騎士と猫のような妖精9
懇親会翌日の朝、いつものように登城し、殿下と共に訓練場を訪れる。軽く身体を慣らすために準備運動をし、外周を走っているとカルヴィンとマテューがやって来た。
「おはよう」
「おはようございまーす」
「あぁ」
「おはようございます!」
準備運動程度では息の上がらなくなった殿下が、やって来た騎士二人に満面の笑顔を向ける。
「殿下は今日も元気だな……」
「カルヴィンはおかおの色がわるそうです。どうしましたか?」
動きに支障はないが、確かに顔色が良くない。
確か、昨日彼は非番で懇親会にも出席していたと思うが……
「……飲み過ぎか」
「うるさい……セザール殿下の酒が旨いのが悪い……」
そういえばセザール様主催の懇親会はワインの味比べが余興の一つだったか。本人がワイン好きなのもあいまって、各地から名産特産のワインを取り寄せ振る舞われる。
ワインの事を思い出すと、自然にとろんと蕩けたエメラルドを持つ妖精の事を思い出した。パトリック曰く、彼女は酒が弱いらしい。あのまま酔いが冷めず、無防備な姿をさらされ続けていたらと思うと……たまらんな。
「うわ……ヴァーノン先輩悪い笑みしてる……」
「ご機嫌だな、ヴァーノン。何かあったのか?」
マテューがひきつった顔でこちらを避けるように一歩下がり、カルヴィンは二日酔いで青い顔のままちらりと視線をこちらに寄越した。
「いや……昨夜の事を思い出してな。ちょっと」
「そういえばお前、珍しくパーティにいたよな? しかも女性を連れて。どういう風の吹きまわしだ?」
言葉は交わしていなかったが、カルヴィンもしかと俺の姿を見ていたらしい。俺がカルヴィンに気づいていたくらいだから、逆もしかりか。
「えっ、とうとうヴァーノン先輩にも春の到来ですか!? 誰です誰です、お相手のご令嬢は!?」
マテューの食い付きがすごいので思わず苦笑する。
春の到来……まぁ間違ってはいないか。春爛漫にはならんがな。
「邪推するな。知人がワインに酔っていたので介抱していただけだ」
「え、先輩に女性の知人いるんですか?」
「は? お前に女の知り合いがいるのか?」
「……」
マテューとカルヴィンが、二人して同じようなことを口を揃えていう。失礼な。
「お前たちは俺をなんだと思っているんだ」
「自分にも他人にも厳しい鬼教官で、情け容赦のない同僚で、無趣味な野郎?」
「現に女性の話を聞きませんし……あ、でも確かクラヴェリ伯爵家の末娘とよく出掛けているとき来ますね。少女愛だから恋人がいなかったんですか?」
「……」
自分がおもっていた以上にひどい酷評に、渋面になってしまう。これはひどい。
「お前達……久々に訓練相手をしてもらおうか? 殿下に剣の手本を見せたいからな」
「ひょぇっ、カルヴィン先輩、ガンバです!」
「逃がすかマテュー!」
後ずさって逃げようとしたマテューの首根っこを、カルヴィンが掴んだ。カルヴィンに体格で劣るマテューの足が一瞬浮いた。
マテューとカルヴィンがどちらが生け贄になるかと大変失礼なことをほざいているが、叩きのめせるのならどちらでもよいので静観する。
結論を待っている間、殿下がくいくいっと俺の服を掴んで気を引いてくる。どうされた?
「あの、ヴァーノン」
「どうされた」
「昨日のこんしん会ってセザール兄上がひらかれたというパーティですよね?」
「そうだが」
「お姉様見ましたか? お姉様もさんかしているようなことを昨日じじょが言ってました」
「……」
誰だ、殿下にそんな話をした者は。
あのワインに思考を蕩けさせて、俺の名を呼んで誘う彼女の姿を思い出す。
本来、あれは殿下に向けられるべきもの。俺が、横取りしていいものではないが……できればあまり答えたくはない。
「……アンリエット嬢か。会った」
「そうですか! どんなドレスをきていましたか!?」
やはりアンリエット嬢の話になると殿下は食いつく。
まぁ、ドレスくらいなら答えてやろう。
視線を虚空へと投げ掛けて、彼女の姿を思い出す。
「袖のない白いレースで胸元を飾っていた。腰から下は青地に金の刺繍がされていて、青地の下には白のフリルのドレスを重ねているようだった」
「かみはどうでしたか?」
「たっぷりの金糸を結い上げていた。髪飾りを右の方に寄せていたな。揃いのサファイアの耳飾りと首飾りをしていた」
「うぅ~~ぼくも見たかったです、ヴァーノンばかりずるいですーー!」
頬を膨らませる殿下に苦笑する。そんなことを言われても、殿下はまだパーティに出る年ではないから仕方ない。
殿下と話し込んでいると、カルヴィンにこちらの会話が聞こえていたのか、揶揄が飛んできた。
「あぁ、なんだ。お前の言った知人女性とはアンリエット嬢のことだったか。遠目で分からなかった」
「えっ? それってつまり、介抱していただけだという女性がアンリエット様ってことですか?」
カルヴィンの言葉で、察しの良いマテューも気がつく。そういえば俺が女性と一緒にいたということを覚えているカルヴィンは、当然のように彼女のドレスも覚えていたのかもしれない。迂闊だった。
「……まぁ、そうだな」
「うわ~なんという美味しい状況っ! 酔った女性を介抱するとか男なら一度は体験したい場面っ! 火照った身体、潤んだ瞳、僅かに漂うお酒の香りに包まれた、危うい雰囲気! アンリエット様って美人なんですよね? これはきっとグッと来る……!」
「マテュー、準備運動はもういいか? 構えろ」
訓練用に立て掛けられている木剣を手にする。カルヴィンは二日酔いはどうしたと言わんばかりに素早い動きでマテューから距離をとり、殿下の後ろに控えた。
マテューがカルヴィンが移動したことに気づいた頃には、既に俺は剣を構えている。
「いいか、殿下。戦うときは常に思考を冷静に保て。効率を目指せ。相手を圧倒するために立ち回れ。実力がなくとも、そう意識がけろ。そうすれば自ずと自身の最善を判断し動くことができる」
「ヴァ、ヴァーノン、怖いです」
「殺気、という言葉は知っているか? 相手を萎縮させられるほどに強い殺気は時に有効だ」
淡々と指導のために言葉を紡ぐが、俺の視線はマテューから離れない。マテューは青ざめながら腰の剣を抜刀している。
木剣と真剣ではこちらが不利に見えるが問題はない。武器の差など、実践には関係ない。
マテューから飛び出た彼女に対する妄言の数々……あれは実際に見ることが叶った俺だけのものにしておきたい。他者の脳内で慰みものにされる道理は、ない。
そうだろう?
だから、な?
「覚悟はできてるな、マテュー」
「ひぇぇぇぇ!! 先輩なんでキレてるんですかぁぁぁぁぁぁ!!!」
マテューが情けない悲鳴を上げながら後退しようとするのを、咎めるように踏み込む。俺が木剣で攻撃してくると思ったのか、防御の姿勢をとる。
木剣で真剣と打ち合うわけが無いだろう。
「───ふっ」
拳で剣の腹を殴り付け剣を打ち払い、木剣でマテューの横腹を叩く。「ぐえっ」とマテューが呻いてたたらを踏んだところで、俺は木剣を上から叩きつけようとしたが、マテューが真剣を握り直し、防御を完璧に無視して迎撃しようとしてきた。
仕方なく、後ろへ後退して距離をとる。
「せ、先輩っ、ひ、ひどいっ! 今本気で打ち込んできましたよね!?」
「試合に本気をださないなど笑止千万」
「だからって不意打ちひどい! 痛い! しかもこれ訓練ですよね!? 殿下に見てもらうためのですよね!?」
「こちらが木剣に対してお前は真剣だ。本当は打ち合うのを見せたかったが、お前は木剣を手にする前に剣を抜いただろう?」
「なら木剣に変えるんで! 変えるから! ちょっと待ってください! 訓練なんでしょう!? 本気の先輩とやったらハンデあっても俺死ぬから! 午後から仕事入ってんのに!」
本当は何も考えられないほどに痛め付けておきたかったんだが……仕事に支障を来すのはいけないか。
仕方がない。考慮しなければ。
「カルヴィン、木剣をマテューに渡してやれ」
「おう……」
呆れているからかなんなのかは知らないが、カルヴィンが素直に木剣をマテューに投げた。マテューは情けない顔をしながら木剣を受け止める。
「先輩の裏切り者!」
「許せ。俺も我が身が可愛い」
カルヴィンが目をそらす。
俺はそれを見届けてから、改めて木剣をマテューに向けて構えた。
そんなに怯えなくてもいい。
怯えるほどに、痛め付けてしまいたくなるからな。




