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二十話、神坂愛


◆◆

 プロポーズを終えて、そのまま夜遅かったので眠った二人。


 目を覚ましたのは翌日で……眠気の収まらぬまま、雫はスマホで時間を確認し



「––––––らいか、おきて」



 真っ青になりながら、らいかの起床を促した。



「ん、あれ、おはよう。どうしt」

「あ、愛ちゃん、今日戻ってくるって…」

「––––––」



 そういえばなにかラインの通知音がした、と雫がつぶやく。



「き、着替えよう! あと部屋の掃除もしないと」

「く、部屋に怪しいものしかおいてない…! どこから手をつけば」


「大丈夫っ! もうすでに手遅れだぞっ☆」



 年の割に異常に若々しい声が、背後から聞こえる。

 そして、その声を聴いて、すべてバレたことを悟る。



「ぐ…」



 中学生といわれても違和感がないほどの背丈。



「まさか…」



 腰まで伸びるきれいな黒髪をサイドポニーにまとめた少女。

 あどけない愛らしさを残した顔に、琥珀の瞳。



「————久しいね」



 不釣り合いなスーツに、星を模した髪留め、その姿は、まさしく



「愛ちゃん!?」「愛さん!?」



「うん、愛ちゃんだよ、二人とも」




 ––––––神坂愛。雫を引き取って可愛がる幼い母だった。






「ロー〇ーに、手錠に縄、アナ〇ビーズに…え、浣腸に、ローションガーゼにおむつ、いやハイレベルなとこまで…なんとまあ」



 部屋においてある玩具の数々を見られた、やばい死ぬ。死にたい。

 男子高校生が親にエロ本バレを起こした時のような焦りをにじませながら、雫は汗だーだーで策を脳裏で構築する。



「かわゆい娘が遠いところまで行ってしまった…成長を喜ぶべきなんだろうか…しかも身体の痕とか見る限り、全部雫が受けっぽいんだよなあ」




 ありとあらゆるものを雫の身体に試されてるという衝撃すぎる事実、親としては成長を褒めたたえるかと少しずれた視点で愛は考え始めた。



「「……」」

「娘のおっぱいにマジックで〝らいか専用〟と書かれているのはなんというか……うん、壮観だ」

「「っ」」



 ほぼ全裸の来夏と全裸より酷い状態の雫は、正座のまま、作戦会議をする。



「らいか…」

「ああ…もう正直に全部」



 そして、らいかと雫は現状の救いようのなさに、観念し––––



「一分稼いでくれ」

「雫!?!?」



 ––––––てなかった。悪役令嬢、諦めが悪すぎる。

 まさかの無理難題。神殺ししてる時よりも難易度たけえ。



「ほぼ半裸の状態で、全裸よりひどい状態の恋人がいる状態でその親相手に時間を稼げと!?」

「大丈夫、らいか勇者でしょ! 全裸の状態で恋人の親相手にうまく立ち回れるはず!!」

「勇者の意味がたぶん違うよな!?」



 口にしてみればその無理難題が分かるだろう。



「く、やるしかない…!」

「(…ぜんぶきこえてるんだよにゃぁ…)」



 この全員が気まずいとかいう誰も救われない戦いが今、始まろうとしていた。



「あ、あ、愛さん」

「お、おう…」



 最早やや困惑気味の愛。何もかもバレてる状態なのに今からこの勇者を相手にしないといけないという絶望感を胸が占めていた。



「(どうしようどうしよう、いやマジでどうする!?)」



 そして来夏はこれから今世一番の大勝負に向かおうとしていた。

 いやもうすでに負けが確定しているので勝負もくそもないのだが。




「そ、」



 そして、勇者は



「外で、少し雫の散歩をしませんか…?」

「ライカきゅん嘘だろおい、マジか」



 娘の露出調教を一緒にしないかと誘いだした。




「らいかの馬鹿ああああああああ!!」

「ぎゃあああああああああ!!」



 平手打ちに吹っ飛ぶ来夏、もうめちゃくちゃだよ。


 そしてそれを目の前で繰り広げられた愛は…




「(一緒に娘の露出調教参加しませんかとか言われる親、私ぐらいなんだろうなぁ………)」



 ただ、もう現実を受け止めるのが面倒くさくて玩具を片し始めた。


◆◆



「————それで?」

「娘さんに、手を出しました」



 とりあえず胡坐書いている愛に、正座する二人。

 もう諦めたといわんばかりの表情で、来夏は白状した。



「雫、避妊はしてるんだね」

「え、う、うん」



 一応ピルを飲んでいる、それに関してはしっかりとしている雫。さっきまでのポンコツコントは何だったのか問いただしたくなる。



「ならばいいさ。ライカも、雫の為にお金を稼いで頑張っているようだしね」



 それだけ言うとあっさりと二人を認めた。



「ライカ、雫に手を出したということに対しては別にいい。

 その意思を尊重しよう」



 そもそも、愛は頭ごなしに否定するような性格じゃない。

 相手を見て、柔軟に考えて、そのうえで愛情にあふれている。

 ゆえに



「その上で、君はこれからどんな選択をする。

 どんな選択でも、それを私は祝福しよう」



 そこまで告げて、来夏は覚悟を決めたように、顔を上げた。



「俺は」

「うん」



 ただ柔らかく、相手の言葉を待つ。

 こういうところは、本当に雫に似ていた。

 それも当然なのだろう、雫のあり方は愛に大きく影響を受けている。



「愛さん」



 ゆえに、彼女の母である彼女が雫と似た思考を持つのは必然だったのだろう。




「雫を、俺に下さい」



 まっすぐ、目を見る。



「彼女に守られるような男ですが、それでも彼女が欲しい。

 彼女を守れるような男になります」



 本心から言っているのは目を見れば分かる、だが、それが今だけの覚悟なのか、それとも、ずっと続けていく覚悟なのか、愛はそれを見なけれなばならない。



「その言葉に、どうやって価値を持たせる」



 その言葉を信じさせるだけの何かを、愛は求める。

 それが親としての責務だと思うし、何よりも愛は雫を愛している。

 言葉だけの男に渡したいとは彼女も思うわけがない。



「雫を守るのは大変だぞ」


「はい」



 一人で、どこまでも歩き続ける女の子。

 どんなに絶望していても、それでもと牙を剥くのが彼女だ。

 だからこそ、その彼女を守ることは生半可なことではなかった。



「ここに、俺の貯金の全てがあります。

 何もかも残ってませんでしたが、これだけは残ってました」



 寝室の近くに置いていた通帳、それを来夏は取り出した。



「平日は数時間、休みの日は全部親の会社のバイトに行ってました。

 雫に会う以外、特に使う気もないまま、溜まっていきました」


「なるほど……高校生が稼ぐには、あまりにも多すぎるな」



 通帳に並んだ桁を見て、愛は素直に称賛した。

 金を稼ぐという大変さを知っているがゆえに、それを甘く見れない。



「俺はちっぽけで、大した力もない」



 通帳とかそれを出すのが的外れなことくらい、来夏は気付いている。



「俺は俺一人で手一杯な小さな人間だ。

 だから」



 だが、今の彼にはそれくらいしか誇れるものがない。

 学力で言えば首席クラスだが、そんなものを自慢するような人間ではなかった。



「––––––全てを捧げて、俺は彼女を守ります」



 その言葉に、どれだけの覚悟が宿っているのだろう。


 勉強も、バイトも、惜しみなくやり続けた。その彼が自分の努力で手に入れたものを全部、雫に捧げると、そんなことを本気でいっている。



 そして、愛はその言葉に何も嘘がないと識っていた。それでも、娘をこんなにも愛している男がいる。

 それを確認したから



「––––––じゃ、この話はもうおしまいっ!

 親として確認すべきことは全部した!」



 速攻で、いつものテンションに戻った。



「さーて、今日はうまいもん食おうぜ!

 雫の処女喪失を祝って」

「愛さん!?」「愛ちゃん!?」



 二人を腕で抱き寄せて、そんなことを言い出した。



「なんだよー、親っぽく意思の確認しただろー?

 そもそも結ばれておめでとうって言いたい気持ちを我慢した私をほめろ~うりうり」


 抱きしめながら、本音を明かして、そっと…雫にだけ聞こえるように。



「よかったね……雫」



 そう、ささやいた。



「あと俺の全てを、とか言ったけどダメだぞー。

 大学行って、金稼いで、そのうえでバンバン中にだしなさい。

 ––––––君の幸せも大切なんだから」

「この人……珍しくシリアスやってると思ったら」



 来夏のほっぺをむにーっと引っ張りながら柔らかに微笑む。

 これが愛だ、愛という小さい母だ。


 ゆえに、神坂家はずっと、愛であふれていた。




「さ、そろそろお客さんもくるからすぐに片付けるよー」


神坂愛……いい女。


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