第四十八話 奇妙な共闘
雨垂れを傘で受けたくて、木を蹴ったらヘビが落ちてきた事があります。ウロです。思えば、あれが初めてのエンカウントだったのかも知れない。もちろん、ダッシュで逃げましたさ。
雨の森を歩く事、1時間くらいかな?
育ちの悪い下草と、妙にいりくんだ枝の木々が増え始めた。
木の枝がアーチみたいになっているお陰で、雨自体はだいぶしのげる感じなのだけれど、時折降ってくる巨大な雨垂れが外套に当たってビビったりした。ボンッて感じに。
道は獣道ともつかない悪路で、ぬかるみが多くて歩き難い。
にも関わらず、ザフザは、馴れているのか気絶したトフトを背負ったままヒョイヒョイと進んで行く。
うーむ、ゴブリン・ヒーロー恐るべし!!
なんて言ってる場合じゃあないよ。
わたしとジャン以外が、このペースだと村に着く前にダメダメになってしまう不具合です。
「待って、ザフザ。少し早いよ!」
「ああ、すまない。少し急いでしまった」
わたしが声をかけると、ザフザは足を止めて振り返った。
わたしとジャンも、止まって呼吸を整える。
そうしている間に、リック、ライナス、ニードルスの順に追いついて来た。
息もたえだえの3人を見て、「よし!」と歩き出すザフザ。
いや、よしじゃないから!
そんなやり取りを何回かした辺りで、不意にザフザが足を止めた。
「あれが俺たちの村だ」
トフトを背負ったザフザが、少しだけ窮屈そうに指をさす。
その先には、灌木に隠れる様にポッカリと口を開けた洞窟があった。
岩肌に開いた洞窟は、前に見た廃坑とは違って限りなく自然なままみたい。少なくとも、入口はそんな感じだった。
わたしたちが近づくと、入口から槍を持ったゴブリンがヌッと現れる。
「戻ったかザフ……って人間!?」
……でしょうね。
逆だったとしても、門番の人はびっくりするだろうし。
「彼らは俺の客だ。長老たちに話があるんだ!」
「……解った。広間で待て」
そう言って、槍を持ったゴブリンは中へと消えた。……入口番はいいの?
「さあ、こっちだ」
ザフザに続いて、わたしたちも洞窟の中へと入った。
「……むう」
ニードルスが、くぐもった声を漏らす。
洞窟の中は、ムアッとする湿気と生臭い様な異臭に満ちていた。
また、所々に松明のかがり火はあるものの、ほとんど真っ暗状態だよ。
「ゴブリンには、ドワーフと同じで暗視能力があるんですよ。松明は、能力が不完全な子供のためでしょうか」
袖で口と鼻を押さえながら、ニードルスが呟いた。
なるほど、暗視能力ね。
でも、ゴブリンの子供ちゃんより夜目の利かないわたしには、このままでは暗いし危ないし怖い。
わたしは、鞄からランタンを取り出して松明から火を貰った。
洞窟内が、ランタンの灯りで照らし出される。
「うぉう」
わたしは、思わず声が出た。
さっきはでは暗くて気がつかなかったけれど、洞窟内は、かなり手が入ってるみたいだよ。
自然洞窟をベースに、通路や部屋の拡張がされている様で複雑にいりくんでいる。
ゴツゴツした岩肌は、だいぶ研磨されてるみたいで滑らかになっているし、動物の毛皮を使って間仕切りがされてる所も見て取れた。
ただし、衛生観念は絶望的だと思う。
換気が出来ないせいか、湿気も臭いもこもったままだし、その上で、獲物の解体なんかもしている様でイロイロとアレな感じだよ。
「ザフザ。お前、無事だったか!!」
「トフトも一緒か? 良く戻った!!」
物陰から次々と現れるゴブリンたちが、ザフザとトフトの帰還を超絶大歓迎している。ヒーロー大人気!
「コイツらは、新しい獲物か? さすがはザフザだ、ただでは帰らないな!」
1体のゴブリンが、槍の先でわたしをつつこうとした。
痛いの嫌だし! ってゆーか、せめて柄の方にしてよ!! なんて思いつつかわそうとした瞬間。
「ギャッ!?」
手首を叩かれたゴブリンの悲鳴と同時に、槍がわたしに届く前にカランと言う乾いた音を立てて転がった。
「なっ!? どうしたんだ、ザフザ?」
「彼らは俺の客だ。手を出すな!」
ザフザの行動を理解出来なかったゴブリンたちが上げる抗議の声に、ザフザは鋭く一喝した。
「に、人間だぞ。本当か?」
「ああ、そうだ。手を出したら俺が容赦しないぞ!?」
そう言ってザフザが睨むと、周りで騒いでいたゴブリンがスッと道を譲ってくれた。
「さあ、行こう」
あらやだカッコイイ!
物言いたげなゴブリンたちの中を抜けて、わたしたちは広間に通された。
広間と言っても、ただ広い空間なだけでイスも何もないのだけれど。
そして、周りには隠れる様にしてこちらを見ている無数の赤い目が光っている。
ついさっきの事もあって、近づきにくいのかも知れない。
「……これだけの数に襲われたら、さすがに無理でしょうね」
「……そだね」
小声で呟くニードルスに、わたしも小声で返す。
確かに、この数では勝てないだろうなあ。失敗したかしら?
「まあ、いざとなったらやるしかないな」
わたしたちの会話が聞こえたみたいで、周りをキョロキョロしながらジャンが言った。「やる」は、「殺る」ですか!?
リックとライナスは、解りやすく恐怖しているみたいだけれど、大丈夫かな? いきなり暴走しないか心配になる。
「トフト!?」
突然、広間に大きな声が響いた。
同時に、1体のゴブリンが駆け寄って来る。
「ザフザ、まさかコイツらがトフトを!?」
駆け寄って来たゴブリンは、そう言ってナイフを構える。
「止めろ、アルア。トフトは気を失ってるだけだ。
この人間たちは、オークに襲われてる俺たちを助けてくれたんだ!」
反射的に武器に手をかけたわたしたちを、ザフザが制する。
「え? そ、そうなの!?」
明らかに動揺しているアルアと呼ばれたゴブリンは、ザフザからトフトを受け取ると、そそくさと広間を後にした。……何今の。
「すまないな、今のはトフトのかみさんだ。昔っからあんな風でな」
「だ、大丈夫だよ」
やれやれ、といった具合にため息をつくザフザ。
一方、わたしたちには違う疑問が浮かんでたり。
「ウロ、今のメスって解ったか?」
「ううん、全然! ニードルスくんは?」
「私も解りませんでした。言われて見れば、少し身に付けている装飾品が多いでしょうか?」
思ったより観察眼のあるニードルスに、わたしとジャンは目を丸くしたりした。
てゆーか、雄雌どころか個体判別すら出来ませんけれど!?
あ、アレだ。
水族館とかでペンギンさんを見て、多少、毛色が違う? みたいな感じだよ。あと、体格差くらい?
まあ、わたしの場合はステータスで確認出きるのだけれど。
それはそうと、なんでザフザは名前が出るのに他のゴブリンは『ゴブリン』あるいは『ゴブリン・××』なんだろう?
そう言えば、ザフザも名乗る前は『ゴブリン・ヒーロー』だったっけな?
そんな事をボンヤリ考えてますと、入口にいた槍を持ったゴブリンがやって来た。ちなみに、彼(彼女?)はゴブリン・ファイターだった。ガードじゃない不思議。
「ザフザ、長老たちがお会いになる。奥の部屋へ行け」
「よし、行くぞ!」
槍を持ったゴブリンに答えて、ザフザがわたしたちの方を振り返る。
「やっとか」
「人もゴブリンも、偉い方々に会うのが面倒なのは変わらないみたいですね」
ジャンとニードルスが、ブツブツと文句を言いながら歩き出す。
……あんたら、思ったより度胸あるのね。
一方で、リックとライナスは緊張のあまりまったく喋らなくなっちゃったし。
わたしも、実はかなり怖いのだけれど。それはナイショの空元気ですよ。はふぅ。
わたしたちが通された部屋は、さっきの広間よりさらに広い空間だった。
さっきの広間が10×10メートルくらいなら、今いる場所はその倍はあると思う。
壁際には、たくさんのゴブリンたちがズラリと並んでこちらを見ているし、地下とは思えない吹き抜けみたいな天井は、上階から見下ろすゴブリンたちの顔が良く見えてウザ怖い。
そんな部屋の中央より後ろに、3体の、他のゴブリンとは明らかに違う雰囲気のゴブリンが鎮座していた。
向かって右は、猪の毛皮をまとった少し大柄なゴブリン。
左には、他のゴブリンよりだいぶ小さくて腰の曲がったゴブリン。
そして、正面にはゴブリンにしてはかなり大柄な、熊の毛皮をまとったゴブリンの姿があった。
「いいか、向かって右が、東の森の白牙族、その族長ゴゴル様。
左が、熊喰い族の長老ヌバヌ様。
そして正面が、我が熊喰い族族長、バルバ様だ!」
ザフザが、少し興奮気味に3体のゴブリンを紹介した。
「……俺は、族長代理だ。ヨヨ様が成長されるまでのな」
白牙族のゴゴルが、そう言ってフムと腕を組んだ。
どうやら彼は、幼い族長の代わりらしい。
ザフザの話しによれば、森の東側でもオークの襲撃があったらしい。ゴゴルと数体のゴブリン以外、白牙族に生き残りはいなかった。
その中で、ヨヨと呼ばれたゴブリンの子は、正統な族長の血を引く姫様なのだそうだ。
「捕まった子供たちは、もう生きちゃいないだろうな」
ゴゴルを見詰めながら、ザフザは小さく呟いた。
「……さて、ザフザよ。
話の前に、その者らについて聞かせてもらおうか?」
ヌバヌと呼ばれたゴブリンが、長老らしいしゃがれた声を放った。
骨細工の装飾品と長くてねじれた杖を持って、魔術師を思わせる様な衣装に身を包んでいる。
あ、ここからはわたくしウロの同時通訳でお送りいたします!
「彼らは、俺たちがオークに襲われている所を助けてくれました。命の恩人です!」
瞬間、周りのゴブリンたちがザワザワと騒ぎ始めた。
「ゴブリンが、ヒトに助けられただと!?」
「村の英雄が聞いて呆れる!!」
……ああ、これはヒドイ。
ザフザは村の英雄らしいのに。
次々に浴びせられる罵詈雑言に、思わず翻訳解除したくなったり。
「……なるほど。熊喰いの誇りも無く、おめおめと生き延びたか」
ヌバヌが、呆れた様に呟いた。
……ヤバイ。だいぶ腹が立つ。
「ウロさん、ここは敵の只中です。その事を忘れないでください?」
わたしの肩を、ニードルスがポンと叩いた。
「ありがとう、ニードルスくん。大丈夫だよ」
そう答えて、わたしは大きく深呼吸した。……臭いにだいぶクラクラしたけれど緊張する場面なので回避した。うぷっ。
ザフザは、一瞬だけわたしたちの方を見てから族長たちへと視線を戻す。
「死ぬのは、いつでも出来る。今は、一刻も早く姫を助け出さなくてはならない。
姫を助け出したなら、この命、喜んで差し出そう!」
ザフザの啖呵に、周囲がオオオとざわめいた。
ヌバヌが、杖で地面を叩いてそれを制する。
「それで、そやつらをわざわざ連れて来たのはいかなる理由からか?」
「彼らは、今、この村にいる人間を探して森に入ったと言った。
俺は、俺の命の恩人に報いたい。捕えた人間を彼らに返して欲しい!」
ザフザの言葉に、1度は治まった罵声がより一層大きくなって戻って来た。
だけれど、わたしの中ではザフザ株は急上昇ですよ。やたらカッコいいな、このゴブリン! さすがヒーロー!!
「ザフザ、君は人質を使ってでも私たちを戦力としたかったのではないのですか?」
「……確かに、初めはそう考えてた。でも、それでは熊喰いの名が傷ついてしまうから」
ニードルスの質問に、ザフザは目を伏せて答えた。
「まあ、レト様が無事に帰れさえすれば、その後で手を貸すのはやぶさかじゃないぜ?」
なあ? と、ジャンがリックとライナスに声をかける。声無く、ロボットみたいにカクカクとうなずく2人だったけれど、果たして、正気に返った時に覚えているかなあ?
「ザフザよ、お前の考えは解った」
野太い声が広間に響き、同時にざわつきが一瞬で静まった。
熊喰い族の族長、バルバだ。
「姫は、我が娘であるだけでなく、我が一族すべての希望だ」
「族長!」
ゆっくりと話すバルバに、ザフザの顔が希望に満ちる。
「お前が連れて来た者たちも合わせ、オークに差し出すのだ。それで、我が姫が救われるだろう!」
うぉう!!
スゴイ、大上段からのご意見が出ちゃいました。
同時に、ザフザが絶望の表情で膝から崩れ落ちる。
それだけ、族長の言葉は重いって事なのかな。
周りのゴブリンたちも、武器を叩いたり足を踏み鳴らして騒ぎ始めた。
談判破裂して、暴力の出番? ……さすがに勝てない気がするよ。
「ウロさん、私が話します。通訳して頂けませんか?」
わたしが剣に手をかける直前、ニードルスが小さく呟いた。
「い、良いけど大丈夫?」
「さあ、お代は見てのお帰りをってヤツですね」
そう言って、ニードルスがザフザの前に立った。
ニードルスは、フードを外して耳を露にする。
「……エルフ!?」
うめく様に呟くバルバに対して、ニードルスが軽く会釈をする。
「初めてお目にかかります、閣下。私は、エルフのニードルスと申します。
訳あって、連れ去られた人間の救出に参りました」
「エルフがヒトに加担するのか?」
「ですから、訳あって、です」
目線は外さず、ニッコリと微笑んだニードルスは、そのまま話し続ける。
「閣下、あなた方の連れ去った人間は、ただの人間ではありません!」
「なに!?」
「彼は、貴族の家柄の人間です。……この意味がお解りになりますか?」
ニードルスの質問に、バルバは少し戸惑っていたけれど、ヌバヌの耳打ちでようやく納得したらしく、すぐに平静を装った。
「……ああ、位が高いと言う事だな?」
「さすがは閣下、その通りです。
その、位が高い人間がいなくなった場合、人間の世界は大騒ぎになるのです」
「!?」
「私たち探索隊が見つけて、無事に連れ帰れれば良し。
ですが、もし、目的の人間はもちろん、探索していた私たちが帰れなかったとしたら……」
「どうなるのだ?」
「隊列を組んだ騎士団や大勢の冒険者が投入され、大規模な捜索が行われるでしょう」
〝騎士団〟と〝冒険者〟に、バルバを始めとしたゴブリン全体がどよめいた。
……やっぱり、騎士団も冒険者も脅威みたい。驚き方が尋常じゃあないよ。
「私たちは、ザフザから話を聞いて事情を知っているから、こうして交渉させて頂いている訳ですが、騎士団や冒険者はどうでしょうか?
彼らに、彼女の様にゴブリンの言葉が解る者がいるでしょうか? 私の知る限り、出会った事がありません」
そう言って、ニードルスがわたしを示した。
やだ、ちょっと。有能だってバレちゃうじゃない?
「そんな連中と、閣下は交渉が出来るとお思いでしょうか?
出来るとおっしゃるなら、我々をお好きにすればよろしいでしょう。
しかし、それで終りではありませんよ? さらに、オークとの交渉もあるのですからね?」
そう言って、ニードルスは再び会釈をした。
シンと鎮まりかえった広場は、次の瞬間を固唾を飲んで見守っている。
もちろん、バルバの言葉を待っているのだけれど。
怒りと困惑の表情を張りつけたバルバは、ヌバヌとゴゴルに視線を送る。
「大丈夫、ニード……!?」
わたしは、ニードルスに声をかけようとして思わず飲み込んだ。
ひきつった笑顔のままのニードルス。
その足は、小刻みに震えている。
……ああ、頑張ったねニードルス。
帰ったら、耳をなでてあげるからね! などと。
密談を終えたバルバは、大きくため息を吐き出してから口を開いた。
「……解った。捕えた人間は返そう。誰か、あの人間を連れて来い!」
やった!!
やったよ、ニードルス!!
わたしが思わず飛びつくと、ニードルスの膝がカクカクと笑い出した。
「うおう、ニードルスくん!?」
思わず抱き止めたニードルスは、小さく震えている。
「ハハッ、やりましたよウロさん」
「うん、ニードルスくん。大変良くできました!」
力無く笑うニードルス。
帰り道、歩けるかしら?
「……エルフ、すまない」
ザフザが、うなだれたまま呟いた。
「いいえ、あなたのためではありませんから。私たちの安全のためです。
それに、まだ、助けなければならない人が……」
ニードルスが、ザフザに親指を立てて見せようとした瞬間、広場に、1体のゴブリンが駆け込んで来た。
「た、大変です。人間がいなくなりました!」
「な、なんだと!?」
いきり立つバルバたちに、ゴブリンが続ける。
「わ、若い連中が『俺たちも英雄になるんだ!』と、人間を連れてオークの所へ!」
どうやら、わたしたちが村に来る30分くらい前にレトを連れたゴブリンの一団が村を出て行ってしまったらしい。
スゲー。
何、このガッカリなサプライズ??
「マズイぞ!? 急がないと、全部無駄になる!」
ジャンが、わたしの肩をバシッと叩いた。
「ハッ!!
そうだ、急がなくちゃ。行くよ、ニードルスくん。ザフザ!」
オオ! と立ち上がるザフザとは対照的に、眉間にシワを寄せるニードルス。
「……私は、何のために……」
うん、気持ちは解る。
でも、今はそれどころじゃあないから!
「ニードルスくん、愚痴は、後でゆっくり聞いてあげるから!」
まだ立ち上がれないニードルスを、わたしとジャンで担ぎ上げる。
「ザフザよ、そのエルフたちと姫を。ニンニを救い出してくれ!」
「俺の息子やヨヨの兄たち、村の子供たちもさらわれたのだ。無念を晴らしてくれ!」
「必ずや、この身に代えても!」
ザフザが、振り返らずに声を張上げた。
背中にバルバたちの声を浴びつつ、わたしたちは、大騒ぎな広間を後にした。
ニードルスがちょっぴり泣いてたのは、可哀想だからナイショだ。




