騎士と猫のような妖精7
懇親会、当日。
俺はセザール様の指示通りにパトリックと会場で合流した。もちろん、パトリックにはセザール様の指示だと気づかせないように偶然を装った。
「パトリック、久しぶりだな」
「げ、ヴァーノン」
パトリックが嫌そうに顔を引きつらせる。それを見て思わず笑ってしまった。
「また随分な言いぐさだな。年長者に対してどんな態度をとるべきか教えてやっただろう? それともまた躾られたいか?」
「……モウシワケナイ、オヒサシブリデス」
棒読みだが……まぁいいだろう。
眩いほどに明るいホールで、他の招待客の邪魔にならないように移動しながらパトリックに話しかける。
「大型魔獣を倒したらしいな。さすがだ」
「……お前に言われても嬉しくねーんだけど」
「僻むな。お前の実力に違いはないだろう?」
「うっせぇ! お前の方が遥かに強いくせに誉められても嬉しくねーっつってんの!」
ぶちっと何かが切れるような幻聴と共にパトリックが殴りかかってくるが、俺はその拳を受け止めると暴れないように腕を捻る。
「いでででで!」
「こんな公の場で暴れるな。貴族らしく振る舞え」
「お前が煽ったんだろうが! くっそ、まじでぜってぇ、ぶっ殺す! 泣かせてやる!」
「言葉遣いもなっていないな。白陽で少しは洗練されないものかとクラヴェリ伯爵は期待されていたというのに、立ち振舞いは悪化している。残念だ」
「うるせぇっつってんだろ、離せ!」
「関節を外せば余裕だろう?」
「お前が腕を離す方が早いわ馬鹿!」
だんだんと声が大きくなるパトリック。きゃんきゃん吠える子犬に、周囲の者達が訝しげに見ながら避けていく。ひそひそと話している者の声を拾えば、あれはパトリックじゃないのか、大型魔獣を討伐した英雄ではないのか、だがそのパトリックを悠々と御しているのは最近第一王子に引き抜かれた騎士ではないか等々色々な話が飛び交っている。
ふむ、頃合いか。
セザール様の指示はこれであらかた済ましたことになるだろう。後は噂が噂を呼ぶ。放っておけば良い。
捻っていた腕を離そうとして、ふと思い止まる。
そういえば、パトリックには聞きたいことがあったのを思い出す。
「パトリック。アンリエット嬢に対してなぜ穿った見方をするのか聞いても良いか? 教えてくれるなら手を離そう」
「……これ、言わなかったら?」
「どうもしない。次の機会があったら教えてくれるまで捕まえておくだけだ」
その次の機会がすぐ来るかもしれんが、とは言わない。言わなかったが、げんなりとしたパトリックを見る限り、察してもらえただろう。
「……分かった、話す。でもなんでそんな事聞きたがるんだよ。ヴァーノンには関係ねーじゃん」
「大いにある。殿下に関わることだからな」
腕を解放すれば、軽く肩を回しながらパトリックが睨んでくる。
「別にたいした理由なんてねーよ」
「きっかけくらいはあるだろう」
「……聞いても怒るなよ。誰にも言うなよ」
むっとした表情をしながら、俺から数歩の距離をとるパトリック。警戒しすぎだろうと苦笑する。
「分かった。約束しよう」
頷けば、パトリックは周囲に目を配って聞き耳を立てている奴がいないかとざっと確認する。
用心深いことだ。そこまで警戒するような内容なのか?
パトリックは一通り見渡すと、はぁあとため息をついてそっぽを向きながら、ぐっと声を抑えて告白した。
「……俺、ずっとあいつの事が好きだったんだよ。いつからかなんてわからないくらい、いつの間にか好きで。一度告白したら断られて。しかもその断った時の台詞が『私は絶対に貴方を愛さないから諦めて』だ。理由を聞いても『恋人なんて必要ないでしょう?』だ。その上『私を好きでいるなんて不毛だし、迷惑だからやめて』。俺があいつを好きな気持ちまで拒絶しやがった」
……パトリックが、アンリエット嬢を。
だが、なんとなく納得した。クラヴェリ伯爵家のパーティで、彼は嫌味を言っても嫌悪や憎悪は感じられなかった。直情型で口より先に手が出るタイプの彼にしては、口と態度に僅かな違和感があった。それは彼女を好いていたからか。
「社交界のためにダンスを習っていたとき、ふと思った。俺はあいつに拒絶されたが、あいつは社交界デビューしたら他の男とダンスをするのかと。その時にはあいつがイレール殿下の婚約者だと聞いてはいたけど、なんかムカついて……それで噂を流したんだよ。俺以外があいつの手をとらないよーに」
そう言うことか。理由と背景がよく分かった。それで彼女にとって不本意な話が小規模な範囲で広まっていたというわけか。
パトリックから聞いて、彼女の周辺調査を行ったとき、子供好きの裏はとれていたが、とうてい幼児性愛者とまで言えるような一線を画すような話は噂の域をでない上にぼんやりとしか浮上せず、真偽の断定はできなかった。
パトリックの周囲でのみ話が合ったのなら、納得はいく。公爵家の威信にかかるような噂は誰も好んで拡散はしないだろう。
「ついでに噂だけじゃあんまり効果はなさそうだったから、社交界であいつを見かけたときは、あいつを狙う虫に直接話をつけにいったりもした」
噂の拡散力はいまいちだった。殿下の婚約者という立場から遠巻きにされていたというのは理由付けが弱いと思っていたら……直接干渉していたのか。
馬鹿だ馬鹿だと思っていたが……ほんとうに彼は脳が足りない。
「……馬鹿だな」
「うっせぇ! どうせあいつには嫌われてんだ! これ以上嫌われる事もねぇから良いんだよ!」
「嫌われることをするより、友好を結ぶ方が良いと思うがな」
「でもあいつが先に拒絶したんだ!」
「子供だな」
友人になれないなら虐めるというのはどこまでも愚直な判断だ。
吠えながらこちらを睨み付けてくるパトリック。やれやれ、やはり感情的だ。
「拒絶されない程度に好意を持てばよいだろう。恋人が駄目でも友人という手がある」
パトリックの敗因は極端にふりきったところだな。
人間関係など全てにおいて手探りだ。理由あって拒絶されたなら、拒絶されないギリギリを探ればいいだけの事。
「友人じゃ、嫌だったんだ」
「だがそれで我慢しなければならなかったのではないか?」
「……どうせヴァーノンには分からねーよ。恋人も婚約者もいないで未だに独身のヴァーノンには」
「俺が独身なのとお前がアンリエット嬢を目の敵にするのでは違うだろう」
「違わねーよ! 感情なんてそんなもんだ!」
反論して、パトリックは顔を背ける。
「くっそ、ムカつく」
悪態をついて、彼はそのまま視線を滑らせた。
「───げ」
それから顔色を変えて、一点を見つめる。視線の先を見ると壁際にいるアンリエット嬢を見つける。彼女はちょうど給仕にワイングラスを取り替えてもらっている所だった。
「おい、あいつ何杯目だ?」
パトリックが呟くが、俺に答えられるわけがない。彼女に気づいたのはパトリックよりも後だ。
「あいつ酒に弱ぇんだよ。ちょっと行ってくる!」
「俺も行こう」
ここからは大分距離がある。
きらびやかな人々の合間をぬって、俺たちは壁際のアンリエット嬢の元へと向かう。
先にたどり着いたパトリックが何やらもっともらしい理由をつけて言葉を交わしているが、彼女は適当にあしらおうとしていて話にならないようだ。
アルコールで紅潮した頬、とろんと重たげなまぶた、熱に潤む瞳、普段の何倍も柔らかな雰囲気の彼女に思わず認めれてしまう。
立ち止まりそうになった足を動かして四苦八苦しているパトリックの後ろに立つと、水を持ってきてくれと頼まれる。快く了承しようかと思うと、アンリエット嬢が先に口を開く。
「あらー、同じ騎士様に命令?」
パトリックは酔っている彼女を睨み付けたが、それだけだ。口答えしないで自分で取りに行くことを告げ、俺に彼女を見ているように頼む。
いつにも増して愛らしい彼女を見ていることなど、むしろこちらから願い出たいくらいだったから了承する。頷いた俺を見て、パトリックは水を持ってくるために踵を返した。
さて、と思って彼女に視線を戻すと、彼女はふらふらとした頼りない足取りでどこかを目指して歩き出した。
自分のためにパトリックが水を持ってくるといったのに、即刻その場を立ち去ろうとする。
まったく……世話の焼ける妖精だ。




