二十一話、これからのために
おもちゃを片付け、手早く着替えを済ませてから、久々の再会もままならぬまま、三人は居間に鎮座した。
「愛ちゃん、お客さんって?」
「そろそろくるよー」
ピンポーン、という音が響く。
家のチャイムが鳴らされたのだろう、それを聞いて愛は立ち上がり……来客を迎えた。
「嗚呼、時間通りですね。
––––––ライカのお義父さん?」
玄関で、そういう声を聴いて、ライカと雫は動揺し……居間に入ってきたその来客に困惑の目を向けた。
「ふむ、予測通り元気そうだな、来夏くん」
「徹さん、どうしてここに」
––––––無機質な瞳。
鋼、という印象こそふさわしい、そう思わせるような風貌の男。
「私が呼んだんだよ」
佐々木 徹。ライカの義理の父であった。
◆◆
居間に入り、目が合う。
「ふむ」
だが、一瞥すると、徹はそのまま、対面の座布団の上に座った。
「転入手続きをするのにサインが必要だといわれてな、そのためここにきた」
目的を簡潔に告げる、その在り方には一切のブレがない。
ただどこまでも機械的で、無感情、それが佐々木徹という男の在り方だった。
「あなたは相変わらずですね、五歳のころから大事に育てた息子へ何か言葉とかないのかにゃ?」
「特にない」
返答に淀みもない。ただ今回の騒動を、受け止めて何も揺るがないあり方、それはこの男の人間性を端的に表していた。
「来夏くんがこの程度の苦難で、折れるとでも、思っているのか」
ただ、このような男でも、来夏という人間をそれなりに見ているのか、怒りを微かににじませて
「もしそうなら––––––それは侮辱だぞ」
––––––初めて、人間味というものを見せた。
「来夏くんは私が見込んだ男だ。
この程度の苦難…どうとでもする」
それは来夏への信用か、もしくは来夏という人間ならばやるという〝自分の計算〟に対する信頼か、どちらにしてもこいつがしたことは変わらない。
「そう気付いていたから、放置したと?」
「ああ」
事実、事態の解決はしていた。
していたのだが……それでもなお、何も手を差し出さなかったという点は胸に残る。
「保釈金を支払う、など難しいであろう部分はやったが、それだけだ」
恩着せがましくいうような性格ではない。
「本来は留置所を出た翌日に話をする予定だったが…追い出したとか抜かしやがる」
ギリ、と歯ぎしりの音がする。
徹が保釈金を払い、来夏が仮釈放された日の夜中、徹は帰ってきていた。
ほかならぬ来夏に話を聞くためだけに。
ただ、その時にはすでに追い出されていて、来夏も雫のところに向かい消息不明だった。
そのため、彼は何も出来なかった。
苛立ちを抑えながら、そのまま仕事に戻った、それが真実だ。
「あの」
「ん?」
そこで、初めて雫が声を出した。
その言い方はあんまりにも、許せなかったからだ。
「あなたは、らいかが苦しむことを知っていたんですよね?
そのうえで解決するだろうことも知っていて、だから放置した……そういうことですか」
「?」
一瞬、徹はきょとんとして、その上で
「––––––ああ、それがどうしたかね」
こともなげに、そんなことを言い出した。
ぴりつく空気の中で、雫は続けた。
「らいかが傷付いていました。確かにらいかであれば、一人でも乗り越えられたと思いますが」
テーブルの下で、ライカの手をぎゅっと握り
「傷ついていた…なら、助けたいよ」
その怒りを抑えながら、そう告げた。
「傷を抱えて生きていくことに、何の問題がある?」
また、普通に、何も変わらずそう答える徹に対して愛はゆっくりと立ち上がった。
「なるほどなるほど」
瞬間————愛さんは徹さんの顔面をぶん殴った。
「ふべぁ!?!?」
謎の声をあげながら吹っ飛ぶ徹、朝もみたような光景だった。
「愛ちゃん!?」
「愛さん!? ちょ、暴力」
拳からぷしゅー、と煙を放ちながらその猛威を語っていた。
血管が浮くほど力を入れていることから相当な力でぶん殴ったのがうかがえる。
「一発、殴ってよろしいか」
「もう殴られた気が…」
鼻血を出しながら呆然としている徹に、愛は事後承諾を取りながら宣言した。
「放置するのもいい。その選択は尊重するし、理由があるのなら理解もできる」
ゆえに、これは尊重の結果。
その相手の選択を見たうえで、愛が思った答えをそのままぶつけたからであり
「ただ納得できないから殴った!!」
––––––つまり、そういうことだった。
「…」
「…」
沈黙する両者、内心ビビりながら子供たちはその様子をみまもった。
「ふむ…なるほど」
そして、その在り方を見た徹はすぐに体勢を戻し、正座した。
「事業拡大に伴い、こちらに支社を一つ作ろう」
机に鼻血がぼたぼたと落ちながらそういった。
「来夏くんが大学を卒業したら、そこも視野にいれてほしい。
バイト先に困ればそこを使いなさい」
鼻血ぼたぼたしながらそんなことを言ってるので台無しだった。
そして、雫のほうを向くと。
「神坂雫さん……息子を、頼む。
君になら任せられそうだ」
それだけいって頭を下げた。
「私はあいにく、そういうものに疎い。
だからきっと、それで君を不愉快にさせたのだろう」
そういい捨てると立ち上がり、愛へと声をかけた。
「学校編入の手続き、その他のことで少し話したいことがある。
神坂さん、よろしいだろうか」
「ええ、構いません。もとよりそのつもりです」
その言葉で大人が退出し、ライカと雫はふう、とようやく息を吐けた。
◆◆
「それで、何のお話でしょうか」
「何、あなたと話してみたかっただけですよ。
神坂愛さん」
別室で話し合う二人、今殴ったばかりだというのに、妙に二人の間は明るかった。
「おいおい、またナンパかね。姉の旦那をとるのは気が退けるのですがね」
「なに、恋愛的な相談ではありませんよ」
また、という言葉。
そう、二人はすでに知り合いであった。
愛からすれば妹の再婚時に出会っており、そこから一目で〝あ、こいつダメな奴だ〟と見抜いていたため、ある程度警戒していた相手でもある。
「来夏君を、あなたはどう思っている」
「可愛い」
即答する愛。
この少女のような母は徹底して愛したいもの愛し、可愛がりたいものを可愛がるという性質がある。
ゆえにその返答にブレはなく、どこまでも愛だった。
「私はな、来夏君を見たとき、心の底から思ったのだよ。
––––––この子に、恋をしたのだと」
それに対し、徹は急に狂気的な眼を浮かべた。
無機質な男がした、最初で最後の恋、それが来夏という少年なのだと言っていた。
「連れ子目当ての結婚なんて、よくある胸糞話だとは思うが…当時五歳の男の子に欲情していたのかな」
「はは、それだけ魅力的だったのですよ。
来夏君は」
否定もしない、肯定ともとれるその発言はただ狂っていた。
見ればズボンにテントが張られている。
「何も写さないガラス玉の瞳、感情が擦り切れているかのような壊れ方。
どこにでもいる不幸な子供、それが初対面の印象だった」
どこにでもいる、子供の一人。それがライカ、そのはずだった印象。
「だが、不思議なものでね…そんな彼に、どうしようもなく興奮した。
興奮するだけの何かがあると、私の直感が言っていた」
徹は当時思ったのだ、ライカという少年には何かがあると。その直感が、彼に恋だと誤認させた。
「そのために再婚、かね?」
「ああ、彼が手に入るなら悪くない〝取引〟だと思った、それだけだよ」
子供目当ての再婚、親としては最底辺の目的で、あまりにも気持ち悪かった。
「君も言っていた通り、私は人の親失格だ。
元よりまともな親になる気はなかった」
それは徹も自覚している、自覚しているがゆえに止まれなかった。
「だが」
そしてその瞳は狂気一色に染まり
「私は来夏君が欲しいよ。十年前も、今この時も」
とんでもない暴露話をし始めた。
まさか席を外してまでされた性癖暴露大会に愛は眩暈がした。
「き、」
「?」
そして、愛は口を押えながら
「気持ち悪…っ。なんだこのヤンホモ親父」
朝一番で娘の露出調教に誘われ、昼になってからは気持ち悪いヤンホモ近親相姦目当ての再婚糞野郎の性癖暴露大会に巻き込まれる。
何これ罰ゲーム? という感想を覚えるのも無理はなかった。
「彼はどこにでもいるような毒親の元で育った男の子だ」
性癖暴露は止まらない。普通に気持ち悪くて愛は吐き気すら覚えた。
「その子供と、他の子供との差異を付けるとするのなら」
だが、こいつの話をいい加減切り上げたいと思い、愛は息を吐く。
「彼は、何か」
「––––––違うよ」
愛という母は、正直いって自他ともに認める暴れ馬のような少女だ。
だがそれでも彼女が周囲に愛されるのは、彼女のその在り方を好ましいと思う人が一定数いるからだ。
「ライカは、どこにでもいる普通の子供だ」
だから、これも彼女の魅力の一つなのだろう。
「少し長い時間、生き続けているだけの子供だ。
彼自身が、そう振舞おうとしている」
彼女の眼には、どこまで映っているのだろう。
そう思わせえるような瞳に、徹は圧倒される。
「彼が、素の自分であるために、私たちがいるのだろうよ」
それが親として生きようとしている、私たちの覚悟でありやるべきことだと告げる愛に、よどみなど何もなかった。
「というか、君息子に欲情はやめなさい。
少し前までは〝来夏、育てば使える駒になる〟とかいう思想じゃなかったっけ?」
「それは君もだろう?
例の冤罪事件、犯人が私刑を受けた状態で警察署の前に放置されていたと聞く––––––あれをしたのは、あなただろう?」
愛はその言葉に一瞬固まり「……なるほど、バレてたか」と自嘲するように笑う。
「仕方ないだろう? 可愛いんだから。あと私のは違うからな、loveじゃなくてlikeだよ」
そうジト目で話すと、徹は満足した、と言わんばかりに息を吐いて、微かに笑んだ。
「ふ……あなたは変わらないな」
「君は少しくらい変われ。
妹と結婚した翌日に私に向かって〝君の果然興味がわいた〟とか言い出す気持ち悪いところ、いまだに変わってねえじゃねえか」
妹と結婚した翌日に、その姉に興味があるとかぬかす変態。
本人的には愛の優秀さから〝うちの会社にスカウトしたい〟くらいの意味だったのだが、ありえない不器用さがいまの評価にかかわっていた。
「神坂さん」
そこで改めて向き直り、徹はまっすぐに頭を下げて
「息子を……頼みます」
「……ああ、承った」
ライカのことを、愛に任せると頭を下げた。
本当に、この男は不器用で面倒くさい。
息子を信じておきながら、どこかで不安になって……素直に行けなくてごめん、の一言もできない。
きっとこいつは、私に殴られたかったのだろう。素直になれない重度のツンデレ糞ヤンホモ親父、属性が強すぎて相手にするのも面倒だ。
ヤンホモ気持ち悪いって思う人は是非評価をお願い致します!!




