騎士と猫のような妖精6
ここ二十年ほど遡らないと記録にないほど稀に見る大型魔獣が、魔獣の群れを率いて現れたらしい。
「どうせなら俺とお前がまだ白陽騎士団にいたときに来れば良いものを」
不満そうなセザール様が話を切り出す。
現在のセーヴル国騎士団統括はセザール様だ。今日は数日に一度の殿下に関する口頭報告。王太子業務が基本のため、こうしてたまにふらりと騎士団にやって来ては俺から直接報告を聞く。青雲騎士団に身を置いているとはいえ、セザール様の都合で移籍し今の役職に就いている。実質的にはセザール様が直属の上司だ。
報告が終わった後、与太話をし始めたセザール様にそのまま魔獣討伐の話をうかがう。騎士団で流れてきていた噂は聞いていたが、本当だったのか。
「そんな大きさの魔獣、どこに隠れていたんだ」
「北にある谷だ。山ならともかく、谷に降りる奴はいない。たまたま薬草を求めて降りた村人が発見した」
「谷か……確かに監視は届かんな」
国のあちこちに魔獣討伐のための自警団が設置されている。自警団はそれぞれ民間の管轄にあたる。それ故、地方によってかなり練度に差があることは度々ある。ではその自警団の手に余る魔獣が出たとき、どうするか。
そのための白陽騎士団だ。王都に設置されているが、他の騎士団に比べ比較的身軽であり、地方によっては支部がある。
今回話題に上った魔獣が出た場所は比較的王都に近い山間の谷だという。それなら王都から直接白陽の騎士を派遣するだろう。
「騎士団の派遣はしたのか?」
「ああ。当然、即日派遣した。ついさっき、早馬で討伐完了の報告も上がっている」
「それなら何が不満なんだ」
セザール様とは白陽騎士団にいた頃からの付き合いだ。この友人が、今回の討伐に何かしら不満を抱いているのは一目瞭然。
指摘すれば、眉を潜めてセザール様がぼやく。
「……パトリック・クラヴェリ」
「パトリックか。彼がどうした」
三つ年下の、弟のような少年を思い出す。
パトリックはクラヴェリ伯爵家の次男だ。貴族だが如何せん素行に難ありと、伯爵に白陽に放り込まれていたな。それなりに暴れん坊だった故、数年前から度々剣の相手をしてもらっていたから彼の実力なら魔獣ぐらい簡単に倒せてしまえるだろう。
「今回の魔獣討伐の一番の功労者だ。主格の大型魔獣をほぼ一人で倒している」
「やるな」
「やるな、じゃない。さっさとお前に手柄をとらせて私の補佐をさせるという私の計画に支障が出るだろう!」
「パトリックはそれなりに優秀だ。剣の腕はな」
事実を述べればセザール様は行儀悪く舌打ちをした。王族らしい振るまいとは言えないが、この部屋には俺だけしかいないから良いか。
「白陽のその実力主義のせいで毎度毎度騎士団長を決めるのに揉めるんだ。お前なら文句なしの実力だと同期の奴らは知っているし、今こうやって俺から任命するという形でイレール付きにしたことで、下級貴族の出でも他の奴らから下に見られることもないだろう。書類事務もこなせる、いざというときの決断力もある」
「買い被りすぎだ」
「お前は謙遜のしすぎだ。完璧人間め。お前みたいなやつをその辺に転がしておく方がもったいない。それに将来的にはイレールに騎士団統括をさせるつもりだからな。イレールとお前で軍事方面は安定させたいというのに……!」
肩をすくめれば、苦労のたえないその顔がますます厳めしくなる。
まだ齢十歳の殿下も巻き込む壮大な計画に苦笑せざるを得ない。第一王子であるセザール様が王太子であるので将来的には王になることが約束されているが、その将来を見越して今からあちこちに種を巻いているその手腕は見事と言わざるを得ないが……まだ将来的に未知数な弟君も計画の一部に組み込んでいるのはどうだかな。
「これを気に、俺なんかよりパトリックに乗り変えたらどうだ」
「冗談だろう。白陽の脳筋に事務仕事は向かないのは十分に分かっている。そいつも例に漏れなかったぞ」
ぴらっと差し出されたのは魔獣討伐の報告書だった。筆跡からしてパトリックのものだが……あまり報告書として杜撰なものだった。貴族らしく筆跡は美しいんだがな。
「騎士団にも文官を雇えば良いだろうと進言してなかったか?」
「父に却下され続けている。予算の無駄だとな」
セーヴル国の国庫はセザール様曰く「豊かではないが余裕はある」程度らしい。その余裕分を何に使っているのかは一騎士の俺には関係ないが……。
「報告書ぐらいはもう諦めろ」
「報告書ぐらいならな。これが年度末の調整やら予算案やら新人の経歴やら騎士団の編成書類やらになるともう……今の騎士団長は比較的マシだが、マシ程度でしかない。他の騎士団が貴族中心だからか、白陽の酷さが際立つんだ。人事異動のための騎士団長同士の会議なんて悲惨だぞ。お前も一回来い」
「遠慮しておく」
「遠慮してもいつか絶対会議に座らせる」
セザール様の中では私が白陽の騎士団長になることが決定事項らしい。ため息がこぼれる。
「将来的にイレールに苦労はかけたくないだろう?」
「情をかけろと?」
「そうだな。イレールにも信頼できる奴を一人くらい与えてやりたいという兄心だ」
しれっと言うセザール様に思わず半眼になる。
イレール殿下付きも、騎士団長の話も、俺以上に相応しい奴は探せばいるだろうに……セザール様ほどの身分にもなれば気軽に接することできる人物も少ないから仕方ないとは思うが、わざわざ俺を選ばなくともとは思ってしまう。
「……それで、この話の終着点はなんだ」
さっさと話を切り上げよう。この押し問答はもう何度も繰り返しているので飽きている。
セザール様は執務机に頬杖をついてかすかに笑った。
「派遣した騎士団が帰ってきた後、懇親会を開く予定だ。大規模なものになる。そこにお前、パトリックと共に参加しろ」
眉を潜める。
「……どちらが女装だ」
「馬鹿、潜入調査じゃない。私が主催の懇親会でそんなもの見せるな。友人として、パトリックと仲が良いことを示せと言っている」
一瞬、白陽騎士団にいた頃のセザール様の無茶ぶりを思い出せば、彼は一笑して話を進めた。潜入調査でもなければ、俺は殿下の護衛もあるし、パーティーに参加する資格なぞないが……
「パトリックが日頃からお前を打ち倒すことを目標に訓練していると報告を聞いた。うるさい貴族どもには実際にお前とパトリックの力関係を目にして貰った方がいいし、お前自身のコネも作っておいて損はないだろう」
「……絶対参加か」
「当然だ。俺の命令だ。大人しく行け」
舌打ちしたかったが、なんとか思い止まった。たとえ元同僚であり友人であっても、仮にもこいつは王子であり上司だ。自制を心がける。
「……殿下の護衛はどうする」
「懇親会は夕方からだ。お前は不寝番のシフト入っていない日だろう。少し早めに引き継げばいい」
こちらのスケジュールを把握しているから融通もきかん。ほとほとめんどくさい奴だが、こういう者が統治者に向いているのだろうな。
もう一つ大きくため息をついた。非常にめんどくさいが、仕方がない。仕事を無くすよりはマシだからな。没落貴族に残されている道などほとんどないに等しいのだから、俺は恵まれている方だと自分に言い聞かせる。それでも面倒なものは面倒だが。
「……分かった、また連絡してくれ」
「ああ、そうする」
頷けば、セザール様は眉間に寄せていた皺をゆるめた。
「よし、これで俺の仕事は終わりだな。ようやく部屋に戻れる。タチアナに会える」
声に喜色がにじみ出る。これはもしかしなくても早めに退散した方が───
「聞いてくれヴァーノン。まだこれは内密だが、俺とお前の仲だ。教えてやる」
踵を返して退出しようとしたところ、背後から何か鋭いものが飛んできた。反射でそれを素手で掴む。ペンか。
「逃げるな」
「逃げる」
もう一つペンが飛んでくる。今度はインク付き。服には付着しなかったが、指についた。眉をしかめる。
「タチアナに子ができたかもしれない」
「……そうか」
それは良かったな、おめでとう。
内心でだけ祝ってやる。言葉にすると、こいつは舞い上がって延々とのろけ出すということを俺は学んでいる。
「男だろうか、女だろうか。タチアナに似ていると良いが。男ならまだ良いが女で俺に似てしまうと可愛そうだな。可愛らしいタチアナに似て欲しいものだ。男でもタチアナに似れば美しく育つだろう。ああでも一番はタチアナが健康でいることだ。これから本格的につわりが始まるだろう。ヴァーノン、何か妊婦に良いと言われる食べ物は何かないか? 医師に診せているが個人によっては受け付けない食べ物もあるらしい。こういうのは幅広く聞いておいた方がよいからな。なぁ?」
セザール様は政略結婚と言われると驚くほどタチアナ様を溺愛している。こうやってのろけ出すと止まらないくらいには。
そうではあるが、セザール様は相談相手を盛大に間違えていることに気づくべきだ。
「……セザール様。俺から一言教えてやろう」
「ああ、なんだ? 何か知っているか?」
「残念ながら俺は独身だ。そういったことを知りたいなら既婚者に聞け」
背中越にセザール様に言い放つと、セザール様が笑った気配がした。笑われる筋合いはないんだがな。
「いつも思うが、お前みたいな万能人間が未だに恋人一人いないのが面白いな。告白はされる癖に」
「好みでもない女と付き合うほど暇ではないからな」
「好みか。それならお前の好みはどんな女だ?」
扉に手をかけたところでふと思案してしまった。
脳裏をよぎったのは、猫のように鳴く愛らしい妖精。
好みと聞かれて彼女の姿を思い浮かべるのなら、まさに彼女が俺の好みだろう。だが、彼女のような金髪碧眼のご令嬢は珍しくない。
きっと俺は容姿ではない、彼女の何かが好みなのだろうが、それが何かまでは分からない。
「どうしたヴァーノン、答えるまで退出は認めんぞ?」
舌打ちしたくなるが口を引き結ぶ。まったく、性根が悪いな。
仕方なしに一言だけ言ってドアノブを回した。
「猫のような妖精だ」
「はぁ?」
呆れたような返事が聞こえたが、無視をする。俺はきちんと答えたからな。
これ以上は、答えたくとも答えられん。




