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ぼくのおねえさま8

「殿下、笑いなさい。そんなに肩に力をいれていると、後から兄殿下達に笑われてしまうわ」


そう言ったお姉様は、とても堂々としていらっしゃって、見惚れてしまうほどだった。


初めての舞踏会は、緊張するには十分なほどの沢山の招待客で溢れ帰っていて、僕は彼らの前に立ち、最初にダンスを踊らなければならなかった。

緊張で顔が強張っている僕に気を使って、僕に何度も勇気づけてくれる。

ダンスが終わる頃には僕の緊張はすっかりほぐれていて、さすがお姉様だと苦笑せざるを得なかった。だって僕の弱いところを徹底して補ってくれるから。

セザール兄上には立派にお姉様をエスコートしてみせますと意気込んだのにこの体たらくでは恥ずかしい。なんとか挽回しないといけないと思いつつ、計画の初動をどうしようかと思いあぐねた。


何て言ったって、挨拶客が多い。

ダンスが終わると、僕とお姉様はあっという間に貴族に囲まれてしまって、次々と挨拶を受けないといけなくなってしまった。


本当は早々に「ダンスで喉が乾いたでしょう?」とかなんとか言って、お姉様にワインを飲ませる算段だったのに……まさかここまで招待客に囲まれるとは思いませんでした。

ここでも情けないことにお姉様に助けられつつ、なんとか挨拶をする貴族をさばいていると、間延びした声をかけながら一組の男女が割りいってきた。


「やぁやぁ、イレール~。お兄ちゃんとお話ししないかい?」

「ローラン兄上! クララ義姉上!」


金髪に榛の瞳をもったローラン兄上と、栗色のやわらかな髪にふっくらとした体型のクララ義姉上がいらっしゃっていた。

来てくれた二人に思わず笑みがこぼれる。やっぱり知らない人よりも、知っている人が挨拶に来てくれるのは嬉しい。


ローラン兄上が来たことによって、遠慮をしたのか、群がっていた貴族の方々が離れていく。彼らがほどよく散っていったところで、ローラン兄上はくふふ、と顔をゆるめた。


「いやぁ~可愛い弟が見事に肥えた肉塊の餌食になってると思って助けに来たよ」

「兄上、助けてくれるならもう少し早く助けてほしかったです……」

「皆とおる道だからね。イレールにも成長してほしいとお兄ちゃん思うんだ~」


兄上の鬼畜! とか思いますけど、あれくらい王族としては当然こなさないといけない義務なので、甘んじて受けようと思う。

ありがたいことに僕にはお姉様がいたのですし。


それでももっと早く助けてほしくはあった。もしセザール兄上だったらもっとタイミングよく助けてくれたのではと思う。

成長してほしいと言うのは八割がた本音だろうけど、あと二割のところでめんどくさいとか思ったのではと思わずにはいられない。くふふと笑う次兄は、学者らしく自分の興味のあるもの以外には初動が遅すぎると言ってもいいほど遅いから。


がっくしと肩を落としていると、くふふと笑いながらローラン兄上が肩を叩いてくる。


「まぁ、がんばれ~。とりあえず、怪しい馬鹿がいたら注意だけしておきなよ~」

「怪しい馬鹿ですか?」


ローラン兄上の言い様に首をかしげる。


「いないとは思うけど、政治で優位に立とうとする馬鹿がいるからねぇ。散々僕の所にも来てたし? 僕を上手く取り込めなかったら今度はイレールって奴は少なからずいると思うよ?」

「めんどくさいですね?」

「こらこら、他人事みたいな顔をしない~。イレールは騎士団にはいることになってるんだろう? ゆくゆくは騎士団統括の地位も約束されたも同然だからね。付き合う貴族は慎重に選びなよ~」


そういってにやにやと笑うローラン兄上。

うう、それこそ兄上の方が他人事みたいな顔をして……。自分だってそろそろセザール兄上に研究室から引きずり出される予定なの忘れてるんじゃ無いのかな。ゆくゆくはセザール兄上を支えられるように大臣か宰相になるように足場を固めないといけないのはローラン兄上なのに。


唇を尖らせてローラン兄上を睨み付けていると、ふいっとローラン兄上が僕から視線を外して、僕もびっくりなくらいでろでろに溶けきった甘い笑顔を浮かべた。


「なんだいクララ。僕とダンスを躍りにいく?」

「行きたいけれどまた後でね」


どうやらお姉様とお話をされていたクララ義姉上に袖を引かれたようだ。


あまりローラン兄上は表の社交界に出席されないからどれくらいの人に知られているかは分からないけど、ローラン兄上はセザール兄上に負けず劣らずの愛妻家だ。政略結婚とはいえ、見ているこっちが恥ずかしくなるくらい、ローラン兄上はクララ義姉上を溺愛してる。


そんなクララ義姉上は、微笑みながらやんわりとローラン兄上を制した。お見事。


「それよりもねぇ、あなた。殿下にはこれの意味、教えて差し上げたの?」


クララ義姉上がついと手のひらを返して示すのは、僕が昔お姉様に差し上げたラピスラズリのペンダントだった。


クララ義姉上の言葉の意味を図りかねて、思わず目を瞬いてしまう。

ローラン兄上はといえば、たっぷり数十秒かけてようやく思い出したようで、手を打っている。


「あぁ、ラピスラズリ。思い出した。昔、イレールにやったっけ。あの時はまだ子供だと思っていたからねぇ~」


ローラン兄上はにやにやと顔を弛めると、ちょいちょいと僕に耳を貸すようにという仕草をした。

なんだろうとローラン兄上に顔を近づけると、兄上は声を抑えて僕に六年前には教えてくれなかったことを教えてくれた。


「ねぇ、イレール。ラピスラズリの石言葉知ってる?」

「健康、でしょう? 僕がお願いしたんですから、忘れるわけがないじゃないですか」

「いや~、そうなんだけどね?」


ローラン兄上はくふふと面白そうに笑って、さらに一段と声を潜めた。


「石言葉って、一つの石で複数持つことがあるんだよ。たいがい、似たような意味になることが多いんだけど、ラピスラズリは珍しく全く別の意味を持っているんだよね」


ローラン兄上の含んだ言い方に、何か嫌な予感がした。


「……どういう意味ですか」


聞きたくないけど、聞いておかないともやもやするので先を促す。


ローラン兄上は、それはそれは良い笑顔で爆弾を落っことしてくれました。


「ラピスラズリの石言葉は『永遠の誓い』。イレールは当然、アンリエット嬢に愛を誓うだろうと思ってるんだけどー、そこんとこどう?」


それを聞いた瞬間、頭が沸騰するかと思った。


永遠の誓い。

愛。

……永遠の愛をお姉様に誓う?


顔の周りに血が上ってくる。

だって、だって!

愛を誓うだなんて、まだ婚約の儀を終えてもいないのにおこがましいじゃないですか!


確かに、誓うなら永遠の愛を誓いますけど!

あのときの僕は心底お姉様の体調を心配していただけで、そこまでは考えていませんでした!


「ちょ、ちょっと待ってください兄上! これを頂いたとき、そんな事教えてくれなかったじゃないですか!」

「だって~、イレールはまだ小さかったから~」

「それだったらもっとロマンチックで綺麗な石を選んだのに……!」

「でも君が欲しがってたのって健康が石言葉な鉱物だったでしょ~? 健康が石言葉である宝石って少ないんだよ?」

「うぐぐ……」


ローラン兄上の専門家らしい言葉にぐうの音も出ず、口を真一文字に噛み締める。

あぁ、もう、してやられました!

こんなことならもっと計画的にやるべきだったと十歳の僕に言ってやりたいです!


「いやー、でもさ、イレールもなかなかだよね~。ドレス、そのペンダントに合わせて作ったんだろう? ラピスラズリはまだこの国では宝石としての価値が低いから、良い具合に勘繰ってくれる貴族はいそうだからね~」

「さすがセーヴルの王族です。もう既に直感的に、婚約の儀までの短い期間だけですが、アンリエット様を狙う輩に牽制をかけていらっしゃるんですから。これからが大変ですわね、アンリエット様」

「先程の言葉はそういう意味ですかっ?」


愉快そうにくふふと笑うローラン兄上と、これまた面白そうに微笑むクララ義姉上。そこに目を白黒させながら、避難するようにクララ義姉上を見つめるお姉様が加わる。


セーヴル国王族の執着が強いのは、父上や兄上達を見ていて知っていたことだった。ただ、どこかで自分は「それほどじゃないかな」と思っていたのでクララ義姉上に間接的に言われてちょっと面食らった。


そうなんですね……僕もセーヴル国の王族らしくお姉様に執着を……。


と、そこまで考えて、ふと今日の計画を思い出した。


どこが「それほどじゃないかな」か。

ばっちりお姉様を捕獲するための罠を仕掛けてる途中だったじゃないですかー、もう。


忘れないうちに軌道修正しなければと、今まで考えていたことを一旦隅へと置いて思っていると、ローラン兄上が満足そうにこちらに視線を向けてきた。


「さて、僕らばかりが話しているのももったいないよね。僕ももう一回ばかりクララと踊りたいし。イレール、今夜はまだまだ長いよ~。アンリエット嬢と仲良くね~」

「ふふ、それでは失礼いたしますわ」


ひらひらと手を降って、ローラン兄上はクララ義姉上と腕を絡めて再びダンスフロアへと戻っていく。


それを見送りながら、僕は計画を実行に移すべく、お姉様にワインをすすめた。

さぁ、お姉様を酔い潰しますよ!

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