。さらさらで、細かくて、触れると消えそうな粉。


 ミオはしゃがみ、指先でそっと触れた。


 指先に、白い線がふっと浮いた。


 透明の板の表示も、少しだけ濃くなる。


 村人たちが、また息をのんだ。


「聖女様の指先が……」

「違います。これは砂が反応しているだけです」

「ミオ様」

「はい」

「その説明は、村人には魔法に聞こえます」

「困ります」


 倉庫の床下から、返事みたいに、こん、と音がした。


 村人たちが一歩下がる。


 ミオも下がりたかった。


 だが、透明の板には、まだ同じ文字が残っている。


 倉庫下:空洞反応。


 リタには読めない。村人たちにも読めない。けれど、ミオには読めてしまう。


 見えてしまうと、見ないふりがしにくい。


 ミオは手を引っ込め、立ち上がった。


「倉庫の床下を見ます」

「ミオ」

「はい」

「無茶はしないでください」

「白狐さん」

「はい」

「たぶん、もうしています」

「そうでしたね」


 白狐が少しだけ笑った。


 その笑いで、村人たちの肩から、ほんの少し力が抜けた。ほんの少しだけだ。倉庫はまだ、かた、かた、と鳴っている。床下には何かがある。けれど、さっきよりは息ができた。


 ミオは倉庫の戸に手をかけた。


 中から、ふわ、と風が押してきた。


 軽い。


 けれど、確かに下から上へ吹いている。


 ミオは戸を開けた。


 棚の麻袋が、また一瞬だけ、ふわりと浮いた。


 村人たちが、今度こそ声を上げた。


 白い灯りは、倉庫の床板の隙間へ、ころんと入っていった。

「続きが読みたい」と思ったら下の評価とブックマーク登録をどうぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ