27.終焉は言葉に忍ばせて
「さて、僕らばかりが話しているのももったいないよね。僕ももう一回ばかりクララと踊りたいし。イレール、今夜はまだまだ長いよ~。アンリエット嬢と仲良くね~」
「ふふ、それでは失礼いたしますわ」
ひらひらと手を降って、ローラン殿下はクララ様と腕を絡めて再びダンスフロアへと戻っていかれた。ローラン殿下はあんまり社交界に顔を出されないけれど、出たら出たでクララ様と存分にいちゃいちゃされているのよね。交遊関係には消極的な人だから。
貴族たちはちらちらとこちらに視線を向けながらも、話しを止めるタイミングがないのかそのまま自分が今話している相手と話を続けているみたい。
「殿下、お話ばかりで喉は乾いていませんか?」
「そういえば……喉が乾いたような気がします」
飲み物を頼もうと、私は近くに給仕がいないかと視線を巡らせる。えーと、誰かいないかしら……。
不意に、視線が合った。
黒髪に、金の瞳。
髪を一分の隙もなく固めた精悍な顔立ちの青年。
見慣れた青の騎士服ではなく、白を基調に金の縁取りをした騎士服を着ている。
あの制服は───
「お姉様」
くいっと殿下に腕を引かれた。とんっと密着するように腕が絡めとられる。
「今日のお姉様は僕のパートナーですよ」
艶のある甘ったるい声で、殿下が私の気を引く。
殿下の腕に私の胸が当たる。圧迫されたからか、心臓の音が余計に響く。
この胸の高鳴りは殿下が甘く囁くから?
それとも、彼の姿を見つけたから?
心の内を知られたくなくて、私は殿下にされるままエスコートされる。
けれど。
「よう、アンリエット」
進む先を遮る馬鹿がいた。
しかもこの声は。
「……パトリック」
「俺だけじゃないぞ」
パトリックの視線に促されると、少し遅れて彼の隣にヴァーノンが立った。あからさまに殿下がむっとした表情をする
「ヴァーノン。何をしてるのですか」
「パトリックがアンリエット嬢と話をされたいと言うのでな。ついでだ」
「お久しぶりです、殿下」
パトリックがきちっと姿勢を正して殿下に声をかける。パトリックは青を基調に白の縁取りをしたセーブル青雲騎士団の騎士服を着ていた。
私はそんなパトリックの姿よりも、目の前に立つヴァーノンの姿を食い入るように見つめる。
……白い、白いわ。
とっても白いわ。
というか、この衣装。
「……ヴァーノン、あなたいつの間に白陽騎士団に移動したの?」
私の呟きに、三組の瞳がこちらを向いた。
ヴァーノンがいつもの、あの意地悪な笑顔を浮かべる。
「つい三日ほど前に、正式に拝命した。セーブル青雲騎士団所属改め、セーブル白陽騎士団長という肩書きになる」
「そう、異動したの……て、えっ? まって、騎士団長?」
騎士団長って、あの騎士団長?
しかも白陽の?
「いつの間に……」
にやりとヴァーノンが唇の端をあげた。
白陽騎士団は魔物討伐などの実戦部隊が組まれる騎士団よね。幾つかあるセーヴル騎士団の中で、一番危険で、一番大きな規模の騎士団。
「ヴァーノンの腕を思えば妥当だろ。むしろ今まで何故イレール殿下付きにされていたのかが驚くぐらいだ」
「そうなの?」
「知らねぇの? ヴァーノンは間違いなくこの国で五指に入る強さだぞ」
そ、そんなに強かったのヴァーノンって!?
初めて知らされる事実に愕然とする。な、なんで六年間も一緒にいて、私気がつかなかったの!?
思わずヴァーノンを穴があくくらい見つめていると、ヴァーノンはいつものように私をからかっては来ないで、スッと私に向かって騎士の礼を取った。
「申し上げた通り、私はイレール殿下の護衛兼指導役としての役目から外された。護衛に関しては別の騎士に引き継いであるので安心してくれ。これまでのような関係にはなれないが、友人として是非今後もよろしく頼む」
「……」
何気ない言葉だったけれど、私は気づいて瞠目する。
ここが、私とヴァーノンの線引きだと。
夢の終わりは今だと。
私たちの関係に終止符を打つ瞬間だと。
「これまでのような関係にはなれないが」「友人として」という言葉が、脳内で反響する。
……覚悟はしていたけれど、いざヴァーノンからその言葉を聞くのは堪えるわね。
私は内心の動揺を隠すように、ほんの数秒で微笑みを浮かべて見せた。
「そう、だったの。それならそうと早く教えていただければよかったのに。ヴァーノンには殿下共々お世話になったのだから、お礼とお祝いくらいさせて?」
「貴女ならそういうと思った。だが、気遣いは無用だ」
確かめるように言葉を紡げば、ヴァーノンの確固たる決意が伺える。そう……本当に終わりにするのね。
なんて呆気ないのかしら。
なんて簡単なことなのかしら。
終わるときは本当に一瞬なのね。
「……アンリエット」
「何かしら、パトリック」
「お前、ヴァーノンと喧嘩でもしたのか?」
パトリックの言葉に首を傾げる。どうしてそんな事を言うのかしら?
「なんか、笑顔が嘘くせぇ」
三対の視線が、再び私に集まる。
あぁ、もう、パトリックの馬鹿! 脳筋! こんな時ばかり無駄に勘がいいのだから!
「……私は普通よ。ね、ヴァーノン」
「そうだな。貴女はいつも花のように可憐な微笑みを綻ばせる」
「あら、素敵な言葉をありがとう。お世辞として受け取っておくわ」
「謙遜を。ここにいる誰もが思っていることだ。なぁ、殿下、パトリック?」
話を振られた二人がそれぞれの反応を示す。
「はい。お姉様はどんなお顔も可愛らしいです!」
「誰もって……俺も含めんの……?」
殿下は全面的に笑顔で言葉をくれるけど、パトリックは渋い顔でヴァーノンを見る。でも否定はしないのね。当のヴァーノンはしれっとしていた。
私は誉めてくれた殿下に感謝の気持ちを込めてもう少しだけ体を密着させた。
もう、私とヴァーノンは赤の他人。
これから私は、イレール殿下へ一層の愛を注ぐの。
私がヴァーノンに注いでいた分の愛も熱も全て、殿下への贈り物に。
恋をしなくたって、愛することはできるとお母様は言っていたもの。十六年間、親愛の情を与えていたのだから簡単だわ。ヴァーノンに出会う前に戻るだけだもの。
「お姉様、どうぞ」
「ありがとうございます」
殿下が近くを通った給仕からグラスを受け取って、私に渡してくれる。
小さく乾杯をすれば、パトリックが「そういえばさ」と自分も給仕からグラスを受け取りながら話し出した。
「昔、お前が馬鹿みたいに酒飲んだときがあったろ?」
あらー……とても嫌な記憶を思い出させてくれるわね。
壁の花の時代で、ヴァーノンと私が付き合うきっかけになったパーティーの話でしょう、それ。
「あの時からさ、お前……」
パトリックが何かを言おうとして、ちらりと殿下の方を一瞬だけ見た。口をつぐむ。
「やっぱなんでもない」
「そこまで言って言わないのは卑怯だと思うわ」
じろりと睨み付けてやる。
何よ、あのときから私が禁酒を言い渡されているのを言いたいの?
そりゃ、殿下にワインのグラスを渡されている手前言えないでしょうね!
「禁酒の件だったら、時効よ。お父様からも許可は頂いているわ」
「いや、そう意味じゃねぇんだけど。まぁいーわ」
パトリックの煮えきらない態度に何か言ってやりたいけど、本人がこれ以上追及しないようだし、私も口を閉じた。まったく、何か言いたい事があるならきちんと言ってほしいわ。
私が口を閉じると、気を取り直したようにパトリックが提案する。
「そうだ、アンリエット。今のお前のその胡散臭い顔、気持ちわりぃからヴァーノンとダンス踊るついでに仲直りでもしてくれば?」
「は?」
何を言っているの?
「パトリック、何か誤解しているようだけれど、私は別にヴァーノンとは喧嘩していないわ」
「でもなんかあったんだろ? なぁ、ヴァーノン?」
私が頑なに否定すると、今度はヴァーノンの方に話を振る。彼は小さく嘆息をついた。
「アンリエット嬢とは特に何もない」
「嘘つけ。絶対なんかあったろ」
「……」
何を根拠に言い切れるのか……その謎の自信の出所を教えてほしいわ。
「殿下も、自分の師が婚約者とぎすぎすしたままは嫌ですよね?」
「ちょっとパトリック!」
こいつ殿下まで巻き込んだわ! 信じらんない!
殿下はパトリックの視線を受け止めると、そのままヴァーノンへと視線を移す。
それから、殿下はとっても綺麗な笑顔でこう言ったわ。
「───いいえ」




