ペルソナ③
情報処理部の部員は、意外と人数が多い。
放課後にPC端末を扱えるという魅力から、入部する生徒もそれなりにいるからだ。
昨今では社会に出れば、PCを扱う機会は多いだろう。高校生である今の内に、PCの操作に慣れておいた方が良いのは明確だ。
しかし、ここの部員にそこまでやる気のある人は中々見られない。
建前上はPC関連資格の取得を目指そうという事にはなっているが、先ず顧問である新城先生にそこまでの熱意がない。
やりたい奴はやれば良いし、やりたくない奴はやらなくても良い。
ただし、やらない事で将来的に後悔するのはお前たちだから。
俺はそこまでの責任は持たない。
というのが、部活見学の際に新城先生から聞いた言葉だ。
その言葉の影響か、真面目にPCを使って勉強をしている生徒もいるにはいる。
しかし、大半がネットサーフィンやゲームに興じているのが現状だった。
そういう生徒も見て見ぬフリなのだから、人によっては居心地の良い自由な空間なのだろう。
新城先生に部室へと連れてこられた僕は、とりあえず身近にあった席へと腰掛けて、スリープ状態で放置されていたデスクトップ型PCを起動した。
OSと呼ばれるオペレーティングシステム――PCやスマートフォンを動かす為の基本ソフトは、Windows10だった。
既にサポートが終了しているという事実を、この学園は把握しているのだろうか。
サポート終了後は、セキュリティ更新が提供されなくなる。
つまり、新しい脆弱性が見つかっても修正されず、危険性が高まるという事だ。
ここにあるPCに搭載されたOSが全てWindows10であるのなら、早めに11へのリプレイス――古いシステムや機器を新しいものへ入れ替える作業を進めた方が良いと思うのだが……。
なんて、色々と頭の中では考えながらも決して口には出さず、起動プロセスを完了させる為にマウスとキーボードを操作する。
仕方がないので、プログラミングの勉強でもするかとWebブラウザを開き、学習用のサイトへアクセスした。
ふと、一緒にやってきた新城先生が、僕の操作するPC画面を後ろからじっと見ている事に気付いた。
「……なんですか?」
「ああ、いや。お前、随分と慣れた手つきだな。タイピングもかなり速い……しかもそのサイト、プログラミングも出来るのか?」
「言語にもよりますが、基礎なら理解はしていますので、読むくらいならできますよ。でも開発はした事ないので、コードを一から書いて何か作れと言われたら微妙です」
「へえ……まあ、読めるだけでも大したもんだ」
新城先生は何故か僕の隣の席に座り、備え付けてあるPCではなく、ずっと小脇に抱えていたノートPCをデスクの上に置いた。
「あ、先生ってThinkPad使ってるんですね」
「おお、それも分かるのか。俺の好きな漫画の主人公がこれを使っていてな。それの真似なんだけどな」
「その漫画知ってますよ。もしかして、OSはLinuxに換装してます?」
Linuxとは、サーバや開発環境で広く利用されているOSの一種だ。
自由度が高く、セキュリティ分野の人間からも人気がある。
「はは……そこまで分かるのか。ご明察だ」
それから僕と新城先生は、お互いが持っている知識の話で盛り上がった。
その端末にLinuxを使っている事からも推測出来た通り、新城先生のハッキングに関する知識は僕以上のものだった。
好きなOSだったり、最近起きた有名なインシデント――情報漏洩や不正アクセスなど、セキュリティ上の問題や事故の事だったり。
そういった様々な話をしていると、新城先生がふとこんな質問をしてきた。
「お前、本当に詳しいな。というか、なんでそんなに詳しい?」
「ああ、僕はホワイトハッカー目指しているので」
会話の流れで自然と口から出た返答だったのだが、新城先生はまるで嫌な物でも見るような目を僕に向けてきた。
今まで楽しく会話をしていたのに、急な感情の変化に僕は驚きを隠せなかった。
「ホワイトハッカーね。なんで、そんなものになりたい?」
そんなもの……とは、随分な言い草だった。
不穏な空気を感じ取り、僕はあえて質問に質問を返す事にする。
「将来的にも需要の高い職業だと思っていますが、先生はホワイトハッカーという職業に何か思うことでも?」
「そうだな……前に嫌な話を聞いたもんでね。お前はペルソナって知っているか?」
その名前を聞いて、僕の心臓が跳ねた。
ここでその名前が出てくるとは思っていなかったので、不意を突かれた気分だった。
「……勿論、知っています」
ペルソナ。
仮面を付けた匿名集団として活動を行っている、ハッカー集団の名称だ。
権力によって隠蔽されている不正行為や犯罪行為、ネット空間で発生している小さな犯罪行為、自由や権利を侵害する行為を白日の下に晒し、様々なクラッキングを用いて抗議活動を行っている。
クラッキングとは、不正アクセスなどによってシステムへ侵入し、情報の窃取や破壊を行う行為の事だ。
こう言うと聞こえは良いかもしれないが、やっている事は匿名である事を利用して他者を攻撃するブラックハッカー集団だ。
「顧客の信用情報を収集、管理する事を主業務としていた企業が、ペルソナによる攻撃で甚大な被害を受けた事例は知っているか?」
知らない筈がなかった。
何故なら、その企業こそが、過去に赤城さんの父親が代表を務めていた企業なのだから。
「あの企業は顧客の重要な情報を預かってビジネスをしているにも関わらず、必要な管理や保護措置を取らずにサイバー攻撃を許してしまった事から、世間からかなりのバッシングを受けた。責任を取って社長は辞任……それだけじゃなく、サービスのセキュリティに携わっていた従業員まで解雇されたらしい」
そこまでは知らなかった。
僕が知っているのは、責任を取って赤城さんの父親が辞任したという事実までだった。
「本来、サイバー攻撃で非難されるべきは、法を犯して不正に個人情報を盗み出した攻撃者側――ペルソナであるべきだ。だが世間はペルソナではなく、管理が甘かったのだと徹底的に企業側をバッシングした。それによって、セキュリティに携わっていた社員までもが解雇された。解雇された人間の中にはな、俺と繋がりのあった人物もいたよ……良いか黒川、お前が足を突っ込もうとしているのはそういう世界だぞ?」
それは何とも、重々しい言葉だった。
僕の心にズシリと重く、何かがのしかかっているような気分だった。
「……脅すような事を言って悪いな。だが、自分が目指しているものについて、ちゃんと知っておくのも良いかと思ったんだ。黒川がホワイトハッカーを目指すというのなら、俺は教師としてそれを応援するぞ」
そう言って、新城先生は端末を閉じると、奥にある準備室の方へ視線を向ける。
「あー……また端末の調子悪い」
部室の奥側で、部員の女子生徒がそんな声を漏らした。
「最近多いよねー。急に重くなったり、変なタイミングで固まったり」
「分かる。バッテリーの減りも妙に早いし」
何気ない雑談のようなやり取りだった。
だが、新城先生はその声を聞くと、すぐに立ち上がる。
「どれ、見せてみろ」
そう言って自然な動作で女子生徒の席へ近付き、その生徒が使っていた学園支給のタブレット端末を手に取った。
随分と面倒見が良いんだな――その時の僕は、そんな感想しか抱かなかった。




