55 祝福と書いてギフトと読む。その心は……
ライフェルトのお説教を受けました。
大人しく聞きましたよ。十四歳(見た目年齢は十歳)の子供が夜中に一人でふらふらするなんて、自分でも気が付いたら警告くらいはするし。
そんな一幕が終わったら、普通の勉強開始。
フェルディナンド達はエリクの低レベルっぷりに困惑し、その後の訓練ではシエルの貧弱っぷりに慄いていた。
これで改善した方だ、って聞いたらどんな反応するのかな。
勉強・訓練会が終わり、その場で解散。
シエルはもう少し本を読んでいくと言って残った。実際は疲れ過ぎて動きたくないだけだけど。
普段と違う事があると、ペースが崩れる。まだまだ自分を把握し切れてない証拠だな。
……なんて考えながらぼんやりしてると、目の前にスッと人影が。
「ここ、いいかな?」
「……どうぞ?」
ディランだった。
ディランはシエルの正面に座ると直ぐに切り出した。
「ごめん、つけさせて貰った。君が普段どこで何をしているのか気になって」
「あー……」
怒るべきか謝罪すべきか、悩む所だ。
普通に何つけてんだよ、と怒っても良いのだろうが、保護すべき子供がきちんと保護されず、外をふらふらしているのだ。
孤児院の職員として、放置する訳にはいかなかったのだろう。……こんな真っ当な扱いを受けるのは、いつ以来だろうか。
「さっきの」
どこか迷うように、ディランは言う。
「闇の神の話、してたね」
「それも聞いてたの」
「大きな声で朗読してたから」
確かに。フェルディナンドは演技は大根だったが、発声は完璧だった。滑舌も良かった。多少離れていても、とても聞き易かった事だろう。
「君が、脚本書いた?」
「そうだよー」
「なんで……あんな内容なの?」
「うん?」
「……まるで、闇の神を擁護してるような」
もじゃもじゃの黒髪の奥で、金色の目がじっとシエルを見据える。
「自意識過剰かもしれないけど……アレは、僕の事があったから?」
「……んー」
そう問うディランは、何のつもりでこんな質問をするのだろう?
ライフェルトなら直ぐに汲み取れたんだろうな、なんて詮無い事を思う。あいにくここに居るのはその辺りが下手なシエルなので、そのままを話すしかない。
「そうとも言えるし、違うとも言える、かな?」
「……」
「神殿で働いてる人ってさ、【闇魔法】持ち、多いじゃない?」
「知ってたの」
「まぁ、赤ん坊の頃から居るからね、俺」
ぶっちゃけると、【闇魔法】は祝福の中でも性質が違い、簡単に見分けが付くから、なんだけど。
その事が無くても、ちょっとした拍子に誰それは闇使いだ、なんて話はちょこちょこ聞くので嘘でもない。……大抵、『だからあいつには近付くな』ってニュアンスだったけど。
「普通に皆、真面目に働いてる人で、問題無く人の和の中に居るようで、どっか、一歩引いてる所があってさ」
突っ込んで聞いて見ても、別に嫌な奴だとか変な事されたとか一切無く、ただ祝福が【闇魔法】だと言うだけで距離を置かれてる人達。
「見ててさ、イラッ、てするんだよね、アレ」
「…………」
「そういう下地があって。なんか成り行きで仲間内だけとはいえお芝居なんか始めちゃって。次の題材どうしよっかなー、って考えてた頃に、ディランが来て」
「…………」
「『あ、これをお芝居にしよう』ってなったの。不快にさせたなら、ごめん」
「……いや」
小さな、否定とも肯定とも取れない呟き。
大多数の、闇使いへの態度が気に入らないのは本当。身近な人にだけでも訂正したいと言う気持ちがあったのは確かだ。
ただその行為が、当事者である闇使いにどう見えるかは未知数。余計なお世話と取られるか、はたまた気付かず地雷を踏み抜いていたか。
部外者であるシエルには、想像もつかない。
「不快と言う訳ではないけど……あれは闇を綺麗に言い過ぎだよ」
「そう?」
「……知らないのかな、【闇魔法】が嫌厭されてる理由。【闇魔法】は――」
ディランは身を乗り出してシエルの顔を覗き込む。
金色の目が、至近距離に迫る。
「――【闇魔法】は、人の心を暴き、操れるんだよ」
ディランの魔力がシエルに向けられる。
何らかの魔法を使ったのか、頭の奥に軽く痺れるような感覚。
――それをスルーして、シエルは静かに言う。
「【闇魔法】の使用は管理されてるって聞いたよ。人の心を読んだり、感情を操作するような事は禁止されてるって」
「バレなければ良いんだよ?」
「だとしとも、ディランはやらないよ」
「どうしてそう言い切れるのかな?」
「だって、ディランは真っ当に就職して生活出来てる。闇使いにとっては、そんな当たり前の事も、普通の何倍も努力してやっと手に入れたものの筈。ようやく手にしたものを、そんな軽く手放したりなんて、出来るものじゃないよ」
「…………」
この世界には祝福があり、それによって人生が決まると言って良い。
その人に与えられた祝福は神からの『この道に進むべし』と言う神託に近いもの、と解釈されるからだが、現実問題として、祝福を活かした職に着く方が有利なのだ。
【筋力強化】や【体力強化】と言った祝福なら肉体労働に。
【剣術】や【火魔法】なら戦う者に。
偶にどう活かせば良いのか分かり難い祝福もあったりするが、その場合は神殿が相談に乗ってくれる。
そうした仕組みがあるから、この世界では職探しそんなに難しくはない。
けれど、これに【闇魔法】は当て嵌まらない。
【闇魔法】は世間一般では忌避され、雇いたがる者は少ないし、【闇魔法】を活かした職となると、裏社会絡みになってしまいがちだ。
だから【闇魔法】持ちが表で普通に就職しようと思えば、人の何倍も努力しないといけないのだ。
神殿の職員に闇使いが多いのはこの為。そうした事情があるから、祝福の有効活用を支援する義務のある神殿は、積極的に【闇魔法】持ちを採用しているのだ。
ディランにとっても、ここの孤児院は良い仕事場とは言えないものの、【闇魔法】と言うハンデを抱えた身でようやく掴んだ仕事の筈。
それに、【闇魔法】を与えられる人間は、温厚で周囲を気遣うタイプが多い。
『自分のせいで他の【闇魔法】持ちが不利になる』なんてあってはならない。そう考えるタイプが多いのだ。
故に、闇使いは人一倍品行方正であろうとする。
ここ数日観察した感じでも、ディランは誰かの迷惑になってまで我を通すタイプではないと思う。
シエルと違って。
ディランは、ほぅ、と小さく息を付く。
同時に頭の痺れる感覚が消えた。
「君は……本当に十四歳なの?」
「正真正銘、産まれて十四年とちょっとですよ」
尚、精神は産まれる前のものを引き継いでます。
「……どんなに正論であっても、いざろくでもない祝福を賜ったら、綺麗事は言ってられなくなるよ」
「まあ確かに、祝福も貰ってもないうちから言っても説得力ないよね」
でも。
「俺は構わないよ。祝福が【愚者】だの【家無し】だの【遊び人】だのでも」
「!」
そもそも、『祝福』なんて呼ばれているけど、アレはそんな良いものではない。
祝福と呼ぶ事で、アレを神からの祝福だ、贈り物だと誤認させて人々に受け入れ易くしてるだけ。
アレの本当の役割は――。
「どんな祝福が来ても、俺はやりたい事をやるだけだよ」
何せ、悪目立ちしない為に【鑑定】で祝福が出るようにするだけで、実際に祝福は得ないのだから。
他にも【引きこもり】、【落ちこぼれ】、【出来損ない】なんて“祝福”もあったり。




