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七章 ハッカーからの挑戦状

 これは、あなたへのメッセージ……。

 あなたを「彼」から守りきれなかった、私からの。

 どうか、この運命の鎖から解き放たれて。

 今は敵対しているけれど、いつか、この声が届いて……。


 ……寝ている間に、不思議な声が聞こえてきた気がする。

 朝、目が覚めるとそう思った。気のせいかもしれないが、あれは自分に当てられた言葉だったような……。

「どうした?レン」

 ヨッシーが不思議そうに見ている。それに蓮は「なんでもないよ」と答えた。

 制服に着替え、学校に行く。予告状のことが既に話題になっていた。

「見た?また怪盗だってよ!」

「城幹って誰だろうな?」

「警察でも手を焼くような奴とか?」

「それならすげぇよ!どうやって特定したんだろ?」

 その怪盗がまさか前歴者である蓮だとは誰も思うまい。

 クラスメートは蓮を見ると、気まずそうに目を逸らす。人の噂も何とやら、とは言うがそう簡単には消えないものだ。

 いつものことだと割り切り、蓮は自分の椅子に座る。ヨッシーはやはりどこか寂しそうに見ていた。


 放課後、連絡通路に怪盗達は集まっていた。

「聞いたか?学校内も怪盗団の話で持ち切りだぜ!」

「俺の学校でもそうだったな」

 良希が興奮している。蓮は「もう少し声を落とせ」と言った。

「大丈夫だって、誰も聞いちゃいねぇよ」

「そう言って、前に録音されていたのは誰だ?」

「うっ……それ言われちゃ何も言い返せねぇ……」

 もみじの時のことを出すと、彼は静かになった。

「油断はするな。誰が聞いているか分からないんだぞ」

 それこそ、「白い男」とか……。

 いや、それはないと確信しているが。どちらにしろ、警察とか補導員とかに聞かれていたらまずい。

「あ、そうか。お前、前歴あるから警察に知られたらどうなるか分かんねぇのか……」

「それもあるが、お前達もどうなるか分からないぞ。何せこの騒ぎで警察は目を光らせるだろうからな……」

 まさかこんな子供だとは思わないだろうが、警戒するに越したことはない。

「確かにその通りね。特に良希は一番表に出やすいから」

「俺だけ!?」

「あ、あたしも気を付けるよ……」

 確かにこの二人は顔や行動に出やすい。もみじの時がいい例だ。

「……噂をすれば何とやら」

 蓮達の近くを補導員が通った。彼は蓮達に近付いてくる。

「君達、何をやっているんだい?」

「見て分かりませんか?話しているんです」

「高校生としては当然のことだと思いますが?」

 蓮と裕斗が質問に答える。この二人なら大丈夫だと思ったのだろう、もみじは何も言ってこなかった。

「怪盗、という言葉が聞こえてきたんだが?」

「最近、怪盗の話題が多いでしょう?そのことを話していただけですよ」

「そうですよ。俺達、怪盗団のファンなんです」

 何でもないように二人は告げる。補導員は疑問符を浮かべる。

「そうか?まぁ、遅くならないようにするんだよ」

「分かっていますよ」

 補導員が通り過ぎていくと、蓮と裕斗はため息をついた。

「危なかった……」

「危うく気付かれるところだった……」

 二人が人より少し(蓮はかなりだが)表情に出ないのが幸いした。もみじも安心した表情を浮かべる。

「あ、そういえば城幹から連絡が来たわ。五百万は払わなくていいし、写真も処分したって」

「そうか。それならよかった」

 今回もちゃんと変化があるようでホッとする。これなら改心も成功していることだろう。

「こんな感じなの?改心って……」

「そうだな。コマイの時もそうだっただろ?」

 ヨッシーがもみじに言った。狛井の時も急に自宅謹慎すると言った後に罪を告白したのだ、城幹もきっとそうなる。

「そうね、今は信じて待つしかない、か」

「そうだよな……あ、そういや今回もするか?打ち上げ!」

 良希がそう言うと、風花が「あ、いいね、それ!もみじ加入のお祝いも兼ねて!」と乗ってきた。

「まだ結果は出ていないぞ」

「気が早い」

「それに、今度テストがあるわよ」

「お前ら、冷めてんな……」

 後の三人がそう言うとヨッシーはやれやれと首を振る。

「あ、でも丁度いいんじゃないか?お前ら、モミジに勉強教えてもらえよ。……あ、レンは意味ねぇのか」

 ヨッシーは名案とでも言いたげにしていたが、蓮を見てそういえばと思い出す。彼女は高校二年の問題をいとも簡単に解いてしまうほどの頭脳の持ち主だ、テスト勉強などせずとも満点なんて簡単なことだろう。

「そういえば、あなた学年一位だったわね。やっぱり結構勉強やってるのかしら?」

「言うほどやってはいないぞ」

「いやお前かなりやってるだろ……デザイア入った後とか」

 あれで言うほどやってないとか、とヨッシーは思った。地元ではどれだけやっていたんだ……。

「でもそうだな……確かに勉強を教えてもらえるのはありがたい。主に良希と風花に教える人が増えるという意味で」

「なんで俺達!?」

「あんたは言える立場じゃないから!」

「あなた達、蓮に何したの……」

 ワイワイ言い合いをしながら時間を見ると、六時過ぎ。補導員に目をつけられると面倒だからとこの日は解散した。


 夜、ヨッシーと話しているともみじからチャットが入った。姉が城幹を逮捕したらしい。

『そうか……まぁ、消される前にってことだろう。一応、マフィアだしな』

『それもそうだけど……本当によかったの?』

『何が?』

『警察の手柄になっているの。怪盗がやったのに……』

『いいんじゃないか?少なくとも世間は怪盗のおかげと言っているんだし』

『……それもそうね。今はそれで我慢するわ』

『あぁ。とにかく今は気付かれないようにしないとな』

『ありがとう、やっぱりあなたは頼りになるわ』

『そう言ってもらえてうれしいよ。それじゃまた明日』

『えぇ、また明日』

 そこでチャットは終わる。

「誰からだったんだ?」

「もみじだ。城幹、逮捕されたらしい。テレビつけるか?」

 そう言ってテレビをつけると、丁度城幹が逮捕されたというニュースが流れていた。

「怪盗のことも言われているな。あとは改心しているか、か……」

「もう少し待ってみないと分かんねぇな。こればっかりは焦っても仕方ねぇ」

 ヨッシーの言葉ももっともだ。蓮はそう焦っているわけではないが。

「今日はもう寝ようぜ」

「そうだな」

 テレビを消し、蓮はベッドに横になる。少し話をして、眠りの世界へと漕ぎ出した。ヨッシーとの絆が深まった気がする。


 ちゃんとした結果が出るまではおとなしくしていた方がいい、と蓮は金曜日まで長谷に勉強を教えてもらっていたり敷井の治験につき合ったり、バイトをしたり仲間達と過ごしたりしていた。

 そして、結果が出るであろう日。ニュースや街中で話題になっていたのは怪盗団のことだった。

『城幹容疑者が率いていたマフィアが次々逮捕されています。また、予告状があったことなどから白野容疑者に続き怪盗団を名乗る者達が……』

「怪盗すごくね!?」

「マジで悪党やったのかよ!」

「これで三回目だろ?マジでいるんじゃね!?」

 これを見て、良希はグッと拳を握った。

「これ来たんじゃね!?」

「静かにしろ、警察が見張ってる」

 蓮は周囲の様子を見て、静かに諭した。どこか険悪な雰囲気だ。恐らく、人々から「無能」だの「怪盗の方が正義」だのさんざん言われているからだろう。

「ここでは話しにくいな……どうする?」

 裕斗が聞くと、もみじが「声を小さくすればいいと思うわ」と言ったのでその通りにした。

「そういえばもみじ、校長はどうしたんだ?怪盗について調べろと言われていたんだろ?」

「あぁ、それについては大丈夫。あなた達の名前は出していないし、打ち切りにしたわ」

「悪い生徒会長だな」

 そう言って蓮が小さく笑う。もちろん悪気があって言っているわけではない、むしろ感謝している。それが伝わったのか、彼女は「いいのよ、私は自分の信じる正義を貫くって決めたから」と笑った。心を決めるのは、簡単なことではない。相当悩んだんだろうなと蓮は思った。

「さて、それじゃあ結果も出たことだし、テスト勉強もはかどるな」

「うえ……今その話題出すかよ……」

「お前、来週だぞ……むしろ遅いぐらいだ」

 テストは来週の水曜日からだ。蓮の言う通り、勉強するには遅い時期だろう。

 女性陣で勝手に勉強会の日程を決めてしまう。裕斗は「あぁ、分かった」と頷くが、良希は「マジかよ……」とうなだれた。

「テスト乗り越えたら打ち上げだろ?頑張れよ」

 その様子を見て、蓮は彼のやる気が出る言葉を投げかける。すると良希は「そうだ!打ち上げ、花火大会なんてどうよ?」と急に元気になった。

「……先にテストよ」

 もみじが呆れたように良希に言うのだった。


 夜、明日の予定を確認する。昼は花屋、夜は牛丼屋でバイトだ。

「お前、またバイトを入れたのか?」

「あぁ。前も言ったと思うが、軍資金不足でな……」

 はぁ……と蓮はため息をつく。このリーダーは様々なところでやりくりしながら皆と関わる時間を作っているのだ。いずれ破綻してしまいそうで心配になる。

「こういう時こそ、仲間達に頼るべきだと思うぞ」

「あいつらにも自分の生活があるわけだし、迷惑はかけられないよ」

 しかし、この少女はいつもそう言って断るのだ。たまには甘えることも考えていいのに、とヨッシーは思うのだが、ネコの姿では何も出来ないと寂しさを覚えた。

「大丈夫、お前に心配はかけたくないからな」

 蓮はそう言ってヨッシーを撫でる。ここに来た当初は一人で暮らしていくのだろうと思っていたのに、いつの間にか彼がいる生活が当たり前になってしまった。いや、むしろ相棒と呼べるまでになっている。今では彼のいない生活など考えられないぐらいに、その存在は大きい。そんな彼を悲しませるようなことは、出来るだけしたくない。

「それならいいが……本当に無理するなよ」

「分かってるって。お前はボクの心配ばっかりするよな」

 蓮が苦笑いを浮かべると、彼は「だってお前が他人のことばかりで、自分のことをあまり言わないからだろ!?」と叫んだ。そんなに叫ばなくても聞こえているのに。

「はぁ……まぁいいや。じゃあ、もう寝ようぜ」

「そうだな」

 蓮がベッドに転がると、ヨッシーが横に丸くなる。彼との絆が深まった気がした。


 目を開くと、またあの牢獄の中。蓮は起き上がり、シャーロックの言葉を聞く。

「おめでとう。今度はマフィアのボスの罪を暴いたようだな」

「主からのお褒めの言葉です」

「ありがたく思え!」

 そう言われても、と思う。この双子はシャーロックのことをかなり慕っていることは分かるが、ここまで心酔するものなのだろうか?何か理由があるようでならない。

「お前は確実に、運命に抗う力をつけていっている。この調子で頑張るのだ」

 シャーロックがそう言った。彼らとの絆が深まったような気がする。

「時間です、囚人」

「早く戻るのだ!」

 双子にそう言われ、世界が歪んだ。


 朝、目を覚ますと蓮はバイトに行く準備をした。ヨッシーはまだ寝ている。

「おい、蓮。起きているなら少し手伝ってくれ」

 下から藤森の声が聞こえてきたので、蓮は下に行く。午前中は藤森の手伝いをして、昼からバイトに向かう。戻ってくると藤森はもう帰っていた。二階にあがり、すぐにベッドに身を放り出した。

「今日は大変だったな……特に牛丼屋」

「あぁ……まさか初日同様一人で放り出されるとは……」

 そう、また牛丼屋で一人投げ出されたのだ。前は何人か従業員がいたハズだが。

「あれ、ブラックだよな……」

「地元でもあんなところなかったぞ……」

 地元でもかなり掛け持ちしていたが、一つとしてそんなところはなかった。それとも運がよかっただけだろうか?

「あーもうさすがに疲れた……ヨッシー、一時間後に起こして。さすがに課題とかしないといけないから」

「分かった、ゆっくりしろよ」

 ヨッシーに頼み、蓮は目を閉じる。寝息が聞こえてくるとヨッシーは彼女の寝顔を見る。まだ幼さを残した、少女のその顔は怪盗団のリーダーをやっているとは到底思えない。

「この小さい背中に、ワガハイ達では考えられないほどの重荷を背負っているんだよな……」

 前歴、家系、怪盗団……二十にも満たぬ少女が背負うにはあまりに重すぎるものだらけだ。きっと、かなりの負担になってしまっている。しかも、他人を簡単に信じることが出来ないのだ、きっと相当辛い。それでもこの少女は自分の足で立って見せている。

「でも、たまにはワガハイ達に頼ってくれよ……」

 小さく呟いたネコの声は、誰の耳にも届かなかった。


 店番を頼まれ蓮は一日中ファートルにいた。夕方、電話が来たので出る。相手は良希。

『よう、蓮!今どこ?』

「今か?今は店番しているが」

『それじゃあ、今からそっち行くわ』

「今から?……あぁ、勉強会か」

『忘れてたのかよ!?まぁいいや、皆にも呼び掛けたから』

「早いな……まぁいいよ。もう閉店の時間だし」

 時間を見ると、もう七時過ぎ。店じまいには丁度いい頃だろう。電話を切ると、蓮は店じまいをした。

 少しして、皆が来た。

「よーう!遊びに来てやったぜ!」

「違うだろ、テスト勉強だ。期末試験、赤点でもいいのか……あ、お前は勉強しても赤点か。夏休み、補習に行くもんな」

「悪かったから、真顔で言うのやめて」

 遊びに来たとか言ってきたから、至って真面目に答えたのだが。しかも前例があるし。

「……どこまで酷いんだ、良希は」

「聞かない方がいいと思うぞ。教える気がなくなる」

 実際、今回は本気で教えるべきかかなり悩んだ。それ程酷い成績だ。風花は、下から数えた方が早くはあるが良希ほどではない。

「そうか。なら俺は自分の勉強に徹するとしよう」

「やめて押し付けないで頼むから」

 あの惨劇(と書いてテストと呼ぶ)は繰り返したくない。いや、良希にはいくら教えても無駄だという自覚はあるけど。

「お前、酷くね……?」

「お前がレンに対して酷いことしたからだろ……主にテストで」

「それは、その……悪かったけどよ……」

 また良希とヨッシーの言い合いになりそうな雰囲気になったので、蓮は「はいはい始めるぞー」と声をかけた。

 自由に座って、と声を掛け、蓮は飲み物を準備する。持ってきた時には良希は裕斗ともみじに教えてもらっていた。

「ここは……だからそうじゃなくて……」

「分かんねぇ……」

「良希……ここは基礎問題だぞ……」

 あの二人でさえ苦戦するとは……。

「……えっと、凛条高校って進学校だよな?」

 確認のために聞くと、もみじが「えぇ、そうよ」と頷いた。

「……良希ってもしかして、スポーツ推薦で入学したのか?」

 いや、そうとしか考えられない。普通に受験したら落ちている未来しか見えない。

「お前、よく分かったな」

「いや、さすがの俺でも分かったぞ。これは酷い」

 裕斗が珍しくため息をつく。

「風花は?」

「あたしは、あいが凛条高校に行くって言ってたから頑張って勉強したの」

 そうだったのか……そのやる気を入学後も継続してほしかった。

 蓮も飲み物を置くと座り、教科書を開く。ヨッシーは蓮の膝の上に乗っかった。

「お前はもう大丈夫じゃねぇか?レン」

「そういうわけにもいかないだろ。仮に勉強してなくても赤点取るつもりはないけど」

 蓮が言うと良希は彼女を見た。

「お前、余裕だよな……その頭分けてほしいぜ……」

「お前はレンの頭脳分けてもらっても意味ないんじゃないか?」

「んだとネコ!」

「はいはいやめろよ。喧嘩したら一時間ほど怒るからな」

 全く、この二人はことあるごとにすぐに喧嘩しようとする。何度も止めているというのに。

「あなた達、蓮に迷惑かけないようにね……」

 もみじがため息をつきながらそう言った。

「ボク、そんなに怖い雰囲気醸し出してたか?」

「えぇ……かなり」

 まぁ、確かに少しキレていたけれど。それは認めるが、皆に分かるほどだったのか。

「ちょっと休憩するか」

 蓮がそう言うと良希は「いいぜ!」と急に元気になった。こいつ、勉強から逃げたな……と思ったがあえて言わなかった。

 冷蔵庫の中を覗くと、サンドイッチの材料が残っていたのでそれでサンドイッチを作り、皆に振る舞う。

「そういえば、君が作ったケーキ、おいしかったな。それはないのか?」

 裕斗がそう言ったので、蓮は確かと思い再び冷蔵庫を開く。時間がある時に作ったプリンが入っていた。ヨッシーも含め、丁度人数分ある。

「これで構わないならあるけど」

 蓮がそれを出すと、皆は喜んで食べ始めた。

「おいしいわね……これ、蓮が作ったの?」

「あぁ、試作品で、まだ改良すると思うけど」

「こいつ、ゴシュジンにレシピを任されてんだ」

 もみじが聞いてきたのでそれに答えると、ヨッシーが言ったので彼女は驚いた。

「すごいわね。マスターに腕、認められているってことじゃない」

「いや、多分更生の一環だと思うぞ……」

 いくら違うとはいえ表向きは前歴者だ、そうであってもおかしくはない。働くことで更生させるという方法もあるわけだし。

「そうかしら?素人にレシピ任せることはしないと思うけど」

「そうなのか?」

「そうよ。信じているから任せられるんだと思う」

 ……確かに、あの人の性格上そうかもしれないけど。

「さて、じゃあ食べ終わったし、もう少し勉強しましょうか」

 もみじの言葉に良希と風花が「えぇー!?」と嫌そうな声を出した。裕斗は「別に構わないぞ」と答える。蓮は静かに頷いた。


 蓮はいつも通り登校するとやはり怪盗の話題で盛り上がっていた。

「怪盗って、この学校で始まったよな?」

「同一人物かな?会ってみたいなぁ」

「というか学校関係者?もう全部の事件怪盗に任せたらよくね!?」

「警察なんて役に立たねぇよな!」

「でも、手口が分からないよね……少し怖いわ」

「怪盗ってそういうものだろ?」

 この盛り上がりようが少し怖いと思った。しかし、ヨッシーは「よかったな!」と言っているので蓮は「あぁ、そうだな……」とだけ言った。

 教室に行くと、風花が話しかけてきた。

「ねぇ、今日からカウンセリングの先生が来るんだって」

「そうなのか?」

 学校内での蓮の情報源は風花と良希ともみじ、それから島田だ。他の人達は蓮を怖がって話したがらない。だからこうして当日に知るということも度々ある。

「カウンセリングか……今さらだな」

「多分、飛び降りがどうのこうの、だよね」

「もみじに確認してみるか?」

 チャットでもみじに「今日からカウンセリングの先生が来るって本当か?」と打つともみじから「えぇ、そうよ。そういえば、あなたには伝えてなかったわね。ごめんなさい」と返事が来た。

『前、飛び降りがあったでしょ?それから狛井先生のこともあったから生徒達に何かあったらって言ってたわ。まぁ全部建前でしょうけど』

『やっぱりか……』

『学校内ではおとなしくしていてね?まぁあなたに限ってそんなことはしないでしょうけど』

『良希にも伝えておく』

 そこでチャットは終わった。蓮は良希に連絡し、席に着く。

 その後、朝礼でカウンセリングの先生から挨拶をした。

『おはよう。今日から非常勤で皆のカウンセリングをすることになった開原 一輝です。よろしく』

 印象としては、いい人だなと蓮は思った。いつもは裏の顔があるのではないかと真っ先に疑うのだが、この時はそんなことを考えなかった。

 朝礼が終わり、教室に戻ろうとすると開原に声をかけられた。

「あ、ねぇ君」

「はい?どうしました?」

 彼に声をかけられる理由が見つからず、蓮は疑問符を浮かべる。

「あぁ、いや。君、いろいろあるって聞いてさ。それに、狛井先生ともなんかあったみたいだし」

「あぁ、そういうことですか。それならお気遣いなく」

 カウンセリングなら間に合っている。元々そんなにやわな性格ではない。

「そうかい?君、前歴あるみたいじゃないか。それで周りからいろいろ言われているだろう?それは辛くないのかい?」

「前の学校でもこんな感じだったので慣れています」

 この程度で傷ついていたらやってられない。そんな生活をしてきたのだ。

「そう……でも、話すことはなくっても、いつでもおいでよ。保健室にいるからさ」

「……まぁ、先生達に目をつけられるのは面倒なのでカウンセリングは行きますが」

 この先生はともかく、他の先生はどうせ行けと言うのだろう。それなら今日にでも行こうと蓮は思った。

――開原先生、か……。

 裏表はなさそうだが……それとは別に何かあるような気がする。よく観察していた方がいいかもしれない。そう思いながら、蓮は教室に戻った。


 放課後、風花が先にカウンセリングに行ったので蓮は教室で待っていた。本を読んでいると、ヨッシーが話しかけてきた。

「お前、カイハラのことどう思う?」

 いきなり何を言ってきているのだろう?

「まぁ……いい人だというのは分かるんだがな……」

 人間不信からか、どうしても疑ってしまう。いや、人間不信とは少し違うような……そんな感覚に陥る。

「あの先生、不思議なんだよな……裏表はなさそうだし、悪い人ではないんだけど、何というか……なんか言葉では言い表しにくいな」

「そうか?ゴシュジンと一緒で普通にいい人だと思うぞ」

「藤森さんと……まぁ、そうだな」

 いい人具合で言ったら確かに藤森と比べても負けず劣らずと言ったところだろう。だが、蓮が言いたいのはそういうことではないのだ。と言っても、蓮自身もどういった感じなのかよく分かっていないので説明できないが。

 そうこう話していると風花が戻ってきた。

「蓮、終わったよ」

「あぁ、ありがとう」

「どうだった?」

 ヨッシーが風花に聞くと、彼女は「普通にいい先生だったよ」と答えた。

「蓮も色々話してみたらいいんじゃないかな?」

「いや……初対面の人にベラベラしゃべりたくないな……」

 そう言いながらヨッシーをカバンの中に入れ、保健室に向かった。


「失礼します……」

 蓮が保健室の扉をノックし、中に入る。中では開原がソファに座っていた。

「やぁ、成雲さん。ここに座って」

 開原はソファに蓮を座らせると、話を始める。

「君、成雲家のお嬢様なんだよね?」

「はい。そうですが」

「転校してくる前はどんな感じだったの?家での生活とか、学校生活とか」

「別に普通でしたけど。成績も今と変わっていませんし」

 詳しいことは話したくない。憐みの目で見られるのは嫌だ。

「へぇ……それじゃあ料理とか出来るの?」

「はい。使用人はいましたが、自分のことは自分でする主義なので」

「じゃあ、バイトとかしてたの?」

「そうですね。……まぁ、そのせいで前歴がついてしまったんですけど」

 ついポロッと零してしまう。すると彼は不思議そうに首を傾げた。慌てて口を塞ぐが、あとの祭りだ。

「夜のバイトをしていたせいで前歴がついたの?僕はさ、なんかおかしいと思う。だって、君は結構おとなしいのに、そんなことするなんて……」

「冤罪、とでも言いたいんですか?」

 嘲るように聞くと、彼は「正直、そんな気がしてならない」と真っ直ぐ答えた。ここまで迷いがないといっそ清々しい。

「なぁ、カイハラには言っていいんじゃないか?お前の前歴の真実について」

 ヨッシーに言われ、それもそうかと思い蓮は話し出す。どうせ信じてもらえないだろうと思っていたのだが、話し終えると彼は涙ぐんでいた。

「そうだったんだね……辛かったね……」

「信じてくれるんですね。ボクが嘘ついている可能性もあるというのに」

 からかうように言うと、彼は「君が嘘を言うような人には見えない」とこれまた真面目に答えられて何も言うことがない。ここまでまっすぐだと、むしろ蓮の方が心配になる。

「そういえばさ」

 急に切り出され、何事かと身構える。

「僕さ、ある研究をしているんだけど、それに協力してくれないかな。もちろんただでとは言わない。そうだね……君だけの特別メニューを作ってあげる。どうかな?」

 それならいいかもしれない。精神力も上がりそうだし。

 残念ながら彼はシャーロックの言う協力者ではなかったが、そうではなくても協力する価値はある。

「取引成立、ですね」

 そう言って蓮は笑った。


 裕斗に呼ばれたので放課後あのあばら家近くの公園に来ていた。裕斗は既に待っていてくれたようだ。

「どうしたんだ?裕斗」

 蓮が聞くと、彼は「ファートルに行きたいんだ」と言った。

「それなら、別に来て構わないよ?それとも、ボクに話したいことでもあった?」

 さらに尋ねると、彼は頷いた。それならと蓮は一緒にファートルに戻り、サヤカが見えるテーブル席に座らせる。そして、コーヒーを淹れ、昨日作ったケーキと一緒に前に置く。

 少し雑談をしたところで蓮は本題に入る。

「それで?話ってなんだ?」

 すると裕斗は一度俯き、意を決したように顔を上げ彼女に伝えた。

「俺は、もうダメかもしれない」

「急にどうした?」

 急な発言に蓮とは驚く。すると彼は「最近、筆が動かないんだ……」と深刻そうに言った。

「いわゆるスランプというものだ。普段はサヤカを見たり少し時間を置けばどうにかなったのだが……最近は何をやっても駄目なんだ」

 いつでも相談していいと言ったのは自分だ。それに、芸術家にとってスランプは何よりもつらいものだと知っている。何かいい解決法はないか……彼に必要なものは何かを考える。

「……それなら、そこから抜け出せるようにいろいろ見たり経験したりしよう。もしかしたらそういったことがスランプを抜け出すきっかけになるかもしれない」

「経験……」

 彼は、他人と関わる機会があまりなかった。なら、それが今の彼に必要なものなのかもしれない。

「ボクはお前が行きたい場所につき合う。それでどうだ?」

 悪い提案ではないと思うのだが。裕斗はしばらく考えた後、「いいのか?」と聞いてきた。今さら遠慮することもないのに。

「もちろん。というか、むしろ頼ってくれ」

 そう言うと、裕斗は「分かった」と微笑んだ。これでスランプから抜け出すことが出来ればいい。

「ありがとう。相談に乗ってくれて」

「別に構わない。ボクに出来るのはそれぐらいだからな」

 蓮が小さく笑うと、彼は衝撃を受けたように乗り出した。

「やはりその表情は美しい……!まるで慈母神だ……!」

「……突然何を言っているんだ?」

 やはり、彼の観点はよく分からない。


 夜、潜入道具を作っているとヨッシーが話しかけてきた。

「お前、手先器用だよな」

「そうか?これくらい普通だと思うけど」

 そう言いつつ煙幕玉を作っていく。初心者ならこんなもの簡単に作れない。そういった意味でヨッシーは器用だと言ったのだろう。

「まぁ、ワガハイには敵わないけどな!」

「そうだな。お前はボクの師匠だし?」

 怪盗業の師匠と言えばヨッシーだ。彼が言い始めなければ蓮も怪盗を続けていない。彼は胸を張って「そうだろう!」と言った。見ているだけで可愛い。

「撫でていい?」

「なぜそうなる!?あ、こらやめろ!ふ、ふにゃあ~」

 作業する手を止めて、蓮が撫でるとヨッシーは幸せそうな声を出す。こうしている時の蓮は年相応の子供らしくなる。四六時中一緒にいるヨッシーでさえそんな表情を見ることが滅多にないので、他の人達が見たら驚くだろう。しかも、それを素でやっているからなおさらだ。

「やっぱりもふもふだ~……一生触っていたい……」

「ふにゃ、にゃあ~。や、やめろ。そこは……!にゃあー」

 それにしてもこの少女はネコを撫で方が上手だ。なんでこんなに上手なのだろう。近所のネコにでも構っていたのだろうか?いや、ヨッシーはネコではないのだが。

 ――その様子を聞いている者がいるとは、この時の二人は思っていなかった。


 次の日からテストがあったが、蓮にとっては朝飯前だった。しかし、

「死んだ……」

「終わった……」

「……この調子じゃあ、赤点は確実ね」

「蓮が珍しく嫌がる理由が分かったな」

 やはり二人はダメだったようだ。蓮に加え優秀な教師役が二人も増えたというのに。

「……良希、お前はとりあえず一度殴っていいか?」

「なんで俺だけ!?」

「風花は女性だろ?」

「お前、変なところで紳士だな……」

 ヨッシーが呆れたように蓮に告げる。それに蓮は「失礼な。ボクは一応女だ」と少しずれた視点で反論する。一応とつけるあたり、女性っぽくないという自覚はあるらしい。

「それで、この後どうするんだ?打ち上げは日曜日だったハズだが」

 これでは話が進まないと思った裕斗は良希に尋ねた。それは他の人達も思っていたらしい。すると彼は「その打ち上げの話だよ」と答えた。

「そうか。じゃあ帰る」

「ちょっと待て蓮」

「だって藤森さんの手伝いをする約束しているし」

 実際、今日は帰ったら手伝いをしてほしいと言われていたのだ。だから本当は今すぐにでも帰りたいところだ。

「お前な~……ちょっとぐらい聞けよ」

「やだ」

「即答かよ……」

「だって変なこと言ってきそうだし」

 こういった時の良希はおかしな提案をしてくる。案の定、彼は「お前浴衣持ってなさそうだから先に言おうとしたんだろ?」と言ってきた。

「浴衣?絶対に着ないぞ」

「そう言わずに着てみろよ」

「持ってないし今から予約しようにも遅いだろ」

 ついでにそんなもので怪盗団の資金を使いたくない。

「あ、じゃあさ、蓮は女性ものの服を着てきなよ」

「そんなものはない」

 風花の言葉にきっぱり答えてやるが、

「ついでにメガネとウィッグも外してね」

「聞いてない……」

 でもまぁそれなら妥協点か……と蓮は思った。

「仕方ない、あとで買いに行くか……」

「マジで買いに行くのか!?」

「いや、だってなんか聞いてくれなさそうだし……」

 ヨッシーが驚いたように顔を出す。しかしこの状態だと全員絶対に聞いてくれない。それならこちらが折れるしかないだろう。

 結局、蓮が女性ものの服を買いに行くということで話はまとまった。


 あの後服を買ってきて、ファートルに戻ってきた蓮は荷物を二階に置き、藤森の手伝いをする。そこで藤森にとって思わぬ来客があった。

 カランカランと客を知らせる音が鳴り、そちらを向くと男性が立っていた。

 藤森は知り合いらしく、驚いた表情を浮かべていた。彼曰くこの男性にこの場所を教えていないのだとか。

(……ただの知り合いってわけではなさそうだな)

 とりあえず、言い合いになりそうになったので蓮はとっさの判断で男性に見えない角度から藤森に電話をかける。藤森は驚いたようにスマホを見、男性はその様子を見て舌打ちをして帰っていった。

「お前、よく今の状況で電話をかけようという判断が出来たな」

「いえ、そうした方が彼の意識が逸れていいかなって……」

 怒られているわけではなさそうだ。藤森としても関わりたくなかった相手なのだろう。

 なら、あの男性は一体誰なのかという話になるわけだが。藤森はそれには答えてくれなかった。ただ、自分がいない時にあの男が来たら適当に理由をつけて追い払ってほしいとのこと。

(それだけ嫌な相手ってことか……藤森さんがここまで嫌うのも珍しいな)

 何か理由があるのだろう。だが、聞こうにも話してくれないのなら今はそっとしておく方がよさそうだ。

 今日はもういいと言われ、蓮は二階にあがっていった。


 花屋のバイトをしていると裕斗が来た。

「あれ?裕斗」

「あぁ、蓮か。君、ここでバイトしていたんだな」

 裕斗は蓮の姿を見て驚いた顔をした。まさか知り合い(しかも怪盗団のリーダー)がバイトしているとは思っていなかっただろう。

「あー、いろいろと掛け持ちさせてもらってるよ。この後はコンビニでバイトする予定」

「大丈夫なのか?それは」

「地元でも掛け持ちでやっていたからね。ところで、ここに何の用?」

 何か用事があってきたのだろう。すると彼は「あぁ、花を描く課題が出たのだが……」と言った。

「何かいいものはないだろうか?」

「いいもの、か……」

 彼に合いそうな花……。

「お前、誕生日はいつだ?」

「誕生日?十一月九日だが」

「……なら、これなんてどうだ?ランタナと言うんだが……」

 少し考えた後、蓮はカラフルな色の花を差し出した。

「確かに美しいが、なぜだ?」

「日がたつごとに花の色が変わっていくんだよ。お前の誕生花でもある」

 それがどこか彼を思わせたのだ。

「なるほど。それは確かにいいな。これをくれないか?」

「いいよ」

 蓮は丁寧にそれを包み、代金を受け取って渡す。

「ありがとう。参考になった」

 そう言って裕斗は帰っていった。喜んでもらえたようだ。

 その後、時間まで他の客の接客をしていた。


 コンビニのバイトも終わり、温泉に入ってファートルに戻ってくると、ヨッシーを降ろした。

「明日打ち上げか……女物の服を着たくない」

「でもせっかく買ったんだから着たらいいだろ」

「そうだけどさ……」

 女物の服を着るのは風花に着せ替え人形にされた時以来だ。

「さらし解いた方がいいのかな?」

「あの反応だと、そうだと思うぞ」

 本当は嫌なのだが……仲間だしな……と思いながら蓮はベッドに転がった。

「まぁ、明日のことは明日考えるか……おやすみ」

「おやすみ、レン」

 蓮が目を閉じるとヨッシーはその横に丸くなった。寝息が聞こえてきたかと思うと数分後にはうなされ始める。

「……またか」

 蓮はうなされていることが多い。その時は起きた時に少し辛そうな顔をしているが、何も言ってくれないのだ。

「い……や……たす、けて……」

 彼女は苦しそうにしながら必ず誰かに助けを求めている。しかし、それが誰なのかまではいつも聞き取れない。

「大丈夫なのかよ……こいつ……」

 呟きながら、ヨッシーは蓮に寄り添った。


 次の日の昼過ぎ、蓮は金曜日に買ってきた服を着た。白い服に黒い上着、青の短パンにタイツを着て、ブーツを履いていた。言われた通りさらしは解き、メガネとウィッグは外している。

「これでいいか?」

 これでもかなり妥協したのだが。するとヨッシーは「いいんじゃねぇか?十分女性らしいぜ?」と言ったので蓮はそれならいいかと思った。

 下に降りると藤森は驚いた表情をした。

「お前がそんな格好するなんて珍しいな」

「あ、いえ。友達に別の格好で来いと言われたので……」

「なかなか似合っているぞ。友達も驚くんじゃないか?」

 彼にそんなことを言われるとは思っていなかったので蓮は恥ずかしさで顔を赤くした。

 待ち合わせは渋谷駅なのですぐに向かい、皆を待っていた。スマホをヨッシーと見ながら待っていると大学生ぐらいの男の人達が声をかけてくる。

「そこのおねえさん、おれたちと一緒に花火大会に行かない?」

「……すみません。友達を待っているので」

 断ると、男達の内の一人が蓮の手首を掴み「いいじゃないか」と無理やり連れて行こうとする。さて面倒なことになったと思っていると聞き覚えのある男性の声が聞こえてきた。

「彼女は俺の連れだ。他を当たってくれないか」

 そう、裕斗だ。彼は藍色の浴衣を着ていた。裕斗は蓮の隣に来ると彼女の肩を抱える。

「この通りだ、とっととどこかに行ってくれないか?」

「ちっ。男連れかよ」

 その様子を見ていた男達は舌打ちをした後どこかに去っていった。それを見届けた後、裕斗は蓮を離す。

「あ、ありがとう。裕斗」

「別に構わない。それにしても……」

 裕斗は彼女の服装を見て感嘆のため息をこぼす。いつもとは違う、女性らしい服装に思わず「美しい……」と漏らしていた。

「……どうしたんだ?」

「君はやはり、どんな服でも似合うな」

「えっと、ありがとう?お前も浴衣、似合っているぞ」

 褒められ慣れていない蓮は顔を少し赤くしながら俯くと、ヨッシーが「いい雰囲気のとこ悪いが、ワガハイもいるからな」とカバンから顔を出してきたので二人はハッと現実に戻ってきた。

 三人で後の人達を待っていると、先に来たのは意外にも良希だった。彼は私服のようだ。

「早かったな、いつもなら遅れてくるのに」

「楽しみだったからだろ、リョウキの場合は」

「あり得る話だな」

「お前ら、言ってくれるな……」

 揃ってからかうと良希は拳を握りしめた。しかし蓮の姿を見るとその手を緩める。

「お前、やっぱそういった格好の方がいいんじゃね?」

「それはない」

 スパッとその言葉を斬り捨てる。

「即答かよ……前見た時も思ったけど、お前顔もスタイルもいんだからそういった服装の方がいいぜ?」

「何?一度見たことがあるというのか?」

 良希の発言に裕斗が反応する。良希は「あぁ、お前が加入する前だけどな」と話し始める。恥ずかしいからやめてほしいのだが。

「いやぁ、あの時の蓮、ほんっとに色気があったよな~」

「あら、それは聞き捨てならないわね」

 良希が悪気なく言うと後ろからもみじの声が聞こえてきた。そちらを向くと浴衣を着た風花ともみじの姿があった。

「二人共、いつの間に」

「良希があなたの格好の話を始めた時からよ」

「リーダーをそんな目で見ているとかサイテー」

「ちがっ、そういうんじゃなくて……」

 二人の言葉に良希は必死に弁明しようとしている。そんな彼はそのままに、二人も蓮の格好を見る。

「へぇ、結構似合ってるじゃん。蓮、毎回そんな格好したらいいのに」

「そうね。センスがいいわ」

「……あ、ありがとう……」

 二人の誉め言葉に蓮は再び顔を真っ赤にする。

「お前、直球に弱いよな……」

 ヨッシーがその様子を見てため息をつく。それに蓮は「う、うるさいな。褒められ慣れていないんだから仕方ないだろ?」と恥ずかしそうに言った。

「……へぇ、それはいいこと聞いた」

「やめろよ?」

 風花がニヤリと笑ったので蓮はすかさず止めに入る。そして時間を見て、「早く行くぞ」と進んでいく。ほかの人達も慌ててついていった。

「お前、マイペースだな……」

 ヨッシーの言葉が蓮に伝わることはなかった。


 人混みの中、花火を見ようと立っているとぽつりと頬に水滴が落ちてきた。なんと、雨が降ってきたのだ。天気予報では確か晴れだったハズなのだが。

 カバンに入っているヨッシーを雨から守るようにして持ち、近くのコンビニで雨宿りをする。風花ともみじはハンカチで拭いたり浴衣を絞ったりしており、その様子を良希と裕斗が見ていた。

「……どうしたんだ?」

 不思議に思った蓮が聞くと、二人は顔を背け「い、いや、別に……」と呟いた。疑問符を浮かべながらコンビニの中に入ろうと告げる。

 コンビニの中は人であふれていた。考えることは皆同じということだろう。

「あー……闇のヒーローって地味じゃねぇ?」

 不意に良希がそう言ってきたので蓮は「日陰は落ち着くだろ?」と答えると彼は「コケかよ!?」とツッコんだ。失礼な、ちゃんと考えたうえで言ったのに。

「それに、表舞台で活躍するというのも大変なんだぞ?ロクなことないし」

 経験者は語る、というが蓮はまさにその人だ。彼女は名家の令嬢として表舞台によく立っていたが、寄ってくる人間とかメディアとかが面倒だった。むしろ今のような闇のヒーローの方がいい。

「そういやお前お嬢様だっけか。俺達と関わっているせいで忘れるんだよな……」

「いっそ忘れろ。むしろ忘れたい」

「どんだけ嫌いなんだよ……」

 蓮は超がつくほど実家が嫌いだ。それはもう、二度と帰りたくないと思うほど。

「あれ?あの子……」

「間違いない、蓮様だ」

 するとどこから伝わったのか、蓮の周りに人が集まってきた。

「蓮様!東京に来ておられたんですね!」

「まさか生で見られるなんて……!」

「そこの人達はお友達ですか?」

「え、いや、その……」

 蓮は寄ってくるファンに戸惑う。今はプライベートなのだが。

「写真撮らせてください!」

「握手してください!蓮様!」

「~~!逃げるぞ、皆!」

 まさかこうなるとは思っていなかった蓮は皆に叫んでその場を去った。雨がやんでいてよかった……。


「お前、あんなに有名人なんだな……」

 どうにか駅まで逃げてきて止まると、良希が言ってきた。

「さすがに驚いたよ。蓮ってレッテルがなければあんなに人気なんだ」

「テレビにも出ていたからな。お前達が見ているかは別だが……」

 例えるなら冬木と同じくらい蓮は有名人だ。なぜなら(本人は自覚していないが)見た目も美人で天才、しかも器用で何でも出来る。そんな彼女が人気でないわけがない。

「そういえば見たことあるかも。確か、ニュースでもゲストで出ていたわよね?」

「あぁ、こっちでも放送されてたんだ?他にも番組は出てたぞ」

 もっとも、それを話すつもりはないが。それに、最近は前歴のせいでテレビに出ていない。むしろせいぜいしているけれど。

「思えば俺達はすごい奴と関わっているんだな……」

「気にするな。あんなのただ表面しか見てない奴らなんだから」

「本当のお前はお嬢様みたいにおしとやかじゃなくて、かなり大胆に動くもんな」

 恐らく幻想世界でのことを言っているのだろう。確かに蓮はどちらかと言えば大胆に動く方だ。それは自覚している。

 時間を見ると、もう九時過ぎだったので解散することにした。


 ファートルに帰った後、シャワーを浴びて寝間着に着替える。

「それにしてもお前、すごい人気だったな」

 ヨッシーが寝転がっている蓮のお腹の上で丸くなりながらそう言ってきた。

「人気ってほどでもないよ。成雲家に女が生まれたのは、ボクが初めてだから」

 実は成雲家は、呪われているように今まで男子しか生まれてこなかった。そんな成雲家に女子が初めて生まれたのが珍しいのだろう。有名な話だ。

「だからこそメディアに引っ張りだこになってな……小さい頃から嫌々ながら子役と同じくらいテレビに出てた」

「それは大変だったな……メディア嫌いになるのも分かるぜ」

 親に言われなければテレビなど二度と出たくない。

「なら、これからは闇のヒーローとして頑張っていこうぜ」

「そうだな。これからもよろしく、ヨッシー」

 二人は拳をぶつけ合った。


 スマホを見ると、依頼が溜まってきていたのでアザーワールドリィに入ることにした。

「あれ?またゲンソウナビが……」

 また行けるところが増えたようだ。ターゲットの気配も遠くから感じる。

「とりあえず、進んでみるか……」

 エネミーを倒しながら進んでいくと、やはり壁が立ちふさがっていた。

 前に立つと、その壁が開いた。まるで主の帰りを待っていたような感じだ。

(……主?)

 なぜかその言葉が引っかかったが、気にするほどでもないとジョーカーは車で先に進んでいく。

 何度か戦って、少し疲れが見えてきたのでアテナが運転を変わってくれた。

「そういえば、なんでジョーカーは運転出来るの?確か、まだ十六歳よね?」

 アテナが不思議そうに聞いてきた。それに答えたのはマルスだ。

「あぁ、こいつ、ゲームではやったことがあるんだと」

「ゲーム……え?それで出来るものなの?」

 アテナが驚いたようにさらに質問するが、マルスは首を横に振る。

「いや、多分こいつが特殊なだけだ。俺は出来ねぇ」

「失礼だな。ちゃんとゲーム画面を見てれば分かるぞ」

「どんなゲームしてたんだよ……」

 どんなゲームって、クラスメートに借りた至って普通のゲームだが。

 車内で穏やかに会話をしながらどんどん先へ進んでいく。

「そういえば、アテナって受験勉強とか大丈夫なのか?三年生だろ?」

「私は大丈夫よ、模試でも上位だし。むしろウェヌスとマルスの方が心配だわ」

「あぁ、確かにそれは言えるな。オレも心配している」

「一応、凛条高校は進学校だろう?大学行けるのか?」

「やべ……そんなこと考えたことなかったわ……」

「あたしも……」

「お前ら……少しは将来考えろよ……」

 こうして見ると、やはり高校生の集いだ。いや、テュケーは高校生なのか分からないけれど……知識量や理解力から見てそれぐらいではないだろうか。まさか自分がその集団に囲まれることになるとは思っていなかった。

 それと同時に、こんな子供が「正義」というあいまいな定義を証明出来るのかという心配もある。しかし、一度やり始めたのだからもう後戻りは出来ない。

 少しの不安を抱えながら、ジョーカーは依頼をこなしていった。


 夜、ヨッシーが心配そうに聞いてきた。

「お前、あっちに入った時辛そうだぞ?」

「何が?」

 前言っていたことだろうか?だとしたらよく分からないというのが正直な感想なのだが。すると彼は「お前、身体とか辛くないのか?痛かったりとかよ……」と言われたので蓮は驚いた。

「……なんでそれを?」

 相変わらず、幻想世界に入った時は全身が痛む。もはや気のせいでは済ませられないほど。でも、それは表に出さないようにしていたのに。

「お前、時々動きにくそうにしているんだよ。気付いていないかもしれないけどよ」

「そうなのか?」

「だから聞いてるんだろ?まさか図星だとは思わなかったけどよ」

 はぁ、とヨッシーはため息をつく。本当にこの少女は自分のことに関しては無頓着なのだから。

 蓮はヨッシーになら話してもいいかと思い、あの世界に行くと全身が痛むことを話すと彼は驚いたようだった。

「それ、本当に大丈夫なのかよ?」

「今のところは特に支障は出てないよ」

「そういう問題かよ……」

 あまり無理してほしくはないというのがヨッシーの本音だが、彼女は怪盗団の切り札でどうしても必要な存在だ。それに支障がないというのなら今のところは平気か……とヨッシーは割り切ることにした。


 放課後、開原に呼ばれたので蓮は保健室に向かった。

「失礼します」

「どうぞ、入って」

 中に入り、定位置に座ると開原は「早速で悪いんだけど、質問に答えてほしいんだ」と言ってきたのでその通りにする。質問に答え終えると、彼は感心したように呟いた。

「へぇ……君って強いんだね」

「そうですか?」

「うん。君はどんな理不尽な出来事にも前を向いている。大人でもなかなか出来ないよ、そんなこと」

 確かに、理不尽な出来事に直面すれば誰だって折れてしまうだろう。蓮だって実際はそこまで強くない。

「やっぱり君と話すと有意義な時間を過ごせるよ。ありがとう。これ、帰ってから食べて」

 開原から袋菓子とクッキーをもらい、蓮は帰路についた。


 不意に思い出し、あの占い師のところに行ってみる。

「あ、あなたはあの時の……」

「こんばんは。ちょっと興味があったから……」

 彼女はタロット占いを専門としているようだ。机にはタロットカードが並んでいる。

「いいですよー。私は早坂 千歳と言います。名前はなんですか?」

「成雲 蓮です」

 正直に答えると、ヨッシーが顔を出した。

「おいおい……そこは当ててもらおうぜ?」

「あら?ネコちゃんを連れているんですね」

「ネコじゃねぇ!」

 シャー!と威嚇するものだから蓮は慌ててカバンの中に押さえ込み、「ごめんなさい、うちのネコが……」と謝った。「ワガハイはネコじゃねぇ!」とカバンの中から聞こえてきたが、気にしないことにした。

「ふふっ、面白い人ですね。何を占ってほしいとかありますか?」

「何が占えますか?」

「うーん……じゃあ、とりあえず初心者コースにしますね」

 そう言って彼女はカードをめくり始めた。

「ふむふむ……金運がいいみたいですね。早く家に帰った方がいいかもしれません。あれ?でもこの配置……少し不穏ですね」

「不穏?どうしたんですか?」

「囚人……牢屋……更生……?あー、それにこのままいけば近い内に死んでしまいますね」

 死ぬって……そりゃあ怪盗稼業をやっているから死ぬ覚悟は出来ているけれど。

「ここまではっきり出ている人は初めてですね。こうなるともう運命は変わりませんね」

 志半ばで死んでたまるかと心で思っていると、別の客が来た。

 蓮はその客に席を譲り、遠くから見ていた。

 その客はどうやら上司の仕打ちに耐えかねて、早坂に聞きに来たようだ。彼女の占いはよく当たるという。そんな彼女の占いによるとこの客は今の仕事をやめないともっとひどい目に遭うようだ。

「あの、成雲さんならこういう時どうしますか?」

 急に話をこちらに振られ、蓮は考える。自分ならどうするか……。

「……ボクならめげずに仕事を続けますね。いざとなったら上司に喝を入れます」

「え、でもそんなことしたら……」

「……そう、ですね。わたし、もう少し頑張ってみます!」

 そう言ってその客は去っていった。

「あ、ちょっと……!はぁ、そんなことしても、運命は……」

 彼女が先程の客をもう一度占ってみると、信じられない結果になっていたようだ。

「え……!?変わってる……!こんなことって……!」

「どうしました?」

 蓮が聞くと、早坂は疑うような目を向けた。

「あなた、超能力者か何かですか?」

「ボクにそんな力はありませんよ」

 成雲家には「癒しの力」をはじめ様々な能力が伝わっているが、蓮に他人の運命を変える力は持ち合わせていない、ハズだ。しかしそれでも彼女は疑っている。

「だって、おかしいですよ!こんなこと……信じられません!」

「いや、ボクに言われても……」

「成雲さん!あなたの力が本当かどうか検証させてください!どんな占いでもしますから!」

 なんかもう、何かしらの力がある設定で進んでいるし。でも、占いの力が使えたらいいかもと考え直す。

「……分かりました。時間がある時にですよ?」

「ありがとうございます!」

 頭の中に「運命の輪」という言葉が浮かんだ。彼女も協力者の一人だったようだ。

 早坂と電話番号を交換して、蓮は帰った。

 家に帰り、少し片付けをしているとなぜか段ボールの中に五千円が入っていたので早坂の占いがよく当たるというのは事実だと分かった。


 次の日、ファートルで珍しく朝食を摂っているとあるニュースが聞こえてきた。

『次のニュースです。世界的ハッカー集団のアヌビスが怪盗団に向け挑戦状を出しました。それによると、この挑戦を受けなければ全国民の個人情報を流出すると言ったもので……』

 これを見ていた蓮は驚いたように目を見開いた。

「はぁ、また「怪盗団」かよ……」

 藤森の言葉に蓮は苦笑いを浮かべる。まさかその怪盗が目の前にいるとは思うまい。

「迷惑な奴らだよな、なんで市民がこんな目に遭わなければいけないんだよ……」

「……そうですね」

 明らかに自分達のせいなので何も言えない。

「お前も早く学校に行きな。面倒ごとに巻き込まれないようにな」

「はい、ごちそうさまでした」

 もう面倒ごとに巻き込まれてるんだよな……と思いながら蓮は学校に行った。


 放課後、連絡通路に集まり、話し合いをする。

「おいおい……大丈夫なのか?ハッカー集団から挑戦状が来るなんてよ」

「大丈夫じゃないからこうして集まっているんだろ」

 さすがの蓮でもこの事態は想定外だ。明らかに専門外である。

「これは参ったな……ハッカーに対応出来る人間がいない」

「さすがに知り合いにいないぜ」

 当たり前だ。いたら逆に驚く。

「でも、皆の個人情報を流出させられるのはさすがにまずくない?」

「だから困っているのよ……応援チャンネルでも皆の必死さが伝わっているわ」

 これは大変なことになったと頭を抱える。

「なら、城幹の時みたいに情報収集でもするか?と言っても、今回ばかりはそこまで集まるとは思えないが」

「そうだね、アヌビスに関する情報収集は難しいかも……」

 ハッカー集団ともなると情報はほとんど得られない。なぜならそういう集団に限って情報が漏洩しないものだからだ。

 どうしたものかと頭を悩ませていると、電話がきた。相手は島田からだ。

「もしもし、どうしたんだ?島田」

『成雲、ぼくに手伝えることなら何でも言ってくれ!』

「……急にどうした?ボクはまだ何も言ってないぞ」

『だってあのアヌビスだよ?怪盗団なら世界的なハッカー集団を前に正義を見せてくれると信じているんだ!』

「そんなこと……いや、それなら丁度頼みたいことがあるんだ」

『何?何でも言ってよ』

「そのアヌビスについての情報が欲しい。調べられるか?」

『任せてよ。期待に添えられるかは分からないけどやってみる』

「それなら任せた。確か、二十日が終業式だよな?その時までに出来るだけ集めてくれ」

『じゃあ、放課後裏庭で情報を渡すようにするね』

「ありがとう。それじゃあ」

 電話を切ると、風花が「誰から?」と聞いてきた。

「あぁ、島田からだ」

「いいのか?堂々と頼んで」

 裕斗が不安げに尋ねると蓮は「あぁ、大丈夫」と答えた。

「どうせあいつにはボクの正体、知られてるし」

「それは大丈夫なのか?」

 裕斗が心配そうに尋ねるが、蓮は動じない。

「大丈夫。あいつは味方だから。それに、怪盗応援チャンネル作ったの島田だぞ?」

「そうだったのか?初めて聞いたぞ……」

 そういえば話していなかったなと思い出す。

「というか良希や風花はともかく、むしろボクが怪盗だといまだにバレていないのが不思議なくらいだし」

「どうしてだ?」

 首を傾げる彼に蓮はヒントを出す。

「……初めて怪盗団騒ぎがあったのは?」

「四月後半から五月初めぐらいだな」

「ボクがこっちに来たのは?」

「四月前半だったか?」

「つまり?」

「……丁度時期が重なってるな。確かに、一番怪しまれてもおかしくない」

「そういうこと。だから学校生活も、今まで以上におとなしくしていないといけないんだよな……」

 実はこれがかなりの苦であったりする。優等生を演じることは慣れているが、たまには羽目を外したい。それが唯一出来るところが幻想世界なのだが。

 と、今はそんなこと考えている場合ではないのだ。

「……ハッキング、一か月で覚えられると思う?」

「やめておきなさい。あなたなら出来そうな気がするけど前歴あるんだし、見つかって捕まったら今度こそ少年院行きよ」

 さすがにそこまで危険を冒したくはない。城幹の時でさえギリギリだったのに、さらに問題を起こしたらどうなるか分からない。

「……とりあえず、しばらくは様子見か……」

「それがいいだろうな。こちらも作戦をたてた方がいい」

 と言っても、ハッカーか……こちらにも対抗する術があればいいのだが。

 ――まさかここでも偶然と思えないことが起こるとは思っていなかった。


 時間があるときに敷井の治験につき合ったり金井のバイトをしたりしていると、気になる情報が入った。どうやら藤森には息子がいるというのだ。もちろん、蓮はそんなこと知らない。

 そして藤森は、その息子と会ってほしいと言うのだ。

「え、なんで?」

 急な展開に頭が追いつかない。すると彼はため息をつきながらこう言った。

「事情は知らないが、お前に会いたいんだと。ったく、あいつどこでこいつのこと知ったんだか……あぁいや、お前のことを信用してないわけじゃない。ただ、あいつは極度の引きこもりでな……本当は高校一年になるハズだったんだが、いろいろあって外には出られないんだ。ほとんど部屋に引きこもっている」

 引きこもり……外に出られない……それは相当酷いのではないだろうか?なんでそんな子が自分にコンタクトをとりたいと思ったのだろうか。

 でも断る理由もないので蓮は「分かりました」と頷いた。


 次の日、蓮は初めて藤森の家にあがった。

「失礼します……」

 靴を脱ぎ、リビングに通される。意外と綺麗に整理されていて、確かに男性の一人暮らしだとは思えなかった。

「そういえば、お店は?」

「あぁ、俺は戻るから二人で話しとけ。なんか、二人で話したいんだと。飲み物は冷蔵庫に入ってるし勝手に食事も作っていい」

 引きこもりの子と、二人で……。初対面の自分に打ち解けてくれるだろうか?心配なのだが。

 そんな蓮の心配をよそに、藤森はファートルに戻っていってしまった。仕方なく、蓮はソファに座る。

 心配だとヨッシーと話していると、足音が聞こえてきた。そちらを見ると、そこにはぼさぼさした藍色の髪の男の子が立っていた。

「こ、こんにちは……」

「こんにちは。とりあえず、こっちおいで?」

 優しく言うと、彼はおずおずといった感じに蓮の隣に来て座った。その水色の瞳はどこか怯えているようだった。

「え、えっと……その……」

「どうしたの?」

 ゆっくり話して、と言うと彼は蓮を見た。

「ま、まずは自己紹介からだよね!ぼ、僕は海野 りゅうって言うんだ!」

「ボクは成雲 蓮だよ。……あれ?」

 そこで違和感に気付く。今、彼は「海野 りゅう」と言った。でも、彼は確か藤森の息子だから「藤森 りゅう」のハズだけど……?

「あ、驚いたよね……僕、今は藤森って苗字なんだけど……お母さんがいた時の苗字が「海野」だったんだ」

「お母さん?……もしかして、君は養子なの?」

「うん……両親がいなくなって、しょうへいに引き取られたんだ」

 しょうへいって……養父を呼び捨てで呼ぶほど仲がいいのだろう。

「そうなんだ……お母さんは好きだったの?」

「うん!お母さんは僕がまだおなかにいる時にお父さんが亡くなって、女手一つで僕を育ててくれたんだって。それでね、ある研究員もしていたんだ。でも……」

「でも?」

 蓮が聞き返すと、彼は俯いた。

「……お母さん、二年前に目の前で車に飛び込んで自殺しちゃって……それから外には出られなくなって……」

「自殺……!?」

 それは少年が背負うにはあまりに重すぎる過去である。しかも、目の前で……相当ショックだったろう。

「お母さんの方の親戚にも、酷いこと言われて……怖くなったんだ……」

 蓮はただ、聞き役に徹する。

 どうやら彼の母親は、幻想世界を知っていたらしい。誰かから聞いたようだが、それが誰かまでは聞かされていないようだ。それで、その世界のことについて調べようと必死になっていたようだ。しかし、もうすぐ発表という時になって自殺を図ったという。それが二年前のことらしい。

(精神崩壊事件が起こった頃だな……)

 少し調べてみたが、精神崩壊事件が起こり始めたのも二年前らしい。偶然にしては出来すぎている気がする。

(もしかして、彼の母親は――いや、まだ確証はない)

 まさか、とも思ったが彼の証言だけではまだ分からない。

 と、こうして長々と話していると彼のお腹が鳴った。

「あ、そういえば朝ご飯食べていなかった……」

「なんか作るよ。何がいい?」

 聞くと、彼は「じゃあ、オムライスで」と言ったので蓮はすぐに近くのスーパーでオムライスの材料を買ってきた。

 オムライスを前に置くと、彼は目を輝かせた。

「すごくおいしそう……!いただきます!」

「ゆっくり食べなよ」

 引きこもりと言われていたからどんな子かと思ったが、かなりいい子ではないか。それが蓮から見た彼の感想だった。

 皿を洗い終えると蓮は気になったことを聞いた。

「そういえば、どうしてボクに会いたいと思ったの?」

 蓮としては別に構わないが、どうしても気になる。すると彼は黙りこんだ後、

「……が……だって……」

「え?」

「蓮さんが怪盗だって知ったから……」

 その言葉に蓮は驚く。なぜ初めて会った彼に正体がバレたのだろうか?

「その、友達とファートルで一緒に話しているのを聞いちゃった……」

「え?でも君、いなかったよね?」

「それは、その……と、盗聴してて……」

 なるほど、そりゃあ筒抜けになってしまうわけだ。

「って盗聴?」

 なるほどじゃない。今信じられないことを言ったんだけどこの子。

「えっと……じゃあ機械関係に強いのかな?」

 動揺を隠すように聞くと彼は頷いた。

「うん。機械をいじるのは好きだよ。誰にも関わらなくていいし……ハッキングも出来るから……」

「そ、そう……」

 どんな会話も筒抜けになってしまっていたとは……。どこで学んだのだろうか?そんなこと。

「でも、蓮さんと話していると、誰かと話すっていいかもしれないって思ったよ」

「……そうか」

「ねぇ、また話し相手になってくれる?」

 りゅうが目を輝かせて聞いてくるから、蓮は静かに微笑んで「あぁ、いいよ」と答えた。

 この後、藤森が帰ってきたので蓮はファートルに戻った。


 シャワーも浴びて寝る準備をしているとヨッシーが話しかけてきた。

「まさか、ゴシュジンの身内に怪盗団だとバレるなんてな……」

「そうだな……まさか盗聴されてるなんて思ってもみなかったよ」

 もしかしたら、今この瞬間も盗聴されているかもしれない。

「でも、目の前で母親が自殺、か……育児ノイローゼか何かか?」

「……いや、多分違う、と思う」

 ヨッシーの呟きに蓮は小さく否定する。その言葉にヨッシーは驚いたようだ。

「違うってなぜだ?」

「ほら、精神崩壊事件ってあっただろ?あれさ、約二年前から起こっているみたいなんだ。確か、りゅうの母親は幻想世界について研究していたんだろ?だからもしかしたらって思ってさ」

 確証はないが、時期から言っても疑っていいだろう。もしかしたら「白い男」とも関わりがあるかもしれない。ヨッシーは「そうか」と言うだけだった。

「それにしても、お前やっぱり持ってるな!機械いじりが得意な奴が身近にいたなんて。これならどうにか出来るんじゃないか?」

「あぁ、アヌビスのこと?でも、りゅうを巻き込むわけにはいかないだろ。まぁ、取引したなら話は別だけど」

 確かに、盗聴できるスキルがあるのならアヌビスも撃退出来るかもしれない。しかし、相手は年下、しかも最近まで他人と関わることをよしとしてこなかった子だ。急に頼むのは酷な話なのではないか。

「なら、取引してみろよ」

「話し相手になる代わりにって?さすがに対価がそぐわないだろ。撃退するにはリスクがかかりすぎる」

 もっと他のことなら、そのリスクを背負っていいかもしれないが。

「でも、そうも言ってられないぜ?英雄が一転して悪者扱いされるかもしれないしな」

「それはそうだけど……」

 だからと言って、彼を巻き込む理由にはならない。

 ――この会話を、本人が聞いているとは思ってもいなかった。


 次の日の朝、藤森が「りゅうはどうだった?」と聞いてきたので、テーブル席に座っていた蓮はいい子だったと話した。

「そうか。お前には普通に話せるんだな、よかった」

「……あの、どうして彼と会わせる気になったんですか?」

 蓮は気になっていたことを聞いた。普通、一緒に住んでもいないのに前歴者を自分の息子と会わせるだろうか。

「あぁ、まぁあいつが会いたいって言っていたってのもあるんだが……俺はどうしても、お前が聞いたようなことをする奴だとは思えなくてよ」

「え……?」

 いつの間にか、机の上に二人分のコーヒーが置かれていた。

「教えてくれないか?その前歴の真相をよ」

 前に座り、彼は蓮の顔を覗き込む。蓮は下を向き、コーヒーを見ながら少しずつ話し始めた。

 話し終えると、彼はどこか納得したようだった。

「やっぱりな……お前、どこも問題なかったからおかしいと思ったんだ」

「信じて、くれるんですか?」

「当たり前だろ?お前みたいなお人好しなガキが、傷害事件なんて起こすわけねぇ」

 藤森はコーヒーを一口飲み、優しく微笑んだ。

「安心しろ。ここはもう、お前の居場所だ」

 初めて言われたその言葉に、蓮は思わず他のことも話してしまいそうになった。

(ダメだ、地域のことや、家のことまで……)

 さすがにそこまでは重すぎる。話すことで笑顔を曇らせたくない。

 ――頼ることで人生を狂わせてしまうことがあることを、知ってしまったから。

 だからこれは、誰にも話してはいけないのだと。そう思った。


 それから、りゅうに呼ばれた蓮はカバンにヨッシーを連れて、再び藤森の家に行く。

「どうしたの?話って……」

 彼の部屋の前で尋ねると、彼は部屋の中から小さく話し出した。

「あ、あのね。その……僕の心、盗んでほしいんだ」

 急に何を言い出すのか。彼は「そうしたら」と続ける。

「僕、蓮さんの役に立てる、よね?取引すれば、頼ってくれるんだよね?」

「え、何のこと?」

「……聞いたんだ、おととい……怪盗団は今、大変なんでしょ?アヌビスを撃退しないといけないんでしょ?僕なら出来るよ、それくらい。でも、危険だから、それに見合う取引しないといけないんだよね?……だったら、僕の心を盗んでほしい。そして、僕を外の世界に出してほしいんだ」

 その声は真剣だった。外の世界に出してほしい……その言葉を聞いて、蓮は納得した。

 ――あぁ、彼はずっと外の世界に出てみたいと思っていたのだと。だから自分に会いたいと言ったのだ。他人に会うのが怖いハズなのに、それを我慢してまで。

「……分かった。でも、ちょっと待ってほしい。全会一致しないと、心は盗めないから」

「分かったよ。……ありがとう、わがまま、聞いてもらって」

「ううん。むしろ助かったよ。こちらこそありがとう、気を遣ってくれて」

 彼には見えないだろうが、蓮は微笑んで答える。

 ――今は、彼に頼ろう。

 そのためにはまず、皆にこのことを伝えなければ。

「あのさ、部屋にいるのもなんだし、何か食べる?一応、何でも作れるからさ」

「……じゃあ、ハンバーグがいい。それから、デザートはプリンで」

「分かったよ。どうせなら一緒に作らないか?」

「いいの?」

 蓮は材料を買ってきて、りゅうと一緒に作る。プリンは市販のものを買ってきた。

「どう?自分で作った料理は」

「すごくおいしい……!これ、本当に僕が作ったんだよね?」

「そうだよ。ボクなんて、久しぶりにハンバーグを食べたよ。おいしい」

「そういえば、ずっと気になってたんだけど。蓮さんって女の人、なんだよね?」

「うん。それがどうしたの?」

「いつも「ボク」って言ってるよね?なんでなの?」

「あぁ、まぁ癖とでも思ってくれていいよ」

「そう。あと、そのにゃんこは普通に食べてるけど大丈夫なの?」

「ヨッシーは普通のネコじゃないからね」

「ネコって言うな!」

「こら、威嚇するな」

 ワイワイと食事をして、片付けをした後蓮は帰った。


 夜、皆に明日ファートルに集合してほしいと送った後ベッドに転がった。

 あの後、蓮はナビにりゅうの名前を打ち込んだ。一度「藤森 りゅう」でやったのだが、それでは反応がなかったので「海野 りゅう」と押すと反応したのだ。それ自体は別に構わないのだが。

「デザイアって、悪人じゃなくてもあるんだな」

「歪んだ欲望が作り出す世界だからな、歪みが強ければ、たとえ悪人じゃなくてもあるぞ。……まぁ、確かにほとんど悪人だけどな」

 なるほど、確かにあんなことがあれば歪んでしまってもおかしくはない。デザイアが出来ても不思議ではないだろう。

「明日、皆に言わないとな……」

「そうだな、もしかしたら次のターゲットになるかもしれないしな」

 とにかく今日は寝ようと目を閉じる。ヨッシーが横で寝た気配を感じ、小さく瞼を開ける。

 また悪夢を見るかもしれない。そのせいで最近よく眠れた気がしないのだ。まだ動けるので今のところは何の問題もないのだが、これが続くといずれ支障が出てくるだろう。この調子が続けば皆を守るどころか迷惑をかけてしまう。

「……ボクは、まだやれる」

 自分に言い聞かせるようにそう呟いた。


 学校から戻ってきてしばらくすると皆が来た。

「よう、レンレン!」

「殴るぞ?」

 来て早々いきなりあだ名で言われたので蓮は拳を握る。その様子に良希は慌てて謝る。

「ごめんて!だからやめて!」

「全く……急にあだ名で呼ぶな」

 拳を緩め、二階にあがるように促す。蓮は飲み物を注いだ後、二階にあがる。

「適当に座って」

 飲み物を置きながらそう言った。風花ともみじはソファに、良希と裕斗は近くにあったイスに座る。蓮も適当にイスを持ってきてそれに座った。

「それで、話とはなんだ?」

 裕斗がお茶を飲みながら聞いた。蓮は「実は」と休日にあったことについて話し始めた。

「なるほど……つまり、心を盗むかわりにアヌビスを撃退してくれる、ということか」

「あぁ。いい取引だと思うんだが……どうだ?」

 蓮が皆に聞くと、良希は「いいんじゃねぇの?」とお菓子を食べながら言った。

「そうね、実際それしか方法はなさそうだし……」

「うん。あたしも賛成」

「俺もいいと思う」

「全会一致だな!」

 ヨッシーの言葉に全員が頷いた。

「夏休み入ってからの方がいいんじゃないか?何が起こるか分からないし」

「そうだな。そっちの方が安心できるだろ」

 裕斗の言葉にヨッシーが頷く。

「じゃあ、キーワード探しは金曜日でいいな」

 蓮が確認する。全員賛成のようだ。

「いちいち連絡通路に集まるのもめんどいから、今度からここに集合しねぇ?」

「賛成、マスターの家からも近いし」

 そこまで決めて、解散した。


 次の日、もみじに呼ばれ蓮は生徒会室に向かった。

「どうしたんだ?」

 生徒会室のソファに座り、蓮は尋ねる。

「実は、ゲームセンターに行ってみたいの」

 もみじがそんなことを言うものだから蓮は思わず彼女の顔を見た。もみじは至って真面目に言っているようだ。

「えっと……急にどうしたんだ?」

 それは専門外なのだが、と思っていると彼女は「高校生は大体ゲームをやってるでしょ?」と言った。

「それはそうだけど……ボク、ゲームセンターなんて行ったことないぞ」

「だから、一緒に行くの。駄目かしら?」

 もみじが少し落ち込んだような口調になった。前に一緒に経験しようと言ったのは蓮の方なので、渋谷のゲームセンターにつき合うことにした。


 ゲームセンターで射撃ゲームやクレーンゲームなどを一緒にした。二人共初めてなのにそれなりに出来ていたので周囲から驚かれていた。

「こんなのがあるのね……」

「勉強になったか?」

 蓮が聞くと、もみじは「えぇ」と頷いた。満足そうだ。

「それにしても、皆こんなことをしているのね」

「意外と楽しかったな」

 こんな風に遊ぶことはなかったからどうなんだろうとは思っていたが、やってみると意外と面白い。射的ゲームなんかは銃を使う時に活用出来そうだ。

「これからもつき合ってね」

それじゃあ、またね、と駅前でもみじと別れた。


 終業式が終わった後に裏庭へ向かうと、既に島田がいた。

「島田、何か分かったか?」

 ベンチに座り、尋ねると彼は「あぁ」と頷いた。

「アヌビスは元々義賊だったみたいなんだ。悪い企業とかの裏側を調べ上げて表に出していたんだって。だけどある時から個人情報を流出させたり奪ったりするようになったみたいだ。それから世界中にアヌビスを名乗る集団が生まれてきたんだって。匿名だから名前までは分からないよ。噂では、怪盗団に挑戦状を出したのは日本のアヌビスなんじゃないかって言われてるよ」

「なるほど……ありがとう、十分だ」

 とにかく、早く取り掛かった方がいいということだけは分かった。明日にでも情報を共有しよう。

「ぼくに出来ることがあったらいつでも言ってよ」

「分かった。ありがとう」

 島田にもう一度お礼を言い、蓮は帰路についた。


 それから、ファートルに集まり島田から貰った情報を共有した後キーワード探しをしていた。しかし、どれもヒットはせず。

「あの家を何だと思っているんだろ……」

「本人に聞いてみたらいいんじゃない?きっと答えてくれるよ」

 風花の言葉に賛成し、皆で藤森の家に向かう。

 いくら玄関のベルを鳴らしても出てこなかったので、藤森に心で謝りながら勝手に家の中に入った。そして、りゅうの部屋の前に行く。

「りゅう君、ちょっといい?」

 しかし、他の人がいくら声をかけても反応がない。どうやらよく知らない人とは話せないようだ。

「りゅう、聞きたいことがあるんだ」

 蓮が声をかけるとりゅうはすぐに反応した。

「どうしたの?蓮さん」

「おぉ、反応したぞ……」

「家の……そこの居心地はどうだ?」

 尋ねると、りゅうは黙った後、

「苦しい……」

 と答えた。

「なんで苦しいと思うの?」

 さらに質問を重ねる。

「外に出られない。そのままこの家で……僕は死ぬから」

「死ぬ?なんでそう思う?」

 皆がぎょっとした中、蓮は聞いた。

「この家が僕の墓場だから」

「……墓場、か」

 蓮も東京に来る前は家が墓場だと思っていたことがある。だから彼の言葉に共感出来た。

 墓場、とナビに入力すると反応があった。

「待ってて、これから心を盗んで見せるから」

「ありがとう、蓮さん……」

「それじゃあ、ポチっと」

 良希がその場でナビを起動する。蓮は慌てたが、周囲を見るとりゅうは巻き込まれていないようだ。それに安心する。

 目の前にはデザイア……ではなく砂漠が広がっていた。

「あちぃ……」

 良希が呟く。これは予想外だった。

「中心はあっちにあるな」

 ヨッシーがマスコットの姿で見た方向にはピラミッドがあった。あれが、りゅうのデザイアらしい。

「ヨッシー、早く車を出してくれないか?」

 皆の方を見ると、かなり暑そうにしている。このまま歩いていくとなれば体力が持たない。ヨッシーもそれを悟ったのだろう、すぐに車を出してくれた。

 蓮がピラミッドまで運転していると、誰かに見られている気配を感じた。そちらを見ると、良希と裕斗が見ているではないか。

「……どうした?」

 蓮が尋ねると、二人は目を逸らす。何だったのだろう?

「蓮、蓮、その……胸がすけてるから」

 隣に座っている風花が小さな声でそう言った。胸?と疑問符を浮かべるが、そういえば夏休みに入るからとさらしを巻いていないことを思い出した。確かに汗で服がすけている。

「蓮、もう少し女の子としての自覚を持ちましょうね……」

 もみじが呆れたようにそう言った。


 デザイアに着くと、本格的なピラミッドが広がっていた。裕斗はかなり興奮している。

「おぉ……これこそ美だ……」

「見学のために来たんじゃないんだぞ……」

 蓮は呆れながら、入り口を見つける。

「ここだな、入ってみよう」

 オタカラを盗めば、りゅうは改心する。警戒はされていないし、簡単だと思いたいのだが。

 中に入っても警戒される様子はない。このままいけばすぐに盗めそうだ。しかし、先に進むとりゅうのフェイクが立っていた。古代エジプトの王子といった風貌だ。

「りゅう?」

「こいつがりゅうなのか?」

「うん、そうなんだけど……」

 なぜか話さない。蓮と話す時はいつも楽しそうにしていたのに。

「どうしたの?」

 もう一度呼ぶと、彼は口を開いた。

「……蓮さん」

「あ、しゃべった」

「オタカラはどこ?君のデザイアだから分かるハズだよ」

 蓮が聞くと、彼は首を横に振った。

「盗めるなら盗んでみるといい。ここはこんなことになっているんだから」

 挑戦的な口調を発した後、りゅうが耳を塞いでしゃがみ込んだかと思うと周囲から彼に対する罵声が聞こえてきた。人殺しだの育児ノイローゼだの産まなければよかっただの、子供が聞くにはあまりに酷い言葉ばかりだ。

 彼が消えたかと思うと、皆急に怪盗服になった。警戒されたようだ。それだけなら問題ないのだが、急に大玉が落ちてきて、転がってきたのでそれから必死に逃げた。間一髪、なんとかひかれずに済んだ。

「危なかったな……」

「あぁ、今回は予想外のことが多い。今は準備した方がよさそうだ。一度戻ろう」

 ヨッシーの言葉に頷き、現実に戻った。

「まさかあんな罠が来るなんてな……」

 ファートルに戻ると、良希が机に突っ伏してそう言った。

「そりゃあ、ピラミッドだからな。罠があるのは当然だろう」

 というより、デザイアで罠がなかったことがない。

「攻略か……一筋縄ではいかないだろうな」

 りゅうは今まで他人を拒絶してきたのだ、何があるか分からない。これまで以上に気をつけないといけないだろう。

「とりあえず、十分な準備をしてから潜入するか」

 リーダーの言葉に全員が頷いた。


 夜、温泉に入った後スマホを見るとチャットが入っていた。

『なぁ、本当に協力してくれんだよな?』

『あぁ、そう言っていた』

『僕、疑われてるの?』

『うおっ!誰だよ!?』

『あぁ、りゅうか?そういえばハッキング出来るって言ってたもんな』

『うん。こんばんは、蓮さん』

『蓮、結構慕われてるな。良希も見習え』

『なんで俺だけ!?』

『でも実際、すごい慕われてるわよね。なんでなの?』

『ちょっと話しただけだよ』

『うん!蓮さん聞き上手でついいろいろ話したくなっちゃうんだ』

『分かる!あたしも話聞いてもらったもん!』

『確かにな。つい相談してしまう』

『それで、りゅう。何か用か?』

『どうだったの?僕のデザイアってやつ』

『うーん……ちょっと難関、かな?でも大丈夫、ちゃんとやって見せるから』

『ありがとう』

『それじゃあね』

『うん』

 りゅうが乱入したチャットが終わり、蓮は一度ベッドに転がったが、夏休みの宿題を全て終わらせようと起き上がる。

「どうしたんだ?」

「いや、夏休みはもう潰れるだろうし、宿題を全部終わらせようと思って」

 と言っても、授業中にほとんど終わっているので大丈夫なのだが。

「そうだな。あとちょっとだろ、頑張れよ」

 ヨッシーに励まされ、蓮は笑う。これぐらい、すぐに終わる。

 夏休みの宿題が終わったのは十二時過ぎだった。

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