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1.ダメ人間と美人

 幼少期の俺は、鼻垂れのクソガキだった。

 友だちが多くて、毎日だれかと遊んでバカやっているようなクソガキだった。


 そんな鼻垂れのクソガキが、高校卒業、大学進学、就職活動、卒業研究、大学卒業など、さまざまな人生のイベントを経て――無事に無職になっていた。


 人生に失敗していた。人生というものを、舐めてしまっていた。


 かつての友だちはみんな無事に就職して、高卒で働き始めたヤツらなんか、いつの間にか結婚までしていて、子どもまでいるそうだ。


 どうしてこんなに差がついてしまったのだろう。

 何かしたとでも言うのだろうか。


 いや、何もしなかったからこんなふうになってしまったのだろう。


 毎日、自宅でスマホをいじり、パソコンをいじり、食っちゃ寝、食っちゃ寝の繰り返し。

 もう、おじさんと呼ばれてもおかしくない年齢の人間が、女児向けのアニメを視聴したり、ネットの深淵にさまよって世間の反応を見たりする。動画投稿サイトを徘徊して時間を潰し、他人の動画についたコメントを見て、「ああ、今日もコイツらバトってんな」とか「コイツらは何と戦っているのだろうか」とか、ネット上にいるまったく知らない人間の人物像を想像する。


 これで、俺の一日は終わってしまう。


 あれだけ活発的に動いていて、しかも、鼻を垂らしていたほどの人生に不満なんて存在しないのだろうというレベルに楽観的に生きてきたクソガキが、今や惨めな生活をしているのだ。


 昼夜逆転していて、午後四時に起床し、午前八時に就寝している。

 午前八時は、朝なわけだが、俺のなかでは午前八時を『深夜の三十二時』と呼称している。明らかに、生活リズムが狂っている。

 午後四時に起床した俺は、いつも「ああ、俺って、ダメ人間なんだな」と思いはするのだが、現状を改善しようとはしない。だから、ダメ人間なのだ。


 そんなダメ人間の俺――二十三歳、舞子零我はある日、兵庫の姫路で宇宙新幹線を安全に走行させるためのシステムエンジニアとして働き始めたのである。


 どういうこと?

 宇宙新幹線って、まずなんだろう。


 宇宙新幹線は未完成であり、機密事項とされていて、公にされていないそうだ。

 完成すれば、ここ姫路と月がつながり、容易に行き来できるようになるらしい。

 なんかえらい人の説明を聞いてもいまいち理解できなかったのだが、完成すれば月を観光地として発展させられる、といったところなのだろうか。


 ただ、宇宙に出るのにも、制約は多いはずだ。

 人間は意外に脆い生き物である。


 窒素や酸素などを含んだ空気がないと生命活動を維持することができない。


 それに、地球で普通に生きていても病気になりがちである。未知の世界、宇宙。人体にどういう影響が出るかわからない。


 そして、人間というか生物全般に言えることなのだが、理由や原因は数多あれど争いがちの存在だ。


 宇宙新幹線なるものが完成したとしよう。宇宙新幹線という技術を全人間が肯定してくれるような世界であればよいが、それはきっと理想論でしかない。領有権問題とか環境問題とか、おそらく、いろいろな問題が発生してくるはずだ。そういった問題に付随して、宇宙新幹線への悪評を流す者も出てくるはずだ。


 また、宇宙新幹線への肯定とか否定とか関係なしに、国外・国内の情勢によって宇宙新幹線を放棄しなければならない事態に陥る可能性だってある。


 それから、宇宙新幹線というものは安全や信頼のために、高価な建設資材を使用するだろう。とすると、国だとか地域だとかは関係なしに、高価な建設資材を盗み狙う存在は現れるかもしれない。社会通念上、どういう理由があろうが、盗みはよくないとされている。しかし、「盗むのはよくないぞ」なんて社会通念上正しいとされる言葉を投げても、当の本人たちにその言葉は届かない。その手は止まらないし、制止したところで自分にとって都合のいい言葉を並べて、自分にとって都合のいい行動にまた移るだけなのだ。おそらく、被害は止まらない。

 自分が正義、相手が悪、とするのは簡単なのである。だから、宇宙新幹線なるものも、時勢によってはだれかの都合のために悪とされてしまうかもしれない。


 そういうわけで、俺は「このプロジェクト、失敗するだろうな」と思った。


 新幹線を宇宙に向けて走らせる。それは夢のあるお話だが、現実的に考えると、人間ってとても愚かな存在なんだなと思わせられてしまう。


 その愚かな存在、人間である俺は、なぜか東京からほいほい兵庫の姫路までやってきたわけである。宇宙新幹線のお仕事に関わるために。


 お仕事のために、俺みたいなダメ人間が、機密事項を手にしてしまっている。

 社外秘、社外秘、社外秘。社外秘しかない。

 責任が重い。

 おそらく、家族や友人、知人にペラペラと話してしまったら、俺のクビが飛ぶどころか俺の家族ごと抹消されてしまうかもしれないな。マジで気をつけよう。


 さて、無職ではなくなったので、社会的には『会社員』だとか『システムエンジニア』だとか名乗れるようになったのは大きい。プロジェクトさえ失敗しなければ、安泰か。


 しかし、大学でプログラミングなんてほぼやらなかった。ほぼ未経験でシステムエンジニアなんて職業になってしまって、支障はないのだろうか。


 まあ、いいか。まだしばらくは就業できないからな。今は準備期間だ。この間にプログラミングの勉強をしよう。


 意気込んで、独学でプログラミングの勉強をし始めたのだが、さっぱりわからなかった。

 やはり、俺はダメ人間らしい。


 勉強漬けはよくないか。少し、姫路の街をぶらぶらするとしよう。


 姫路で生活するために借りたアパートの一室から抜け出して、外に出てみる。

 すぐそこに瀬戸内海が見える。あの辺に大きい島が眺望できるが、あれはきっと淡路島だろう。


 なるほど、本当に西日本に来てしまったらしい。


 東日本と西日本では文化がいろいろと異なる。


 こっちに来てはじめて食べたお蕎麦は、おいしいのだが、おつゆが赤黒くなかった。なんか、おでんのおつゆみたいな色をしていた。


 それに、駅で電車を待つときのアナウンスも異なっていた。

 東京だと一番線だとか二番線だとか、って言葉をよく聞くけど、一番乗り場、二番乗り場なんて言い方をしていた。


 同じ日本なので、言葉は通じるわけなのだが、なんだか外国に来たような気分である。


 ぼんやりとしながら歩いていると、海岸にたどり着いた。


 波が穏やかだな。瀬戸内海って、内海だから波が穏やかなのかな。


 とか思っていると、砂浜でしくしくと泣いている女性がいた。

 その女性の容姿は、明らかに日本人ではない。

 金髪で碧眼。肌は人形のように白い。背は百七十センチの俺と同じくらいだろうか。女優のように、スラッ、としている。


 そんな女性が、白いドレスを着ている。ウェディングドレスだろうか。


 しかし、なぜこんなところでウェディングドレスを着ているのだろうか。


 俺は女性に近づいてみる。


「どうかされましたか?」


 泣いている理由が気になったので、訊いてみた。

 不審者だと思われないだろうか。不安だ。


「ん」


 女性は戸惑った顔をしたのだが、何も答えてはくれなかった。


 やはり、不審者だと思われてしまったのだろうか。


 そうだよな。俺みたいなダメ人間が、突然、話しかけに行くなんて、不審者にしか見えないかもしれない。


「え、どうかしました?」


 突然、女性が俺の腕を掴んだので、そう訊いてみた。


 俺の腕、なんか変かな。一般的な人間の腕だと思うけど。


 女性の顔をまじまじと見る。


 うわあ。すごい美人さんだな。外国人なのかな。どこかの国の女優さんとかモデルとかなのだろうか。

 まずいぞ。俺、日本語しか話せない。

 英語、もっと勉強しておけばよかった。俺の英語力、ジャパニーズイングリッシュレベルがいいところだぞ。「アーユー、オーケー?」とか「オウ、イエス。イエス、イエス、アイムソーリー」とか、そのレベルだ。


 ええい、ままよ。


「ホワイ、ドゥユー、タッチ、マイスーパーストロングスペシャルベリーマッスルアーム?」


 自分で何を言っているのかわからなかったのだが、俺的には「なぜあなたは俺のとても強力で唯一無二のめっちゃマッチョな腕を触るんですか」と言いたかったのだ。

 いや、ちょっと、女性が泣いていたわけだから、ジャパニーズジョーク的なやつで笑わせてあげようと思って、ふざけてしまった。

 冷静に考えたら、これでは変人だ。俺って、最低だ。


「日本語で大丈夫ですよ」


「あっ、日本語で大丈夫なんですね」


 日本語で話せるらしい。しかも、めっちゃ流暢。


「ええと、俺は最近この辺に越してきたばかりなんで、道案内はできないんですけど、何かお困りごとがあれば、相談には乗れますよ」


 女性は俺の目をまじまじと見ていた。

 そんなに見つめられると、照れるよ。


「そうだ、自己紹介。俺、舞子零我です。二十三歳で、出身は東京。職業は最近無職じゃなくなって、システムエンジニアになりました」


 女性は無言だった。


 あれ。何かおかしかっただろうか。

 もっと、ユニークな自己紹介にするべきだっただろうか。

 それとも、自分がどういう存在なのか詳しく述べるべきだった、とか。


 自己紹介って、難しいな。


「ええと、あなたのお名前は?」


 五秒くらい間が空いて、女性は「シェミー」と名乗った。

 やはり、外国人っぽい名前である。


「シェミーさんか。そうか、いいお名前だ」


「そうでしょうか。あと、呼び捨てで構いませんよ」


「シェミー」


「はい」


「ええと、俺って変かな」


「はい、とても」


 言われて、とても傷つく俺。


 やはり、変なのか。


 と思ったのだが、シェミーは首を横に振った。


「私――この世界の人間ではありませんから」


「ん」


 ジョーク、なのだろうか。


 このときは、シェミーもジョークを言うんだな、くらいにしか思わなかった。


「零我。また、お会いしましょう」


「ああ」


 そう言って、シェミーはどこかへ去っていった。

 ウェディングドレスの謎とか、どこから来たのかとか、いろいろと訊きたいことはあったのだが、また会えたら訊くことにしようと思う。


 これが、俺とシェミーの出会いだった。

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