4 求婚される
「ふぁ~~っ。失礼しました。私ったら、お茶も出さず、叫びたおして……。喉乾いてない? ……ですか? お茶はどう、ですか?」
横にある小さな台から、水差しとコップを手に取ろうとしたのを、いらない、と制する。しゅん、とした様子に、断ったせいだろうと見当をつけて、理由を説明する。
「俺には、ここのものは口にできない。病原菌に対する免疫も、食物に対する消化酵素も持ち合わせていない恐れがある」
説明している途中で、自分の言っていることに違和感を覚える。何が……、そうか、彼女に、自分は地球外から来たのだと、暗黙の了解で話かけている。記録野を呼び出し、彼女の発言をチェックする。ああ、ここで、『宇宙から来た人』と言っている。
「なぜ、俺が宇宙から来たと知っている?」
「それは、『知の海』に聞いたから」
「『知の海』とは?」
「ん~~っ。……生きとし生けるものの無意識が繋がってるところで、過去の知恵も、未来のことも教えてくれるものだって年寄りは言うけど」
「『神』みたいなものか?」
「う~~~ん? 違うけど、似たようなものって言えば、似たようなものかなあ~~~?」
質問ごとに、首を右に左にひねりつつ、努めて正確に説明しようとしているのが見て取れる。あまりよくイメージできなかったが、未開の地の習俗は興味深かった。
「その『知の海』には、どうやって聞きに行く?」
「お祭りの時に、一つだけ質問できるの。だいたい村で困ってること聞くんだけど、無いときには、どこかの家で質問ができるの。それで、今回の決定方法は神聖籤引きで、狩ったオーロックの大きさで判定されることになったから、私、頑張って、長老って呼ばれてるオーロックを狩ってきたの! 私のダーリンがどこにいるか、聞きたかったから!」
『ダーリン』。先ほども俺に呼びかけた言葉だ。彼女は『ダーリン』という男を探していたと言っているようだ。人間違いで俺は暴力にさらされたのか。
「残念だが、俺はダーリンという名ではないし、その名の男も知らない」
「あ、うん、それはわかってる。……ます」
彼女はきちんと床に座りなおした。ぴしりと背筋を伸ばした。
「私は、ミヤ。美しい夜って意味。あなたの名前を教えてください」
翻訳機能が、『美夜』と文字を提示する。それでか、と『のっぺらぼう』の親和性が腑に落ちた。彼女と俺の先祖は、遠い昔、この地球にいた頃、同じ言語民族だったのだ。
母星では宇宙標準語が母語になっており、俺自身はもうその言語を話せない。けれどなぜか、宇宙のどこに行っても、名付けだけは地球にいた時使っていた言語を使う。まるでそれが唯一、この身に流れる血へのアイデンティティのように。
「俺はエイ・ワン。英知の欠片たれと、一文字を取って名付けられた」
また彼女が目を見開く。赤面、目を潤ませるを経て、突っ伏すところまで同じ反応だ。
「もうっ、やだ~~~~っ、名前までカッコい~~~~ッッ!!」
二度目ともなると、奇行にも慣れるものだな。
ふわふわの茶色い髪が広がる中心のつむじを眺めながら、ふとそんな感想を抱いた。
少し心に余裕ができて、彼女の注意が逸れているうちに部屋を見まわしてみた。どうやら尻の下の柔らかい四角い物体はベッドのようで、ここは寝室のようだった。小さな台と、たいして大きくもない物入れが一つ。狭い木造建築。
ぴたりと奇行が止まり、おそるおそるという感じに顔が上がる。
「い、いつもはこんなんじゃないんです! その、緊張、してて」
緊張してると言ってるのか? どうも妙な音韻変化を遂げているしているらしく、名詞以外の整合率が四割くらいしかない。不明部分は表情から推測するしかなかった。
ボディランゲージは時代、地域で千差万別であり、同じ動作が正反対の意味を持つこともあるため、考慮に入れるのは危険だ。……どんなにいちいち仕草が可愛くても。
肝に銘ずる。俺は、どうしても母星に生きて帰らなけらばならない、のだと。俺が抗体を見つけて帰れなければ、母星の同胞は、一人残らず眠ったまま朽ち果ててしまうのだから。
責任の重さが胃にきて、シクリと痛んだ。今日も栄養ドリンクで食事は済まそう。……無事に船に帰れたら、だが。
「あの、ですね、突然こんなこと言って、おかしな女と思うかもしれないけど」
彼女が急いた息をした。本当に緊張しきった面持ちで、俺を見上げる。
「どうか私をあなたの妻にしてください! 私、あなたの欲しいものを与えてあげられます! そう『知の海』が言いました!」
今度は俺が目を見開く番だった。