第061話 絶命因子12
「母上、これで本当に大丈夫なのでしょうか」
「少なくとも私の絶命因子を持った転生者だけは賽苑に送還出来るはず。相手の死因はわかっているんだからさ。ただその魂を取り込んだアレが私たち同様に魂を分離させてしまった場合が厄介かもね」
「転生者と一緒に送還出来ればこれ以上ない顕界文明保存法違反の証拠になりますから向こうにいる無法者を特定して拘束出来るのですが」
「それは私たちの領分ではないし、竜宮の方に任せましょう」
「そうですね、今はボクたちのなすべきことだけを最優先に考えます」
「必要最低限の準備は整ったし、あとはアレが来るのを待つだけだけれど」
「この土地周辺にはボクの統治の紋象印を仕掛けて置きましたので現れればすぐにわかるのですが、まだ反応らしい反応はないです。それはそうと母上。ボクの魂を分離して左腕がまともに動かないということでしたが、片腕で大鋏は使えるのですか?」
「私が今までどんな経験をしてきたか貴女も知っているでしょう? 片腕で戦う破目になったことも少なくなかったし、その辺りの対策は充分だよ」
それを示すように母上は大鋏を僅かばかり開いて片方の刃を地面に突き立てた。
「そもそも大鋏を使う万象改変術でも私の育った一族が秘匿してきた技である祈理重は刃を閉じるのが発動条件になってるだけで対象を鋏で切り付ける必要はなくてね。だから危険を冒してまで対象に近付く必要もないから片腕でも問題ないよ」
「では、ボクは前衛で母上が技を行使するまでの時間を稼げばよいのですね」
「いえ、私が前衛を務めるわ。貴女は例の罠の発動に心血を注いでね」
「母上がそう仰るのでしたら」
「じゃあ、頼んだよ。出来れば相手の視界に入らない位置に居て貰えると助かる」
「わかりました」
指定された条件に合う場所を探して視線を巡らしていると統治の紋象印が発動するのを感知した。
「母上、2時の方向に侵入者です」
「そう、じゃあ。貴女は手筈通りに」
「はい」
ボクは母上の状況を目視出来る位置にある朽ちた家屋の物陰に急いで身を潜めた。
それにしても現れるタイミングが偶然にしては出来すぎている。まるでボクらの準備が整うのを待ってから仕掛けてきたといったような印象が強い。ほどなく母上の視線の先にひとりの男の姿が現れる。ボクは雷鎚を両手でしっかりと保持して時を待った。
男が足を止め、両者が対面する。なにか言葉を交わすのだろうかと固唾を飲んで見守っていると直後に金属の擦れる音とともに大地が円錐状に隆起して転生者に殺到する。棒立ちしていただけの転生者はなんの対応も出来ないまま無残にも串刺しとなり、早贄のように掲げられた。
先に仕掛けた母上は上々の結果を得たというのに一切気を緩めることない。再び鬼鋏を開いて刃線に魔力で精緻な刃紋を描いていく、魔力量は微々たるものでボクの描くひとつの紋象印に使う量の八分の一にも満たなかった。
再度、澄んだ金属音が辺り一帯へと染み入るように響き渡る。すると今度は水が方々から飛来して転生者の身体を大量の水で形成された球体で包み込む。そこへ更なる金属音が響き渡ると球体は徐々に圧縮されて転生者を内部に取り込んだまま人間の頭部程度の大きさにまで縮む。最早、普通の人間であればとっくに絶命している状態になっているにも関わらず、水の球体の内部からは転生者の生存を知らしめる魔法力を伺うことが出来た。重ねがけされる母上の技によって、やがて水の球体は氷結して完全に転生者の自由を封じたが母上は氷の塊を前に鬼鋏に新たな刃紋を描いて次の準備を整えて構えた。
転生者が氷塊へと閉じ込められて1時間程経っても状態には変化は見られず膠着状態が続いている。魔法力はまだ途絶えていない。それだけははっきりしていたのでボクも母上も油断することなかった。なかったはずなのに視界がぶつりと一瞬途切れた。
なにか仕掛けられたと理解して自分の身体の不具合を確かめるよりも先に母上の方に意識を向けた。すると母上もボク同様に意識が途切れてしまったのか、鬼鋏に描いていた刃紋が消失していた。
母上がすぐに刃紋を描き直す様子が見受けられない。そうしている間に氷塊は融解する。もうもうと湯気を立ち昇らせ、熱湯としか思えないものが転生者を中心に流れ出して母上はそれに飲み込まれた。
母上は魔象人形化しているからいいものの生身であれば大火傷では済まない。そんな状況になっても母上はまだ鬼鋏に手をかけたままの状態で動きを止めていた。
例の異能を使われて強制送還されてしまったのだろうか?
だとしてもそんな想像に囚われて任務を放棄するわけにはいかないと気を取り戻して魔法力の反応のする方に目を向ける。そこにはほぼ無傷と言っていい転生者の姿があり、彼は余程消耗しているのか母上を見つめたまま動きを止めていた。
今こそが罠を発動する時だと判断したボクは雷鎚にありったけの魔力を注ぎ込み、塔の紋象印を母上の故郷跡地全域を対象とするように叩き込む。直後、大きな地鳴りが山岳地帯一帯を揺るがして山々が軋みを上げる。やがて限界を迎えた岩山は、その姿を崩壊させていく。山の一部だった巨大な岩石が山肌を転がり落ちてくる。それが行き着く先にはボクたちのいる隠れ里跡地があり、巻き込まれれば母上やボクもひとたまりもない。ただそれ以上に転生者は絶望的と言っていい。あの転生者の死因は大質量の物体による轢死。母上相手に異能やらなにやらを使って魔法力の尽きかけた今の彼には自身の持つ絶命因子を避け切れる道理はなかった。
ボクは迫り来る岩石の群れを目にして手にしていた雷鎚を投げ捨てて母上の元へと走り、その背中に抱きつく。鬼鋏を支えに立ったまま硬直する母上は既に竜宮に帰還しているように思えた。
あと数秒という位置にまで迫った巨大な岩石によって鳴動する大地にへたり込みそうになっていると今更意味などないというのに転生者が悪足掻きでもするかのようにボクたちの方に襲いかかって来た。
岩石に押し潰される直前、ボクは静かに鋏が閉じられる音を聴いたような気がした。




