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第1話悪役令嬢ミラベル

前世で若くして病死した少女は目が覚めると乙女ゲームの悪役令嬢に転生していた。

人は、死ぬ瞬間に何を思うのだろう。


少女は白い病室の天井を見つめながら、ゆっくりと目を閉じた。


窓の外では春風が桜の花びらを運んでいる。


病室には消毒液の匂いと、規則正しく鳴る医療機器の電子音だけが響いていた。


「…大丈夫。怖くないから」


かすれた声でそう言うと、ベッドの傍らにいた母が涙をこぼした。


「そんなこと言わないで…!」


父も妹も、必死に涙を堪えている。


少女は幼い頃から重い病を患っていた。


何度も手術を受け、何度も入退院を繰り返した。


学校へ通える時間は短く、友達と外で遊ぶこともほとんどできなかった。


それでも家族はいつも笑顔で支えてくれた。


「ありがとう……」


最後にそう呟く。


「お父さん、お母さん…いっぱい愛してくれてありがとう」


父は娘の手を強く握る。


「私…幸せだったよ」


その言葉を最後に、小さな手から力が抜けた。


機械が長い電子音を響かせる。


「…っ!」


母が娘を抱き締め、声を上げて泣いた。父も妹も涙を流し続ける。


十代後半。あまりにも短い人生だった。


けれど少女は、最期まで笑顔だった。










「……お嬢様?」


聞き覚えのない声が耳に届いた。


少女はゆっくりと目を開く。


「……え?」


目の前には豪華な天蓋付きのベッド。


壁には金の装飾。大きな窓から差し込む朝日。


そして――。


「お嬢様?どうなさいました?」


メイド服を着た若い女性が、不思議そうにこちらを見ていた。


(え…病院じゃ…ない?)


体を起こそうとして、違和感に気付く。


(軽い…?)


病気で痩せ細っていた身体ではない。


指先まで自由に動く。呼吸も苦しくない。胸も痛まない。


(そんな…)


少女は慌てて鏡を見た。


そこに映っていたのは、自分ではない。


長い金色の髪。透き通るような白い肌。宝石のような紅い瞳。


まるで人形のように整った少女だった。


「えええええぇぇぇっ!?」


素っ頓狂な悲鳴が部屋中に響いた。











数時間後。


ようやく落ち着きを取り戻した少女は、一つの結論に辿り着く。


「…うそ、でしょ…?」


彼女の名前は――ミラベル・フォン・アルヴェイン。


その名前を聞いた瞬間、前世の記憶が一気によみがえった。



中学生の頃。


病室へゲーム機を持ち込み、友達と夢中になって遊んでいた乙女ゲーム。


そのタイトルは――


『花冠のセレナーデ』。


王立学院を舞台に、一人の平民少女が数々の貴族たちと恋を育む人気作品。


攻略対象は五人。


その中でも一番人気だったのが第一王子のユリウス。


優しく誠実で、誰にでも分け隔てなく接する理想の王子様だった。


そして――。


「ミラベル…」


彼女は攻略対象ではない。主人公でもない。


悪役令嬢だった。


「うそ…本当に…?」


ゲームの記憶が鮮明によみがえる。


ミラベルは名門侯爵家の令嬢。


幼い頃からユリウスと婚約を約束された存在。


しかし、彼女はユリウスへの想いをこじらせ、主人公マリナへ激しい嫉妬を向ける。


教科書を隠す。階段から突き落とそうとする。社交界で孤立させる。毒入りのお茶を飲ませようとする。


最後には命に関わる罠まで仕掛け――


激怒したユリウスから婚約破棄を告げられる。


『ミラベル・フォン・アルヴェイン。君の数々の非道を、私は決して許さない』


その台詞はゲーム中でも屈指の名場面だった。


――そして、追放。実家からの勘当。


全ルート共通の破滅エンドであった。


「全ての状況において終わってるじゃない…!」


思わず頭を抱える。


「何をどう頑張っても破滅する悪役じゃない!」


どの攻略対象のルートでも結果は同じ。


多少の違いはあれど、待っているのは追放か勘当。


救いなどどこにもない。


「い、一旦…落ち着きましょう」


ミラベルは深呼吸する。前世では病室の外へ出ることすら難しかった。


けれど今は違う。


健康な身体がある。歩ける。走れる。


未来を変えられる。


「私はもう、ゲームのミラベルじゃない」


鏡の中の自分を見つめる。


「マリナをいじめる気なんてない。」


誰かを傷つけてまで恋を手に入れたいとは思わない。それに、ユリウスに対しても恋愛感情は湧かなかった。


ゲームの知識があるからこそ、彼が誠実で素敵な人物だとは知っている。


だがそれは、画面越しに見ていた「好きなキャラクター」という感覚に近い。


「婚約者だから…恋をしなきゃなんて思わない」


それよりも――。


「私は…生きたい…!」


その一言が自然と口をついた。


前世では叶わなかった願い。


当たり前の日常を生きること。朝日を浴びて、季節を感じて、大切な人と笑い合うこと。


それだけで十分幸せなのだと、彼女は知っていた。


「絶対に…破滅なんてしない!」


拳をぎゅっと握る。


運命は変えられる。


ゲームはゲーム。ここはもう現実なのだから。


その日からミラベルは行動を始めた。


両親には以前よりも素直に感謝を伝えるようになり、使用人たちにも礼儀正しく接した。



やがて幼なじみであり婚約者候補でもあるユリウスとも以前より自然な笑顔で言葉を交わすようになり、周囲は「お嬢様は少し大人になられた」と目を細めた。



しかし、ミラベルにはもう一つの目的があった。


もし、それでも運命が変わらなかったら。もし、本当に追放される日が来たら。


誰にも頼らず、自分の力で生きていけるように――。



彼女は屋敷の裏手に広がる深い森へ通い、人知れず魔法の修練を始めた。


まだ幼い体では高度な魔法は扱えない。


それでも火を灯し、水を生み、風を操り、小さな治癒魔法を繰り返し練習する。


森の静寂の中、一人で杖を握る少女はまだ知らない。


この選択が、ゲームには存在しなかった一人の少年との出会いへと繋がっていくことを。


そして――。


彼こそが、彼女の運命を大きく書き換える存在になることを。



それはまだ、誰も知らない物語の始まりだった。

第1話を読んでくださりありがとうございます。これから転生したミラベルは運命の出会いをしていきます。次回も読んでくださると嬉しいです。

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