第134話 北の受け場
空の灯り箱の先で、道幅が変わった。
それまでの北側線は、草の中に細い白が走る場所だった。灯り場から北東側線へ抜け、灯り止め石で受け、左回り線で落ち着き、三つ渡し石で渡る。ひとつひとつ役目があり、足を置く場所を選んで進む道だった。
だが、古木の根元を越えると、石が一列ではなくなった。左右に二列、ところどころ三列。村の祠道ほど整ってはいないが、人が荷を持って歩けるくらいの幅はある。白い筋も一本ではなく、中央と左右に薄く分かれていた。
ミオは古木の根元で透明な板を開いた。
[NORTH TREE BEYOND]
――――――――――
起点:空の灯り箱
道幅:広い
石列:二〜三列
中央:微光
左右:薄い反応
前方:広い場所あり
供物:不要
――――――――――
「道幅がある」
「荷を持って歩いたのでしょうか」
リタが足元を見ながら言った。
「かも。灯りを持ち替えたあと、人が運んだ道っぽい」
「人が、ですか」
「白狐さん?」
白狐さんは古木の根に鼻を寄せたまま、北を見ていた。
「ここから先は、人の足が多いです」
「狐じゃなくて?」
「狐も少しあります」
「少し」
「はい。たぶん、見張りです」
ミオは古木の先を見た。
低い草の帯が北へ伸びている。昨日遠くに見えた石の並びは、ただの石ではなかった。道の縁だ。速い線ではない。安定線でもない。もっと広い。誰かが何度も行き来した場所だ。
神官は灯り止め石まで戻っている。
今日はミオ、白狐さん、リタの三人だけで古木の先を確認する。神官は手順を崩さないよう、途中の小祠と灯り場の様子を見て戻ることになった。村人は連れていない。道幅があるからといって、すぐに人を入れる場所ではない。
「行こう」
「はい」
リタがうなずく。
白狐さんが先へ出た。
古木を越えると、足元が少し乾いた。草が短く、石の間に細かい砂が入っている。湿った土ではない。歩くたびに、しゃり、と小さな音がする。北側に来てから、初めて聞く音だった。
「砂?」
「乾いた石粉です」
「昔、ここをよく踏みました」
「白狐さんが?」
「いえ。人です。私ではありません」
リタが周りを見た。
「村からここまで、そんなに人が来ていたのですね」
「今の村が忘れるくらい前だね」
道の左右には、古い杭の跡があった。木は残っていない。穴だけが並び、いくつかには白い石片が差し込まれている。灯りを掲げるためのものか、荷を置くためのものか。板の表示では、まだ判定が出ない。
道の先で、草が大きく開けた。
そこは広場だった。
村の広場ほど大きくはない。けれど、今まで見つけたどの場所よりも広い。丸い地面の中央に、低い石台があり、その周りに浅い溝が三本伸びている。北側には、崩れた柱が二本。東と西には、道の跡が薄く続いていた。
ミオは立ち止まった。
「広い」
リタも隣で息をのんだ。
白狐さんは広場の端に座った。すぐ中央へは入らない。耳を伏せ、尾を低くしている。
「ここは、灯りを受け取る場所です」
「灯り場とは違う?」
「違います。旧い灯り場は分ける場所。ここは、運ばれてきた灯りを受けて、次へ渡す場所です」
ミオは透明な板をかざした。
[RECEIVING GROUND]
――――――――――
広場:確認
中央:低い石台
溝:三方向
北側:崩れた柱
東西:薄い道跡
状態:休眠
供物:不要
――――――――――
「受け場、か」
「灯りを受け取る広場……」
リタの声が小さくなる。
広場の中央にある石台は、供物台に見えなくもない。けれど、白狐さんは首を横に振った。
「ここには置きません」
「受ける場所なのに?」
「はい。置くのではなく、届く場所です」
「届く」
「人が持ってきた灯りを、ここで北へ渡しました」
ミオは石台の周りを回った。
中央には触れない。石台の縁に白い跡がある。三本の溝は、古木側、東側、西側へ伸びている。北側だけは溝ではなく、崩れた柱の間へ向かう細い白だった。柱は倒れかけているが、その間だけ草が低い。
「北は、あの柱の間だね」
「奥へ続いています」
リタが北を見る。
崩れた柱の向こうは、草地ではなく、石の敷かれた細い道になっていた。草に埋もれてはいるが、左右の縁がある。中央には白い線が残っている。
ミオは柱へ向かった。
崩れた柱は、近くで見ると石ではなく、白い木の化石のようなものだった。木目がある。けれど、固い。触ると冷たい。柱の根元には、細い傷が残っている。文字のようにも見えるが、読めない。祠文字でも、板の文字でもない。
[BROKEN COLUMNS]
――――――――――
柱:白い木のような質感
柱の間:通行可能
足元:石道あり
前方:低い屋根を確認
――――――――――
「柱っていうより、白い木みたい」
「でも、木ではないのですね」
「たぶん。固い」
リタが柱の間を覗く。
白狐さんがその手前で止めた。
「中央を踏まないでください」
「はい」
ミオたちは、柱の間の左側を進んだ。
石道は細い。けれど、はっきり道だった。左右に低い石が並び、その先に、低い屋根のある場所が見える。小祠より大きく、古い祠より低い。何かを祀るというより、道の途中を覆うための屋根に見えた。
近づくと、その意味が少し分かった。
人が入る建物ではない。石で囲った細長い溝の上に、低い屋根をかぶせたような形だ。屋根は半分ほど土に埋もれ、草が縁から垂れている。正面に扉はない。代わりに、横長の細い隙間があった。
ミオは隙間の前にしゃがむ。
中は暗い。けれど、奥で白い線が横へ伸びているのが見えた。受け場から来た線は屋根の下へ入り、そこで一度横に広がっている。右側は白く残っている。左側は土で詰まっていた。
[LOW ROOF CHECK]
――――――――――
低い屋根:確認
屋根の下:浅い溝あり
右側:白い線あり
左側:土詰まり
供物:不要
水:不要
――――――――――
「屋根の下に、浅い溝」
「左が詰まっていますね」
リタが布を取り出す。
「払うだけ?」
「うん。置かない。流さない」
白狐さんが屋根の左端に回った。
「強く掘らないでください」
「表面だけ?」
「はい。隠れているところを出すだけです」
ミオは指で土を払った。乾いた土がぽろぽろ落ちる。草の根が絡んでいるが、深くはない。リタが布で受け、白狐さんが左端の溝を見ている。水袋は開かない。供物の包みもない。
土を払うと、左側の溝に白い線が出た。
細い。
でも、切れてはいない。
屋根の下で止まっていた白が、左へ広がる。正面の隙間から、ふっと薄い光が漏れた。強い光ではない。だが、屋根の中に詰まっていたものが通ったのは分かった。
「通った」
「はい」
白狐さんの声が少し軽くなる。
リタが息を吐いた。
「置かなくても、動くのですね」
「詰まっていただけみたい」
ミオは板を開く。
[LOW ROOF CLEANING]
――――――――――
左側:土を払う
白い線:回復
屋根の下:左右へ広がる
奥:北へ続く石道あり
状態:通行確認
――――――――――
「奥へ続く石道がある」
「北へ、ですか」
リタが屋根の向こう側を見ようとした。
白狐さんが先に回る。
「こちらです」
低い屋根の北側には、細い出口があった。
出口といっても、人が出入りするものではない。溝の先が屋根の下から外へ出て、その横に石道が続いている。受け場から来た道より少し細い。けれど、左右の石は残っていた。
その先で、草が低くなっている。
遠くに何か白いものが立っている気がした。柱か、石か、光か。まだ判別できない。ミオは目を細めたが、板にはまだはっきり出ない。
[NORTH SIDE OF LOW ROOF]
――――――――――
屋根の北側:確認
石道:継続
前方:白い立ち物あり
距離:中
次回目的:前方確認
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「白い立ち物」
「柱でしょうか」
「分からない。まだ遠い」
リタは無理に背伸びしなかった。
白狐さんも進まない。
「今日は、屋根の下までです」
「奥へ続く石道は見えました。次は、そこですね」
白狐さんがうなずいた。
帰り道、北の受け場まで戻ると、広場の中央は静かなままだった。低い石台には触れていない。三本の溝も、さっき見た時と変わらない。けれど、北側だけは違って見えた。崩れた柱の向こうに石道があり、その先の低い屋根の下まで、もう足を入れている。
リタが広場の北を振り返った。
「屋根の下、浅い溝でしたね」
「うん。片側が土で詰まってた」
「払ったら、北へ続く石道が見えました」
「水も供物もいらなかった。土を払っただけ」
白狐さんは広場の端で、北を見たままうなずいた。
「それでよい場所です」
「受け場も?」
「はい。ここも、置く場所ではありません」
「届いた灯りを、次に渡す場所」
「はい」
ミオは中央の低い石台を見た。
触れていない。起こしてもいない。それでも、受け場から崩れた柱へ、崩れた柱から低い屋根へ、低い屋根の下から北の石道へ、流れは見えた。今日の分はそれで足りる。
村へ戻ると、報告は短く済んだ。
「広場の北に、崩れた柱がある。その先に低い屋根。屋根の下の溝を少し払ったら、北へ続く石道が見えた」
村人たちは黙って北を見た。荷運びの青年が、足元の草を踏み直す。
「……北に、広場まであったんですね」
ミオは透明な板に、短く残した。
[NORTH ROUTE UPDATE]
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北の小祠
→ 旧い灯り場
→ 灯り止め石
→ 三つ渡し石
→ 空の灯り箱
→ 北の受け場
→ 崩れた柱
→ 低い屋根
→ 北へ続く石道
東西の道跡:保留
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白狐さんは第三標識の横で、北を見ていた。
小祠の奥から始まった道は、低い屋根の下を抜けた。
その先に、北へ続く石道がある。
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