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11 エリクの黒歴史 (3)

 学園内の食堂で、プリムラが楽しそうな笑顔を見せている。


 王立アルセルス学園は王族から平民まで通う教育機関だが、平等を謳っている訳ではない。むしろ、貴族社会に交じる事になった平民の生徒に「貴族とは、身分とはこう言う事だ」と理解させる為に線引はキッチリされている。


 食堂にもそれは表れ、同じ建物ではあるが貴族エリアと平民エリアに別れていて、王族用は貴族エリアのその更に奥。

 ――その、平民のエリクには近づく事も許されない場所に、プリムラは居た。


 その笑顔を正面に見るのはミハイル王子。プリムラの隣にはキンバリー公爵子息が座り、その他の面子も、家柄、成績、容姿と揃った選りすぐりの貴公子が周りを固めている。


 ……どうして。

 プリムラの側にいる為に、ここまで来たのに。

 どうして自分は、彼女の側に居られないのか。

 ――どうして、プリムラは、一度は拒んだ男に、笑顏を向けるのか……。






 状況が悪化したのは分かるが、どうして良いか分からない。なんとも気詰まりなまま、エリクは学園に入学した。

 エリクのクラスは平民か、下位貴族の長子以下が集められたクラス。エリクとも価値観が近い者が多く、元々素直で人懐っこい性格もあり、初日からクラスメイト達と打ち解けた。


 けれど初日だけだった。


 翌日には、気さくに会話した下位貴族の子女達はエリクを避けた。

 平民組は不思議そうにしながらも普通にエリクに話し掛けようとして貴族組に止められ、中には異変を察してエリクから距離を取る者もいた。


 なぜ。エリクは混乱した。

 直ぐ様近くに居た貴族子息を捕まえ、正面から問い質した。なぜ自分を避けるのかと。

 その貴族子息は渋々言う。


「お前、聖魔法使い様に纏わり付いてるんだって? そういうの、止めた方がいいよ」

「……は?」


 その貴族子息はそれだけ言ってササッとエリクから離れた。関わりたくない、と言うように。

 纏わり付いてる? 誰が? 誰に?

 その後も何人か捕まえたが、答えは似たり寄ったり。

 『新しく見出された聖魔法使い様に付き纏うストーカー』『優れた祝福(ギフト)を授かったのをいいことに好き勝手してるろくでなし』『自分を聖魔法使い様の恋人と勘違いしてる痛い男』

 エリクはそんな風に認識されていた。


「違う! 俺は付き纏ってなんかない! プリムラとは幼馴染みなんだ! 本当だ!」


 主張するも、ただ遠巻きな視線に侮蔑の色が付くばかりだった。

 悪評を言うのは貴族ばかりではなかった。平民の生徒にもそうエリクを評する者が居て、何も知らない様子だったクラスメイトも、エリクを避けはじめた。


「違う! 違うんだ! 話を聞いてくれ!!」


 訳が分からない。何が起きてる? 昨日はじめて会ったばかりで、なぜこんな事を言われる?


 そんなエリクを見かねたのか、一人の貴族子息がエリクを人気の無い場所に呼び出した。

 エリクは何の要件か聞く前に、クラスメイトが話す内容がデタラメだと強弁した。もう、落ち着いて話を聞く余裕も無かった。


 そんなエリクの状態を察したのか、彼は静かにエリクの主張に耳を傾けた。エリクの激昂が静まるのを待ってくれた。そして。


「うん、エリクの言ってる事は、本当だと思う。噂の方が間違ってる」

「……!」


 否定されるかと思いきや、あっさりと肯定されてエリクは喜ぶより前に茫然とした。


「でもね、本当の事なんて、関係無いんだ。だって、この話を流したのは高位貴族だから。嘘だと分かりきってても嘘の方を信じてるって振る舞わなきゃいけないんだ。でないと家族に迷惑が掛かるから」

「……は? え、何言ってるの?」


 呑み込みの悪いエリクに、彼は根気強く現状を説明した。

 王族や高位の貴族にとって、久々に現れた『貴族出身の聖魔法使い』は、何が何でも婚姻を結びたい相手なのだと。


 聖魔法使いは特別。平民でも王族に輿入れする事がある程の特権階級。けれど平民として生まれ育った子が、そうそう貴族社会に馴染めるはずもない。

 ほとんどの平民出身の聖魔法使いは最初は貴族の仲間入りを喜ぶものの、実態を知るにつれ貴族社会に拒否反応を示すケースも珍しくはない。


 そうはならず貴族と結ばれた者でも、そう上手くはいかない。貴族の責務を理解せず奢侈に溺れる者、何も理解しておらず貴族夫人となっても平民の感覚で無茶ばかり言う者。

 どんな迷惑行為を働いても、聖魔法を使える事、穢れを祓える国防の要である事には変わりなく、重宝しなければならない。結果、貴族側がかなり無理をする羽目になるのだ。


 そして、なぜか【聖魔法】を授かる者の大多数は平民で、貴族生まれはほんの一部。

 貴族側が大いに譲歩するのが常だった。


 その点、プリムラは貧乏男爵家とはいえ貴族生まれには変わりない。

 始めから教養もマナーも基本はきちんと身に着いているし、政略結婚にも理解があり、要するに貴族の話が通じる。

 ついでに言えば、聖魔法使いと言えど平民の血を混ぜるなど、と思う貴族はやはり居る。

 そうした貴族は聖魔法使いを囲う特典を惜しみつつも、平民を家に入れはしない。そんな貴族も今回の聖魔法使い争奪戦には参戦しているのだ。


 さて、そんな高位貴族達から見て、プリムラと幼少期を共に過ごし、父親の男爵とも懇意にしてる平民の男はどう映るか。


「……邪魔」

「そう。それでなくとも、尊い聖魔法使い様が、平民なんかと親しくするなんて、って公言する人も居るし。……その聖魔法使い様本人が、平民でもね」

「……」

「あのね、皆が皆、エリクを本気で悪い奴だと思ってる訳じゃないんだ。でも、寄親……ええと、お世話になってる家とか、大事な取り引きがある家とか、仲良くしなきゃいけない相手から、エリクを遠ざけるよう言われたら、こっちは逆らえないんだ」


 ここで高位貴族の意向に逆らったら、家族が酷い目に遭うのだ、昨日今日会ったばかりのエリクより、家族が大事なのだ。

 そう言われれば、エリクも何も言えなかった。


 そうして針の筵のような学園生活が始まった。


 クラスメイトからはこれといった嫌がらせも暴力を振るわれるような事は無い。ただ遠巻きにし、たまに接触せざるを得ない場面ではさも嫌々と言った様子を見せる。

 故郷では家族に愛され友達に囲まれて育ったエリクは、それだけでも相当堪えた。


 問題は高位貴族とも接点のある授業の時。

 エリクは騎士科に入り、学園でも騎士として訓練を受けるのだが、ここでは身分問わず実力が重視される。

 実戦では、魔物相手では、身分など無意味だからだ。命に関わる場で、身分に忖度していては生存率を下げてしまう。

 なので【武術の才能】を持ち、真面目に鍛錬していたエリクは順当に評価された。


 が、その結果余計に目を付けられた。

 高位貴族達はプリムラ関連でエリクが邪魔だっただけで、実の所、エリクがすんなりプリムラから離れるならそれ以上危害を加える気は無かった。 

 しかし騎士科でエリクの下の成績を取り、エリクを逆恨みした者達は別。彼等はエリクが高位貴族から疎まれてるのを免罪符にいじめを始めた。


 とは言え、その高位貴族から暴力も私物に手を加える事も禁止されている。

 なので陰口を叩き、教員からの評判を下げるのがせいぜいだったが、手口はどんどん陰湿になって行き、歯止めが効かなくなって行く。


 そんな中でもエリクはプリムラとの接触を諦めなかった。

 神殿では生活圏が完全に離されちょっとやそっとではプリムラの姿を見る事さえ叶わない。

 それも学園なら、廊下や中庭などでプリムラを見掛ける事があり、近付く事が出来た。


 これも大抵はプリムラ狙いの高位貴族が側に居て、エリクは接触を阻まれるのが常だったが、側に居るのがミハイル王子の時だけは、すんなりとグループの輪に入れて貰えた。


 とはいえ、プリムラからエリクを引き離したいのは一緒らしい。


「授業は付いて行けてる?」


 と心配する言葉をくれ、教えてくれさえするが、その時はプリムラから完全に隔離され、勉強の合間にプリムラの立場が如何に変わったか、平民の身で聖魔法使いの側に侍るのが如何に困難か、そもそも神殿騎士の修行と学業の両立は幼い頃から勉学と鍛練に励んでる者でも辛いものだったと説明し、結局はプリムラからは離れた方が良いと諭してくる。


 有り得ない。

 それではわざわざ王都まで来た意味が無い。


 ――結局は、こいつ等も敵なのだ。

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