12 エリクの黒歴史 (4)
神殿に敵。
学園にも敵。
敵。敵。敵。敵。敵。敵。敵。敵。
どいつもこいつも、自分とプリムラを引き裂こうとする敵ばかり。
エリクは荒んだ。もう、目に映る全ての人間がエリクを見下しているように思えた。
隙を見てプリムラと過ごす僅かな時間だけが救いで、エリクはプリムラの訪れだけを待ち侘びるようになった。
けれど直ぐに、そんなささやかな救いさえ危機に瀕する。
「次、赤点取ったら退学を視野に入れる」
ある日の小テストの後、そう言われた。
なぜ、と問うエリクに教師は他の生徒の入学直後からこれまでに行ったテストの答案をズラリと並べて見せた。同じクラスの、同じ平民出身の生徒の物だ。
受ける授業もテスト内容も同じ。その中で、最初はエリクと同じような点数だった生徒も少しずつ回答出来るようになっていた。
エリクだけが、以前と変わらない点を取り続けている。
「急に入学が決まった者の為に、学園は入学当初の学力は問わない。しかし、学ぶ意欲の無い者を置いておく程寛容でもない」
エリクは一言も返せなかった。
さすがに不味い。このままでは学園から追い出されてしまう。
危機感を覚え、さすがにプリムラとの逢瀬を控えなければと思った。
だが。
「え? エリクは【武術の才能】をかわれて学園に入ったんでしょう? 勉強はあんまり出来なくてもいいんじゃない?」
プリムラは、エリクの危機を理解しなかった。
退学を仄めかされたと言っても「大袈裟ね」とクスクス笑うばかり。
そうして、変わらずにエリクに街に連れ出してくれとせがむのだ。
プリムラと居るのは楽しい。一緒に街を歩くのだって、本当はそうしたい。けれど駄目なのだ。
駄目だと思い、勉強すべきだと思っても、プリムラが訪ねて来てしまうと流されてしまう。
図書館へ通うようになり、そこにはプリムラは現れなくて勉強の時間を取れるようになったが、変わりにプリムラから不審がられるようになってしまう。
「ねぇ、私の事避けてる?」
「そんなことないよ!」
嘘だった。本当は避けてる。
そうして、避けて、何かの拍子に会うとその事を後悔してプリムラと一緒に過ごして、別れて時間が経つとそれも後悔して……その繰り返し。
――自分は何をしているのだろう。
転機が訪れたのは、いつもと何も変わらないある日。
図書館に行く途中でプリムラに遭遇した。話ながら、ああ、今日は勉強出来ないのだなと諦めの気持ちでいたが、その日は何故か誘いを断る事が出来た。
初めての事に自分でびっくりする。ホッとしつつも、別れ際のプリムラの悲しそうな顔に罪悪感から胸が痛んだ。
そんな日に、エリクはシエルと知り合った。
「いやだからね? 神話ってのはバラバラのエピソードの寄せ集めだから、矛盾したり食い違ってたりするのは当たり前でね、」
「えぇ? 一人の神様なのに? なんで???」
「っああああぁぁぁ、話進まねぇ! あと神様は一人じゃなくて一柱な!」
シエルに勉強を教わる事になったが、あまり進んではいない。
でも構わなかった。王都に来てから悪意に晒され続けて来たエリクには、シエルとの他愛ないやり取りだけで十分救いだった。
教本を前に一緒に唸って、持ち寄ったおやつを一緒に食べて。
……そんなささやかな事でどれだけ救われたか。
遅々としていても勉強は進んだ。
それはシエルと付き合うようになってから、プリムラが顔を出す頻度がぐっと減った事も理由だ。シエルと関わる事でエリクの行動パターンも変わったせいだろう。
……けれど。
「エリク、見つけた!」
……けれど、これからシエルと勉強会、と言う時にプリムラに会ってしまう事もあって。
「やっと会えたわ! 最近どこ行ってたの? 寂しいじゃない」
「ご、ごめん、プリムラ……」
「もうっ、広場のクレープ奢りなさい! そしたら許してあげるわ」
「え、これから?」
「そうよ?」
これから、シエルと勉強会をするのだ。
きっと、シエルはもう図書館に居て待ってる。だから、
「……なによ、嫌なの?」
「そっ、そんな事ないよ!」
「そうよね。じゃ、行きましょ」
「あ……」
シエルと約束したのに。
――でもプリムラの誘いは断われない。
勉強しなくちゃいけないのに。
――でも優先すべきはプリムラだ。
断るべきだ。エリクには今、プリムラと遊ぶ時間なんて……。
――お前は何の為に遥々王都まで来た? プリムラの側に居る為だろう?
ぐちゃぐちゃだ。
プリムラから離れるべきと主張する自分と、プリムラに拘る自分とが対立して、エリクを引っ掻き回す。
このままじゃ駄目だ! 退学なんて事になったら、良くしてくれたジャイン男爵にも迷惑が……。
――プリムラが最優先だ! プリムラより大事な事なんて無い!!
……引っ掻き回されて。
勝つのはいつも、プリムラを優先しようとする自分。
……そう、プリムラの為に、故郷を出る決意をしたくらいだ。プリムラが中心で、その為に不利益を被る事を許すくらい、プリムラが好きで。
「ん〜、美味しい!」
「そう? 良かった。……」
お気に入りのクレープを噛り、プリムラは破顔する。
エリクの好きだった笑顔。この笑顔を守るのだと、いつも決意をあらたにしてきた。
でも。
「ふふっ、久しぶりに楽しかったわ! やっぱりエリクの前じゃないと肩の力抜けなくって」
「俺で役に立てるなら……」
プリムラと別れるなり襲ってくる、後悔や虚しさは、何。
そんな事が二度三度と続いて、さすがにシエルは怒った。当たり前だ、エリクが悪い。
そう思いながらも、口はぐだぐだと言い訳を吐く。違う、そうじゃない。シエルに言うべきはそうじゃない。
そう思うのに、じゃあなんて言うべきなのか分からなくて。
シエルが怒ってる。やっと出来た友達。手放したくない。そう思うのに、俺は。
「分かってるよ! そんなのダメだって、止めさせないとって。でもプリムラの顔見るとダメなんだよ、寂しそうで、おれが側に居なくちゃって」
何かが爆発した。
ぐちゃぐちゃしたものを。頭の中を引っ掻き回す何かを。
訳の分からないまま吐く。吐き出す。
「おれが守ってやらなきゃって、それしか考えられなくなるんだ。そうしたら、シエルの事も、気にならなくなって……後で絶対後悔するって分かるのに、プリムラに着いて行っちゃうんだよ……」
ああ、最低だ。シエルは悪くないのに。悪いのは俺なのに。みっともなく言い訳して、キレて、八つ当たりして。最低。最低。最低。
……嫌われたかな。せっかく勉強見てくれたのに、こんな言い方されて。愛想尽きるよね。
また、一人ぼっちになるのかなぁ……………。
「エリク」
そんなエリクに、シエルは。
「その話、詳しく」
「……へ」
その声には、怒りも嫌悪も含まれてなくて。
恐る恐る上げた視線の先。そこに居たのは、真剣な顔をしたシエルだった。
シエルはエリクの、自分でも把握出来ていない『ぐちゃぐちゃ』を、根気よく聞き出した。
「う〜ん、それ本当に恋心? なんか、脅迫されてるみたいに見えるよ?」
「えっ?」
なんて言い出した。
シエルの言わんとするところは、やはりよく分からないけれど。
――それ本当に恋心?
……それに、「当然だ!」と言えないのは、どうして。
揺らぐ。プリムラへの思いは、確かにあるのに。
シエルの提案で、次にプリムラに誘われた時は素直について行く事になった。シエルもこっそり着いて来ると言う。
その時の自分の気持ちを観察しろ、となんだか難しそうな指示を出して。
そしてプリムラに会い、街に出て、気付く。
楽しくない。
以前の様に、フワフワしない。
浮き立つような、くすぐったくて、焦れったくなって、叫び出したくなるような、幸せな心地は。
……いつの間に、消えてしまったのだろう?
……なのに、このプリムラへの『執着』だけあるのは、何?
――気持ち悪い。
エリクは自分自身に対し、なんとも言えない気味の悪さを感じた。自分の気持ちが、エリクを無視して勝手に動いているような、奇妙な感覚。
それが、フッと消えた。
何、と無意識に振り返ると、少し離れた所にシエルが居て。
その姿に、エリクは泣き出したくなるほど安堵した。
と、同時。
ひらりと手を振るシエルの、更に後ろに、見覚えのある神殿騎士が居て、エリクを睨み付けている。
その神殿騎士は、エリクが気付いた事に気付くと、シエルを指差し、次いで口に指を立てるジェスチャーをする。
シエルには内緒、って事?
……どうやらシエルと交流のある神殿騎士はシエルを尾行中らしい。それとも護衛か。
エリクは直前とは別の意味で訳の分からないまま、プリムラとのデートを続けた。




