第四十六話 英雄との出会い
泥を足でタプタプするのが好きです。ウロです。そうして出来た人工ぬかるみ。靴が大好物。主にわたしの。
収税官であるレト・ディクソンの行方を追って、わたしたちが森に入ってから1時間くらい経ったと思う。
森と言っても、木と木の間が広く開いているせいか雨空であっても暗いとは感じない。
以前に入った灰色の森と比べたら、昼と夜くらいに違う印象だよ。アレ、暗すぎだから。
何かを引きずった痕跡を追うジャンを先頭に、隊列は、自警団見習いのライナス、その後にわたしとニードルス、殿を恐々と歩くのが自警団見習いのリックだ。
隊列とは言っても道らしい道がある訳ではないし、木々に阻まれれば、すぐにでも崩れちゃうのだけれど。
ちなみに、能力値はこんな感じ。
名前 ウロ
種族 人間 女
職業 召喚士 Lv7 /妖術師 Lv1
HP 31
MP 45
名前 ニードルス・スレイル
種族 エルフ 男
職業 付与魔術師 Lv10 /妖術師 Lv1
HP 33
MP 41
名前 ジャン
種族 人間 男
職業 狩人 Lv1
HP 18
MP 13
名前 リック
種族 人間 男
職業 戦士 Lv0 /農夫 Lv5
HP 15
MP 8
名前 ライナス
種族 人間 男
職業 戦士 Lv0 /農夫 Lv3
HP 13
MP 11
枯れた草の間から見える地面に、辛うじて残っている跡を追うのだけれど、わたしでは、足跡や引きずった跡なんてほとんど解らない。
それを見分けるジャンは、かなり凄いと思う。だいぶ見直した気味。でも、どうしても時間がかかるし進むのも遅くなる。
辺りを警戒しつつ進む森は、思った以上にキツイのかも知れない。たぶん。
それに気がついたのは、そこから少しだけ時間が経っからの事だった。
木の葉や外套に当たる雨音の他は、下草を踏みしめる以外の音は無い。こんなお天気じゃあ、小鳥も鳴かないと思う。
緊張と怖さから逃れたくて、無理矢理に会話しようとしたリックだったけれど、ジャンの「シッ!」と言う一言に制されてからは、押し黙ったままだ。
まあ、わたしたちってば追跡してる訳だし。相手にこちらの居場所を知らせながら移動するのも良くないと思う。
けれど、リックの緊張はそろそろ限界レベルになりつつあったみたい。
やがて、リックの足取りが重くなって遅れ始めちゃいましたよ。
それに気づいて、わたしはリックのステータスを確認した。
名前 リック(状態異常 疲労)
……これはマズイね。
いつかの記憶を思い返してしまったりする不具合。
あと、わたしの隣で地味にニードルスの息があがってたりなのですよ。
「大丈夫、ニードルスくん?」
「だ、大丈夫です!」
吐く息は荒くて、白く煙る量も多い。呼吸の度に、肩も上下している。
ステータスを見れば、こちらも疲労状態が見て取れた。
……うん、全然まったく大丈夫じゃないね。
世にも珍しい、森でバテるエルフの図。笑ってられないけれど。
「ジャン、少し休憩しよう?」
「ええっ!?」
わたしの呼びかけに、ジャンがビックリした顔で振り向いた。
「何言ってるんだ、ウロ。まだ、森に入ったばかりじゃないか!?」
「そうなんだけれど、馴れない森歩きと雨で、みんな疲れ気味なんだよ」
わたしがそう言うとジャンは、皆の顔を見渡してから大きくため息をついて頭をかいた。
「仕方ない。あの木の下で休もう。ただし、少しだけだぜ? こんなペースじゃ、春になるまで追いつけやしないよ!」
ジャンの指差す方には、周りの木よりも大きな木があった。
葉も多いし、雨宿り出来そうだ。
村を出てから、たぶん2~3時間くらいかな?
わたしたちは、大木の下で少しだけ休憩を取る事になった。
それぞれに荷物を下ろす中、わたしも隆起した木の根に腰を下ろして、少しだけ食べ物を口に入れる。
水袋から水を飲んだ時、身体の中にジンワリとしみていくのが解った。
むう。
何気に、わたしも疲れてるじゃん。
ステータス的には、特に変化は無いのだけれど。
見れば、平気そうだったライナスも重たそうに身体を木に預けているし、ジャンもまた、乾いた布をかぶって項垂れている。
冷たい雨に打たれながらの探索は、わたしも含めて、みんな思っていた以上に体力を消耗してたみたいだよ。
これで、火が焚ければ良いのだけれど。さすがに、火を焚く余裕はないよねえ。
ああ、熱いコーヒーが飲みたいよぉ! などと。
そんな事を考えながら森の奥を眺めていたわたしに、ニードルスが声をかけてきた。
「……ウロさん」
「なあに、ニードルスくん?」
わたしの隣で、まるで木と一体化しそうな勢いでもたれかかっているニードルスが、少しだけ回復した様子の声を出した。
「ゴブリンは、何故、レト収税官をさらったのでしょうか?」
おお。
そう言えば、何でだろ?
「……食べるためだったりして?」
「いやいや、いくらゴブリンが雑食とは言っても人を食べるなんて聞いた事が無いですよ!?」
ニードルスが激しく首を振って否定した。
ぬう。
我ながら恐怖発言。
でも、どうやらこの世界のゴブリンも、ゲームだった頃と同じ様な存在みたい。
わたしの知ってるゴブリンは、家畜を盗んだり旅人を襲って荷物を奪ったりするけれど、人を食べるなんて事は無かった。
家畜は食糧になるのだろうけれど、不幸な旅人は、殺されて放置だろう。
では、何でレトをさらったりしたのかな?
「……持ち物を渡さなかったのかな?」
「それなら、わざわざ連れ去らなくても殺して奪えば済む話ですよ」
むう、確かに。
ならば、なおさら訳が解らないのだけれど?
「家畜と間違えたんじゃないのか?」
木の反対側からジャンの声が聞こえて、同時に小さな笑い声が上がる。
「違いない! あの腹じゃなあ」
「……太りすぎ」
笑いながら、リックとライナスがジャンに賛同する。
……お前ら、元気出たじゃないか。てゆーか、言い過ぎじゃね?
……まあ、それだけ嫌われてるって事なのだろうけれど。
「どちらにしても、このゴブリンたちは馬よりも収税官を優先したと言う事実は変わりません」
「だから何でなのよ?」
「そんな事、ゴブリンに聞いてくださいよ。エルフの私に解る訳ありません!」
ニードルスが肩をすくめる。
おお、ほんの少しだけ殴りたい。
でも、良いアイディア!
「……なるほど、ゴブリンに聞くのね」
「いや、本気にしないでくださいよ!?」
わたしの呟きに、ニードルスが少し驚いた様な顔になる。……割りと本気だったりするのですがなあ。
「さあ、そろそろ休憩は終わりにしよう。暗くなる前に片付けないと面倒な事になるぜ?」
ジャンに促されて、わたしたちは荷物を手に立ち上がろうとした。その時、
「ギャアアアア!!」
森に、人とも獣とも思えない様な悲鳴が響き渡った。
超絶ビビッた。かなり。だいぶ。
「なんですか、今のは?」
「何かの叫び声だな。ここから近い、確かめに行くぞ!」
ニードルスに答えて、ジャンが早足で歩き出した。
わたしも慌てて後を追う。
「待てよ、ジャン。わざわざ行く事ないだろう?」
「……魔物かも知れない」
リックとライナスが口々に言う。と言うよりも、怯えてるみたいだけれど。
立ち止まったジャンは、うんざりした表情で振り返った。
「……あのな、オレたちはレト様を探しに来たんだ。そして、レト様はゴブリンと言う〝魔物〟に連れ去られたかも知れない。さらに今、何者かの悲鳴が聞こえたんだ。正体を確かめに行くに決まってるだろう?
お前たちも知っての通り、この森にはゴブリンの他にもオークや熊もいるんだからな!?」
そう言って歩き出すジャン。
あ、熊はわたしも初めて知りましたヤメテクダサイ死んでしまいます!
「だ、だけどよ……」
「じゃあ、好きなだけここにいろよ。オレたちは調べに行く。帰りにまた会おうぜ? 帰り道にここを通るとは限らないけどな!?」
「行こうぜ!」と小さく言って、ジャンは歩き出した。わたしとニードルスも再び歩き出し、少し遅れて、リックとライナスが超絶不安顔で付いてくる形になったりしました。
早足で進む事しばし、ジャンの無言の静止でわたしたちは立ち止まる。
そのまま、その場にしゃがみ込んだわたしたちに、ジャンは前方を指差して見せた。
雨に煙る木々の向こう側、距離にして50メートルくらいかな? 何者かが争っているのが見えた。
「……人、じゃない?」
「おそらく、ゴブリンとオークだろう」
わたしの問いに、ジャンが目を細めながら答えた。
どうやら、ゴブリンとオークが戦闘中らしい。
立ってる数は、ゴブリン1体にオークが2体。倒れてる数は、たぶんゴブリンが1体だけみたいだった。
「ゴブリン1体では、オーク2体に勝てないでしょう。体格差がありますからね。
少し様子を見ましょうか?」
「そうだな、このまま終わるまで待ってから調べてみるか」
まだ、少しだけ呼吸の荒いニードルスの声に、ジャンがフムとうなずく。
わたしと同じくらいの身長のオークと、わたしより頭1つ分は小さいゴブリン。体格も、ゴブリンの方が明らかに華奢だ。
長くは続かないかな? なんて考えながら見ていたわたしの目に、何かが飛び込んで来た。
ほんの一瞬だけれど、ゴブリンの手にしている剣に違和感を覚えた。
ゴブリンが持つには、ずいぶんと豪奢な剣。
きっとどこからか盗んで来たのだろうそれに、何故だか不安になって行く。
「ジャン、ゴブリンの持ってる剣が見える? なんだか気になるのだけれど、遠くて良く見えないの」
「ゴブリンの剣?」
不思議そうに目を凝らしたジャンは、次の瞬間、弾かれた様に立ち上がった。
「ちょっ、見つか……」
「あの剣、レト様の剣だ!」
わたしの言葉を遮る様にジャンが叫ぶ。
な、なんですと!?
「ウロ、あのゴブリンが何か知ってるかもしれない。援護する。絶対に生きて捕獲するんだ!」
言うが早いか、ジャンがショートボウに矢をつがえて狙いをつける。
ヒュッと言う風切り音がして、ジャンの弓から矢が放たれた。
「ブギャア!?」
オークの1体が、ジャンの矢を受けて悲鳴を上げた。
「ヒイイッ!」
こちらでも、リックが小さく悲鳴を上げ、ライナスが緊張に喉を鳴らす。
「行け、ウロ。あのゴブリンを死なせるなよ!?」
「あ、あいあい!」
そう答えたわたしは、外套を脱いで少し困惑気味のニードルスへと鞄と一緒に投げる。
「う、ウロさん!?」
「鞄と外套、持っててね! 外套はマーシュさんのだから汚さないでよ?」
それだけ言って、わたしは剣を抜きつつ走り出した。
あ、リックとライナスに注意するの忘れた。どうか無茶しませんように!
心の中で祈りつつ、走りながら前方の状況を確認する。
突然の乱入者に戸惑うゴブリン1体とオーク2体。
ゴブリンは、かなりギリギリ状態だったらしく、肩で息をしながら木に寄りかかる形で辛うじて立ってるみたいだった。
オークたちは、こちらも怪我はしているけれど、まだ余力は残してる感じ。
走るスピードを緩めずに接敵したわたしは、ジャンの矢を受けたオークに斬りかかった。
戸惑いから反応が遅れた矢オークは、慌てて武器である棍棒を構えようとするけれど間に合わない。
矢オークの左側をすり抜けながら、右足に薙ぎ払いを放つ。
「ピギャア!!」
確かな手応えと共に絶叫が響いて、矢オークが四つん這いになった。
まずは1体!
心の中でそう呟きながら、わたしは身を翻して敵を見定め……様とした。
ズルッ
泥の地面は、わたしの足をいとも簡単に滑らせる。
「うわっ!?」
ベシャッ
勢いを残しつつバランスを失ったわたしは、一点の曇りも無いほどに転んだ。それはもう、すてぺんって感じにね。
ヤバイ!
まだ、止めが刺せてない上にもう1体いるし。
しかも、目に泥が入ってボンヤリとしか見えてない危機的状態ですよ!!
慌てて目を拭うけれど、うまく泥がとれない。
雨は降ってるけれど、小雨だから洗い流すには勢いが……って、洗い流せば良いんじゃん!!
目に手を当てて、魔力を廻らせる。
『清水!!』
瞬間、手から水が溢れて目に注がれる。コップ1杯分くらいの量だけれど、目の泥を洗い流すには十分だよ。
やっと視界がハッキリしたのも束の間、今度は急に薄暗くなった。
「ウロさん、前!!」
ニードルスの鋭い叫び声に、ハッとして顔を上げる。
そこには、今まさに棍棒を振り下ろそうとするオークの姿があった。
その時になって気がついた。
わたしの剣、どこいった!?
おそらく、転んだ拍子に離してしまったのだろう。
今のわたし、バリバリの丸腰だよ。
外套と一緒に鞄も下ろしてしまっているから、替えの武器を取り出す事が出来ない。
降ってくる棍棒が、じょじょに巨大化していくのがありありと解る。
転がる様に、懸命に身をよじって回避を試みるけれど、たぶん間に合いそうにない!
闘っているここは、少しだけ開けた場所だからこの前みたいに受け止めてくれる木は近くには無い!!
絶望。
そんな言葉が脳裏をよぎった。その刹那。
「ブギギッ!?」
オークの身体が揺れ、振り降ろした棍棒の勢いに負けて引きずられる様に大きく泳いだ。
反射的に転がって距離を取る。
オークは、そのままベシャッと音を立てて倒れてしまった。
半身を起こして良く見れば、オークの首に2本の矢が突き刺さっているのが解った。ジャンの放った矢に違いない。
「ジャン、ありが……」
「まだだ! 逃げろウロ!!」
お礼を言おうとしたわたしに、ジャンが絶叫する。
次の瞬間、わたしの上に重くのしかかる異物があった。
矢オークだ。最初の方の。
止めを刺せなかった矢オークが、わたしに馬乗りになっている。
「プギャオオ」
目に怒りの炎を燃やした矢オークは、わたしめがけて拳を叩きつける。
ドスンッ
「ぐうっ!」
辛うじて両腕でガードしたけれど、打ち降ろされた強烈な1撃に、腕が痺れて言う事を聞いてくれない。
次の1撃は、首をひねって直撃をかわす。かすった右頬がジワリと熱くなった。
「ブギィ!」
矢オークは、不快な唸り声を上げるとわたしの首を左手で鷲掴みにしてきた。
「あ、かっ!?」
喉を掴まれて、声が出せない! 呼吸がヤバイ!!
足をバタつかせたり、力の戻らない両腕で必死にもがくけれど、それは、酸素の無駄遣いに過ぎなかった。
……苦しい。
マズイ、次が来る!!
拳を握った矢オークが、それを振り降ろすのが見えた。
酸欠で、ボンヤリし始めた頭に浮かんだのは、
……痛いの、嫌だなあ。
だった。
両腕で顔を覆って、降ってくる拳に備える。
……あれ?
降って来なくね?
そう思うと同時に、首が戒めから解放されるのが解った。
「がはっゲホッ!?」
咳き込みながら、わたしはやっと力が戻って来た腕を降ろした。
目に飛び込んで来たのは、口と首から血を流す矢オークと、矢オークの首に剣を突き立てるゴブリンの姿だった。
ズルリと崩れる矢オークと、そのまま地面に倒れ込むゴブリン。
「……ゴブリンが、助けてくれた?」
何とか矢オークの下から這い出したわたしは、わたしを救ってくれたゴブリンの様子を窺った。
ゴブリン・ヒーロー レベル5(気絶)
HP2/28
MP5/14
ゴブリン・ヒーロー!? 何それカッコイイ!!
死んではいないけれど、気絶してるみたいだよ。
わたしがゴブリンの様子を見ていると、バタバタとニードルスたちが駆け寄って来た。
「ウロさん、無事ですか!? 怪我はありませんか!?」
「悪い、ウロ。上手く援護出来なかった!」
やや取り乱し気味なニードルスと、明らかに落ち込んでいるジャン。
その後ろに、うつむいて押し黙ったリックとライナスの姿があった。
最初に思った事は、みんな無事で良かったって事だった。
次に思ったのは、自分の事を高い高い棚に上げる内容だった。
「わたしは大丈夫。でも、援護が足りなくない?
もっと矢、撃ってよ!
魔法も試してみてよう!!」
キーッてなってるわたしを見て、ジャンがすまなそうに頭をかいた。
「……悪い。だけど、矢は撃ってたんだ。当たらなくてさ」
そう言うジャンの矢筒には、1本も矢が残っていない。
嘘でしょ??
だって、30本はあったのに。
良く見れば、地面にはかなりの量の矢が散乱している。
ジャンの話しによると、野ウサギや野鳥なんかは狩った事があったけれど、モンスターとの戦闘は今回が初めてだったらしい。
また、ニードルスに至っては魔力コントロールが上手く出来なくって呪文が完成しなかったみたいだよ。
まあ、仕方ないと言えばそうなのだけれど。
「もう、2人ともしっかりしてよね?」
わたしがそう言うと、ニードルスが冷静さを取り戻したみたいに口を開いた。
「そう言うウロさんはどうなんですか?
何の相談も無くいきなり正面から突っ込んだりして、何も考えてなかったのですか?
何故、召喚魔法を使わなかったのですか?
温存ですか? 出し惜しみですか?
あるいは、私みたいに集中出来なかったクチですか?
ワイルド・バニーで掻き乱すとか、ストーン・ゴーレムで守りを強化するとか闘い方に工夫は出来たんじゃないんですか!?」
……どうしよう。
召喚魔法、忘れてた!!
それはもう、スッカリ。コッテリ。
そして、絶対にニードルスには言えないですよ。
言ったら最後、今の倍のお説教ですよ!!
「……気をつけます。ごめんなさい」
「な、わ、解れば良いんですよ」
わたしが謝ると、ニードルスが再び取り乱しだした。ウケる。
「それより、ゴブリンだ。生きてるのか?」
ジャンがゴブリンを見下ろしながら、少し眉間にシワを寄せる。
「生きてるよ。気絶してるみたいだけれど。
でも、どうするの? このまま放って置いたら死んじゃうよ? 普通に」
「とにかく、この剣をどこで手に入れたか調べなきゃならない。
もし、レト様の居場所を知ってるなら案内させなきゃならないしな」
ゴブリンの手から、剣を取り上げたジャンは、束に彫られた紋章を確認してうなずいた。
「じゃあ、少しだけ回復しよう。このままじゃ、本当に死んじゃうよ!」
そう言って、わたしはマーシュさんに貰った『ささやかな治癒』の指輪に魔力を流し込んだ。
指輪は、魔力を受けて白くて淡い光を放った。
指輪の周辺に、秘文字が浮かんで、やがて消える。
代わりに、小指の爪よりも小さな光の玉が現れ、ゴブリンに中にふわりと溶けて消えた。
「ぐ、グウ……」
低く、小さく呻いたゴブリンは、ゆっくりと、真っ赤な目見開いた。
「お、おいウロ!?」
「どうして縛る前に回復するんですか!?」
おおっと、そうでした。
でも、もう回復しちゃったし。てへっ。
「グウ……? ギャッ!?」
ムクリと起き上がったゴブリンは、少しだけボンヤリと周囲を見回した後、カッと目を見開いた。
その場を弾かれる様に飛び退くと、こちらを睨みつけてくる。
「気がついた? さっきは助けてくれて、ありがとね!」
「ギギャッ! ググギギ」
おおう、何言ってるか解んないよ。
「ニードルスくん、エルフなんだから話してよ?」
「それ、まったく関係ありませんよ!? 私は、ゴブリン語なんて話せませんから」
むう。
耳がとんがってる繋がりのクセに。などと。
でも、なるほどゴブリン語ね!
わたしは、メニューを開いて言語を翻訳に設定してみる。上手く行けば、会話出来るかもですよ。
「わたしの言葉、解る?」
「グギャ……俺をどうする……ってアレ?」
いぇっふ~!!
大成功!!
……後でニードルスに聞いたら、突然、わたしが意味不明な擬音を発し始た様に見えたらしい。
正直、怖かった。と、深刻な顔で言われちゃいました。グフフ。




