第012話 消息不明03
その夜は幼い頃の夢を見た。
周囲の家々が燃え盛り、死の臭いが充満した街で幼いオレは戸棚の中に隠れ潜み息を殺していた。
わずかに光の射し込む戸棚の隙間から見えるのは息絶えた母の亡骸を弄ぶひとりの男の姿。死者を陵辱していた男は軽く身震いすると母の亡骸を放り出した。
今すぐ逃げ出したい衝動を抑え込み、両手で口を塞いで声が漏れでそうになるのを無理やり押し込める。だけれど母を辱めた男に対する憎悪や殺意までは隠し切れなかったのか男の目がこちらへと向けられた。
もう逃げられないと覚悟を決め、男へと飛びかかろうと全神経を集中する。だがなにも出来ぬままにひどい痛みに襲われた。
痛みの方へと目を向けると戸棚の向こうから突き込まれた剣の切っ先が左腕を刺し貫いていた。
理解を超えた痛みに絶叫を上げると剣が引き抜かれ、乱暴に戸棚から引きずり出されて男の眼前に片手で吊り下げられた。
今にも千切れそうな左腕を右手で押さえ、無駄だと判っていたが最後の抵抗とばかりに男を蹴りつける。当然、男はびくともしなかった。
無駄な抵抗を受けた男は何故か嗤った。そしてオレの額を覆い隠すように大きな手のひらを当てがった。
そこで意識は途切れて夢から覚める。男は若くはあったがよく見慣れた顔をしていた。
「随分、うなされてたみたいだけど」
先生はオレの顔を覗き込むと心配そうに眉をハの字に歪めていた。
「夢見が悪くてね」
「もう少し休む?」
「いや、出発しよう」
起きたばかりだが即出発すべきだろうと立ち上がるが先生は場を動こうとはしなかった。
「先生?」
「説明してくれなきゃ、無理はさせられないかな。それとも私を置いてく?」
「……わかったよ。歩きながら話す」
「んー、一応妥協してあげるわ」
歩きながら転生者が造り上げたい状況を想定して先生へと説明する。
「手負いの女を使っての狐狩りだよ。団の連中は、それをしようとしてる」
「なんでまたそんなことになるの」
「戦えなくなったオレが不要になったからだよ。最後に遊ぼうってことなんだろ。親父殿は死体専門の変態みたいだしな」
「みたいって、曖昧な」
「記憶を弄られてたのか、さっき夢で思い出したんだよ。親父殿から距離をとったことでかけられてた魔術の効果が薄れてるのかも知れない」
「記憶を?」
「あぁ、ガキの頃のな。親父殿はオレの育った街を襲撃して焼き払った集団を率いてた。それに加えて殺したオレの母親を辱めてやがった」
「本当の父親は?」
「わからない。存在そのものが親父殿で上書きされちまってる」
「それでも親父殿、なんて呼ぶのね」
「他に呼び方を知らないからな」
「そう……」
「なぜ先生が泣く」
「だって、これじゃあまりにもあなたが……」
「これはオレの問題だぜ。先生を巻き込んじまって申し訳ないけどな」
その後はひとことも交わすことなく、食事を摂る時間も惜しんでひたすらに歩き続けた。
日が傾き始めた頃、ようやく転生者を相手取るのに都合のいい場所へと辿り着いた。
「このままふたりで逃げ切るのは無理だ。オレがここで親父殿たちを迎え撃つ。だから先生は先に行ってくれ、先生が逃げきれるだけの時間は稼ぐよ」
「あなたをひとり置いて行けって言うの? 出来るわけないでしょ」
「先生がいたところでなんの役にも立たない」
「それは、そうかも知れないけど」
「左脚が義足でさえなきゃ、もう少しまともな提案出来たかも知れないけどな。今はこれが精一杯なんだよ」
「ひとりでどうするつもりなの」
「遊ぶには割に合わないと思わせてやりゃいいのさ。あいつらはもうオレには戦えないと思ってるだろうしな」
「死ぬ気?」
「死ぬ気はねーよ。返り討ちにしてやるつもりだ」
「無理よ」
「これ以上、先生と論じてられるほどの猶予はないんだ」
まだなにかと喰い下がってくる先生を無視して準備に取り掛かる。周辺から枯れ枝や生木をかき集め、枯れ木のみで焚火を起こした。
「先生、いつまでいるつもりだ」
「放っておけるわけないでしょ。それに、あなたが助からなかったらどのみち私も狐狩りの餌食にされるんだし、一緒でしょ」
「そうかい。先生がそうしたいってんならもうなにも言わねーよ」
これで準備は整ったと確保していた生木を焚火の中に一本また一本と放り込んでいく。数十秒もすると焚火からもうもうと煙が立ち昇りはじめた。
「狼煙で全部引き受ける気だったのね」
「向こうも能無しじゃないんだから真っ直ぐ突っ込んで来ることはないだろうけどな」
「でも、無視も出来ない」
「そういうことだ。仕掛けられる前にこっちから仕掛けてやるのさ」
「こんなので本当に上手くいくの。何年も戦場で戦い続けて来たプロ相手に通用するとも思えないんだけど」
「きっと上手く行くさ」
「本当に楽観的ね。それにしてもすごい煙ね」
「あぁ、ちょっとやり過ぎなくらいでもなきゃ目立たないだろうしな」
先生は煙たそうに袖で口元を押え、煙を吸わぬようにしていたが、徐々に顔色が悪くなって来ていた。
「先生、大丈夫か?」
「疲れが出たのかしら、少し気分が……」
と言ったところで先生はえずき、両手で口元を押えたものの吐き気には勝てず胃の内容物をぶち撒ける。それでも吐き気は治らないらしく、胃が空になろうとも先生は呻き続け、次第に四肢から力を失っていった。
「随分と苦しそうだな。2年以上も治療師を騙っておきながら、この世界の毒物に関する知識は学ばなかったのか?」
地面に突っ伏した先生は、既に意識が途切れかけているのか見開かれた目には反応はなく、口の端からは唾液と胃液の入り混じったものをだらだらと垂らしていた。
「記憶操作の犯人に親父殿を選んだのは失敗だったな、女狐」
腰に下げた短刀を手に取り、同世代の女の首筋に刃を当てがった。
「侵略的異界転生体被害防止法に基づきあなたを駆除します」
いつもの台詞を口にして彼女の頸動脈をすっぱりと切り裂く。ぷしゅりと舞った血はすぐに勢いを失って地面へと黒々とした染みを広げた。絶命するには充分な血を失ったそれを見つめ、つぶやく。
「対象の死亡を確認。リンナ、転送を」
直後、意識は肉体から切り離される。中身が空になった身体は脱力して焚火の中へと倒れ込み、炎に巻かれた。




