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ぼくのおねえさま4

兄上から僕の今後に関わる大事なお話をされた後、父上からも同じ話をされて、僕は目まぐるしく日々を過ごした。

つい先日お姉様に会ったような気がしていたのに、もう三ヶ月近く経ってしまっている。その間、一度もお姉様のお声も聞いていないし、お顔を見ていない。


……ヴァーノンが暇な時間を見繕ってやってくれる「恋愛指南」の授業の際、ちらほらとお姉様の近況を教えてくれるのだけれど、それがとてもずるくて羨ましい。


僕がお姉様に会えないからって自分だけお姉様に会うなんてずるい以外になんて言うんですか!


「ヴァーノンばかりずるいです!」

「久々に聞いたな、その言葉」


ソファに足を組んでくつろいでいたヴァーノンが面白そうに目を細める。

今日のヴァーノンは剣は下げているものの、服装はいつもの騎士服ではなくて私服だ。私服といっても登城している訳なのでそれなりに上品な服装をしている。休日だったヴァーノンは約束通り、夜、僕の部屋へとやって来てくれた。


休日返上して僕に付き合ってくれているヴァーノンを、僕はじろりと睨んでやる。こればかりは言わせてほしい。


「僕はお姉様に会えないのに、ヴァーノンだけ会えるのはやっぱりずるいです」

「だから言っただろう。俺は身を引くと。それを引き止めた挙げ句、俺にアンリエット嬢の様子を教えろと言ったのは殿下だ」

「そうですけどー! そうですけどー!」


でもやっぱりずるいですー!


僕は王城からなかなか出られないし、今、大人になるための最終課題をあちこちの授業で受けているから僕自身にも余裕がない。

なかなか体の空かない僕は、お姉様とお茶をする暇がない。体が空いても何かしら予定が入る状況。


だからせめてヴァーノンが非番のときに会いに行っているというので、その時のお姉様の事を伝え聞くことで耐えようと思ったんだけれど……


思ったより心に負担がかかりますね!

余計にお姉様に会いたくなってしまいますね!

ヴァーノンばかりずるいです!


ばふっとヴァーノンの向かいのソファで転がってクッションに顔を埋める。むむむと唸っていたら、立ち上がるヴァーノンの気配と共に腰の辺りに平ぺったいものが置かれる。

もぞもぞと動いて、それを顔の前まで持ってくる。本だ。


「今日の教材はこれですか」

「ああ」


いずまいをただして、本の表紙を見てみる。ヴァーノンはまた向かいのソファに戻っていった。


タイトル『世界で一人だけの眠り姫と朝を待つ騎士』。


………………これはまた女の子の好きそうな。

苦笑しながら、僕はそれを読み始める。


お姉様を喜ばせるために。

夢を見せられる男になるために。

こうやって女性の好きなものを学ぶのは基本中の基本、……らしいです。


ヴァーノンが持ってきたのは最近流行りのラブロマンス小説。クラヴェリ家の末娘ローズ嬢が好んでいるという物語だ。


大概の読み物はそれなりに面白い。これも例に漏れず、読み進めていくと物語の構成としては十分面白かった。

ただ女性向けということで、所々騎士が主人公の少女に向かって歯の浮くよう台詞やキザったらしい台詞を言うのが無性に痒くてしょうがない。

なんというか、男の僕でもそわそわとしてしまうくらい。……これで本当にお姉様に男として見てもらえるのだろうか。


ヴァーノンならさらっとこんなかっこいい台詞を言えるんだろうけれど、僕には少々どころかかなり壁が高い気がする。


ぺらぺらとページをめくりながら読み進めていく。

そして騎士の台詞だけを抜き出すようにぼそぼそと読み上げる。


「“貴女が眠る時間、私はただ一人だけで時を刻むしかない。貴女は明けない夜はないというが、夜がないなら、私はどうすればいいのですか”」


夜が訪れない世界。誰も眠りを必要としない人々の中で、唯一眠らなければならない姫君。この台詞は、今にも眠ろうとする姫君に対し、騎士が嘆く場面のもの。


恋をした。

貴女がいるのに、貴女の声が聞けないと、騎士は嘆く。


読みながら僕はふと思った。


「夜が来ないのに夜の概念があるなんて変ですよね」

「そういった所が気になり出すと、物語が進まん」


ずばっと切り捨てられる。

ごもっともです。

でも気になるのだからしょうがない。


「ヴァーノンは気にならないんですか?」


問いかければ、ヴァーノンは手にしていた別の本から視線をあげることなく答える。


「気にしたら負けだ」

「気にはなるんですね?」

「……所詮は女性好みに作られているものだ。理詰めで理由を模索しようにも、作者に聞かない限りは分からないことも多い」


どうやらヴァーノンも物語にはちょいと物申したい設定というものがあるらしい。

ヴァーノンは大きくため息をついて、本を閉じた。


「女性はそういったものが好きだ。ローズ嬢などは物語のような恋をしたいといつも言っている。アンリエット嬢も口にこそ出さないが、そういったロマンチックな場面に持ち込むと喜ぶ」

「僕にはさすがに夜がこない世界になんてできないですし、他の物語のように魔法も使えないですよ」

「そっくりそのままの状況を再現しろということじゃない。例えばその本を参考にするなら……眠ろうとするアンリエット嬢に“貴女が眠る時間、私も眠らなければならないのはなんとも寂しい。早く目覚めてお話ししたい”くらい言えるようになれば良い」

「応用にしても難易度高すぎませんか」

「女性の気を引きたいのならそれくらいしないとな」


笑いながら別の本を開くヴァーノン。

そういう恥ずかしい台詞がつらっと真顔で出てくる辺り、年季が違うと感心してしまう。


ただ簡単に言ってのけるけれど、ヴァーノンの言っている言葉がどれほど正しいのか少し気になる。だって、ヴァーノンにはお姉様以外に女性の影がないし……あ、でもローズ嬢がいるか。でも幼女。『女性』の嗜好かと言われたら微妙な気もする。


でも、この手管でお姉様を誘惑していることには代わり無いので、僕は大真面目に頷いて物語の続きに目を通す。


こういった読み物で見つけた台詞をヴァーノンは呼吸をするようにお姉様に言うんだろうなぁ。なんかなぁ。やっぱりなぁ。


「………………僕のいないところでヴァーノンばかりずるいです」

「振り出しか」


ヴァーノンがふんと鼻をならして笑う。それ、いくらヴァーノンが僕より立場が上とはいえ、王族に対する態度としては間違ってますからね。今さらなので言わないけど。

かといって抗議の声を上げない理由にはならない!


「だって三ヶ月ですよ、三ヶ月! ヴァーノンはちょこちょことお姉様にお会いしているみたいですが、僕はもう三ヶ月近くお会いできていないんですー! お姉様成分が足りません!」

「成分とはこれまた……アンリエット嬢は薬品か」

「間違ってないです。僕にとっては心のお薬です」


あぁ……お姉様……次はいつ会えるんだろう……。

ほぅ、とため息をついて、本を読もうとしてふと気がつく。


そういえば昔にもこういうやり取りをした覚えがある。ヴァーノンもさっき「久々に聞いた」と言っていた。

その時僕はどうやってお姉様と会ったのだっけ。

六年前……さすがに十歳の頃の記憶ともなればおぼろげだ。


ふわふわと記憶が前後する。たぶん、お姉様の前で「ずるい」とねだった気がする。十歳とはいえ、僕は王子としてそれなりに教育を受けていたから、会える日は限られていた。

でも、確か一度だけ自分からお姉様に会えるようにと色々とやった気が……。


そうだ、やった。覚えている。

たまたま授業が一つお休みになって、それならと他の先生にも授業のお休みをねだって、ヴァーノンにも鍛練のお休みをもらったことがあった。


休みがなければ作れば良い。


内心で一人にやつく。

パタパタと今後数日の予定を思い浮かべて、整理する。前倒しでできること。最近授業の進みが弛いところ。融通を聞いてもらえそうな講師。そろそろ課題も終盤なところがちまちまとあるし……うん、これならいける。

ここ三ヶ月、休みなく真面目に頑張ってきたから、一日くらい羽を伸ばしても構いませんよね?


「……何を企んでいる」

「いいえー、何も」


ヴァーノンがうろんな目で見てくるけれど、ヴァーノンに教えるのは一番最後です。

どうせほぼ毎朝ヴァーノンの鍛練が入るんですから、教えるのは他の講師の予定を擦り合わせてから。それに朝に鍛練しても、お姉様に午後から会えば問題なし! これ以上抜け駆けされるのも癪ですし! できればヴァーノン抜きの二人きりに持ち込みたいですし!


僕はほくほくと明日からの予定を頭のなかで組み立て直しながら、手元の物語へと視線を落とした。

あぁ、お姉様と会える日が待ち遠しいです。

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