22.その後
梅雨もすっかり明けて、夏真っ盛りの時期が到来。
海パン一丁の男やビキニのお姉さん、がきんちょの群れ、家族連れ。さまざまな人間が、海水浴を楽しんでいた。
さて、俺はなぜこんな場所にいるのだろうか。
海でぼうっとするよりも、家で引きこもっているほうが好きなはずなのに。
隣をチラッ、と見た。ビキニ姿のカナ姉がいた。
海や砂浜でいちゃいちゃしたいわけではなかったのだが、どういうわけか、二人で海デート的な状態になっていた。
「かけ合いっこする?」
「あ、ああ」
他人から見ると、どう考えてもカップルである。
べつに不満があるわけではないのだが、どこかおかしかった。
結局、同棲みたいな状態は続いたままだし、俺とカナ姉の関係性は至って良好だとは言える。
未だに俺は姫路に居座っているし、住民票だって姫路のままだ。
特につき合おうとか、そういう言葉を投げかけたわけでもなく、流れでカナ姉とそういう関係になり果てようとしている。
「彼女にメロメロになってくれていいんですぜい、お兄さん」
などと、ニヤニヤしながら発言をするカナ姉。
メロメロ、にはたぶんならない。
今さら、カナ姉のどこにメロメロになれ、と言うのだろう。俺とカナ姉では、申し訳ないが、温度感がちがうのだ。
俺は今、毎日、必死である。
網干からの指示を受け、ネットで謎のスピリチュアル相談を対応したりホームページに不必要な機能をつけたり依頼者の家まですっ飛んでいったり、何をやっているんだ俺は、なんて思いながら毎日を生きている。
『【噂は本当だった】宇宙新幹線計画の穴』なんて、下手したら各所から怒りの電話が飛んできそうなコラムを書かされたり、網干にうおやんを紹介してしまったせいで網干が同人イベントでスピリチュアル本を出すぞ、なんて意気込んでしまったり。めちゃめちゃ、疲労した。
そんなときに、横でいつもカナ姉から甘ったるい言葉が耳に入ってくるのである。
一度は拒否していたような気がするのに、いつの間にか、カナ姉からいわゆるラブな言葉とかいうやつを囁かれるのを、受け入れてしまっている節がある。
いいのだろうか、受け入れてしまって。
と、頭では思っていても、次第に慣れていってしまい、囁いてくれるとホッとしてしまう自分がいた。
完全に男女の関係である。
しかし、俺はあくまでカナ姉がそれで満足するならいいと、男女の関係に見えるように振る舞っているだけにすぎない。
俺とカナ姉は、本来、そうならないはずだからだ。
「冷たい?」
「まあまあ」
海水のかけ合いっこ。なんだか、小学生に戻ったかのようだ。
関係性は、進んでしまったが。
なんとなく、理解してきてしまっている。
俺は、たぶん、カナ姉と結ばれる。
カナ姉のお義父さんやお義母さんに、どう挨拶すればいいものかと、苦悩していた。
小さい頃、自分の娘が弟のようにかわいがっていた相手と結ばれた、となると、まあ、悪い反応はしないだろう。
だがしかし、俺の職業は、無職ではないが、あまり他人に言えるような職業ではない。
一応、通信業とかそういう業種に分類されるのだろうか。
でも、言えるか?
言えなくね?
ネットでスピリチュアルな相談を承ったりするのをお仕事にしています、なんて。絶対に言えねえ。
通信業、通信業、クリエイター業、クリエイター業、か?
わからねえ。俺の職業、なんて名乗ったらいいんだ。
システムエンジニア、というわけでもないし。ブロガーもちょっとちがう。インフルエンサー、でもない。
なんでも屋的な。相談業とか、仲介業とか、そういうのか?
ヤバい。胡散臭さがヤバすぎる。
「どうしたの、ぼうっとしちゃって。さては、お姉ちゃんの水着姿に見惚れちゃったなー?」
「うん。見惚れた」
適当に返事した。
カナ姉の頬が少し、赤くなっていくのが見えた。
いや、自分で言っておいて、恥ずかしくなるなよ。
そんなカナ姉も、かわいいとは思った。
「そ、そっかあ」
指で髪をくるくるとするカナ姉。
かなり動揺しているらしい。
いつもはカナ姉のペースに乱されていた俺だが、カナ姉が照れている姿を見るのはなんだかおもしろいと感じていた。
これが好きって感情かあ。いや、なんか、ちがくね?
脳内で、自分で自分にツッコミを入れる。
「やっぱり、カナ姉が一番美人だね」
なんて、からかってやる。
なんか、おもしろかったので、エスカレートしてしまった。
まあ、実際、美人ではあるので、冗談というわけでもないのだが。
本気で美人だとは思っている。美人、というか、かわいい系美人。
「きょ、今日はぐいぐいと来るねえ」
「ぐいぐいと来てほしいんでしょ?」
「う、うん」
意外に、こういうの、慣れてないらしい。
なんか、本当にカップルみたいだ。
とは言っても、俺の見た目の醜さはどう足掻いても修正できないため、つり合っていないカップルではあるのだが。
いちゃいちゃしているつもりはないのだが、やはり、他人から見たらこれも、ただのカップルのいちゃいちゃに見えてしまうのだろうか。そう考えると、気恥ずかしかった。
まさか、俺とカナ姉がそういう関係になるだなんてね。
たぶん、無職だったときの俺にこの事実を伝えたら、嘘だと断言するにちがいない。
人生を独り身で終える予定だったんだ。一人で、自分の世界に閉じ籠もる予定だったんだ。
なのに、今や、相手がいるときた。
道を踏み外しすぎてしまった結果、天変地異でも起こって、新たな道が誕生してしまったのだろうか。都市伝説みたいな人生である。
「カナ姉は、天女だったんだね」
「にゃふっぬっ」
カナ姉が聞いたことない声を発した。
非常に動揺しているらしい。カナ姉の顔が真っ赤である。
カナ姉の反応を見て遊ぶのは、ここまでにしておこう。やりすぎると、反動が怖い。夜、めちゃめちゃ求愛されるのは目に見えている。
俺とカナ姉は海デートを満喫した。
◇
夜。俺とカナ姉は屋形船に乗って、夜景を眺めていた。
幻想的な景色。きれいとか美しいとか、プラスな感想が出てくるのが普通なのかもしれない。
けれども、俺はちがった。シェミーのことを思い出してしまい、少し、感傷的になってしまう。本当に、少しばかりではあるけれども。
未来はどうなっているのだろうか。シェミーとまた出会えるだろうか。景色への感想を言うよりも、まだ知らないこれからの話を想像してしまう。
自分で屋形船を予約しておいたクセして、これだ。だったら、最初から屋形船を予約しなければよかったのに。
過去の自分を責めてみた。
変わっていない。べつに、俺の性格はまったく変わっていなかった。
卑屈だ。いつまでも後ろ向きでいる。後ろ向きになっても、自分の未来が好転するわけでもないのに。情けなさに腹が立つ。
と、いつまでも負の連鎖が続いていく。
「きれいだねえ」
「そうだなあ」
「今がチャンスだよ、お兄さん」
「何が」
「カナ姉もきれいだねえ、って言うチャンス」
「うん。夜景がきれいだなあ」
「ええっ」
スルーしたら、カナ姉が不満げに俺の頬をツンツンと指で突っついてきた。
いつも見慣れている顔に、きれいだねえ、なんて言う遊び心を俺は持ち合わせていない。
「カナ姉がきれいなのは昔からでしょ。何を今さら」
特に意図して言ったわけではなかったのだが、言ってから「あれ、なんか変なこと言ったな」と自覚した。
カナ姉の顔が赤くなっている。
お酒を飲んでいるから赤くなっているのもあるだろう。きっと、お酒のせいだ。
「きょ、今日は本当にどうしたの。プ、プロポーズ?」
「いや?」
「大丈夫。籍を入れる覚悟はできてるから」
結婚指輪、まだ買ってないよ。
「好き好き同士、っていいねえ」
「好き好き同士?」
好き、なのかなあ。でも、恋愛感情とは、やはりちがうような。
ときめいているわけでもない。惚れているわけでもない。
ただ、流されてしまっただけ。
流されるのは得意だ。意見を二転三転してばかりいる。
だから、カナ姉のペースに染められていっているのだろうか。
俺とカナ姉の距離が近づいている、というわけではなく、カナ姉が俺をぐいぐいと引っ張っている、というのが正確だろう。
カナ姉の魔力で俺が引き寄せられている。
魅力ではなく、魔力だ。強調するが、魔力なのである。不思議な力でぐいぐいと引き寄せられているわけなのだから、ニュアンス的には合っているだろう。
「はたから見ても、やっぱり、カップルだよねえ。カップルだよねえ?」
「まあ、カップルには見えてんじゃないの?」
否定できるわけがないので、肯定しておくことにした。
海でいちゃついて、屋形船でいちゃついて、たしかにこれのどこがカップルではないと言うのだろうか。
実際、今、カナ姉はお酒の飲みすぎでテンションが上がり切っていて、俺に抱きつこうとしてしまっている。
でた。酒癖の悪さ。
だが、今の俺は、カナ姉の酒癖によりだる絡みもなぜか安心してしまうのだった。
残念ながら、興奮する域まではいかないのだが、だる絡みされる気持ちのよさ、みたいなものは感じている。
ダメだ。ダメ人間とダメ人間による、ダメダメカップルが誕生してしまいそうである。
危機感は、一応備わっているのであった。
「んふふ、好き」
いいんだろうか。ダメダメなカップルになってしまって。
一生、疑問を抱えたままでいる、俺。
疑問、疑問、疑問の嵐。ずっと、悩んだまま。
だがしかし、疑問ばかりの俺にだって未来があるとわかってしまうと、むしろ疑問ばかりの状態だから心地いいのではないか、なんて感じてしまったりもする。
異常だ。狂っている。疑問が解決しなくて、スッキリとした気持ちではないはずなのに。
これも、ヘンテコな生活を続けてきてしまったからなのだろうか。ヘンテコで、賑やかで、ありえない、あの生活が、続いてしまったからなのだろうか。
夜の空を眺めた。星がくっきりと見えたので、雲はかかっていないようだ。
「お酒、飲むか」
一杯だけ、生ビールを飲んだ。




