第031話 死者延命06
グウェンはなにか悩んでいたが私には話そうとはしない。その日を境に会話は減り、ただただ身体を求めてくることが増えた。
だからといって私のやることが変わることはない。下手に立ち回って状況を悪化させるより、普段通りに過ごすことに徹していた。
今日も今日とてと昼過ぎに花壇の世話をしに屋敷を出る。如雨露を片手に花壇までやってくるとふたりの少年が私を待っていた。ひとりはキースで、もうひとりは初めて見る顔だった。見知らぬ方の少年は無理やり付き合わされたといった感じで、両手を頭の後ろで組んで明後日の方を向いていた。
「お久しぶりです。エルさん」
「お久しぶりね。今日もお仕事で?」
「仕事っていうか、師匠の御使いですけどね」
「そっちの子は?」
そう尋ねるとキースは、もうひとりの少年の脇腹の辺りを肘で小突く。すると面倒そうにこちらを向いたけれど、自分から挨拶する気はないらしい。
「えっと、こいつ同門でゲイルっていうんです」
「どーも」
「はい、どうもね。ゲイルくん」
あまりにもゲイルの態度が悪く許容出来なかったらしいキースは小声で彼に「おい、勘弁してくれよ」と嘆くように訴えていた。
「お前がここに綺麗なねぇちゃんがいるっていうから見に来たけど、たいしたことねーじゃん」
「すいません。こいつ口の利き方知らないもんで。おい、頼むからちゃんとしてくれよ」
キースが慌てたように取りなそうとしていたが、ゲイルは知らん顔して私から顔を背けていた。
「ねぇ、そこの君。ちょっとこっち来てくれない?」
「俺に言ってる?」
「そう聞こえなかった?」
「なに?」
「いいからこっちに」
と手招きする。ゲイルは明らかに面倒だという顔を隠しもしなかったが、私の言葉に応じて鉄柵のすぐ側にまで近付いた。
「俺になにか」
身体は正面を向けつつも私から目だけを背けながらいう彼の額を不意打つように、思いっきり指で弾いた。
「痛っ! なにを」
「初対面の相手に対して、その態度はないんじゃない?」
「そんなの俺の」
噛み付くように言葉を吐き捨てようとする彼の襟元をつかんで引き寄せる。そして軽く鉄柵に身体をぶつけて顔をしかめる彼にだけ聞こえるように耳元に囁きかけた。
「あんたさ、わざと利用されてあげてるの?」
すると彼は動揺したように目を大きく見開いたが、すぐに何事もなかったかのように不機嫌そうな表情に戻した。
「なんのことっすか」
「別にいいけどね。気を付けなよ」
「はいはい」
「本当にすいません。おい、もう先に帰っててくれよ」
「わーってるって。後始末よろしく」
私の顔をちらりと一瞥してからゲイルは、また両手を頭の後ろで組んでゆったりと大股歩きで去って行った。
「後日、お詫びの品でもお持ちしますので」
「いいよ、そんなに気を使わなくても」
「そんなわけには」
「そう? そこまで言うのなら、そのときはさっきの子もちゃんと連れて来てね」
「え、あ、はい。わかりました」
想定していた展開と違ったといった困惑混じりの顔でキースは承諾すると足早に去って行った。師匠とやらの用事とは別にひとりでここに来る口実作りだったのだろうけど、あまりにも稚拙で笑ってしまいそうだった。
彼らが去った後、花壇の手入れをしていたけれど魔力の残量が足りずに作業は中途半端なまま屋敷まで戻らざるを得なかった。
あとはいつもの繰り返し、なにかに悩むグウェンを慰めるように相手をして代わりに魔力を供給させた。
繰り返される日々にやることが徐々に単純化されていく。そのおかげか魔力の消費量は減り、活動時間が少しばかり延びた。だからといってやることは変わらず、魔力供給の回数にも変化はなかった。
それから幾日か経ち、花壇の花が咲き誇る。この身体での作業にも手馴れて来たし、そろそろ花壇を広げようかと思案する。なにを植えるかが一番の考えどころだけれど、それは直感に任せる雑な方針にして、とりあえず花壇を広げることにした。
久方振りに身体を存分に働かせていると思いの外調子がよく、気付けば花壇を倍近くの広さに拡張し終わっていたが、それでも魔力には充分に余裕があった。余力はあるけれど随分と時間をかけてしまったので残りは後日にまわすことにして道具類を片付ける。最後にもう一度片付け忘れがないかと花壇に戻るとグウェンが様子を見に来ていた。
「グウェン、どうしたの?」
「気になって様子を見に来たんだよ。いつもならとっくに書斎に顔を出している時間なのに姿を見せなかったから魔力切れで倒れてるいるんじゃないかと思ってね」
「そんなに時間経ってたかな?」
「随分とね。身体に不具合はないかい?」
「うん。前より調子いいくらい。魔力もかなり余裕があるよ」
「私の魔力が君の身体に馴染んできたのかもしれないね」
「そうなのかな」
「そうだといいかなって私の願望も入っているけれどね。でも、それだと魔力供給っていう君に触れるための口実がなかなか使えなくなってしまうね」
「口実なんていらないよ」
「そうかい?」
「うん」
頷くと彼はいつものような魔力供給を兼ねた口付けではなく、ただ口付けだけを交わした。その口付けを終える前に、どさりと物音がする。なんだろうかと視線だけをそちらへ向けるとふたりの少年の姿があった。
キースが愕然とした面持ちで立ち尽くしていたが、私と目が合うなり逃げるように走り去って行く。そんな彼の姿を見送り、肩をすくめるゲイルが足元に落ちていたものを拾い上げ、私に示すようにして見せる。そしてお邪魔しましたとばかりに片手を軽く一度振ってからのんびりと去って行った。
グウェンはというと、そんな瑣末なこと眼中にないとばかりに私だけを求めていた。




